2018/05/19

vol.9寄稿者&作品紹介19 古川美穂さん

今春から「世界」(岩波書店)での新連載もスタートした古川美穂さん。小誌今号への寄稿作は「なつかしい店」という、タイトルだけで連想すると気持ちがほっこりしそうな、なんか、井之頭五郎が腹を減らして暖簾をくぐりそうなイメージですが、さてさて。思い返せば前々作「夢見る菊蔵の昼と夜」も前作「とつくにの母」も日本語の柔らかいニュアンスを活かしたタイトルでした。ええと、ネタバレは書きませんが、本作は平成30年のこの国のある断面を、小説という形式でくっきりと映し出しています。それも、かなりエッジの立った設定で。

ビールで喉を潤したくて、ふと立ち寄った<中央にコの字型のカウンターをしつらえただけの、小ぢんまりとした店>。柔和そうな店主に勧められた<最高のレバ刺し>を味わっていると隣席の男に肘がぶつかってしまい、会話をすることに。レバ刺し...10年前はどこでも食べられたなぁ。安い店ではそれなりに危険そうな、口コミで評判の伝わってきた店では「こんなにうまかったっけ!?」って感じのが出てきたものでしたが、それはともかく、<私>は男に焼酎を一杯奢り、身上話をじっくり聞くことになるのです。そして、自身も混乱に陥り始める。

いくつもの辛い話が出てきますが、作者の目線は細やかに<弱い側>に寄り添っているように感じられます。身上話の内容そのものは決して特異ではなく、深読みすれば「ある種の類型」を代弁する人物として<私>に話して聞かせる存在なのかも、ともとれる。ですが、語られているディテールはやけに生々しくて、しかもねちっこいくらい微に入り細に入りで、なんか、若い頃に少し真剣に読んだことがある、ブルース・スプリングスティーンの歌詞の登場人物みたいな印象も受けました。なんか、テレビや週刊誌がバッサリ世間を切っている風に使っている言葉から漏れちゃうものを拾って、注意深く繋げているような。

店主に「もっと召し上がりものはいかがですか」と食べものを勧められ、<私>は墨で書かれた「おしながき」を手にします。そこには<へたくそなキャッチコピー>のような不思議な言葉、そして...この先のジェットコースター的展開は、ぜひ小誌を手にとってお確かめください! きっと、古川さんが敢えてほっこりしたタイトルを冠した真意も伝わって、あなたの肝も...あっ、これ以上はネタバレ。



「人間、住む場所を失ったら、落ちるのはあっという間ですよ。本当にストーンと社会から切り離される。誰も助けちゃくれません。井戸の底みたいなもんだ。よじ登ろうにも壁はつるつる、梯子も見あたらない。池袋の路上では二年暮らしました。それから色々あってコトブキの方に流れて……」
「ほう」と上の空で相槌をうちながら考える。私はこれまでどうやって暮らしていたのだろうか。家族はいたのか。どんな仕事をしていたのか。いや、何よりも、なぜ私は今ここにいるのだろう。どこから来てどこへ行く途中だったのか。
 男は淡々と語り続けている。
「路上には怒りや悲しみなんていう高級な感情はありません。暑さ、寒さ、ひもじさ、あとは恐怖」
「恐怖?」一瞬、何かイメージの断片のようなものが頭をかすめた。

ウィッチンケア第9号「なつかしい店」(P120〜P126)より引用
goo.gl/QfxPxf

古川美穂さん小誌バックナンバー掲載作品
夢見る菊蔵の昼と夜」(第7号)/「とつくにの母」(第8号)

http://amzn.to/1BeVT7Y

Vol.9 Coming! 20180401

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