2023/03/30

たたり(ノベライズ・ウィッチンケア第13号)

  はい。やっぱり、きちゃった。(8回連続


……、感無量。もはや令和5年に彼女の「きちゃった」設定を続けること、棘の道なんだが、継続します。


「今年もできましたよ、ウィッチンケア第13号。持ってきたんだから、ちゃんと読んでね」

 そう言って彼女は微笑み、燃えている果物が表紙になった本を差し出す。

「なんか、今回のは不穏なヴィジュアルだなぁ。13号...数字も不穏だ」

「そこは、あんまり気にしなくても大丈夫です。読めば前号よりさらにおもしろいから」

「自信満々だね」

「だって発行人、ルーティンになっちゃったら続けない、って言ってるし。発行したってことは、いままでで一番おもしろい本になった、ってことだと」

「わかりました。その言葉を信じて読みます。でっ、あのぅ、もし読まなかったら今年も?」

「もち、殺す」


もはやポリコレとかを超越した笑顔を見せて、彼女は去った。僕はウィッチンケア第13号をじっくり読み始める。




表紙、美しいがそこはかとなく不穏です。ロゴは第9号〜第11号とめまぐるしく変化し続けていたけれども、今号は第12号と同じ。前号でエディトリアル・デザインを手がけた太田明日香の、余白を活かした美意識に発行人が魅了され継続とした、と推察できる。ページを繰ると、表2はさらに不穏なモノクロ写真(人影?)。ロゴだけのシンプルな扉に続いて、見開きの「もくじ」。作品名より人の名前が上なのは、創刊以来変わっていない。次の見開きページは不穏ながらも可愛いらしい黒猫の写真...と、ここまで繰り返し「不穏」という言葉を出してきたが、とにかく、今号のヴィジュアルイメージを支配している写真家・千賀健史の作品については、別項の「写真家・千賀健史さんについて」を読んでもらうのが一番だと思う。


今号のトップは荻原魚雷。「社会恐怖症」をキーワードに人付き合いについて考察した一篇だが、文中の「麻雀で危険牌が通るか通らないかみたいな勘」という例えが胸を突く。続いての中野純は専門分野である闇についての、軽妙ながら大真面目な提言。野村佑香は自身のチャイドル時代を振り返りつつ、現在の〝推し〟との良好な関係を語る。私は「中森文化新聞」でチャイドルという言葉を知ったが、当時の関係者にこそ、ぜひ読んで欲しい一篇。初寄稿の加藤一陽は〝飲み散歩〟の楽しさを語りつつ、新しい世代の時代認識を垣間見せる。蜂本みさの小説もまた、若い世代の仕事観が伝わってくるシニカルな読後感。初寄稿となるコメカの「2010年代」への決別...その先もまたディストピアなのか、光が射しているのか? やはり初寄稿となる木俣冬の寄稿作は、タイトルからは推察できない、ある役者についての深い考察だ。久禮亮太は今春自身が開店させた書店についての、メイキング。今後独立系書店を目指す方には示唆に富んだ内容のはず。すずめ園の掌編小説は日常に宿る夢のような不可解さを選び抜かれた言葉で描いた。荒木優太は、今回は評論家というより作家的なスタンスの一篇でエントリー。美馬亜貴子は作品とそれを生み出す側と社会通念との微妙なバランスについての小説を。武田徹は鶴見俊輔と詩の関係性を、リカルシトランス(不可操性)という言葉を手掛かりに読み解く。久山めぐみは脚本家・坂元裕二の作品をそのメロドラマ的な特長に着目して考察。柳瀬博一は都会に生息するカワセミの環世界と、人にとって「いい街」の共通点についてのフィールドワーク。朝井麻由美は自身のテレビ番組出演経験をもとに、バラエティータレントの心性に思いを馳せる。武田砂鉄の疑似インタビューでは今回「プリミティブノミー」なる妖しい新語がキーワードとなっている。宇野津暢子は第11号に掲載した小説の続編、二人の関係性が〝危険〟水域に。多田洋一はレコード屋と音楽、そして〝書き換え〟を題材にした小説を。トミヤマユキコは変名を使うことによる人格やジェンダーの妙味を語る。長谷川町蔵は渋谷を舞台に、世代論を意識した小説を。小川たまかは京都での生活、そしてツイッターで巻き込まれたある事象について。吉田亮人は図書館での展示会を開催したことで感じた「写真集をつくるとこ」の意義を。谷亜ヒロコは育児とホス狂いの共通点を自身の体験をもとに探る。武藤充は先祖の来歴を現在の町田市と重ね合わせて検証した。久保憲司は人生の余命について、日本の経済政策の問題点を絡めながら小説化。仲俣暁生はビートルズの「ホワイト・アルバム」に至る、自身の音楽遍歴を振り返る。柴那典は試写会で感動した「エブエブ」等について、ジェネレーティブAIも使用してアカデミー賞 受賞前に早々とレビュー。清水伸宏は失踪した妻を探す男の心境を細やかに描いた。ふくだりょうこは祖母の死をきっかけに露見した家族の人間関係の掌編。矢野利裕は著書「学校するからだ」に収められなかったアナザーストーリーを。藤森陽子はお香の会への参加をきっかけに考えた自身の「ライター」という仕事について。木村重樹はいわゆる「鬼畜系」の捉え方が時代を経て変化していることへの雑感を。宮崎智之は自身の職能である「書くこと」について、あらためて多面的に考察した。東間嶺は今年になって物騒な話題を振りまいている、あの人気者も登場する戯曲を。かとうちあきは「大山鳴動して〜」なんて言葉も連想させる、ネズミにまつわる話。山本莉会はテキストの視覚的おもしろさも組み込んだ、十二支が登場する掌編小説。そして我妻俊樹の小説...言葉の万華鏡、イメージが拡散する不思議な世界へと誘われる。


37篇の書き下ろし後に、今号に関わった人のVOICEを掲載。その後にバックナンバー(創刊号~第12号)を紹介。新たにQRコードをつけたのでWitchenkare STOREでその場で購入できるとは、世の中便利になったものだ。……こんなに読み応えのある本が、じつはまた少し値上げして(本体:1,600円+税)でして、みなさまごめんなさい。諸物価高騰のおり、小誌を続けていくためのこととご理解くだされば嬉しく存じます。


それで、今回もまた繰り返すしかないのだが「ウィッチンケア」とは、なんともややこしい名前の本だ。とくに「ィ」と「ッ」が小文字なのは、書き間違いやすく検索などでも一苦労だろう。<ウッチンケア><ウイッチンケア><ウッチン・ケア>...まあ、漫才のサンドウィッチマンも<サンドイッチマン>ってよく書かれていそうだし、そもそも発刊時に「いままでなかった言葉の誌名にしよう」と思い立った発行人のせいなのだから...初志貫徹しかないだろう。「名前変えたら?」というアドバイスは、ありがたく「聞くだけ」にしておけばよい。


そしてそもそも「ウィッチンケア」とは「Kitchenware」の「k」と「W」を入れ替えたものなのだが、そのキッチンウェアはプリファブ・スプラウトが初めてアルバムを出した「Kitchenware Record」に由来する、と。やはりこのことは重ねて述べておきたい、とだんだん話が袋小路に陥ってきた(というか、いつも同じ)なので、このへんにて。

2023/03/19

太田明日香さんとの作業の進めかた

ウィッチンケア第13号の装幀(というか、Art Direction/Design)は前号に引き続き太田明日香さんにお願いしました。太田さんは1995年生まれ...その年の私はすでにフリーランスで、仕事環境はといえば、メイン機器が東芝RUPO(ワープロです)とSONYの留守電機能付きコードレスフォン、だった記憶が。

でっ、翌年の秋に漢字Talk 7.5(OSです)搭載のApple Macintosh Performa 6260を買って、それまではフロッピーを出版社に届けていたのに、初めてニフティサーブ(パソコン通信です/インターネットじゃありません)で原稿が相手に届いたことに驚愕して...って、このテの昔話はどうでも良いんですが、いやしかし、今号での私と太田さんとの仕事の進めかたと当時の環境を比較すると、そりゃもう隔世の感。。。

太田さんとはなるべく「システマティックな本の作り方」をしたいな、と思って実行しています。私のうっかりミスが多いので何度もやり直しをお願いしたりして恐縮なんですが、それでも、おおよその作業はGoogle ドライブ内で。補助的にメールと、あとLINE通話が2回あったかな。

あくまでも経験による感覚ですが、もし1995年に200ページ程の写真をそれなりに使う本を共同制作していたら、たぶん実質の制作期間(約2か月)で20回くらい会って100回くらい電話して、ケースによっては3回くらい“揉め事”になって、やっと「お疲れ様〜」だったような感じがする。ほんと、時代は変わりました(良くなったと思う)。

あれ? 太田明日香さんの仕事について紹介するはずが、いにしえの諸々についてのボヤキばっかりに。いや、私がここで言いたいのは、とくにこの時代に「紙の本を作りたい」なんて思っているかたがいらっしゃいましたら、ぜひ太田さんと連絡をとってみてください、と、それに尽きます。こんなにも編集者マインドを理解してくれたうえで的確な作業をできる若いエディトリアル・デザイナーさんなんて、いまどきねえ。とにもかくにも太田さん、今号での作業、本当にご苦労様でした!




ということで、太田さんのデザイナーとしての特長etc.については、前号での紹介文をもう一度ご参照ください。


※「ウィッチンケア」第12号:デザイナー・太田明日香さんについて

https://note.com/yoichijerry/n/ncbd5a385dbaf


4月1日正式発行の「ウィッチンケア」第13号、アマゾンでの予約も始まりました。みなさま、ぜひぜひ!

https://amzn.to/3ZJ7dY3



2023/03/15

写真家・千賀健史さんについて

ウィッチンケア第13号に掲載されたすべての写真は、千賀健史(ちが・けんじ)さんの作品です。


     ●  ●  ●


小誌は第9号以降、寄稿作(テキスト)以外のほぼすべてが写真家の作品発表スペース(紙のギャラリー)となるようなレイアウトに変更しました。vol.9の菅野恒平さん、vol.10の長田果純さん、vol.11の岩田量自さん、VOL.12の白山静さんに続き、今回はどなたにお願いしようかと...。


今号は第「13」号なんだよなぁ、べつに私はキリスト教徒でもなんでもないんですが、なんとなく不吉な数字だなぁ、という気持ちはありまして、ならば、その不吉さを創作の意欲に〝書き換え〟して、いままでトライしたことのないビジュアルの1冊にしちゃおうか、そんなことを昨年の秋ごろ考えていましたら、あるご縁があって千賀さんと知り合いました。

千賀健史さんは1982年滋賀県生まれ。大阪大学基礎工学部を卒業後、写真作家としての活動を開始。2010年代半ばからハンドメイドによる写真集作りを始め、2017年に第16回「 1_WALL」写真部門グランプリ受賞。その後も国内外の賞をいくつか受賞しています。リサーチをベースとしたドキュメンタリー作品の制作がメインで、たとえば「貧困格差」「自殺」「オレオレ詐欺」といった、撮影することが困難な題材をコンセプトに沿った手法で視覚化。手製の写真集は海外でも高く評価されています。より詳しくは、下記URLでの千賀さんと審査員とのやりとりを読んでみると、その世界観が伝わってくるはず。

写真新世紀:2021年度[第44回公募]グランプリ選出公開審査会報告

https://global.canon/ja/newcosmos/closeup/exhibition-report-2021/kenji-chiga/index.html


写真を生業とする方の肩書きにはさまざまあって、たとえばフォトグラファーとか写真家とか、日本ではむかしからカメラマン(これは最近はCamera OperatorとかCamera Personなのかも?)、とか。千賀さんの場合は、飯沢耕太郎さんから「ニューフォトジャーナリズムの旗手」と評されたように、フォトジャーナリスト/写真作家というのがふさわしいと思います。

でっ、そんな千賀さんの作品と小誌の「13」がなんで、結びついたのか!?

いわゆる〝ホラーっぽい〟、みたいなわかりやすい「13」の読み解きヴィジュアルではなく、いまの世の中に漂う「13」的な不穏さを、千賀さんの作品世界と摺り合わせることで、2023年4月1日(Aplril Fool)に発行する1冊の装いとしてみたかったのです。さて、その目論見がうまくいったかどうかは、小誌を手にしてのお楽しみ、ということで。



表紙画像の他に、千賀さんの最近の作品をもう1枚、掲載します。興味を持たれたかたは、ぜひ千賀さんの公式サイトSNSにアクセスしてみてください。


そして、千賀さんの最新写真集「HIJACK GENI」も、現在発売中(残部少)。こちらも、ぜひぜひ。

https://reminders-project.org/rps/hijackgenisalejp/


2023/03/13

ウィッチンケア第13号校了!

東京では今日にでも桜の開花宣言が、とも言われていたのに、午前中の天気は暴風豪雨。...なんとも第「13」号の門出にふさわしい13日の月曜日です。

本日午後、ウィッチンケア第13号無事校了。寄稿者、制作関係者のみなさま、ありがとうございました。そして、ここからは(ネットを含む)書店のみなさまのお世話になることに。みなさまあっての小誌、と今回もあらためて肝に銘じます! ひとりでも多くの読者に届くことを、切に願いつつ。



今号は使用する紙が変わりました。第7号からの《ホワイトコハクライト》が生産終了のため、《オペラホワイトマックス》へと。印刷/製本をお願いしている株式会社シナノパブリッシングプレスの担当者に聞いたところ「少し厚くて、でも軽くなります」とのこと。また前号は表紙にマットPP加工を施しましたが、今号は写真家・千賀健史さんの作風に合わせたグロスPPで。

軽くてツルツルしてて、パッと見は美しいんだけれどもどこか不穏な「13」号。取次会社の(株)JRCと直取引のある大型書店さま、また弊者(yoichijerry/not「社」)と直取引のある独立系書店さまでは、早ければ3月25日(土曜日)頃から並び始めるはずです。

そして、アマゾンでの予約も開始しました!

みなさま、どうぞよろしくお願い申し上げます!

★書店関係の皆様、小誌第13号(BNも)のご注文は(株)JRCの下記URL、

またはBOOKCELLAR、

にて、よろしくお願い致します。

























ウィッチンケア第13号(Witchenkare VOL.13)
発行日:2023年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりー/発行人の屋号)
A5 判:224ページ/定価(本体1,600円+税)
ISBN::978-4-86538-146-7 C0095 ¥1600E



【寄稿者/掲載作品】 ~「もくじ」より〜

006 荻原魚雷/社会恐怖症
010 中野 純/臥学と歩学で天の川流域に暮らす
016 野村佑香/おしごと 〜Love Myself〜
022 加藤一陽/リトルトリップ
028 蜂本みさ/せんべいを割る仕事
034 コメカ/さようなら、「2010年代」
040 木俣 冬/まぼろしの、
044 久禮亮太/フラヌール書店ができるまで
050 すずめ 園/惑星野屋敷
058 荒木優太/不届きものの後始末
062 美馬亜貴子/スウィート・ビター・キャンディ
066 武田 徹/鶴見俊輔の詩 〜リカルシトランスに抗うもの〜
072 久山めぐみ/坂元裕二と普通であることとメロドラマについてのノート
078 柳瀬博一/カワセミ都市トーキョー 序論
086 朝井麻由美/削って削って削って
090 武田砂鉄/クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー
096 宇野津暢子/好きにすればよい
102 多田洋一/パイドパイパーハウスとトニーバンクス
116 トミヤマユキコ/変名で生きてみるのもええじゃないか
120 長谷川町蔵/ルーフトップ バー
126 小川たまか/別の理由
132 吉田亮人/写真集をつくる
136 谷亜ヒロコ/ホス狂いと育児がほぼ同じだった件
140 武藤 充/氷武藤家の足跡
144 久保憲司/余命13年
150 仲俣暁生/ホワイト・アルバム
156 柴 那典/ベーグルとロースとんかつ
162 清水伸宏/アンインストール
170 ふくだりょうこ/この後はお好きにどうぞ
174 矢野利裕/3年ぶりの合唱──『学校するからだ』のアナザーストーリーとして
180 藤森陽子/梅は聞いたか
184 木村重樹/アグリーセーター と「本当は優しい鬼畜系」の話
190 宮崎智之/書くことについての断章
196 東間 嶺/口にしちゃいけないって言われてることはだいたい口にしちゃいけない
202 かとうちあき/おネズミ様や
206 山本莉会/かわいいみんなのおだやかでない話
210 我妻俊樹/北極星
218 参加者のVOICE
223 バックナンバー紹介

編集/発行:多田洋一
写真:千賀健史
Art Direction/Design:太田明日香
取次:株式会社JRC(人文・社会科学書流通センター)
印刷/製本:株式会社シナノパブリッシングプレス

《2010年4月創刊の文芸創作誌「Witchenkare(ウィッチンケア)」は今号で第13号となります。発行人・多田洋一が「ぜひこの人に!」と寄稿依頼した、37名の書き下ろし作品が掲載されています。書き手にとって、小誌はつねに新しい創作のきっかけとなる「試し」の場。多彩な分野で活躍する人の「いま書いてみたいこと」を1冊の本に纏めました!》

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Vol.14 Coming! 20240401

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