小川たまかさんの小誌今号への寄稿作は、いろいろな読み方ができる一篇。タイトルの「寡黙な二人」は、おもな登場人物である<田中さん>と<山田さん>の鉤括弧でくくられた部分を意識して冠したものと思われますが、しかし()でくくられた2人の饒舌な<心の声>を読み解いてみると、かなりの情報量(登場人物も問題も多彩)。男と女の話、上司と部下の話、年齢差の話、公私の話、広告業界の話...あとはなんだろう? 敏感と鈍感の話とも読めるかな(これは、どちらがどちらと決めかねる...)。ユーモラスな筆致で軽妙に綴られていますが、個々のエピソードはけっこう根深く、拡張性があったりして。
全体のトーンとしては、後輩である山田さんのほうがやや押され気味な印象が残ります。しかし、私としてはけっこう山田さんの肩を持ちたくなる箇所も多くて...というのも、勤め人だった頃の自分(22〜25歳)ってこんな感じだったかな〜、なんて、恥ずかしさとともに懐かしくなって。まあ、いまとは世の中の風潮もずいぶん違っていましたが、それでも学生の時までは<子どもの一番年長>みたいな気分で過ごしていて、その後社会人になり<大人の一番若輩>に組み入れられて、当初は戸惑うことばかりだったなぁ、と。
作中には山田さんが<田中さん、髪の生え際だけ黒いんだけど、こういうのなんていうんだっけ、プリンだっけ。まあこんだけ忙しけりゃ美容院もなかなか行けないよな>と、素朴に年上の上司である田中さんを観察しちゃって自問自答するくだりがあります。作者である小川さんは、まだガキんちょ目線の抜けてない男が年長の女性の身だしなみや立ち振る舞いに関するあれこれを不思議がる感覚もちゃんと見抜いているのか、と、ぞくっとしました。私は入社4ヶ月くらいの頃(22歳)、営業で当時上司だったIさん(女性/30代前半の主任さん)と2人で渋谷から船橋市まで行って帰ってきたことがあって、仕事ではもうほんとうに感謝、としか言いようのないくらいフォローしてもらえたのですが、同時に、Iさんの口紅が濃い感じとか、笑うと目尻に浮かぶ皺とか、あと会話が微妙にずれてくるニュアンスとか、なんか生物的(!?)に不思議で、見聞きしなかったことにしてた、かも(失礼しました!)。
物語の終盤、2人はパリの話をします。鉤括弧でくくられた部分と()でくくられた部分のギャップが激しくて読み直せば読み直すほど、笑いが込み上げてくる。このおもしろさをぜひ多くの方に、小誌を入手して味わっていただきたいです。そして、ここまでは山田さんを擁護気味に話を進めてきましたが、映画「ビフォア・サンセット」について<つまんなかった><女優の顔がタイプじゃなかった>と腹の中で思っていたことについては...彼にダメ出ししたい。ちょっと山田さん、その女優さんを「汚れた血」で観てノックアウトされたオレですがなにか、と小一時間問い詰めてみたいw。
「あ、田中さん目の下になんかついてますよ」
(まつげついてる)
「え、どっち?」
(うわ、恥ずかし)
「そっちじゃなくて右です」
(右だよ)
「あー、これホクロだから」
(つーか今まで気付かなかったのかよ。全然人のこと見てないな。ていうか私、そんなに男から興味持たれない顔だっけ。年下から好かれたことはほとんどないけど、ちょっとショックだわ。これがアラサーになるということなのか。こういうこと考えちゃうから年下の男苦手だわ)
「いやホクロじゃなくて、たぶんまつげ。この、右目の下のあたり」
(最初からまつげって言えば良かった。ホクロは知ってるし。姉ちゃんも同じところにホクロあるんだよな)
ウィッチンケア第9号「寡黙な二人」(P032〜P037)より引用
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小川たまかさん小誌バックナンバー掲載作品
「シモキタウサギ」(第4号)/「三軒茶屋 10 years after」(第5号)/「南の島のカップル」(第6号)/「夜明けに見る星、その行方」(第7号)/「強姦用クローンの話」(第8号)
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Vol.14 Coming! 20240401
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