2013/05/07

vol.4寄稿者&作品紹介07 我妻俊樹さん

「視線を上げれば、郵便局の形に並んだ星が速達を届けようと輝いている。」

昨年2月に「実話怪談覚書 忌之刻」、8月にも「実話怪談覚書 有毒花」と、新しい本を立て続けに出した我妻俊樹さん。と書くと、作家活動が勢いづいているみたいですが、私的にはどうも我妻さんと「勢い」という言葉が脳内でしっくり馴染まず...現象としてはたしかにそうなのでしょうが、しかし私の知る限り、我妻さんはむかしからずっとマイペースで創作を続けてきた人なのでありまして...まあ、とにもかくにも作品がどんどん世の中にばらまかれることは、素晴らしい! そして、そんな我妻さんは個人アカウントではすっかり「ツイートしない人」になってしまいまして...どんな心境の変化なのだろう? あっ、でも歌人でもある我妻さんの短歌botは定期的に詠んでいたりして、それがまた、らしかったり。

寄稿作「裸足の愛」は、上記2冊に収められた作品群とはやや違った方向性で書かれた物語だと受け止めました(「雨傘は雨の生徒」「腐葉土の底」「たたずんだり」と併せて、そろそろ1冊の本として読んでみたし!)。本作の主人公「あたし」の隣人は「髪型のおもしろい男」でして、この男の髪型についての筆者の創作欲は「針、マックスまで振れてます!」という感じでして、なにしろ全部で6ページのうちの約2ページ(P41〜42)は、ほぼその髪型にまつわる描写&考察なのでして(たとえば「何度見ても本当にこの世にそれがただひとつ実現していることが悪い夢だとしか思えない頭部の状況」etc.)、そして怖ろしいことに、それだけの文字数が費やされているにもかかわらず、読者には「では、その男の髪型はどんなものか」というビジュアルがちっとも思い浮かんでこないという...まさに文字でしか描くことのできない「おもしろい髪型」なのでした。我妻さんが今後、このような表現で「悲しいセックス」や「愉快な暴力」なんかを描いたら、いったいどんなものになることやら。

 この認識はあたしの心を理由もなくかき乱し、放たれた豚が頭にナイフの刺さったまま胸の中で暴れているといったふぜいだった。一週間ほど、この豚に荒らされ続けた精神からふたたびあたしの意志の柱がせり上がると、鏡の中に白眼をむいた若い女の首が浮かんでいる。両眼がぴかぴか交互に光って、電灯の影の位置を変えた。少しずつだった。壁のむこうから独り言で人生の光と影について語る声がきこえてきた。あたしにはそのときけだるく揺れたりほどけたりしている髪型が手に取るようにわかったのだ。人生が語られているときでも、髪型は人生ではなく髪型そのものについて語っているのである。むしろそれ以外はいっさい口にしないと言っていい。その下で顔はめまぐるしく表情を変え、手足をばたつかせた人形のように世の中を渡っていく。ずっと雨が降っている横断歩道で大きな蛙が半分に潰れているのをあたしは感じる。三日も何も食べていない老女が通りかかり、そっと地面に迷いの手を伸ばすだろう。

ウィッチンケア第4号「裸足の愛」(P040〜P045)より引用

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Vol.8 Coming! 20170401

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