2026/05/29

vol.16寄稿者&作品紹介44 すずめ園さん

 ウィッチンケア第12号からの寄稿者・すずめ園さんは、エッセイ(12)〜小説(13)〜紀行文(14)〜小説(15)と、各号で違ったタイプの作品を発表してきています。今号(第16号)に掲載された〈旅するわたしの広場恐怖症〉は、ごくごくプライベートな、広場恐怖症というご自身が抱える不安障害についての一篇。作品冒頭には〝みんながなに食わぬ顔をして乗っているあらゆる交通機関が、わたしにはちょっと怖い〟と記されていまして...これは当事者でなければなかなか実感できない、コントロールの難しそうな症状だなぁ、と。一般的には閉所恐怖症のほうが人々の認知率が高そうに感じるし、似ているのかなとも思いますが、筆者によると〝少し違っているのは、物理的な閉所だけではなく、自分の意思で逃げ出せないような場所や状況も苦手だということ〟。車内の混み具合や駅間の所要時間にも影響されるようなのです。


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趣味は国内一人旅、というすずめさんにとって、2023年の冬、症状が顕著になったこと...それは、さぞ辛かったでしょう(作中では盛岡に向かう新幹線の中で「あ、もう無理だ」と、大宮駅で途中下車してしまった逸話も語られています)。〝基本的に広場恐怖症と旅との相性は最悪である〟...それでは、もう旅はしない!? いえいえ、↑の途中下車案件以降も、すずめさんは旅を続け、楽しんでいるのです。
つらい症状の告白でありながら、でも闘病記のようなダウナーな読後感がないのは、筆者が広場恐怖症をうまく受容して、きめ細かな対処を施しているからだと思いました。その工夫や気の持ちようがポジティヴな印象さえ与えるので、「かわいそう」みたいな同情とは無縁のエッセイになっているのだ、と。終盤には〝わたしは自分で自分のことを運が良いと思っている〟との一文もありまして...さて、筆者はなぜ運が良いと思えているのか? ぜひ小誌を手にとってお確かめください!


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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E


 新幹線と飛行機は、心療内科に出してもらった頓服(抗不安薬)に頼っている。薬を飲むと、それまで大きく波立っていた心の水面が、すんと凪いだように落ち着く。百パーセント不安が無くなるわけではないが、「薬を飲んだ」という事実に心が補強され、乗り物に乗る勇気が湧いてくる。
 また、座席の位置もかなり重要で、飛行機なら非常ドアの近くなど前方が広く開いている席か、もしくは通路側の席にする。窓際の席は、景色が見られて気が紛れるから良さそうだと思われがちだが、隣に人が座ると通路への逃げ道に蓋をされてしまい、閉塞感に苦しむことになるので、広場恐怖症的にはあまり座りたくない席だ。予約の時点で通路側か前が広い座席が空いてない場合は、他の便に変更するか、「じゃあ今度にするか」と、旅自体をあきらめることもある。恐怖症なんかのせいで自分の好きな旅を諦めたくないという思いは一番にあるが、一方で「本当に無理だったら行かなくていいし、疲れたらすぐに帰ろう」という消極的な気持ちも持ち合わせている。意外と、無理ならやめればいい、また今度行けばいい、とあきらめの形で心の中に余裕を作ることも自分には効果的だった。


~ウィッチンケア第16号掲載〈旅するわたしの広場恐怖症〉より引用~


すずめ園さん小誌バックナンバー掲載作品:人間生活準備中〉(第12号)/〈惑星野屋敷〉(第13号)/〈まぼろし吟行〉(第14号)/〈幸せにしてあげる〉(第15号)

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2026/05/28

vol.16寄稿者&作品紹介43 木村重樹さん

 ウィッチンケア第2号からの寄稿者・木村重樹さんには5月4日に出店した文学フリマ東京42でもたいへんお世話になりまして、どうもありがとうございました。そして木村さんの今号(第16号)への寄稿作〈あくまでもデビル──〝悪魔〞表象/いま、むかし〉...あっ、タイトルが「あくま」でも「デビル」「〝悪魔〞」、と高度な言葉遊びになっていることに今頃になって気づき、スイマセン。さらにもうひとつお詫びするとすれば、私(←発行人)は世間に疎いので、最初にお原稿をいただいたさい、作品冒頭から登場する「チェンソーマン」を知らず、そればかりかあろうことか「コンフィデンスマン」と混同して、あれ? 長澤まさみが出てるのはそんな内容だったっけ!? としばし困惑したという、スイマセン。ですけれども、木村さんがそれほどハマっということなので、テレビアニメ「チェンソーマン」第1期(全12話)は観ましてマキマさんのファンになりました。


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作品前半ではくだんの「チェンソーマン」などを題材に、人間と悪魔の関係性についての考察がなされています。とくに、“悪魔との契約”ということについては、有名なクロスロード伝説にも触れられていたりして...たしか、ジミー・ペイジも契約を交わしていたのではなかったっけ? また「チェンソーマン」のデビルハンター(悪魔退治が生業)と契約する悪魔について〝「同胞を退治するデビルハンターと〝契約〞を交わす悪魔」って、いいんだろうか?〟〝だって長期的展望で言えば、自分たちの種族を殲滅する側に与しているわけだし〟という真っ当(常識人的?)な疑問から、そもそもなぜ悪魔が...このあたりで筆者が導き出したひとつの結論は、ぜひ小誌を手にとってお確かめください(ネタバレ禁止)。
作品後半では、まず1970年代のホラーブーム、とくに「悪魔」が冠された洋画がタイプ別に紹介されています。名前が挙がった作品の中で、私が観たのは「エクソシスト」と「ヘルハウス」だけでして...スイマセン(3度目の謝罪...)。この寄稿者&寄稿作品紹介がコンプリートしたら、恐る恐る観てみようと思っています。そして終盤では21世紀の作品、2016年の『哭声/コクソン』(곡성、哭聲)や2021年の『女神の継承』などについても。みなさま、本作をガイドとして、この夏の夜に肝を冷やす準備、進めてくださいませ。


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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E

 そういえば重要な〝悪魔〞映画が抜けていた。昨年、日本初公開から50周年を迎えた『悪魔のいけにえ』(The Texas Chain Saw Massacre, 1974)もまた、『エクソシスト』(The Exorcist,1973)や『ヘルハウス』(The Legend of Hell House, 1973)といったオカルト映画の本流とは異なり、いわゆる宗教的な悪魔は一切出てこない。その代わりに登場するのは、テキサスの片田舎で精肉業に従事する(見るからにマトモじゃない)奇天烈ファミリー。実は彼らは家に招いた旅行者を屠殺してはその人肉を加工して売り捌いていた……という悪魔的な所業が明かされる(つまり【タイプ②】に相当する)。メイン・キャラは電動ノコギリを振り回して大暴れする(ヒトの顔の皮を剥いだマスクを被った)殺人鬼レザーフェイスであり、そんな彼は(約半世紀後の日本に降臨した)チェンソーマンの原型(プロトタイプ)でもある。また作者の藤本タツキは、古今東西のホラー映画の熱烈なファンであることもつけ加えておこう。


~ウィッチンケア第16号掲載〈あくまでもデビル──〝悪魔〞表象/いま、むかし〉より引用~
※原文では「原型」にルビで「プロトタイプ」


木村重樹さん小誌バックナンバー掲載作品:私が通り過ぎていった〝お店〟たち〉(第2号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈更新期の〝オルタナ〟〉(第3号)/〈マジカル・プリンテッド・マター 、あるいは、70年代から覗く 「未来のミュージアム」〉(第4号)/〈ピーター・ガブリエルの「雑誌みたいなアルバム」4枚:雑感〉(第5号)/〈40年後の〝家出娘たち〟〉(第6号)/〈映画の中の〝ここではないどこか〟[悪場所篇]〉(第7号)/〈瀕死のサブカルチャー、あるいは「モテとおじさんとサブカル」〉(第8号)/〈古本と文庫本と、そして「精神世界の本」をめぐるノスタルジー〉(第9号)/〈昭和の板橋の「シェアハウス」では〉(第10号)/〈生涯2枚目と3枚目に買ったレコード・アルバムについて──キッス讃〉(第11号)/〈2021年「まぼろし博覧会」への旅──鵜野義嗣、青山正明、村崎百郎〉(第12号)/〈アグリーセーター と「本当は優しい鬼畜系」の話〉(第13号)/〈〝ほどほど〟のススメ/あるいは/続「本当は優しい鬼畜系」の話〉(第14号)〈『いなくなっていない親友』のこと〉(第15号)

 

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vol.16寄稿者&作品紹介42 谷亜ヒロコさん

 ウィッチンケア第5号からの寄稿者・作詞家の谷亜ヒロコさんの今号(第16号)への寄稿作〈大人の友達の作り方〉には、不肖私(←発行人)もちょろっと登場しています。〝この本を主宰する多田さんだって、パソコン通信時代からのお付き合いだ〟...ですねえ、ダイヤルアップモデムで草の根パソコン通信に繋いで...おっと、そういう話じゃなかった。とにかく本作、友達づくりに関してとても実践的な提案が、ご自身の体験とともに紹介されています。そういえば、少し前に見たアベプラでも、田村淳やパックンが友達は必要かどうかについて議論していたけれども「友達がいる/いない」「友達ができる/できない」って、時代のホットなトピックなのかな? たしかに、谷亜さんも〝私の親の世代は良かった。会社員の父親は、会社内の人とだけ付き合っていれば人間関係は完結。定年した後も定期的に集まっていた〟と書いていますが、時代とともに個々の帰属意識みたいなものは、希薄になってきているような。


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作品序盤には〝うちの旦那のように、ひたすら友達がいないと嘆き続けられたら〟なんて一節がありまして、そうなんですよね、男子は歳を重ねるとなかなか、友達ができにくいかも。たとえば同じ音楽のグループを好きだったとしても「俺の好きになり方とあいつの好きになり方は違う」みたいに、こだわったり対抗心を持ったり、と面倒くさい生き物。かつて“濡れ落ち葉族”(専門家によると「主人在宅ストレス症候群」)なんて言われ方をされていた類の兆候が夫様にあるのでしたら、ほんと、早めにたくさん友達をつくってもらったほうが良さそうですね。
それで、筆者によると、いまの時代に〝誰でもができる友達を作る方法〟がある、と。それはズバリ、適度な「推し活」である、と。...このご提案、じつは誰も推したことのない私は、一瞬たじろいだりしましたが、谷亜さんはそれも織り込み済みだったのか、〝でも推し活をして友達を作ろう! と言っても誰も応援したくない、という人もいるだろう〟と前置きして、グッズを買ったり写真を撮ったりしなくても参加できる「推し活」的な楽しみ方をいくつか挙げています。みなさま、ぜひ小誌を手にとって、「友達100人できるかな」を目指してみてください!

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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E

 以前あるアーティストのライブ手伝いで名古屋へ行った時のこと。ファンの方々にライブが終わった遅い時間でも、会場近くに開いてるお店があるか聞いたところ「これから私たちが行くお店がありますよ」と言うんで、てっきり居酒屋さんかと思ったら、高級イタリアンだった。ファンの方はもう立派な大人の女性ばかりなのだから、高級な店に行くことは普通だろうが、私が「ライブの打ち上げ=居酒屋」という古い考え方だったから、ちょっとびっくりした。事務所の社長が「こんなにいい店で集まってるなら、ファンクラブの会費を値上げしよう」と美味しい牛肉を食べながら呟いていた。
 そう、年を取ってからの友達は金銭感覚が近くないとお話にならない。推し活は日本だけにとどまらず、世界各地へ行くことも多く、ご飯からタクシー代、ホテルまで平等に割り勘で払わないと、お仲間になれない。同じ推しに同じ金額を払える人たち。それは価値観が近いということだ。


~ウィッチンケア第16号掲載〈大人の友達の作り方〉より引用~


谷亜ヒロコさん小誌バックナンバー掲載作品:〈今どきのオトコノコ〉(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈よくテレビに出ていた私がAV女優になった理由〉(第6号)/〈夢は、OL~カリスマドットコムに憧れて~〉(第7号)/〈捨てられない女〉(第8号)/〈冬でもフラペチーノ〉(第9号)/〈ウラジオストクと養命酒〉(第10号)/〈鷺沼と宮前平へブギー・バック〉(第11号)/〈テレビくんありがとうさようなら〉(第12号)/〈ホス狂いと育児がほぼ同じだった件〉(第13号)/〈フィジカルなき今〉(第14号)/〈折田さんは自分推し。〉(第15号)

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2026/05/27

vol.16寄稿者&作品紹介41 久保憲司さん

ウィッチンケア第3号からの寄稿者・久保憲司さんはここ数号、AIにまつわる寄稿作が続いています。第14号には〈吾輩の名前はチャットGTPである〉、第15号には〈アーティフィシャル・インテリジェンス〉、そして今号(第16号)には、タイトルとメインテーマこそ〈レント・パーティー〉ですが、作品後半に登場するのは〝俺にはめんどくさいので、AIにそのキャラクターをつくってもらった〟という面々。ちなみにレント・パーティーとはなにか? 「1920年代のアメリカ・ニューヨークのハーレムなどで、貧しい黒人居住者たちが家賃(Rent)を支払うために開いたプライベート・パーティのことです」...って、←の説明はGeminiですから。

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京都のマンションを売り、八瀬の山奥に6SLDK古民家を買った主人公の「俺」は、松茸の情報を得るために地元の猟友会に入ります。松茸をとって軽トラの荷台に乗せて鞍馬の駅前で売れば、それだけで1年分の稼ぎが得られると考えて。でも松茸に関する情報は〝コロンビアのメデジンより神秘のベールに包まれていた〟そうで、でっ、松茸話は〝また別の話であり企業秘密でもあるから、ここではしないことにしよう〟と途中でフェイドアウト。なんとも一筋縄ではいかない「俺」なのでした。
物語の中盤、「俺」は〝ここで話したいのは、俺の古民家に現れるようになった、奇妙な人たちのこと〟と言い出します。なんでも〝東京の美大で現代美術を教える俺の息子の生徒さんたち〟らしく、彼らはビットコインで暮らしているので、古民家の家賃は払われていない、と。なので、「俺」はレント・パーティーをしろ、と。家賃がたまるまでは、何日でも続けてどんちゃん騒ぎをしろ、と。そして、作品後半にはAIでつくられたキャラクターが...その先の展開は、みなさまぜひ小誌を手にとってお確かめください!

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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E
 たとえば父親が、もう自分では歩いてとりにはいけないと思い始めた時、初めて息子を連れて松茸の場所までテクテクと登り、「健太、ここが我が家の秘密の場所だ」と教えたとする。すると息子が突然「健太なんて、しょうもない名前つけやがって」と、今までの恨みつらみを返すように棍棒で父親をどついて殺す。
 そう。松茸は、人の死体を餌に、どんどん育っていくのだ。
 どれだけ耳をそば立てていようが、その秘密の場所に繋がるキーワードさえ、俺には分からない。八瀬の山奥に広がる松茸の闇は、ジョセフ・コンラッドの『闇の奥』のようだ。


~ウィッチンケア第16号掲載〈レント・パーティー〉より引用~


久保憲司さん小誌バックナンバー掲載作品:〈僕と川崎さん〉(第3号)/〈川崎さんとカムジャタン〉(第4号)/〈デモごっこ〉(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈スキゾマニア〉(第6号)/〈80 Eighties〉(第7号)/〈いいね。〉(第8号)/〈耳鳴り〉(第9号)/〈平成は戦争がなかった〉(第10号)/〈電報〉(第11号)/〈マスク〉(第12号)/〈吾輩の名前はチャットGTPである〉(第14号)/〈アーティフィシャル・インテリジェンス〉(第15号)

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vol.16寄稿者&作品紹介40 武藤充さん

 武藤充さんのウィッチンケア第16号への寄稿作〈スペースSachiのその後と「ハラヨンの再開発」〉は、前号(第15号)に掲載した〈チャネラー・足立幸子さんとの出会い〉の続編と言いますか、あの時点では、おそらく敢えて書か(け)なかった事実を振り返って語った一篇です。じつは、前回の寄稿者&寄稿作品紹介でも、前作の結末は伏せていまして、でも、今作を紹介するにあたり、引き続き伏せたままではいかんともしがたく...ですので、1年の時を経て、まずはこれまでの流れを。不思議な能力を備えたアーティスト・足立幸子さんと出会った筆者は、彼女のアート作品を扱うギャラリー(スペースSachi)を、町田の商店街の一角にオープンさせることになりましたが、そのお偽のオープン前日の夜──以下は、前作の結末に関わる箇所からの引用文──〝彼女は突然体調を崩し亡くなってしまいます〟。


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今作は、足立さんの葬儀の場面から語り始められています。足立さんが夜に体調を崩してから亡くなるまでの経緯や、筆者の家族や友人たちの混乱した様子も。葬儀会場には足立さんが残したアート作品も飾られ、弔問客からは〝「彼女は地球での役割を終えて、星に帰った」「彼女は大きく意識の変換をして、人として表現できる限界の絵を遺した」〟といった声も聞かれた、とのこと。悲しい逸話ですが、足立さんという異能のアーティストの人となりが伝わってくる描写です。
作品後半では、ギャラリーのその後について、また、同時期に進行していた武藤家所有地の再開発事業についても詳しく述べられています。そして、阪神・淡路大震災後の平成7年、筆者の母親が理事長に就任して〝原町田四丁目地区第一種市街地再開発事業、通称「ハラヨンの再開発」〟が推進され...このあたりの展開は、武藤さんにしか書けない、東京都町田市中心部の変貌にまつわる話。みなさま、ぜひ小誌を手にとってご一読くださいませ。


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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E

 一方、その頃ギャラリーの裏で進められていた約0・8ヘクタールの再開発事業計画は、混迷の渦中にあった。平成3年1月には組合が正式に設立され、保留床を代々木ゼミナールが買い取るというスキームで進んでいたものの、計画は途中で頓挫し、おまけに理事長が辞任すると言い出して、組合の運営自体も儘ならない状態にあった。すでに東急不動産が参加組合員に加わり資金も人も出していたので、急遽計画を練り直すこととなり、平成5年4月にようやく事業変更認可を受けることができた。ギャラリーオープンの準備中である。母は行政や事務局、そして東急側や他の地権者との間に入り、丁寧に調整を行っていた。そんな渦中での「足立幸子さんの死」は母にとっても大きな出来事となったと思う。
 さて、足立幸子さんが亡くって、ギャラリーをどうするかという問題が目の前に現れてきた。そのとき、母は「せっかく準備したギャラリーを、一度も開けず閉めてしまうのは忍びない」と言ってくれた。うれしい言葉であった。


~ウィッチンケア第16号掲載〈スペースSachiのその後と「ハラヨンの再開発」〉より引用~


武藤充さん小誌バックナンバー掲載作品:〈日向武藤家の話〉(第12号)/〈氷武藤家の足跡〉(第13号)〈街の行く末〉(第14号)/〈チャネラー・足立幸子さんとの出会い〉(第15号)


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Vol.16 Coming! 20260401

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