2014/05/09

vol.5寄稿者&作品紹介09 長谷川町蔵さん

タイトルになっているのはどちらも喫茶店名でして、べつに殿下がアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンみたいな音楽やるためにニューバンドを組んだわけではなく...作品内では「マチダ」と表記されていますが、これは長谷川町蔵さんと縁の深い東京都町田市を、限りなく想起させる作品です。

冒頭には小誌前号掲載作「ビッグマックの形をした、とびきり素敵なマクドナルド」に登場したマックが出てきます。続いて、周辺の風景描写...このあたりにはまだむかしからあるお茶屋さんや床屋さんも残っていますが、まあでも、あとどのくらい持つんだろうかという感じでして、なにしろ本作の重要な舞台である「珈琲の殿堂 プリンス」自体が突然なくなってしまったのですから。じつは寄稿作について打ち合わせをしていた昨年の時点では、まさか閉店とは私も長谷川さんも思っていませんでした。

一方の「ノイズ」は、いまや老舗の風格すら漂わせて健在。同店がテナントとして入っているJORNA(←この名前、どう考えても相鉄JOINUSのインスパイア系...)はリニューアルでDJブースがなくなったりしましたが...あっ、なんだか限りなく話題がローカルだな。とにかく「プリンス・アンド・ノイズ」はマチダをちょっと知っている小田急線/JR横浜線/東急田園都市線界隈の方なら、ディテールまで気になる青春小説です。もちろんマチダとは所縁のない人にとっても、作品内に描かれた「ぼく」と「ブリューゲル楓」さんの関係性には、胸がときめくはず(ちなみに本作は長谷川さんがご自身のブログに掲載した「あたしの少女時代 」のスピンオフという関係性)。...そして私は、現在発表されているマチダを舞台にしたいくつかの掌編が、いずれ有機的に結びついてもう少し大きな物語へ発展していくことを夢見ています!

物語の最後、ぼくは<聴いたこともないような不思議な感じの曲>に心を揺さぶられます。その曲はリターン・トゥ・フォーエバーの「ソーサレス」と書いてありまして、私はこの翻弄されているような場面が忘れられません。興味のある方はぜひ聞いたり邦題を調べたり、ぜひぜひ。それにしても「ノイズ」、私はむしろ下北沢にあった頃によくいったもので(以下個人的思い出話になりそうなので、略!)。

 Facebook の書き込みは今考えると恥ずかしい呪詛だらけになった。ナベちゃんは最初こそ励ましのレスを書いてくれたけど、やがて「いいね!」だけになり、そして無反応になった。そんなところにブリューゲルさんからフレンド申請が届いた。彼女とふたりで会話らしいものを交わしたのは1回きりなのだけど。
「『アメトーーク』ってもう終ってるよな」
「そのことが分っているのはこの教室ではうちらだけだよ」
 あの時は、自分の足が地面からちょっと浮き上がったような気がした。
 赤く歪んだ階段を昇っていくと、「三浦しをん様の推薦で珈琲プリンスがTBSテレビで紹介され放映されました」という張り紙と映画『まほろ駅前多田便利軒』のポスターがピンク色の壁にぞんざいに貼ってあるのが見えてきた。緊張しながら白いドアを押して店内に足を踏み入れた。
 珈琲プリンスは魔界だった。出迎えてくれたのは、壁に立てかけられた中世ヨーロッパの甲冑。天井にはステンドグラスがびっしり貼られ、座席の間には観葉植物が鬱蒼と茂っているため、客がいるのかいないのかすら分らない。床のところどころからギリシアの神殿みたいな柱がそびえ立ち、その上にはヒョウの剝製やガラス細工の巨大な白鳥が飾られていた。ふと誰かに見られていると思って振り向くと、トナカイの剝製の首がこちらを睨んでいた。
「タキグチ、そっちじゃないって」
 声がする方角を見ると、ブリューゲル楓がゆっくり手を振っていた。随分、会っていなかったというのに、土日明けのような感慨のない表情をしている。彼女はみんなから忌まれている例の灰色緑の制服を着ていたけど、植物だらけの店内にはマッチしていて、シックにすら見えた。テーブルには既に飲みかけのブラックコーヒーが置いてあった。
「ここってスタバより安いくらいだから安心しなよ」
 450円のコーヒーを注文すると、黒いタキシードに身を包んだウェイターがその価格に見合わない恭しい態度でそれを持ってきた。ぼくはそれに子どもっぽいと思いながらも角砂糖を2つとミルクを注いだ。
「ここ超ウケる感じでしょ? 放課後いつも寄っちゃうんだよね」


ウィッチンケア第5号「プリンス・アンド・ノイズ」(P066〜P072)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/80146586204/witchenkare-5-2014-4-1

Vol.8 Coming! 20170401

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