2018/05/08

vol.9寄稿者&作品紹介08 仲俣暁生さん

仲俣暁生さんの小誌今号への寄稿作は、幼少期に出会った本にまつわる思い出について。とてもパーソナルな一篇ですが、しかし、作中に描かれている1970年代の生活まわりのあれこれが自分の記憶とも交錯して、心地好い余韻に浸りました。昭和、という括りではちょっと納まりが悪いセブンティーズの風景...たとえば葛飾区での暮らしのエピソードとして<地主の子の家はカネ持ちだったようで、その家だけカラーテレビが入った時期が早く、どうしても色付きで見たい番組は言えば見せてくれた>との一節があり、いまググってみると、カラーテレビの普及率が白黒テレビを上回ったのは1973年(その4年後には番組が完全カラー化)。そんな時代だったなぁ。近年はバブルに繋がるエイティーズの話が“歴史”としてよく語られていますが、そのちょっと前の、少しのんびりした時代の空気をたっぷり思い出したのです。

仲俣さんは1974年の春に葛飾区を離れ、船橋市へ。中学生になり、<リエコという背の高い勝ち気な女の子と仲良くなった>と。これは、恋バナです。SNSも携帯も親子電話もない時代の、恋の話。そして仲俣さんとリエコさんが交流手段として使ったのは、カセットテープとマンガ本。仲俣さんが音楽のカセットを貸し、リエコさんからはマンガ本を借りる。<ラジオから録音した初期オフコースの曲>と記されていますが...そうそう、70年代中期までのオフコースはラジオでたまにしかかからない存在だったなぁ。ディランやCSN&Yの音楽が国産フォークソングになった時代、小田和正はそういうのに背を向けて、たぶんカーペンターズやブレッドのような音を指向していて、売れてなかった(←私見です! でも5人編成になる前は知る人ぞ知るデュオで、オダヤンが中野サンプラザが満杯になったと感激して泣いてるライブ盤あり)。

リエコさんから借りたマンガ本として、西谷祥子の『飛んでゆく雲』が挙げられています。主人公は源義平、とのこと。2012年の大河ドラマ「平清盛」の頃、仲俣さんはSNSにもドラマの感想などを書き込んでいて、私は「こんな源源平平義義盛盛だらけのややこしい物語をなんで整然と理解できるのか?」と密かに驚いていたら、たしか「『新・平家物語』を読んだ」というような説明が...しかし今回の寄稿作で、そのさらに源流にリエコさんという存在があったのか! と、胸を打たれました。

終盤に登場する、<お煎餅>にまつわるエピソードにもやられました。紅茶に浸したマドレーヌ、もびっくり! 個人的な思い出って、些細なものごとの積み重ねでできていたりするものなのかも、とあらためて感じ入りました。<背の高い勝ち気な女の子>とお煎餅にどんな関係性があるのかは、ぜひぜひ、小誌を読んでお確かめください!



 なにがきっかけだったか忘れたが、こちらが好きな音楽をカセットテープにとったものを渡すのと引き換えに、リエコが面白いと思うマンガ本を貸してくれる、という交換条約が成立した。手紙やノートを交換した記憶はなく、とにかくモノとモノとを交換した。こちらはラジオから録音した初期オフコースの曲入りカセットなどを貸したように思う。そのときに借りたマンガのことはほとんど忘れてしまったのだが、一つだけ、歴史マンガがあったことを覚えていた。
 少女マンガなのにとても精密に描かれており、しかも主人公は源義平。そう、平治の乱で敗れて関東に下る途中で殺された源義朝の長男で、「悪源太」と呼ばれた少年の物語だった。

ウィッチンケア第9号「大切な本はいつも、家の外にあった」(P050〜P055)より引用
goo.gl/QfxPxf

仲俣暁生さん小誌バックナンバー掲載作品
父という謎」(第3号)/「国破れて」(第4号)/「ダイアリーとライブラリーのあいだに」(第5号)/「1985年のセンチメンタルジャーニー」(第6号)/<夏は「北しなの線」に乗って 〜旧牟礼村・初訪問記>(第7号)/「忘れてしまっていたこと」(第8号)

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Vol.9 Coming! 20180401

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