2017/05/08

vol.8寄稿者&作品紹介08 中野純さん

小誌今号の「参加者のプロフィール」欄(P200)に記されていますが、中野純さんは<ハテ句について初めてまとまった文章を書いた>、とのこと。中野さんは毎号、新しい題材や表現形式にチャレンジしてくださっていましてそれはとても嬉しいこと。ホント、小誌は創刊以来ずっと、寄稿者に「いままで(or 他では)やら(or やれ)ないことを試しに書いてみてください」と依頼して続けてきているので、嬉しい、より心強い、のほうが実感に近いかも。そして今回の寄稿作が小誌誌面だけに留まらず、すくすくと芽を伸ばして世界の果てまで拡がれば、と願っています。

はて、ハテ句とは?( ...すいません)。これはスマートなフォン、みたいな「サイハテを詠んだ句」の略称。本文から中野さんなりの定義を引用すると<とりあえず「サイハテ的情景を浮かび上がらせる自由律の句。しばしば諧謔的」>となります。ではここでカタカナ表記されている「サイハテ」とはなにかというと、<身近な町の傍らにあるのに遠い辺境のような景色や、夢と現の狭間にある景色>のこと...とここまで書いてふと気づきましたが、不肖私などよりそのへんをきっちり誰にでもわかりやすく説明してくださったのが、まさに今回の中野さんの寄稿作ですありますので、ぜひ小誌を読んでいただければ、と! そしてサイハテをより深く味わいたいかたは、中野さんと写真家・中里和人さんの共著「東京サイハテ観光」も要チェックです。

さて、今作ではハテ句の魅力だけでなく、写真/動画/文章(=散文!?)/フレーズ(ハテ句を含む)等の情報伝達における瞬時性についても、興味深い分析がなされています。<高浜虚子の「遠山に日の当たりたる枯野かな」のように、写生的な俳句はつまり写真的で、写真があたりまえでなかった時代はとくに、まさに写真表現として機能していたと思われる>という指摘など、なるほど! と霧が晴れたような気持ちになりました。

そして、中野さんはハテ句とスマホの類似性についてもおもしろい考察をしているのですが...ひじょうに感覚的なハテ句について、こうした瞬時性のない駄文を書き連ねている私ってなに? という気持ちにもなってきましたので、引用文の前に、作中で個人的に一番ささった句を、最後に...「皮膚科医院の外壁がぼろぼろ」。



 私は散文でサイハテを表現してきた。文章なら全体感を伝えられる。だが、大量の情報が流れ続ける今の社会において、瞬時に伝えられないというだけで文章には大きなハンデがある。どんなにいい文章を書いても、読んでもらえなければそれまでだ。瞬時性がない点では動画も散文に近い。だから、より瞬時的な六秒動画が流行ったりする。文章が瞬時性も獲得して、写真のようにだれでもかんたんにつくれて展示できて、一瞬のうちに鑑賞できるようにならないだろうか。

ウィッチンケア第8号「すぐそこにある遠い世界、ハテ句入門」(P048〜P053)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

中野純さん小誌バックナンバー掲載作品
十五年前のつぶやき」(第2号)/「美しく暗い未来のために」(第3号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「天の蛇腹(部分)」(第4号)/「自宅ミュージアムのすゝめ」(第5号)/「つぶやかなかったこと」(第6号)/「金の骨とナイトスキップ」(第7号)
http://amzn.to/1BeVT7Y

Vol.9 Coming! 20180401

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