2021/05/31

ぜひ、新国立競技場で!(第11号編集後記)

 2020年を「一回休み」したウィッチンケアは、予定どおり毎年恒例の《5月はすべての寄稿者/作品紹介》〜編集後記に辿り着きました。しかし、今日(2021年5月31日)の時点でまだ《東京2020オリンピック・パラリンピック》がどうなるのかはっきりしていない、とは。なんか、戦争とかも、一度始めちゃうと「終わり」にするほうがたいへんなんだろうな、と思ってなりゆきを気にしています。

コロナ禍の影響? もちろん、いろいろありましたとも。思い返せば「よく出せたなぁ」と背筋が凍る局面も少なくなく...あっ、ひとつ具体的に書き残しておきます。これまでは新たな寄稿者に依頼する場合、そのかたの出版記念イベントに出向いたり、知人を介して面識を持ったり、みたいなことを大事にして小誌をつくってきました(オマエは古くさい、と言われてしまえばそれまでなんですが、でもそうしてきました)。今回、イベントも「知人を介して面識」もハードル高し。また昨今の〝世の中のルール〟的に「見知らぬ人にメールを送って見本誌送付のために住所を尋ねる」という行為も、ハードル高し。「PDF版があれば見ます」と返信をもらって「紙しかないんです」とお伝えして...そのままということもありました(その女性とは今号発行後に再連絡をとりあえる機会があり無事見本誌送付/いまは「怪しいヤツ」とは思われていない、と思う)。

そんな状況でしたが、写真家・岩田量自さんとデザイナー・かむらまきさんによる新しいビジュアルで、世の中に送り出した第11号。多くのかたの手に届くこと、発行人として切に願っています。そして5月いっぱいかかった《寄稿者/作品紹介》、もちろん各エントリーの「その時点での反響」も気になりつつ、でも前回も書いたように『「それぞれが毎号積み重なって当ブログがアーカイヴになること」の意味が大事』との思いは変わらず、です。

引き続き今号の読者を増やすための活動を続けます。同時に、五輪を横目で追いつつ、どんな次号がつくれるのかを考えます。「やっぱり小誌はここがこうなってないといけない」「あそこをああすればよりおもしろくなりそう」のような事柄がいろいろ頭にありまして、まぁ、いまのような諸々がビフォー・コロナになることはないでしょうが、それでも前に進む方法はあるはずなので。

前々号後記では「ウィッチンケアのM&Lな夕べ 〜第9号発行記念イベント〜」前号後記では文学フリマでの「ウィッチンケア書店」を告知できたのに、今回はちと寂しい!? いやいや、その分もしっかり充電して《五輪後》に備えます。みなさま、まずはウィッチンケア第11号をどうぞよろしくお願い致します!

って、またテキストばかりなので今年もいまの気分の1曲。...なにはともあれ厄災後はぜひ、このかたとでも新国立競技場で楽しくやりたいですなー!



2021/05/26

volume 11寄稿者&作品紹介32矢野利裕さん

 矢野利裕さんとも〝リアル〟ではだいぶご無沙汰しておりまして...そうか、小誌前号での寄稿者&作品紹介で「明日(5/26)の夕方4時から〜」と記した「文化系トークラジオLife トークイベント 武蔵野レアグルーヴ ~いま、〝武蔵野〟を再発見する~」でお目にかかって以来なのか。それでもネット経由で矢野さんのお話を伺ったり、文章に触れる機会は少なくなく、たとえばごく最近だと、今月8日に配信された荒木優太さん、仲俣暁生さんとの鼎談「文芸誌と文芸批評のゆくえ――新人小説月評における削除をきっかけに」だったり、あるいは音楽評論家の柳樂光隆さんや高橋健太郎さんと、Twitterで1980年代初頭の「ブリット・ファンク」についてつぶやき合っているのを拝見してたりして(当時貸しレコード屋でバイトしてたので、FreeezとかLevel 42とかがよく稼働していたけれど、なんとなく〝いわゆるフュージョン〟とごっちゃにされてた印象だったので、あれは違うムーヴメントだったよなぁ、と納得したり)。

矢野さんの小誌今号への寄稿作〈資本主義リアリズムとコロナ禍の教育〉は教育現場の実感として、近年の学生/生徒の生活・行動様式の傾向、それに対する学校(教師)の役割などについて論じたものです。4部構成で、[3]以降ではICT教育、コロナ禍による教育環境の変化についても考察。拝読致しまして、〝外野〟から雑な感想を差し挟むのは失礼だと思いつつも、しかし学内で日々「ワイヤレス・イヤフォンとスマホ」を身につけた若者とコミュニケートするのって、ホントにたいへんそう──私が町で見かける(だけの)最近の若者って、総じてこざっぱりしてて物腰柔らかくて、って印象なんですけれども──だな、と。「いずれ優秀な人材となりうるとともに現時点ではすぐれた消費者である、という「個性」のありかたを認めつつ、同時に〈規範意識〉を教えなくてはならない」という[2]の最後にある一節に、いまの教育の難しさを感じとりました。しかも〈規範意識〉のほうも社会の変化とともに揺らぎ続けている、のか...。

「自分の授業においてオンライン授業が順調だったのは、ひとえに、生徒の学力と文化資本が比較的高いからだと考えられる」という、コロナ禍での教育の当事者・矢野さんの言葉が印象的でした。こういう、謙虚かつ包括的に状況を判断してくれる先生の教え子は幸せだなぁ、と。作中には矢野さんがオンラインと併行しておこなった「オフラインでの働きかけ」についても語られています。みなさま、ぜひ小誌を手にとって全容をお確かめください!




 このように考えると、教員であるわたしたちが目の当たりにしている光景が、いかに新自由主義以降のものであるか。それは教員側だけでなく、スマホでつねにサービスの消費者として生きている生徒たちにおいても同様だ。だとすれば、登下校における教員と生徒のやりとりひとつとっても、そこにいかにグローバル資本主義が食い込んでいることか。このような状況下においては、教育の崇高な理念を掲げて、資本主義と無縁な領域を想定するのも、正直なかなか難しい。

〜ウィッチンケア第11号〈資本主義リアリズムとコロナ禍の教育〉(P196〜P205)より引用〜

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volume 11寄稿者&作品紹介31木村重樹さん

 2016年に開設したWeb上の《note版ウィッチンケア文庫》。現在20作品を掲載していますが、いつのころからか(数人抜きで)全期間アクセスのトップに躍り出て、以後、そのまま走り続けているのは、木村重樹さんが小誌第2号にご寄稿くださった〈私が通り過ぎていった〝お店〟たち〉。...たしかに、初出から10年が経ち、そこに書き残された諸々がより「貴重な証言」になったようにも思える──でも「ちょっと、何言ってんだかわからない」とZ世代からサンドウィッチマン・富澤的な反応をされるかもわかんないし〜──わけでして、ええと、今号での木村さんの寄稿作〈生涯2枚目と3枚目に買ったレコード・アルバムについて──キッス讃〉は、〈私が通り過ぎて〜〉でも語られていたロックバンド・KISSについての、愛情溢れまくりな評論(←エッセイ、かも)です。私的には、〝ロック語り〟的に書いたらウン万字いけちゃいそうですが、ここは冷静に、内容のご紹介だけ(コロナ禍が治まったら〝リアル〟で、とことんw)。

洋楽に目覚め、1975年に初めてLP盤(『スージー・クアトロ・ストーリー 永遠のゴールデン・ヒッツ』/戸越銀座の〝街のレコード屋〟にて)を購入した木村さん。次に夢中になったのがKISSだったのは何故? 作中では〝なぜそこまでキッスに夢中だったのかと問われると、正直「よく覚えていない」のである〟としつつも、当時の記憶を辿りながら、このバンドの魅力(と裏話)について語ります。私は最初のLPが親に買わせた「CBS SONY 3周年記念 ギフト・パック・シリーズ『サイモンとガーファンクル』(限定版〈2枚組〉¥3,000 ●'72年度版アーティス・トカレンダー付)」で次は「栄光のシカゴ」、ロックのライヴ盤だと当時新宿高校の従兄弟の家から持ってきちゃった(まだ返してないw)「Chicago at Carnegie Hall」が初体験だったりするので、いやぁ、この頃の《初期設定》が後々の音楽傾向に大きな影響を与えているのだと思います。私はけっきょく「ロックも好き」な軟弱軽音楽好きになりました。

木村さんの寄稿作がきっかけとなり、私もKISSを聞くようになりました。じつは、高校生のとき町田バスセンターにあった新星堂で「地獄の狂獣 キッス・アライブ」を店内立ち聞きして以来、ラジオくらいでしか聞いたことなかったのです。なんというか、あのプロレス的な禍々しいルックスと「聞きやすい普通のロック」っぽい曲調にピンとこなくって。...でももう余生もあまり長くはなさそうなので、食わず嫌いは改めます。



 熱狂のピークは、レコードC面に収録された「100,000 Years」だ。曲の途中、ピーター・クリスのドラムソロに割り入るように、フロントマンのポール・スタンレーが観客とのコール&レスポンスを10分近く展開する。まるでミサの司祭のように……[*1]。
 ライブ盤を購入し、初めてこの曲を聴いた自分は、興奮のあまり鼻血を出したくらいだった(今でもライナノーツに鼻血の跡が残されているから、これは思い違いではない)。生のライブの熱狂をパッケージングすることに成功した同アルバムは、それまでのキッスのレコード・セールス不調を帳消しにする、全米チャート9位にまで登りつめた。

〜ウィッチンケア第11号〈生涯2枚目と3枚目に買ったレコード・アルバムについて──キッス讃〉(P190〜P195)より引用〜

木村重樹さん小誌バックナンバー掲載作品:〈私が通り過ぎていった〝お店〟たち〉(第2号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈更新期の〝オルタナ〟〉(第3号)/〈マジカル・プリンテッド・マター 、あるいは、70年代から覗く 「未来のミュージアム」〉(第4号)/〈ピーター・ガブリエルの「雑誌みたいなアルバム」4枚:雑感〉(第5号)/〈40年後の〝家出娘たち〟〉(第6号)/〈映画の中の〝ここではないどこか〟[悪場所篇]〉(第7号)/〈瀕死のサブカルチャー、あるいは「モテとおじさんとサブカル」〉(第8号)/〈古本と文庫本と、そして「精神世界の本」をめぐるノスタルジー〉(第9号)/〈昭和の板橋の「シェアハウス」では〉(第10号)

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2021/05/25

volume 11寄稿者&作品紹介30ナカムラクニオさん

 昨年10月に「描いてわかる 西洋絵画の教科書」(玄光社)、今年1月には「洋画家の美術史 」(光文社新書) 、そして今月は「こじらせ美術館」(ホーム社)と、アート系の著書をハイペースで上梓しているナカムラクニオさん。小誌今号への寄稿作は精神分析学者・ジグムント・フロイトへのインタビュー...えっ!? いえいえ、タイトルの〈妄想インタビュー フロイト「夢と愛の効能」〉からもわかるように「もしフロイトが生きていたら」という創作作品であります。ナカムラさんがインタビュアーとなって、フロイトに聞いてみたかった質問を投げかける。答えるのは「ナカムラさんの知識として存するフロイト」、だという。作中のフロイトが語っている生い立ちや経歴は史実そのままですが...けっこう令和の世の中でもそのまま人生相談として通じそうな仕立てになっていまして、それは質問内容が人間にとっての普遍的な命題だから。ちょっと屈折した感じの語り口なのも、こんな人だったのかもしれないなぁ、という〝リアルさ〟を漂わせています。

「愛」についてのインタビュアーとのやりとり、とくに印象的です。「愛こそが、成功を生み出すということなのでしょうか?」という質問に対し、フロイトの答えは「そうだ。それは間違いない。あらゆるものの中心に愛を置き、愛し愛されることに至上の喜びを見出せた時、幸福は訪れるものなんだ」と、自信満々に肯定。しかし、インタビュアーがさらに「愛し愛されることに喜びを見出せれば、すべての人がみな幸せになれるのでしょうか?」と問うと、「いや、そうとも限らない」...なんか、急に弱気になったようで、なぜか女性心理に関しての持論へと話題がスライドしてしまいます。あれれ、このフロイトさん、もしかしたらトラウマ的な失恋とかを内々に引き摺っていて、でもそのことが偉大な研究成果に密かに影響を及ぼしている!? みたいな深読みもできておもしろい!

終盤にはフロイト流の「幸せに生きるヒント」も開陳されています。この答えがまた含蓄があるというか、煙に巻かれるというか...読者のみなさまにおかれましては、ぜひ本編の微妙なニュアンスを楽しみつつ、各自フロイトからのヒントを解釈して、幸せな人生を邁進してほしく存じます。



──弱さを認めれば、それだけでいいと? 
フロイト その通り。「力」とは、つねに、あなた自身の弱さの中から生まれるんだ。弱さを認めることが強さだとも言える。それに幸福になる方法なんて、自分で実験してみなければわからない。一定のルールなどは存在しないんだ。弱さこそが、強い殻を作り出す。サボテンにとげがあるのは自分自身が弱いからだ。アルマジロに固い殻があるのは、弱さの裏返しなんだよ。

〜ウィッチンケア第11号〈妄想インタビュー フロイト「夢と愛の効能」〉(P184〜P188)より引用〜

ナカムラクニオさん小誌バックナンバー掲載作品:断片小説 La littérature fragmentaire(第7号/大六野礼子さんとの共作)/〈断片小説(第8号note版ウィッチンケア文庫)/〈断片小説〉(第9号))/〈断片小説 未来の本屋さん〉(第10号)

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2021/05/24

volume 11寄稿者&作品紹介29ふくだりょうこさん

ふくだりょうこさんは今月開催された第三十二回文学フリマ東京にも「ものくろからふる」として出展されていたようで...いやあ、「一回休み」後のウィッチンケアなんて、まさにしっかり準備して臨むべきイベント、だとは思っていたのですが、正直、開催できないかなと思ってた。ここ数日の世間の風向きだと、どうやらオリンピックも「あり」で動いているようにも感じられて、ふくださん、さぞかし準備などたいへんだったことでしょう(祝!! 『文芸誌Sugomori vol.1』発刊)。...そんなふくださんの小誌今号への寄稿作〈知りたがりの恋人〉は、語り手である「俺」の恋人の、「最近思うんですけどね」というひとことから始まります。適当にあしらったりするとたいへんなことになる、と過去の経験から知っている「俺」は、スマホをテーブルに置いて恋人の言葉に耳を傾けると...。

物騒な話題が続きます。「人を殺すってとんでもない愛を感じますよね」「相手を殺してから自分も自殺をするという話をも聞きます。それは、殺すことで相手を独占し、あの世で一緒になりたいという欲求では? あの世があるかは知りませんが」...「俺」、まあ、耳を傾けてはいるんですが、なぜ恋人がこんなダウナーな話を続けているのか、ピンきてはいない様子。あくまでも世間話という認識で、「自分のものにならないから殺すってすごくエゴじゃないか? というか、ワガママ?」とか、持論を展開しちゃったりして(その根拠レスな自信はどこからきているのか?)。 おー、フラグ立ってる! このままで終わるとは思えない...と、読んでいるこっちまで不安になってきたタイミングで、でも恋人は意外な言葉を口にします。そこからの怒濤の展開...おっと、これ以上は、読んでみてのお楽しみ。

後半の流れは恋愛小説というより、ちょっとホラーっぽかったりもして。この一篇はタイトルも含めて、あくまでも「俺」目線なんですよね。ふくださんならきっと「恋人目線」でも、同じ物語を成立させられそうで、その場合はおそらく探偵小説っぽくなったりするのかもしれないなと思いました。



一度、スマホをいじりながら適当に相槌を打っていたら、その後一週間、口をきいてくれなかったし、メッセージも返してくれなかった。確か、「自分で作るサンドウィッチに入れるのは両面焼いた目玉焼きがいい。カットしたときに切り口が美しいから」という話だったと思う。あのときは参った。同じ学科の恋人。授業を受けているときの横顔が美しくて、どうしても欲しくなって、俺から告白した。何度もフラれたけれど、一年口説き続けた。大学二年の夏から付き合い始めてもうすぐ半年。その中で学んだ教訓だ。

〜ウィッチンケア第11号〈知りたがりの恋人〉(P178〜P183)より引用〜

ふくだりょうこさん小誌バックナンバー掲載作品:〈舌を溶かす〉(第10号)

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volume 11寄稿者&作品紹介28吉田亮人さん

 今年2月に初の著書「しゃにむに写真家」(亜紀書房)を上梓した吉田亮人さん。京都を活動拠点にする吉田さんとは、2017年夏の「リマインダーズ・フォトグラフィー・ストロングホールド」(墨田区向島)での個展以来、なかなかお目にかかる機会もないままでした。しかし小誌今号が完成した3月20日過ぎ、営業でマルジナリア書店(府中市分倍河原)に伺ったさい、小林えみさんを介して生活綴方(横浜市港北区妙蓮寺)の中岡祐介さんと知り合い、さらに中岡さんから「当店で27日から『しゃにむに写真家』刊行記念展をやります。吉田さんのトークショーもありますよ」と教えていただき、これはなんとか時間を都合つけて、ということ26日の午後、展示設営中の吉田さんを訪ねたのでありました。短い時間でしたが、ご寄稿の御礼、そしてサイン入りの「しゃにむに写真家」も入手できてよかった!

小誌今号への寄稿作〈対象〉では、このコロナ禍──とくに最初の緊急事態宣言が発令されてからの数ヶ月──を写真家である吉田さんがいかに過ごしていたか、率直に語られています。「普段、人物にフォーカスしたドキュメンタリー作品を国内外様々な場所に出かけて撮ったり、写真展を行ったり、人物撮影の依頼を多く受けている僕」「これら全ての活動が新型コロナウイルスによって著しい制限を受け」...ホントにきつかっただろうと思います。じつは今回、寄稿依頼のさいに敢えて「ディスタンス」という言葉を出して原稿をお願いしてみました。こんな状況下、写真家にとっての「被写体との距離」について、あらためて考察してみませんか、と。届いたのは、吉田さんが1歳の娘さんとの交流を経て再発見した、「見る」ことの大切さについての一篇。

「小さな靴を履かせ、春の匂いが充満する誰もいない町内を娘と手を繋いで近くの神社まで行くのだが、その途中娘はありとあらゆるものに興味を示しては立ち止まるのだ」...そんな娘さんの仕草に合わせた吉田さんの目に映ったものとは? とても美しい描写なので、ぜひ小誌を手にってお楽しみいただければ幸いです。



写真というものが発明されてから連綿と続く撮影方法というのは、撮影者と対象者・対象物との対面と対峙によって行われてきた。僕もその基本に則りながらこれまで撮影行為をしてきた。
 しかし写真が持つそのような特性によって、撮影自体がしにくくなっている今、写真家が考えるべきことは一体なんだろう。
 対象者や対象物との具体的で実際的な関わりから一歩も二歩も引き離された状態から、僕たちは対象とこれからどう向き合い、深化させていけばいいのだろうかなんてことをボンヤリと夢想していた。


〜ウィッチンケア第11号〈対象〉(P174〜P177)より引用〜

吉田亮人さん小誌バックナンバー掲載作品:〈始まりの旅〉(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈写真で食っていくということ〉(第6号)/〈写真家の存在〉(第7号)/〈写真集を作ること〉(第8号)/〈荒木さんのこと〉(第9号)/〈カメラと眼〉(第10号)

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volume 11寄稿者&作品紹介27かとうちあきさん

今号への寄稿依頼では、かとうちあきさんともリアルな打ち合わせをしないまま。いつもは私が横浜にいったり、かとうさんが町田を通りかかるさいに時間を都合してもらったり、だったのに。ご無沙汰しておりますが、このコロナ禍でもあいかわらず横浜橋通商店街は賑やかなのでしょうか? ...さて、そんなかとうさんから届いた一篇は、なんだかものすごくステイホームっぽい内容でした。タイトルの〈チキンレース問題〉とは、もう少し詳しく言うと「チキンレースどこまで耐えられるか問題」。つまり、共同生活におけるさまざまな雑事、の役割分担についての話。現在Aさん、Bさんと3人で暮らしている「わたし」は、たとえば「なんで共有スペースに誰も掃除機かけないんだ問題」「洗った食器が水切り籠に何日もあって使えないぞ問題」などに頭を悩ませています。ということは、この「わたし」は、そうとうなきれい好き? と思いきや、冒頭近くにはこんな一節が...「己の部屋がかなりの汚部屋だって自負のあるじぶん」。ちょっと、事情はややこしいのです。

どうも、AさんとBさんは各々の占有スペースだけきれいにするが、共有スペースには無関心なよう。対する「わたし」は、占有スペースがまず「汚部屋」。でっ、共有スペースも自分の部屋と同じくらい汚くなっていくことに心穏やかではないようなのです。「ちなみに数年前までこの家はここまで汚くはなかった。きれい好きな人が引っ越してゆき、次にやってきた汚しもするけどたまの掃除をいとわない人が引っ越してゆき、最終的に我々三人が残った」との記述から推察するに、「わたし」は長らく共有スペースのメンテナンスを他人に任せ、自身の汚部屋でまったりと暮らしたのであろう、と。もう、ちゃんと相談して当番制とかに決めればいいじゃん! とか客観的には思いますが、そういうことが苦手だから残ったんだよな、3人。

さて、「わたし」はこの難局をどのように乗り切ろうとしているのか? 「最近ではネズミまで暴れている」そうで、繰り返しになりますが、家の汚れ→家の構造にダメージ、になるまえに、ぜひ3人でよく話し合ってみてください〜。



 かつて一週間ほど出かけて帰ってきてもしばしば同じふきん類が使われているので、なんで替えないのか不思議になったことがあった。汚いとは思わないのか。Aさんに聞くと使用日数の認識もなかったそうだが、ふきん類を置いてある場所まではわかっているが、なにが台ふきでなにが食器ふきかの判別がつかないらしかった。その時すでに数年住んでおり日々使っているわけで、覚えていてもよさそうなものなのに、なぜ。

〜ウィッチンケア第11号〈チキンレース問題〉(P170〜P173)より引用〜

かとうちあきさん小誌バックナンバー掲載作品:〈台所まわりのこと〉(第3号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈コンロ〉(第4号)/〈カエル爆弾〉(第5号)/〈のようなものの実践所「お店のようなもの」〉(第6号)/〈似合うとか似合わないとかじゃないんです、わたしが帽子をかぶるのは〉(第7号)/〈間男ですから〉(第8号)/〈ばかなんじゃないか〉(第9号)/〈わたしのほうが好きだった〉(第10号)

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2021/05/23

volume 11寄稿者&作品紹介26宮崎智之さん

 宮崎智之さんが昨年末に上梓した『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』の2章には、小誌第9号が初出となる「35歳問題」(小誌掲載時タイトルは〈極私的「35歳問題」〉)が収録されています。ホント、小誌での〝試し書き〟がきっかけとなってのちに書籍にまとまること、1人出版者(not社)として嬉しい限り。宮崎さんは同書刊行後の昨年12月22日から晶文社のWebにて「モヤモヤの日々」と題した連載もスタートさせていまして、こちらは平日毎日更新というハイペース。明日(5/14)には連載100回記念のオンライントークが予定されています。そんな宮崎さんは小誌前号では〈CONTINUE〉という小説を(同作品についての逸話が「モヤモヤの日々」の第18回で語られています)、そして今号にも〈五月の二週目の日曜日の午後〉と題した書き下ろし小説をご寄稿くださいました。これらの作品もいずれ1冊にまとまること、願ってやまないです。

今号への寄稿作はキヨシ(41歳)とアカネ(39歳)という、同棲して8年が過ぎたカップルの物語。三人称の作品ですが、語り手はほぼキヨシ...なので、アカネの人となりはほぼ、キヨシを介して読者に伝わります。生活は平穏で、価値観なども共通しているように語られている。テレビにお笑い芸人が映ると同じように笑っている。ある日、そんな2人の「この先」について、キヨシの大学時代からの友人・ミノルはストレートな問いを投げかけます。「ところで、アカネちゃんとはどうなんだよ?」「結婚だよ。もう八年間も同棲してるんだろ」「アカネちゃんは、なんて言ってる?」と。いまの時代、そんなことにツッコむのは昭和のオジサンっぽくも感じますが、しかしつい最近「逃げ恥」の2人もリアルで結婚したりしてびっくりだったし、とにかくミノルの物語上の役割は、この一篇ではとても重要なのであります。

終盤、アカネがキヨシを自分の育った街に連れていくシーンが印象的です。ここでも、作者によるアカネの心理描写はなし。キヨシの目に映ったアカネの後ろ姿は描写されていたりするんですけれどもね。...そして2人はどんな「この先」を迎えるのか? ぜひ小誌を手にとってお確かめください。



「すぐそこだから」と言ってアカネは歩き出した。キヨシは、アカネの考えていることをはかりかねていた。なぜ急にこの街に来る気になったのか。なぜキヨシを誘って来ることにしたのだろうか。
 昨日よりも風のある涼しい日だった。住宅と住宅の間から吹く風が首筋にあたるのがキヨシには気持ちよかった。昨日と同様に晴れ渡った空には淡い雲が浮かんでいた。二車線の道路に出た。車通りはそれなりにあり、右手の直線の彼方に緑色の看板のコンビニエンスストアが見えた。信号が青になり横断歩道を渡って直進すると、また同じ住宅街が続いていた。

〜ウィッチンケア第11号〈五月の二週目の日曜日の午後〉(P162〜P168)より引用〜

宮崎智之さん小誌バックナンバー掲載作品:〈極私的「35歳問題」〉(第9号)/〈CONTINUE〉(第10号)

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volume 11寄稿者&作品紹介25荻原魚雷さん

 昨年8月に荻原魚雷さんが上梓した「中年の本棚」は、紀伊國屋書店のPR誌「scripta」での連載を纏めた1冊。書名から素朴に連想すると「けっこう〝敷居の高い〟本についての本かな」と感じるかもしれませんが──たとえば「ロックのレコード棚」だとビートルズ、エリック・クラプトン、クイーンとかかなと思えてもこれが「ハードロックのレコード棚」だとブラック・サバス、ブルー・オイスター・カルト、ユーライア・ヒープとか...って、たとえになってるのか──取り上げられているのはむしろ新刊書店で入手しやすい、アップツーデートな著者のものが多いのです。とくに荻原さんがジェーン・スー(「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」)や酒井順子(「センス・オブ・シェイム 恥の感覚」「中年だって生きている」「駄目な世代」)といった〝曲者〟の書について考察しているのが、私にはおもしろかった。そして私信でもお伝えしたのですが、最終章が橋本治だったこと、とっても納得がいきました(ここがもし糸井重里だったりしたらずいぶん違う印象を持っただろうな、オレ)。

荻原さんの今号への寄稿作〈古書半生記〉にも、コロナ禍が影を落としています。「古本屋も古書会館も休みだと、なんのために東京に住み(もともと仕事は在宅ワークだし)、安くはない家賃を払っているのかと空しくなる。もうすこし郊外に引っ越そうか、いっそ地方移住するか、新型コロナの自粛中、そんなこともよく考えた」...7年まえに20年近く住んだ下北沢から町田市の実家へと戻った私としては、痛いほどわかる心境です。もはやレコードや本はネットのほうが充実した時代ではありますが、しかし、そこで引いてしまうと、「もう一度出る」っていう気力体力経済力etc.を再充電すること、ものすごくたいへんなのでありまして。私は最近、いまだに通っているシモキタの歯医者さんにいくときなどは、ちょっと余所行き目の恰好をするような人間になってしまいました。

終盤で「はじめて古本の買取をしてもらった」店(都丸書店/昨年末に閉店)のことが語られています。ブックオフ〜トレファクやメルカリなんかを気軽に利用できるようになった時代とは、ちょっと違う緊張感。おカネのこともですが、私は店主に「オマエはこんな本を買ったのか」「オマエはこれを売ってもいいと思ったのか」と無言で言われているようで、査定の時間がいたたまれなかったです、若いころ。



 今は読みたいとおもった本の大半はネットの古本屋で入手できる。交通費を考えると送料込みでもネットで買うほうが安いことも多い。とはいえネットでは知らない本は買えない。棚を見ながらタイトルや装丁がピンときた本を買う。未知の本を読んでいるうちに本と本とのつながりが生まれ、読みたい本が増えていく。
 旅先で買った本は背表紙を見るたびに「どこそこで見つけた本だ」という記憶がよみがえる。この先、読み返す機会がなさそうな本でも買ったときの状況をおもいだすとなかなか手放せない。

〜ウィッチンケア第11号〈古書半生記〉(P162〜P168)より引用〜

荻原魚雷さん小誌バックナンバー掲載作品:〈わたしがアナキストだったころ〉(第8号)/〈終の住処の話〉(第9号)/〈上京三十年〉(第10号)

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2021/05/22

volume 11寄稿者&作品紹介24宇野津暢子さん

 宇野津暢子さんとの出会いについては前号の寄稿者&寄稿作品紹介で詳しく書きましたが、あれから2年。ご近所ということもありまして、いろいろお世話になっております。昨年末、宇野津さんが発行する「玉川つばめ通信」の展示会にお邪魔しました。今号発行時、玉川学園「第11回 はなびら市&さくらめぐり」に参加しませんか、とのお誘いを受けて先行販売ブースを出展しました。正式発行後、宇野津さん直筆のPOPを添えた販売スペースを町田市内の久美堂本店/玉川学園店につくってもらうことができました。大事なことなのでもう一度書きます。いろいろお世話になっております! そんな宇野津さんの今号寄稿作〈水野さんとの15分〉は、拙宅のすぐ横を流れる恩田川沿いの遊歩道を舞台とした恋愛小説。この道を走ったり歩いたりペットと散歩したりとかする習慣がない私は、行き交う人々を〝風景〟だとしか認識していなかったのでありますが、これからは、なんか、オザケンの「痛快ウキウキ通り」とか「いちょう並木のセレナーデ」とかを口ずさんでスキップでもしようかな、とか思った。

作品に登場する佐々木さん(「わたし」/ランニングが日課)は、いつも水野さん(ウォーキングが日課)を追い越していた、という設定。それがふとしたきっかけで、足並みを揃えることになって。今作のなかで重要な役割を果たしているのは「LINEの交換」です。じつは私、LINE登録はしているけれどもあの緑色のアイコン、アイフォーンの3画面目に置いていまして、それはLINEでしか連絡の取れない人からの通知だけ見る(しかも見るまでに半日くらい「見なきゃ」と悩む)という使いかたでして、なので、このへんの恋心の「詰め」のニュアンスがいまいちわからず、そうしたら先週だったか朝のワイドショーで「初対面でLINE聞くのはアリ?」ってな特集をやってまして、そのときアナウンサーの斎藤ちはるさん(24歳)が「そうですね、一番プライベートな感じもするので、そこまで私から聞いて、踏み込んでいいのかわからないので。まずはインスタやってる? と聞きます」(←リンク先から引用)...と。なるほどー。

作中にある「でも、あの角を曲がったらこのスイッチを切って日常に戻ろう。わたしは子どものお弁当を作らないと。」という一節。...みなさん、くれぐれもスイッチの切り忘れにはご用心ください〜、と思わず恩田川沿いを行き交う人々に声をかけたくなりました。さて、佐々木さんと水野さんの恋の行方は? ぜひ小誌を手に取ってお確かめください!



最初は「おはようございます」だけにしようと思ったのだけれど、伸びやかな背中がかっこよくてつい「おはようございます」に「よかったらお茶しませんか」を付け加えてしまった。いきなりそんなことを言った自分におどろきつつ。
「いいですよ。でも、今?」と彼は言い、その返答があまりおどろいているふうじゃなかったので、ほっとした。「普通こんなこと言わないですよね。こんな朝早くに」と言ったら「そうですね。はじめてです」と笑った。
 続けて「どこで?」と聞かれて、可笑しくなった。たしかに、今はまだ6時半。ここは遊歩道。無謀だよなと思いつつまわりを見渡したら、川の近くに開店前のクリーニング屋さんがあり、横には自動販売機があった。

〜ウィッチンケア第11号〈水野さんとの15分〉(P152〜P156)より引用〜

宇野津暢子さん小誌バックナンバー掲載作品:〈昭和の終わりに死んだ父と平成の終わりに取り壊された父の会社〉(第10号)

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2021/05/21

volume 11寄稿者&作品紹介23東間嶺さん

前号での寄稿者&寄稿作品紹介。私は東間嶺さんについて『小誌第9号で東間さんを紹介したさいに「いつもリアルタイムな現実に沿った小説作品を寄稿」する人、みたいなことを書きましたが、』と書きましたが、そのスタイルは小誌の「一回休み」を経た2021年の寄稿作でも不変。ちょっと嬉しかったのは、前々寄稿作〈セイギのセイギのセイギのあなたは。〉に登場したサイトウマナミ〜次作でのカナ、の流れが今号への寄稿作〈パーフェクト・インファクション──咳をしたら一人〉でも引き継がれている感じ...なんか、「地球星人カナ」として、連作内で〝成長〟(←この言葉はポリコレ的にOKなのか?)していることでした。そうだ、私は最近までYouTuberの動画を見たこと、ほとんどなかったのですが、先月朝日新聞で須藤靖さんが「のけぞってしまった」と紹介していた酒村ゆっけ、を書評に釣られて見にいってほんとにのけぞりまして(さらにその動画の BGMが群馬電機株式会社の「呼び込み君」のNo.4だという雑学も某所で身につけて)、そのとき東間さんの作品にあらためてリアリティを感じたこと、告白しておきます。

今作の前半で描かれている、渋谷のダイニングバーの風景(私が最後に渋谷で酒を飲んだのは去年の2月だったかも)。かなりダウナーな描写が続きます。「得体の知れない」コロナのせいで誰もが疑心暗鬼になってるという雰囲気で、いまよりもギスギスした状況っぽい。対して、カナが語り部となる後半は「感染」をキーワードにした観念的な内容っぽく。「わたしは、おかしくなっているのだろうか?」...ちょっと、このへんはもう少し拡げた感じの東間さんの続編(!?)を待ちたい気分です。

あっ、そうだ。東間さんがEn-Sophのブログで予告していた〝『パーフェクト~』は対として構想されていて、〈乗客〉の側から画面のむこうの〈乞食〉に投げかけられる視線を扱った『ビューティフル・ビューティフル・ビューティフル・マンデイ』〟は、もう完成している? カナさんの人物設定が魅力的なので、一連の作品の、さらなるのけぞりそうな展開を期待したいと思います。



 地球星人のリスナーたちから次々にコメントが入る。数年前に「脱サラ」したあと引きこもり系You Tuberの人気者「地球星人カナ」として生計をたてるわたしは、月に何度か「視察」という設定で外から配信をしていたのだけど、新型コロナウイルスが首都圏に蔓延するようになってからはその頻度も大きく減っていて、この日は数か月ぶりの外配信だった。地球星人なら、危険を冒してでも緊急事態宣言下の地球を偵察しないわけにはいかない。ちなみに「地球星人」とは、学生の頃から読んでいた村田沙耶香の近作から借りた言葉で、わたしが中学生のとき小倉優子が「コリン星人」と名乗って芸能界で注目を集めていた手法から思いついたものだ。

〜ウィッチンケア第11号〈パーフェクト・インファクション──咳をしたら一人〉(P146〜P150)より引用〜

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volume 11寄稿者&作品紹介22美馬亜貴子さん

 小誌前号への寄稿作〈表顕のプリズナー〉ではミュージシャンを主人公にした美馬亜貴子さん。今回の〈コレクティヴ・メランコリー〉には中島美音子という女性編集者が登場しまして、なんだか回を重ねるごとにご自身のキャリア(編集者/執筆業)と作品とのシンクロ率が高まっているように思えたりもしますが、いやしかし、美音子が直面した困難は決して彼女固有のイシューではなく、それこそこのコロナ禍で一般言語化した「ディスタンス」の問題だし、これをいま語るとなれば「まったくの他人事」の言葉ではないだろう...と、スイマセン、作品を拝読しながら私も自分に引きつけていろいろ考え込んでしまいました。

人気作家・盛山秀平と編集担当者・美音子の人間関係、最後まで読んでも、私はこのくらいの「ディスタンス」が妥当だと思いました。クリエイターに惚れ込んでその魅力を文章で伝えようとするライター。クリエイターとは敢えて距離を置き冷静に作品を読み解こうとする評論家。編集担当者って、そのどっちでもありそうで、でも、どっちでもないような立ち位置なのかもしれなくて。日常の雑務にかまけて「普段は詰めて考えないようにしていたこと」が、ステイホーム期間に顕在化しちゃったんだな。そんなことは仕事の場だけでなく、(ミニマムには)個人の生活でも(でかい話をすれば)世界情勢でも多々起こったなぁ、と。...それにしても、作中で(たぶん読者にも)突きつけられた──あっ、ネタバレはしたくないので、とにかく槇原敬之と岡村靖幸の名を出して盛山が美音子に問うた──大問題の答え、私もいまだにしっくり見つけ出せません。

かつて「Perfumeいいよね」と某掲示板で書いたら「でっ、誰がいいの?」と訊かれて...これの私の答えは「(3人ともと)中田ヤスタカ」なんだけど、それでは答えになってなかったようで。これが高校生のころの「キャンディーズでは誰がいいの?」なら「ランちゃんです」ですっきりだったんだけど...と意味不明で陳謝です。このへんは、きっと小誌を手にとって美馬さんの一篇を読むと、なんとなく伝わると思います!



 今日はいつにも増して調子が悪そうなので「コロナが明けたらまたイヤというほど忙しくなりますから、今のうちに次に行きたいところを考えておいてくださいね」と、少しでも前向きになってもらえるよう励ましたのに、盛山は「……そうだね。コロナと俺、どっちが先に終わるかだけど……」と、こちらの気遣いを一切感知せず物騒なことを言うから、美音子は心底辟易した。月朝だぞ、勘弁してくれ。適当に話をまとめて電話を切ろうと考えた矢先、盛山が何か思い出したように「そういえばさ」と切り出してきた。

〜ウィッチンケア第11号〈コレクティヴ・メランコリー〉(P140〜P144)より引用〜

美馬亜貴子さん小誌バックナンバー掲載作品:〈ワカコさんの窓〉(第5号)/〈二十一世紀鋼鉄の女〉(第6号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈MとNの間〉(第7号)/〈ダーティー・ハリー・シンドローム〉(第8号)/〈パッション・マニアックス〉(第9号)/〈表顕のプリズナー〉(第10号)

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volume 11寄稿者&作品紹介21中野純さん

 前号での原稿打ち合わせのころの中野純さんは「いま人生最大に忙しい」(前作紹介文ご参照)の渦中でした。今回、世の中はこんな感じですが「短くでもリアルでお目にかかって打ち合わせするべき」と判断して決行。小田急多摩線某駅改札で待ち合わせてあらかじめネットで調べていたパスタ店にいくと、なぜか開いておらず。そのときは「まあコロナ禍だからこんなこともあるか」と急遽他店を探したのですが、あれはいったい何故(閉店ではなくいまも営業している)? ...そういえば、あの日も地図なしでけっこう歩きましたが、中野さんの今号寄稿作〈東男は斜めに生きる〉も東京を歩き回っています。向島、吉祥寺、八王子。このなかで私が迷子になったことあるのは、吉祥寺かな。「せっかく中央線がほぼ東西に気持ちいいくらいまっすぐ走っているのに、吉祥寺あたりはほとんどの道が線路に平行・直交せず斜めになっているから、中央線の線路に沿って歩くことは難しく、吉祥寺南町の北に吉祥寺東町があったりして迷いやすい」...はい、中央線を道標に、と舐めて歩いて「ここはどこ?」状態に。しかもさすが、JR。私鉄感覚で歩いたら、けっこう遠かった。

中野さんは「江戸城の外濠もラティス的に斜めに巡っていて、それは東京湾や隅田川の斜めに合わせたと思われ、だから江戸の町はかなり斜め」と書いていて、最近ラジオを聞いていて、そのことを思い出させる会話が耳に入ってきました。「東京の人って東西南北をふだんあまり意識してないですよね」と、関西出身の女性(...っうか、兵庫県明石市出身の赤江珠緒さん)。うろおぼえだけれど、関西の人はつねに山と海で自分の位置を確認しているので、それができない東京では道に迷いやすくて困る、みたいなことを。言われてみれば、たしかに東京の地名に東西南北が付いていても、それは「新」とあまり違いがないようにしか思えないし、と納得しかけつつ、いやアカエさん、あなたが方向音痴なだけなのでは? とも。

東男・中野さんの「たくさん道に迷って暮らすべきなのだ」という至言を、ぜひ赤江さんに伝えたいです。そういえば、いまうちのクルマに付いているカーナビは古くて、最近はアイフォーンがあるので事足りるがたまの遠出で使用してみると、困惑具合が伝わってきてけっこうスリリング(マネしないでください!)。とくに圏央道近辺はここ数年でずいぶん道が新しくなったんだなぁ、と実感。



房総半島は北東から南西に延びている。三浦半島は逆に北西から南東へ斜めに突き出ていて、利根川、荒川、多摩川という主要河川はみんな北西から南東に流れ、東京湾も斜めに奥まっていて、水の流れも地の高まりも、やたら斜めにできている。それがフィリピン海プレートの移動方向と直接関係あるのか知らないし、迂闊に関連づけてはいけないが、プレートの話はさておき、とにかく東京らへんの地理は妙にいろいろ斜めなのだ。とくに主要河川の斜めっぷりに、なにか強い力を感じずにはいられない。

〜ウィッチンケア第11号〈東男は斜めに生きる〉(P134〜P139)より引用〜

中野純さん小誌バックナンバー掲載作品:〈十五年前のつぶやき〉(第2号)/〈美しく暗い未来のために〉(第3号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈天の蛇腹(部分)〉(第4号)/〈自宅ミュージアムのすゝめ〉(第5号)/〈つぶやかなかったこと〉(第6号)/〈金の骨とナイトスキップ〉(第7号)/〈すぐそこにある遠い世界、ハテ句入門〉(第8号)/〈全力闇─闇スポーツの世界〉(第9号)/〈夢で落ちましょう〉(第10号)

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2021/05/20

volume 11寄稿者&作品紹介20柳瀬博一さん

 ウィッチンケアが2020年に「一回休み」しているあいだの、ビッグニュース! 柳瀬博一さんのWEB文芸誌『yom yom』(新潮社)での連載が完結し、『国道16号線: 「日本」を創った道』として昨年11月に刊行されました。「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)が16号線特集を組むなど、メディアでもたびたび話題になり、現在5刷とのこと。6月14日にはゲンロンカフェにて大山顕さん、八谷和彦さん、柳瀬さんによるトークイベント「国道16号線とポスト郊外論――地形から社会を考える」が予定されています。...それにしても、1冊にまとまった柳瀬さんの「16号線」論をあらためて拝読して、驚愕。歴史/地理/経済/政治/文化etc.を縦横無尽にクロスオーバーして語られると、私の家から2〜3キロのところを走る茫漠とした幹線道路の風景が、なんと違って見えることか!

小誌今号への寄稿作〈富士山と古墳と国道16号線〉は『国道16号線: 〜』刊行後に、柳瀬さんが自動車で「16号線エリア」を走ってみたさいの記録です。冒頭近くには、以下の文章が。「昨年11月、このウィッチンケアでもしばしばとりあげてきた『国道16号線』について、新潮社から本を出した。」「出してわかった。自分はまだこの道のことを何も知らない。」...いやぁ、知れば知るほど謎も深まっていくということなのでしょうか。とくに今回柳瀬さんが旅した千葉方面の16号線エリアは、西東京〜神奈川側の16号線エリア住人にとって心理的に遠い場所。いまは東京湾アクアライン(1997年開通)があって距離的には近いですが、20世紀の肌感覚だと富津でも熱海、いや山部赤人の〝田子の浦ゆ〜〟くらいに遠い感じがしてたかも。柳瀬さんはこの一首にも出てくる富士山、そして古墳を手がかりとして、千葉側16号線エリアの成り立ちを考察しています。

今回、柳瀬さんの寄稿作を「Googleマップつきっきり」で拝読しました。「16号線の起点に向かう。片道1車線のT字路、「富津」の看板からはじまる。その角には煉瓦色のアリス、というパン屋さんがある。残念ながら休みだった。チョココロネがおいしいのだが」とあれば、即ググる。ほんとだ、「やさしいおいしさ手づくり パン」というノボリが! みなさんもぜひ、小誌&スマホ(PC)で柳瀬さんの旅を追体験してみてください。




 確実にいえることは、かつて貝塚があった千葉の16号線沿いの海岸近くのエリアは、田んぼ文明が定着し、巨大な古墳がいくつもつくられるほどの人口と技術を兼ね備えた集落があった、ということだ。
 そこに暮らす人々にとって、古墳をつくる仕事に参加することと田んぼをメンテナンスすることは、どちらも「日常」になっていたのかもしれない。為政者は、古墳づくりに参加することをインセンティブにしたり、案外お祭りにしていたのかもしれない。

〜ウィッチンケア第11号〈富士山と古墳と国道16号線〉(P126〜P133)より引用〜

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volume 11寄稿者&作品紹介19藤森陽子さん

 具体的なお話までは伺っていませんが、観光/外食産業の取材をメインの仕事にしている藤森陽子さんにとって、この1年余はさぞかし制約の多い期間だったかと想像します。新年のSNSには「人生最大に手を洗っていた」「ハンドソープと消毒スプレーのことを熟考し、成分にやけに詳しくな」った毎日、と記していたし。...あんまり詳しい話題じゃないけれど、ユッキーナのお姉さんのタピオカ屋さんが云々、とか揉めていたのは、もう一昨年ですか。木下優樹菜もタピオカ屋さんも見かけなくなって短くもない時が経って、また夏がやってくる。藤森さんが小誌前号で紹介していた台湾の伝統的なデザート・豆花(ドゥファ/トウファ)は着実な人気でファンを増やしているようで、そういうほうがいいんだと思いますですよ(それにしても台湾、いろいろな意味で注目を集めることが多かったな)。

藤森さんの寄稿作〈上書きセンチメンタル〉で一番印象に残ったのは、「最初に会った時からまあちゃんはそういう人だったから、それが彼なんだと〝そのまんま〟理解していた」という一節。幼少期〜小学校1年生ぐらいの記憶か...私の場合、事象と時間がしっかり結びついているのは小学校3年あたりからでそれ以前のは断片的にしか思い出せないのですけれども、でも子ども心にインパクトの強かった光景は、短い動画みたいに脳のどこかに焼き付いていて(たとえば道路で蛙が大量に轢かれていた、とか犬に噛まれそうになった、とか「よ」という字を書こうとして書けなかった、とか)、たぶん藤森さんの「まあちゃん」との逸話も、動画的に再生されているのではないかな、と想像したり。たしかに、小学校1年生にとっての6年生は巨大だった。大人より得体の知れない生き物感があって、危険な存在に思えた、かも。

作品終盤で語られている藤森さんの怒り、共感できました。「何かのきっかけで刷り込まれた矮小な見解を、自分の頭で考えようともせず、さも世の常識のように語る輩」...ホント、お仲間同士の〝勉強会〟にでもしておいてほしいことを「さも世の常識のように」拡散しまくっているヘンな連中、ツイッターとかにいますよね。だいたい、いつも同じようなメンツだったりして、まるで「イジメッコの小6がたむろってる」みたいに思えます。



 まるでリトマス試験紙に鮮やかな色が忽然と浮かび上がるように、まあちゃんという存在によって、ふだん覆い隠されているものが不意に露わになる。そんな周囲の感情に晒されるたび、心の表面がザラザラと削られて、真っさらだった自分の意識に何かが〝上書き〟されていった。
 偏見とか差別意識とか、そうした原始的な感情は一体いつ芽生えるのだろう。
 二十一世紀も二十年を超え、昭和から三十年以上経った今、私たちはツルツルとした小さな板ひとつで、通信も支払いも生活のほぼ全てを賄えてしまう〝近未来〟に生きているのに、相変わらずどこかで戦争は続き、人はネガティヴで粗暴な感情から一向に解放されずにいる。

〜ウィッチンケア第11号〈上書きセンチメンタル〉(P120〜P124)より引用〜

藤森陽子さん小誌バックナンバー掲載作品:〈茶道楽の日々〉(第Ⅰ号)/〈接客芸が見たいんです。〉(第2号)/〈4つあったら。〉(第3号)/〈観察者は何を思う〉(第4号)/〈欲望という名のあれやこれや〉(第5号)/〈バクが夢みた。〉(第6号)/〈小僧さんに会いに〉(第7号)/〈フランネルの滴り〉(第9号)/〈らせんの彼方へ〉(第10号)

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2021/05/19

volume 11寄稿者&作品紹介18我妻俊樹さん

 2012年に「実話怪談覚書 忌之刻」で単著デビュー、昨年は「忌印恐怖譚 くびはらい 」を上梓した我妻俊樹さん。ネット上にいくつもある我妻さんのアカウントは、私からするとけっこう複雑怪奇(ご本人にはなにかしらの整合性があるはず...)で、すべてを拝見しきれてはいないかも。最近はnoteでの【日記超短編】が頻繁に更新されているようで...あっ、noteといえば、我妻さんは2019年11月23日付で小誌創刊号〜第10号までの掲載作すべてを自己解説しています。当ブログでの私の至らぬこれまでの我妻さん作品紹介にフラストレーションを溜めていたかた、ぜひアクセスしてみてください。解説文の最後のほうでは「私はたぶんつねにひとつのことしか書けないし、にもかかわらず同じようには二度と書けない、という書き手」とご自身&作品を顧みていて、ああ、その感じわかるなぁと思いました。

我妻さんの今号への寄稿作〈猿に見込まれて〉は、冒頭から不可思議な状況へと読者を誘います。「まさかと思って部屋の窓を覗くと、ソファに座っている父親の肩の上に猿が座っている」。この部屋っていうのはリビングルームみたいなものをイメージしてよいのかな? ごく普通に考えると猿はペットとか、あるいはぬいぐるみとか...いやいや、我妻さん作品に「普通」を持ち込むとかえって混乱のもとですね。この後、物語の重要な鍵を担っていると思える、二十年前の小学校の同級生・小林直輝が登場(なんとなく、この小林が猿の化身のようにも読めなくもない)。そして「家のまわりをぐるぐると歩く我が娘は、きれいな蝶でも見つけて追いかけているのだろう」という一文から推察するに、この物語の語り部である「わたし」は女性のよう。長らく両親と同居していて、そのことについて思うところも少なからずある女性...。

百円玉にまつわる話が何度か繰り返されています。「小林直輝がせっせとくれた百円玉は、彼の願いを叶えるための御賽銭だったのかもしれない」「百円玉の表面をぴかぴかに磨き上げ、数字も模様も消えて、丸い小さな鏡になったものを見るのが好きだった」etc。なぜ小林直輝は「わたし」に百円玉をくれたのか、ぜひ小誌を読んで、その真意を想像してみてください!



 途中で葬式の家の前を二軒通り過ぎた。あかるい時間なら気づかないような普通の住宅でも、夜になると結構葬式をしているものだ。それくらい多くの人が見送られている岸辺が、つまりこの世だというのに、わたしの両親はどうしてあんなにぴんぴんしているのか。まるで電柱にしがみついて駄々をこねる犬のようだ。そんなふうに思ってから、わたしは冗談好きな男のように自分で自分の喩え話に笑い、ふふふと息を漏らした。足音が時々わたしの歩行のリズムとずれて、あわてて追いついたり、少し止まって待ったりする。この町はわたしが想像するよりずっと大きく、ひとつの星のような複雑さをまとっている気がする。考えていることや、考え始める前の破片が靄のように漂って、それを吸い込むとわたしの頭が物を考え始める。

〜ウィッチンケア第11号〈猿に見込まれて〉(P114〜P118)より引用〜

我妻俊樹さん小誌バックナンバー掲載作品:〈雨傘は雨の生徒〉(第1号)/〈腐葉土の底〉(第2号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈たたずんだり〉(第3号)/〈裸足の愛〉(第4号)/〈インテリ絶体絶命〉(第5号)/〈イルミネ〉(第6号)/〈宇宙人は存在する〉(第7号)/〈お尻の隠れる音楽〉(第8号)/〈光が歩くと思ったんだもの〉(第9号)/〈みんなの話に出てくる姉妹〉(第10号)

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2021/05/18

volume 11寄稿者&作品紹介17武田砂鉄さん

 前号で武田砂鉄さんを紹介したのは...そうか、キング・クリムゾンの来日〜TBSラジオで「ACTION」がスタート、という時期でしたか。現在の武田さんは同局の「アシタノカレッジ」金曜日パーソナリティとしても活躍中。番組はYouTubeでも配信されていて、11時を過ぎると「音声だけ」からスタジオの動画に切り替わります。森喜朗さんに「(組織委員会の会長として)私は適任じゃないと思うんですが」と意見を述べた澤田大樹記者と、数十分の延長戦。一週間のシメ、みたいな感じに拝聴するのが習慣になってきました。武田さん、いまやほとんどの人の記憶から消えていそうな「プレミアムフライデー」についても繰り返し言及する粘り腰の姿勢が、新刊「偉い人ほどすぐ逃げる」(文藝春秋/2021.5.21)のタイトルとも重なっていて...そうか、去年の今日は「検察官の定年を引き上げる検察庁法改正案」を政府・与党が断念した日でしたか。光陰矢のごとし、コロナと五輪が不動の宙ぶらりんのまま。

第7号から続いている武田さんの寄稿作〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉。冒頭に「掲載するのはこれで5度目になるが、読者からの反応は正直薄い」との一節がありまして、スイマセン、それは漆原氏の発信力というよりは小誌のメディア力に起因するものではないかと恐縮至極。。。しかし発行人には「武田さんの作品がツボなんです」との声もしっかり届いていること、ぜひ氏にもお伝えしたいです! それで、今作でも氏はアンパンマン(とくに「バタコ」と「カバお」)にこだわりつつ、しかし話題はどうしてもコロナ禍における経営者としての諸々へと。時節柄か、インタビュアーも苛立っているようで、やや弱気に感じられる氏の言葉に鋭い切り返しを。とくに「そういうところ」についての白熱したやりとりは必読です。ええと、そういうところ、が具体的になんなのかをここでわかりやすく説明するのが非常に難しい一篇なので、ぜひ小誌を手にとって各自お確かめください。

インタビューの時点(2021年2月4日)で氏が持っていたのはデイヴィッド・グレイバーの「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の論理」。自分はタスクマスターではないかと「静かに笑」った、と記されている氏の真意をもっと詳しく知りたかったです。DX化で「クソどうでもいい仕事」がどうなるetc.、誌面の都合でお話をすべて掲載できなかったこと、残念〜。



時代に乗るのは簡単なことです。時代に乗らないのって、難しいことなんです。時代にうまいこと乗っかっていく人って、自分をごまかしているように見えるでしょう。あれ、逆なんです。時代に乗らないほうが、自分をごまかしているんです。自分の弱さが灰汁のように浮かんできた一年ではありました。この弱点をどのように打ち消していくのか。このインタビューもまた、自分の弱点を隠そうとしていたのかもしれない。

〜ウィッチンケア第11号〈クリーク・ホールディングス漆原良彦CEOインタビュー〉(P108〜P112)より引用〜

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2021/05/16

volume 11寄稿者&作品紹介16多田洋一(発行人)

 さて、今回も自身での自作紹介。多田洋一の〈捨てたはずのマフラーどうしちゃったんだっけ〉、略称〈捨てマフ〉について。いまになってみて、自分は今回「経年」について書きたかったんだよなと思っています。もうちょっとあけすけな言葉...まあ「劣化」とかでもハズレじゃないな、とも。書き始めるまえ、とりあえず「東日本大震災のころのことは記す」「コロナについてはダイヤモンド・ プリンセス号にまつわる件あたりまでしか記さない」と決めました。あらかじめ起承転結を決めてそれに合ったエピソードを配して、みたいな書きかたではないので、とにかく2020年初春の土曜日の午後、男女を伊豆半島でクルマに乗っけて、あとは「うまく走ってくれよ」と願いつつ行き当たりばったりで完成させました。わりと早い時期にできて、しばらくほったらかしにして、粗熱がとれたあとの推敲にかかった時間のほうが長かったくらい。

第11号正式発行の前日、noteに「でっ、誰にもらったマフラーなんだよって話を」をアップしました。これはぜひ読んでほしい。そして、第2号への寄稿作「まぶちさん」(←noteで無料公開)にまで遡ってもらえると、政治がらみな箇所なんかも少し違った感じで受け止めていただける、かな。...あと、人の名前。今作を書く過程で調べて初めて知った名前、書いたことで記憶の隅から甦った名前、確信犯での名指し。いろいろ混じっています。敢えて名前を記していない人が何人かいて、そのうちのおひとりについては「口さがない表現でごめんなさい」と、作中の「僕」に代わって謝りたいです(2005〜2006年、土曜日の朝は「ベリーベリーサタデー!」を楽しく見ていました/報道で、ちょっと眩暈が...)。それにしても、人の記憶なんてあてにならないもの。私は地震の直後、下平さやかさんが懸命に速報を伝えていたのははっきり覚えています。でも、そのとき家にあったテレビが地デジに対応した新しいものだったか、「テレビなんて映りゃいいよ」と長きに渡って使っていたブラウン管のやつだったか、もう思い出せなくてびっくり。

毎回、自分の書いたものについては「誰か代わりにお願いしますよ、酷評でもいいから〜」と思いつつ、ここまで引っ張ってけっきょく自分で、なんだよな(第6号掲載作だけ、三浦恵美子さんによる紹介)。本は手にしたが多田のは読んでない、って人がどれくらいいるのか、なるべく考えないようにはしています。なんでウィッチンケアを出してるんですか? と訊かれたさいにはいつも「それはオレの書いたものを読んでもらいたい、が半分です」と答えるようにしています。



 どこまでいくつもりなんだっけ? と麻耶ちゃんに訊かれた。「石廊崎まではいってみようと思って」と僕。「石廊崎になにがあるの?」「むかしいったときには椰子の木が生えていたような記憶がある」「椰子の木見てどうするの?」「いや、たんに半島の先っちょまでいってみたいだけ。それで今日はつきあわせてる」
 一瞬の沈黙があって、麻耶ちゃんが「先っちょ」を繰り返した。「なんか、いやらしい」

〜ウィッチンケア第11号〈捨てたはずのマフラーどうしちゃったんだっけ〉(P094〜P103)より引用〜

多田洋一小誌バックナンバー掲載作品:〈チャイムは誰が〉(第1号)/〈まぶちさん〉(第2号)/〈きれいごとで語るのは〉(第3号)/〈危険な水面〉(第4号)/〈萌とピリオド〉(第5号)/〈幻アルバム〉(第6号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈午後四時の過ごしかた〉(第7号)/〈いくつかの嫌なこと〉(第8号)/〈銀の鍵、エンジンの音〉(第9号)/〈散々な日々とその後日〉(第10号)

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2021/05/14

volume 11寄稿者&作品紹介15古川美穂さん

 今号の原稿締め切りは2月上旬でして、もうどうしようもなく森喜朗さんの2月3日の日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会での発言、寄稿作のいくつかに反映されています。森さんと同年齢の御父様と同居している古川美穂さんもかなり思うところがあったようで、とくに厳しく指摘されているのは、12日の理事会と評議員会の合同懇談会での辞任表明。これ、私も見ましたけれど、最初の発言、4日の釈明会見よりもっとひどかった。けっきょく「なんで俺が辞めなきゃいけないだ?」と思ってるのがはっきり見えて。でっ、この一連の騒動で私が一番印象に残っているのは、4日の時点でやまもといちろう氏がYoutubeにアップした動画の、冒頭のひとこと...(目をキラキラ輝かせて嬉しそうに)「俺たちの森喜朗がまたやらかしてくれた!」。スイマセン、思わず笑っちゃった。私はやまもと氏に対しては「胡散臭い人」というイメージが強いんですが、でもさすが〝切り込み隊長〟なんて渾名で呼ばれているだけのことはある、言葉づかいのセンスだなと。まさに「また」「やらかした」。「俺たちの」は...たぶんネット民のメンタリティを意識した、絶妙な枕詞。

古川さんの寄稿作〈おいの言霊〉では、双極性障害(躁鬱病)を発症していた父親との、ここ数年の生活の様子が語られています。たいへんだなぁ、と感じる描写も少なくはありませんが、しかし作品から伝わってくるのは、古川さんの言葉に対する敏感さ。冒頭の「83歳の父親をときどき無意識のうちに男言葉で叱りつけていることに、最近気が付いた。いや、本当は前からうすうす気づいていたが、あえて気づかないふりをしていたのだ」という一節への答え探しが、この一篇の主題だと思いました。とくにタイトルにも使われている、「おい」という呼びかけの言葉。同じような「ねえ」という呼びかけ言葉と比較してみて、「おい」がどれだけ効力(!?)の強い言葉かを、生活に即して考察しています。

「おい」という言葉を、古川さんは〝「これから上の者が命令を下すぞ。聞け」という合図〟だと書いています。自身を振り返って、オレ、「おい」って言葉をどんなときに使ってるだろう。ほとんど使ってないかもしれない。いろいろ考えてみて、レジで横入りされたりしたら言うかも? あっ、でもそんなときでも女の人は「ねえ」とか「ちょっと」とかを使いそうだから、「おい」ってそうとうな男言葉だったんだな、と今回再認識した次第。




 50歳を過ぎた娘から、「おい」呼ばわりで命令される父親の気持ちも複雑なものがあるだろう。発病前の父なら「なんだ。女がそんな言葉を使って」と激怒していたに違いない。だが今や立場は逆転している。
 もちろん、深刻な病状は脱したとはいえ、老いて弱ったうえ精神疾患を持つ親に命令することには良心の呵責を覚えないわけではない。やられて理不尽だと思ったことを人にするのは間違っている。それでもなお使いたくなるほど、おい+命令形は効果的で、一度知ると捨てがたい快感があるのだ。性別に関係なく、この言霊にからめとられたら逃れるのは難しい。

〜ウィッチンケア第11号〈おいの言霊〉(P088〜P092)より引用〜

古川美穂さん小誌バックナンバー掲載作品:〈夢見る菊蔵の昼と夜〉(第7号)/〈とつくにの母〉(第8号)/〈なつかしい店〉(第9号)

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volume 11寄稿者&作品紹介14清水伸宏さん

 小誌への初寄稿となった編集者・清水伸宏さん。プロフィール欄には「週刊誌を皮切りに、女性月刊誌、書籍、ムック等、手掛けてきたジャンルは広く浅い(笑)」とあり、ええと、私はそのいくつかの誌名も知っていますがそれはそれとして(ムニャムニャと濁す)、作品内に登場する「人気絶頂の女性アイドル」の事件...ある年齢の人──黒柳徹子と久米宏が司会をしていた歌番組を覚えているような──だと、どうしても岡田有希子のことを思い出しちゃいますよね。私は事件のすぐあとにアメリカにいったのですが、ケーブルテレビ(MTVだったと思う)を見ていたら世界の音楽情報みたいなコーナーでも取り上げられていて、びっくり。最近、シティ・ポップの再評価などで「キラキラした80年代」みたいな言われかたもされていますが、いまのリテラシーで振り返ってみると、そんなにいい時代でもなかったよなぁ、と。

清水さんの寄稿作〈定年退職のご挨拶(最終稿)〉は入り組んだ構成の小説。〝事件の真相〟はぜひ通読してご判断いただければ嬉しく存じますが、ここでは「30年以上前」に「二十代」で「週刊誌の記者」だった「僕」、そして「僕」が所属していた編集現場について、少々思うところを。一番印象的だったのは、「僕」(いわゆるデーターマン)と「デスク」「アンカーマン」との関係性でした。データーマンの役割っていうのは「売れる週刊誌のネタを拾い集めること」にちがいなく、しかし「僕」はデーターマンではあるけれどそれよりもまず生身の人間なのでネタに対する心の葛藤は当然あって、でっ、「僕」の立ち位置からだと「デスク」や「アンカーマン」はかなり非情にも感じられますが...この作品は週刊誌という商品をつくる過程では「ないこと」にされがちな人間性みたいな部分を、筆者の体験も踏まえて描いているのだと思いました。

作品内には「臭突」の説明があって、私は「キラキラした80年代」のトイレ事情についても思い出したぞ。若い人は想像できないと思いますが、国鉄(民営化で1987年にJR)のトイレって恐ろしく汚なかったんですよ。たしか民営化のさいに「利用者のご意見を伺います」ってことになって、女性の代表(檀ふみと阿川佐和子じゃなかったかな)から「絶対使わない」って言われて、改善したような記憶が。...しかし、アイドルと臭突。むかしのアイドルは「食べたケーキはケーキの型のまま胃で消えます」みたいなことを信じさせなきゃいけなそうな商売だったから、いろいろきつかったんだろうな。



 それから4日間、僕は当てもなくその街を歩き回っていました。日課のように覗いていた書店で、僕の所属する週刊誌の最新号を見つけて手に取りました。Kの後追い自殺に関する記事が掲載されている号です。
 僕が取材したKの祖父のコメントは、4ページに渡る特集の締めに使われていました。
「みなさん、天国にいるKの後を追っても、Kが悲しむだけです。孫の分まで生きてください」
 僕が取りたくても取れなかったコメントが載っていました。僕のデータ原稿を読んだアンカーマンが、これじゃ使えないと判断して創作したようでした。
 僕は週刊誌を買わずにラックに戻しました。

〜ウィッチンケア第11号〈定年退職のご挨拶(最終稿)〉(P080〜P087)より引用〜

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2021/05/13

volume 11寄稿者&作品紹介13谷亜ヒロコさん

 「隣の芝生は青く見える」じゃないんですが、短くもなく小田急線デフォルトの生活をしていると、同じく都心と郊外を併走している他線のことも気になるものでして、とくに「横浜寄りの町田市」在住の私にとっては生活圏が微妙に被る田園都市線沿線のこと、興味津々。じつは谷亜ヒロコさんのこれまでの寄稿作からも、「う〜ん、いかにも東急(田園都市線)文化圏」という気配を感じ取ってはいたのです。なので今回、そのあたりについてなにか書いてもらえませんか、とお願いしたらご自身もおもしろがってくれて。〈鷺沼と宮前平ヘブギー・バック〉って、小田急に変換すると〈読売ランド前と生田へブギー・バック〉でいいのかしらん。あっ、よみうりランドEASTでの「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」でKYLYNを観た記憶があるのだけど、あれはいつだったか。

拝読して、あらためて小田急線と田園都市線ののっぴきならない因果関係が理解できました。谷亜さんも「セレブ妻で有名なたまプラーザとあざみ野のおかげで、いまや鷺沼もメジャーになったものだ」と書いていますが、そうなんですよ〜。小田急人からすると、「たまプラーザ」(美しが丘)周辺のイメージが急激にアップしたせいで、百合ヶ丘〜登戸あたりが相対的にわりを食ってきたような気がして。...しかし、「どう考えてもスチャダラパーのイメージはズバリ下北沢カルチャーであり、宮前平だの鷺沼みたいな上部だけのハリボテな田園都市線文化圏より、小田急線のそれである」との考察を読むと、やっぱり「隣の芝生は〜」なのかなとも、ってローカルな話題でスイマセン。さて10年後20年後、現在再開発中の登戸と下北沢がどんな街に変貌をとげているのか?

現在の目で、ホームタウンである宮前平を検証する谷亜さん。言葉はそれなりに辛口ですが、でも懐かしい思い出が詰まった場所なんだな、というのがひしひしと伝わってきました。ぜひ多くのかたに読まれて、谷亜さんの思い出を共有していただければ、発行人として嬉しく存じます。



高津区から独立して宮前区が出来た1982年頃の宮前平駅前には、富士見台小学校同級生の親がやっていたヨーデルというパン屋さんがあり、高架下には喫茶店モーツァルトがあり、本屋もレコードショップもあった。レコードショップはいわゆる流行りのCD中心だったが暇があればチェックだけして、少しだけ尻手黒川道路沿いに歩いたCDレンタル店You&Iで借りていた。本屋さんでは雑誌「宝島」を購入。「宝島」は、駅前の本屋で買えるサブカルとしてスチャダラパーのアニとシンコも愛読していたというから、きっと彼らも同じような行動をしていたはず。

〜ウィッチンケア第11号〈鷺沼と宮前平へブギー・バック〉(P074〜P079)より引用〜

谷亜ヒロコさん小誌バックナンバー掲載作品:〈今どきのオトコノコ〉(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈よくテレビに出ていた私がAV女優になった理由〉(第6号)/〈夢は、OL〜カリスマドットコムに憧れて〜〉(第7号)/〈捨てられない女〉(第8号)/〈冬でもフラペチーノ〉(第9号)/〈ウラジオストクと養命酒〉(第10号)

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2021/05/12

volume 11寄稿者&作品紹介12武田徹さん

 昨年12月に武田徹さんが上梓した「ずばり東京2020」は、朝日新聞社の言論サイト「論座」で2018年8月から連載したルポルタージュに、新たな「東京コロナ禍日記」を書き下ろした1冊。タイトルからもわかるように、当初は前回の東京五輪を題材に開高健が書いた「ずばり東京」の2020年度版としてスタートさせたものの、諸般の経緯で奇しくもノンフィクション同時代史に...ええと、本日(5/11)も五輪の行方は五里霧中と言ってもいいのかな。ニュースには「さざ波」「絆」といった言葉が殺伐と飛び交っています。でっ、この先どうなるのか私にもまったくわかりませんが、しかし一昨年の10月半ばごろ、当初東京で開催予定だったマラソンがよくわからない経緯で札幌に変更されたことをどうしても思い出してしまうし、そういえば2002年FIFAワールドカップの日韓共催のころにも、この国では同じような空気が流れていたなぁ。つい最近、武田さんはクローズドなSNSで未来を予測するようなことを書いていて...うん、私もそんなふうにものごとが進みそうだと感じています。

武田さんの小誌今号への寄稿作は〈日本語の曖昧さと「無私」の言葉〉。第2号に掲載した〈終わりから始まりまで。〉から一貫して、「言葉」をテーマにした考察を試みてくださっています。今回、前半部の事例として挙げられている〝9時10分前〟ですが、もちろん私は「それは8時50分のことでしょう」と疑いすらしなかったです。「世の無常と非情」という一節、他人事とは思えず。そして作品後半では、記者経験がある哲学者・森本哲郎の〝新聞記者になって、僕がいちばん苦労したのは、文章から「私」を抹殺するという訓練だった〟で始まる一文も引用しつつ、「ジャーナリズムが自分たちの使っている言葉のあり方それ自体について意識的になること」の大切さを語っています。引用文内の〝文章から「私」を抹殺〟...これ、すごくわかりまして、自身の経験でも「私」とか「ボク」とか「俺」なしであるグレードの文章を仕上げるのって、ちょっとコツをつかまないとしんどいんですよ。ときどき「〜だと●●●は思う」みたいなので、●●●部分が雑誌名とかの原稿に出くわすと、ああ、苦肉の表現だな、と思ったり。

反動、なのか? ウィッチンケアをつくるようになってから、このような場所で寄稿者の作品を紹介するさいにも、つい「自分のこと」として語る悪いクセが付いているかもしれません、私。ですので、みなさまにおかれましては、ぜひ武田徹さんの寄稿作をダイレクトにお読みいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。



 実はジャーナリズムは人工的に日本語を変えて来た前例がある。たとえば記者がエッセーを書く場合を除いて記事を語る主語(=「私」などの一人称)を書かずに済ませようとする。取材して手に入れた事実を、事実そのものが語るような文体で書こうとするのだ。記者の主観を逃れて記事の客観性を確保するための修辞技法だが、これは日常的な日本語表現にはありえない特殊な記述法だ。

〜ウィッチンケア第11号〈日本語の曖昧さと「無私」の言葉〉(P068〜P073)より引用〜

武田徹さん小誌バックナンバー掲載作品:〈終わりから始まりまで。〉(第2号)/〈お茶ノ水と前衛〉(第3号)/〈木蓮の花〉(第4号)/〈カメラ人類の誕生〉(第5号)/〈『末期の眼』から生まれる言葉〉(第6号&《note版ウィッチンケア文庫》〉/〈「寄る辺なさ」の確認〉(第7号)/〈宇多田ヒカルと日本語リズム〉(第8号)/〈『共同幻想論』がdisったもの〉(第9号)〈詩の言葉──「在ること」〉(第10号)

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2021/05/11

volume 11寄稿者&作品紹介11トミヤマユキコさん

 ウィッチンケア第10号への寄稿作〈恋愛に興味がないかもしれない話〉で、自らの研究テーマを「労働系女子マンガ」だと語っていたトミヤマユキコさん。じつはトミヤマさん、今年から手塚治虫文化賞の新たな選考委員を務めていまして、先月末(4/28)に第25回受賞作が決定。マンガ大賞は「ランド」(山下和美)でしたが、ネットで公開された選評によると、トミヤマさんの推しは笹生那実「薔薇はシュラバで生まれる【70年代少女漫画アシスタント奮闘記】」。おお、まさに「少女漫画のアシスタント」という労働する女性を描いたマンガ! と納得しつつ、同作については今号への寄稿作〈俺がお前でお前が俺で──マンガ紹介業の野望〉でも言及されていたことをあらためて思い出したのでした。2020年は〝マンガ家による体験記、回想録がとても話題となった〟としたうえで、「松苗あけみの少女まんが道」とともに名を挙げ、さらに同じ系譜でもう一作ということで、庄司陽子の「ゴールデン・エイジ」を紹介していたな、と。

タイトル、そして本文にも出てくる「マンガ紹介業」という言葉、トミヤマさんの仕事へのスタンスを端的に表しているなと思います。大学の先生(東北芸術工科大学芸術学部文芸学科講師)/研究者なのですから、その成果の発表ならもっとアカデミックな響きの言葉で飾っても...いやいや、きっとトミヤマさんは自分が「これだ!」と思ったマンガの魅力を、できるだけ多くの人にきちんと「紹介」することが自らの使命と考えているんだろうな。ポイントは「自分が」と「きちんと」だと推察できて...つまり「世の中で良いとされているから、そういうものとして」紹介するのではなく、自分のお墨付きとして、責任持って紹介したいと。だから、作中にある〝たぶんわたしは「紹介する」という行為に、なんらかのケミストリーを期待しているんだと思う〟という一節に共感しました(ここで言う「ケミストリー」とは、紹介者としての良い意味での「山っ気」だとも私は理解)。

トミヤマさんは4月から朝日新聞の新書評委員にも選出されて、4月10日には「女ふたり、暮らしています。」(キム ハナ)、5月8日には『友達0のコミュ障が「一人」で稼げるようになったぼっち仕事術』(末岐碧衣)を紹介。とてもお忙しそうですが、ぜひ土曜日の朝にもケミストリーを起こしてください!



 さらにつらいのは、どうにか読み終えたマンガの中から、みなさんにご紹介する作品を絞り込まねばならないということだ。たくさん連載を持っているわけではないし、媒体それぞれの性格を考えると、「エロすぎるのでダメ」「人が殺されているのでダメ」「シュールすぎてダメ」みたいなケースも当然予想される。また、「まだ1巻なのでダメ」とか逆に「巻数が多すぎてダメ」というのも実はけっこうあるのだった。うう、難しい。
 各媒体ごとにカラーがあるのは仕方がないのだが、推したい作品が選ばれないのはやっぱり悔しい。それって食わず嫌いじゃない? 騙されたと思って食べてみたら案外おいしかったってこともあるんじゃない? とか思っている。いちいち言わないけど。


〜ウィッチンケア第11号〈俺がお前でお前が俺で──マンガ紹介業の野望〉(P064〜P066)より引用〜

トミヤマユキコさん小誌バックナンバー掲載作品:〈恋愛に興味がないかもしれない話〉(第10号)

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2021/05/10

volume 11寄稿者&作品紹介10長谷川町蔵さん

 昨年2月3日の夜、私は渋谷モディをウロウロしていました。そこがかつて丸井渋谷店本館だったことを知っている身として「ずいぶんざっくりしたテナント構成になっちゃったんだなぁ」と、一抹の寂しさなど感じながら。時間より少し早く着いたので、HMV&BOOKS SHIBUYAで「ディスク・コレクション ファンク」なんて本を買うか買うまいか迷っていたら(けっきょく買った)、長谷川町蔵さんとばったり。...って、モディにいたのは長谷川さんと大和田俊之さんの「文化系のためのヒップホップ入門3」刊行記念トークイベントに参加するためだったのだから、べつに不思議でもないことなのですが、しかし、あの日の対談ではまだ「新型コロナウイルス感染症」の話題って、出ていなかった記憶。その後、バタバタと世の中がコロナモードになって、アメリカではBLM〜合衆国議会議事堂襲撃事件なんてことまで起こって。いまの状況で、あらためて長谷川さんと大和田さんの話を聞いてみたいと強く思います。

長谷川さんの今号への寄稿作〈川を渡る〉で描かれているのは、「あたしたちの未来はきっと」(小誌掲載作をベースに2017年に刊行された小説集)のなかの一篇〈彼女たちのプロブレム〉で触れられていた、ある事件の詳細。東京都町田市と神奈川県相模原市を隔てて流れる境川周辺が物語の舞台で、〈彼女たち〜〉では〝「見ず知らずの相手にクスリを盛られてラブホでマッパのまま死にかけた」という危険な伝説の持ち主〟とされていた田中真由。彼女と今作の「俺」こと寺山翔太のあいだになにがあったのかが明かされています。東日本大震災の3年後、という設定でして、作中には真由が計画停電のことを思い出して「あの時はすごく心配だったし、もう元通りにならないって思ったけどあっさり戻っちゃったよね」と翔太に語りかけるシーンが印象的。...2011年の夏は暑かった。なぜなら、国民の多くが暑くても節電してたから。2014年の夏、エアコン全開で店の扉を開けている店、東京では普通にあった。

もうひとつ、翔太の台詞として「近くに親戚のおじさんが住んでいるんだけど」という一節がさらりと盛り込まれているんですが、ストーリーと照らし合わせて「えっ、そのおじさんってもしや...」と気づいた人は、かなり幸せな気分になれるはず。ちょっと、これ以上の内容に関する説明は野暮なだけなので、みなさまぜひ小誌を手にとってお楽しみください!



「服着てるとこ、見ないでよね」
「誰が見るかよ」
 俺が大輝と映美に「大丈夫だった。これから帰る」とショートメッセージで送っているうちに真由は帰り支度を終えた。スモーキーグリーンの長袖Tシャツにスカジャンを羽織って、ボトムは黒のスリムパンツ。黒のコンバースを履いている。町田の女子高校生の間ではちょっと知られたダンス・パフォーマンス部のスターの出来上がりだ。「今ちょうどクラブ・イベントが終わって店から出てきました」みたいな澄ました顔をしている。上下スエット姿で汗だくの自分がアホらしく思えた。

〜ウィッチンケア第11号〈川を渡る〉(P058〜P063)より引用〜

長谷川町蔵さん小誌バックナンバー掲載作品:〈ビッグマックの形をした、とびきり素敵なマクドナルド〉(第4号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈プリンス・アンド・ノイズ〉(第5号)/〈サードウェイブ〉(第6号)/〈New You〉(第7号)/〈三月の水〉(第8号)/〈30年〉(第9号)/〈昏睡状態のガールフレンド〉(第10号)

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2021/05/09

volume 11寄稿者&作品紹介09柴那典さん

 たとえば昨年4月某日の、忘れもしない日曜日の午前中。安倍晋三前首相が自宅でステイホームする動画を見てかなり混乱した私は、音楽ジャーナリスト・柴那典さんによる《星野源「うちで踊ろう」安倍首相 “コラボ事件” に抱いた強烈な違和感》という記事を読んで、ずいぶん心が楽になりました。この一件に限らず昨年から今年にかけて、世の中でのできごと(おもに音楽関係)について、柴さん経由で知ったこと/納得できたことがかなり多かったです。今号への寄稿作〈ターミナル/ストリーム〉内でも言及されている、瑛人の「香水」がなぜあんな大ヒットになったのかとか、あるいは竹内まりやの「Plastic Love」や松原みきの「真夜中のドア/stay with me」がいまどういう経緯/感覚で聞かれているのか、とか。

じつは私、いわゆるフェス体験はほとんどなく、長く〝宅聴き音楽愛好家〟なもので、ライヴ関係の方々はたいへんだろうなと思いつつも、音楽との付き合いかたにほぼ変化はありませんでした。むしろ柴さんが今作で分析を試みている、(元号でいえば令和以降に目立ち始めた)従来型の説明ではわけのわからない「流行現象」のほうが健全なのでは? と思えたりもして。思い返せば、2010年代の半ばの(マスメディアを介した)国内音楽産業って、おもに秋元康/EXILE/ジャニーズのどれかに紐付いたものが「流行っていることになってる」タームだったような気がするんですが、そんな状況を是認しないとどこか居心地が悪い、って時代のほうが異常だったと私は思います。「たぶん、ターニングポイントは2017年だと思っている」「どうやら世界は再魔術化しているんだ」という柴さんの考察、いまのうちにしっかり読み込んでおかないと、気づいたらミーム(呪術)とアルゴリズム(魔術)に翻弄されるばかりになっちゃいますよ!

「危ないから基本的にはあんまり大きな声で言わないつもりでいるけれど、ピザ」(〜以下略!)、という捉えかたにも共感できました。...最近、長く交流のある何人かがSNSで米国大統領を「売電」などと書くようになってて心が痛いです。いっぽう、若いころに「百億の昼と千億の夜」で免疫がついた、みたいなことを書いている知人もいて、私は後者推しですね〜。



 僕はそのたびに首を捻っていたのだけれど、2020年になって痛感したのは、ひとたび何かが流行ってしまえば、世の中の人たちのほとんどはそれを「そういうもの」としてすんなり受け入れてしまう、ということだった。自慢するわけじゃないけど、YOASOBIの「夜に駆ける」についての記事をメディアに書いたのは2020年1月のことで、たぶん僕はあの曲に最初に着目したうちの一人だと思う。瑛人の「香水」がチャートを駆け上がっていったときも、かなり初期から記事を作っていた自負がある。

〜ウィッチンケア第11号〈ターミナル/ストリーム〉(P052〜P057)より引用〜

柴那典さん小誌バックナンバー掲載作品:〈不機嫌なアリと横たわるシカ〉(第9号)/〈ブギー・バックの呪い〉(第10号)

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2021/05/08

volume 11寄稿者&作品紹介08小川たまかさん

 小誌第4号からの寄稿者・小川たまかさん。これまでは小説形式の作品を受け取ってきましたが、今回は〈トナカイと森の話〉と題したエッセイでした。拝読しながら私は、なんだか直接お目にかかって話をしたときのように言葉が伝わってくるなぁ、と感じていました。小川さんの文章はネット上にも多々掲載されていまして、日頃はたとえば《Yahoo!ニュース個人》のような記事スタイルのものに接することに慣れているのですが、扱うテーマは「性暴力」「ジェンダー」などであるものの、今作は自分語り的なせいか、脳というより心臓のほうにじわじわ効いてくる一篇。だからなのかな、お人柄の優しい部分と厳しい指摘とのバランスが、個人ブログがベースだった著書『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』よりもさらに〝声〟に近い印象を残します。

朝井麻由美さんの紹介時にも書きましたが、私は世代的に「昭和男子のなれの果て」。昨年映画「天気の子」がテレビで放映されたのを観て、ロケーション(代々木会館)がオマージュになっている「傷だらけの天使」もひさびさにアマゾンプライムで観てみました。若き日の萩原健一と水谷豊はあいかわらずかっこよかったけれども、しかし物語の背景である「昭和の社会構造」には胸がざわついてしまった。あっ、3月にはマスクをしっかり装着して「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇」を観賞してきまして、こちらもひさびさにDVD(個人録画)のアニメ版「新世紀エヴァンゲリオン」を観てみました。シンジ君はあいかわらず情けなかったけれども、しかし物語の背景である「平成の社会構造」(設定は「西暦2015年」だけど)にも、胸がざわついてしまった。...ざわつくってことは、つまり心当たりがあるわけで。今年2月にメディアで騒動となった森会長の言動はとんでもないんですが、でも私の内部にも「森喜朗さん的なるもの」は存在しているのだと思います。

作中ではいま活躍している20代の芸能人の、「森騒動」に対するコメントにも言及されています。小川さんの見立てを私なりに理解するに、この件はいわゆる老害問題/世代間問題/男・女差の問題とかではなく、社会構造の問題だと(...それにしても「わきまえる」って嫌な言葉)。ええと、私の理解が合っているのかどうか、ぜひ多くのかたに読んで確かめていただきたく存じます。タイトルから連想して「クリスマスの楽しい話?」なんて、早とちりなどしませんように〜。



さすが医大の女子受験生一律減点が明らかになっても「女は体力ないんだからしょうがないよね」って声がデカく響く社会。日本の最大のタブーは「日本には女性差別がありまぁす!」と口にすることだろう。だから男女平等を男女共同参画と言い換える。女性差別撤廃とは口が裂けても言わずに、多様性が大事、全ての人の人権が大事と言い始める。

ウィッチンケア第11号〈トナカイと森の話〉(P044〜P050)より引用

小川たまかさん小誌バックナンバー掲載作品:〈シモキタウサギ〉(第4号)/〈三軒茶屋 10 years after〉(第5号)/〈南の島のカップル〉(第6号)/〈夜明けに見る星、その行方〉(第7号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈強姦用クローンの話〉(第8号)/〈寡黙な二人〉(第9号)/〈心をふさぐ〉(第10号)

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2021/05/07

volume 11寄稿者&作品紹介07仲俣暁生さん

 昨年10月に「失われた「文学」を求めて【文芸時評編】」(つかだま書房)を上梓した仲俣暁生さん。同書には「出版人・広告人」での連載文芸時評(2016年10月〜2020年6月号まで)が時系列順に収められています。取り上げた作品でいうと「コンビニ人間」(村田沙耶香/2016.7)「ジニのパズル」(崔実/2016.7)から「星に仄めかされて」(多和田葉子/2020.5)まで。仲俣さんの小誌今号への寄稿作〈テキストにタイムスタンプを押す〉では、この本の制作プロセスでの新たな発見、編集者とのやりとりなどについても詳しく語られていて...2020年を通して一度もリアルではお目にかかりませんでしたが(2019年11月の文フリが最後)、コロナ禍のステイホーム生活もご自身の知恵できちんと糧に変換しちゃっていたのだなぁ、と感化されること多かったです。いや、仲俣さんにだってじれったいことや怒りたいこと、あったと思うのです。でも逆境のなかに意義を見い出していくような本作での姿勢、大事なことだな、と自分の来し方を振り返って強く思ったのでした。

2011年の震災と今回の厄災の違いについて語られている箇所は、とくに頷いてしまいました。前者については「震災のときはいまよりもっと、機会をとらえて外に出て人と話をしていた気がする。なんというか、それぞれが自分の経験した「震災」について饒舌だったし、互いに話をしたがっていた」。対して、後者については「新型コロナウイルス感染症のもとでの生活は、のっぺりと平準化されている。マスク、手洗い、不要不急以外はステイホーム。とりあえずこの三カ条を厳守していれば、不安が一定以上に広がることはない」。...そうだった、震災後は誰もがおしゃべりで行動的で人懐っこかった。今回は、メディア(SNS)経由ではヒステリックな言説も聞こえてくるし、個々も心理的には「繋がり」を求めているけれど、なにしろ「じっとしてる」のが一番なわけだし。もう、ここでしっかり自分と対峙しないでどうする、と思い直しています。

タイトルの一部となっている「タイムスタンプ」という言葉。小誌今号も後年振り返れば2021年という時代の刻印にはなるのでしょう。でも仲俣さんの語りに習えば、発行人として掲載作のひとつひとつが「その固有時の文脈を離れてもなお意味をもちうる」ものであると信じています。


 四年弱の間に書き溜めた文芸時評を本にするため読み返していて驚いたのは、リアルタイムで経験していたときは、それがいつかは歴史になるなどとは思えなかった出来事も、思いのほかあっけなく過去になってしまうということだった。終わらない悪夢のように思えたトランプ政権は一期四年で終わり、東日本大震災後の時間のほとんどを占めていた日本の長期政権もあっけなく終わった。遠からずこの時代のことは歴史的過去として記述され、その時代に生きた人たちの絶望や怒りは、それに対する抵抗と希望のありかとともに忘れ去られてしまう。それでいいのだろうか、という思いがいまなお私にはある。

ウィッチンケア第11号〈テキストにタイムスタンプを押す〉(P038〜P042)より引用

仲俣暁生さん小誌バックナンバー掲載作品:〈父という謎〉(第3号)/〈国破れて〉(第4号)/〈ダイアリーとライブラリーのあいだに〉(第5号)/〈1985年のセンチメンタルジャーニー〉(第6号)/〈夏は「北しなの線」に乗って 〜旧牟礼村・初訪問記〉(第7号)/〈忘れてしまっていたこと〉(第8号)/〈大切な本はいつも、家の外にあった〉(第9号)/〈最も孤独な長距離走者──橋本治さんへの私的追悼文〉(第10号)

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2021/05/06

volume 11寄稿者&作品紹介06久山めぐみさん

 久山めぐみさんとは2019年11月の文フリ以来リアルでお目にかかっておらず(その節はたいへんお世話になりました!)、今号でのメール経由の寄稿依頼よりまえのやりとりといえば昨年4月、久山さんが編集者として5年もの歳月をかけて世に送り出した「変容する都市のゆくえ 複眼の都市論」刊行のさいにSNSで、ひとことふたこと。いや、久山さんとだけではなく、この1年余は小誌関係者とリアルでお目にかかる機会、ホント、必要最小限でして、はい、もちろんいわゆる「テレワーク」(←ものすごく間抜けな響きだと思う、ついでに「DX」ってのも、どうなの?)で要件や案件は伝え合えるんですけれども小誌はそうゆうのからこぼれ落ちそうなものに依って立とうとしている媒体なので困るんだよなぁ、このコロナ禍。

「ロマンポルノは女性の力を描いてきた、と書くと、能天気なテーゼに映るだろうか。」と、冒頭から挑発的な切り込み(仮説)で始まる久山さんの今号への寄稿作〈立てた両膝のあいだに……一九八〇年代ロマンポルノの愉しみ〉。前半は女優・風間舞子の身体的な特長を事例に、日活映画のロマンポルノというジャンルが内包していた二重性等について考察し──ええと、ここで〝余計なお世話的〟な編集者解説を入れておきますと、久山さんは私より大幅に若く、いま20歳くらいの人がバブル期のトレンディドラマを観賞、みたいな体験としてロマンポルノに接していると思われ/余談ついでに私(同学年で一番有名な方は皇居にいらっしゃる)にとっての「日本活動冩眞株式會社」は、自分で映画を観にいくようになったころにはすでに成人映画の「にっかつ」だった記憶──さらに寄稿作の後半では、映画内で描かれた女性の社会的な立ち位置(フェミニズムとの関係性)についても語られています。いまの世の中、コロナ禍のせいでみんなが苛立っていて、ややもするとロマンポルノというだけで安易なポリコレ的、あるいは「森喜朗さん的なるもの」の徒花的に語られちゃいそうな雰囲気もあるので、久山さんの丁寧な検証作業は大事、と発行人として思います。

それにしても「濃厚接触」という言葉が悪いイメージ(理系的にか?)を纏い、自粛警察が自然発生し、GWまえには「灯火管制」「禁酒法」なんて言葉までネットで飛び交っていて、この先いったいどうなっちゃうんでしょうか。コロナ禍がそれまでの因習を変えていく転機になればよいのだけれども、でも〝自粛〟って(昭和〜平成へのそれでも感じたけど)世の中をシュリンクさせるばかりで、あんまりよろしいこととは思えんですよ。



 ロマンポルノで、いや、多くの映画で、女性の強い肉体は観客の視線を集め、ときに観客を襲い、脅かす潜在性をもっていた。ただしそれは同時に、そうして視線を集めるからこそ視覚的享楽の対象として消費されてしまう脆さをはらむ。小津や溝口、ゴダールなどの女性像も決してこれを免れるものではない。ロマンポルノは身体イメージがとくに映画にとって核となるので、映画一般での女性身体の強さと、強さが伴う脆さ、という二重性を、いわばあけすけに示してくれるジャンルなのだと思う。

ウィッチンケア第11号〈立てた両膝のあいだに……一九八〇年代ロマンポルノの愉しみ〉(P032〜P037)より引用

久山めぐみさん小誌バックナンバー掲載作品:〈神代辰巳と小沼勝、日活ロマンポルノのふたつの物語形式〉(第9号)/〈川の町のポルノグラフィ〉(第10号)

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2021/05/05

volume 11寄稿者&作品紹介05朝井麻由美さん

 現在放映中のテレビドラマ「ソロ活女子のススメ」(テレビ東京)の原作者・朝井麻由美さん。テレビ版では江口のりこ扮する《「ダイジェスト出版」編集部の契約社員・五月女恵》が、毎回ソロ活の奥義を実践していまして、私も楽しく観ています...いや、楽しく、だけじゃなくいろいろ勉強させてもらってます、かな。そうか〜、最近の水族館やプラネタリウムやラブホってこんな感じなのか、とか、なるほどある程度年齢がいってからの女子会ってのは諸々気遣うことも多いのか、とか。思い返せば、原作である「ソロ活女子のススメ」(大和書房)が小誌前号(第10号)発行直前の2019年3月18日に出て、ドラマ版のスタートが小誌今号発行直後の2021年4月3日と、不思議な巡り合わせのタイミングが続きました(朝井さんの活躍にあやかりたいです、小誌)。それにしてもドラマ版、江口のりこが哲学的(!?)な佇まいで絶妙なキャスティング。いまちょっと、東京メトロな感じの石原さとみではどうなんだろう、と想像してみたけれど、なんかすごく違いそうなので想像するの即止めた。

前号への寄稿作〈みんなミッキーマウス〉は平成の終わりにふさわしいエッセイでしたが、今回の〈ユカちゃんの独白〉は掌編小説。主人公の「あたし」ことユカちゃん、冒頭から思いっ切りネガティヴで不機嫌。なんだか昨日の朝日新聞に掲載されていた『「反出生主義」私たちへの問い』という記事にも通じるような。とにかく、怒ってます。ユカちゃんが暮らす世界と私の認識している現実とのあいだには事実関係で微妙なズレがあるように読めますが、彼女がなんで怒っているのか、その気分は共有できるんです。じつは私、まぎれもない昭和男子のなれの果て、バブル期の雑誌でちゃらいこと書いてた世代。だからよけいに感じるのかもしれないんですけれども、もう「森喜朗さん的なるもの」で日本内のあれこれを仕切る(←この言葉、前世紀は「リーダーシップ」みたいなポジティヴな響きがあったような記憶...)の、やめないと立ちゆかないよ、と。

作中、「山本さん」に対して〝ガッカリ〟と表明しているあたりのユカちゃんの心の揺れは、なかなか複雑で一筋縄ではいかないと感じました(「二本の線」という比喩も出てくる)。「反射的にページをリロードして消しちゃったことがある」...って、かなり正直な心境の吐露なんじゃないかな。このへんの「人の心のありよう」について、ぜひ本作を読んだかたの感想など伺ってみたいものです。



80歳だから、何? 年齢を重ねているとどんなひどい発言をしても許される法律とか、あったっけ? 80歳の人が生きてきて、見てきたものは違うから、という論理はまあわかる。でも、そこらへんを歩いている80歳のじいさんが言うのと、日本の代表である首相が言うのとでは、全然わけが違う。別に、そこらへんを歩いている80歳のじいさんが言っててもムカつくけどね? そいつらのために年金払ってて、あたしが80歳になる頃には年金もらえないんでしょ? やってられない。

ウィッチンケア第11号〈ユカちゃんの独白〉(P028〜P030)より引用

朝井麻由美さん小誌バックナンバー掲載作品:〈無駄。〉(第7号)/〈消えない儀式の向こう側〉(第8号)/〈恋人、というわけでもない〉(第9号)/〈みんなミッキーマウス〉(第10号)

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Vol.12 Coming! 20220401

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