美馬亜貴子さんの今号への寄稿作は、ご自身のキャリア(元シンコー・ミュージックで雑誌「クロスビート」の編集部所属)を活かした、21年後の未来を舞台にした小説です。主人公の「僕」はどうやら大学生で、ロックが好き。しかも〝特に好きなのは1990年代から2000年代初頭のロック〟ということなので、50年前の...今(2026年)から50年前だと考えると、グラム〜パンクあたりが好きな大学生男子、という感じでしょうか。いなくはなさそうだけれども、でも、昨今ですらすでに「ロックを聴いてるのは年寄り」みたいな風潮はあるわけで、2047年の世の中でも、果たしてロックは鳴っているのか?
本作での設定では、〝渋谷にある、日本で唯一のコンサート再生専用シアター『リプロ』〟に行けば、〝名画座のような感じで毎日「歴史上の名演」を体験することが出来る〟とのこと。「僕」はここで1985年の『ライヴエイド』のクイーン、1996年のオアシスのネブワース公演、ザ・バンドの『ラスト・ワルツ』、1966年の日本武道館でのビートルズ来日公演、そして1997年7月26日の初回フジロックなどを体験するのですが、それらの感想がなかなか的外れ的に的を射ていて...というか、まさに美馬さんの専門分野であるがゆえに、ディテールを知ったうえでの「2047年の若者が言いそうなこと」になっていておもしろいのです。とにかく、全編に渡って粋な悪戯が散りばめられていて、音楽に詳しい人ほど気付きが多いはず。
タイトルの〈2047年のフジロック〉、私(←発行人)はダブルミーニングだと思いました。「2047年に僕(と隣席の老人)が『リプロ』で体験した初回フジロック」と「2047年に開催される、僕がこれから体験してみようと思うフジロック」の。そして作中ではレッチリ(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)が重要な役割を果たしていまして──そういえば先日原宿を通りかかったら古着屋に28万円のレッチリのTシャツが吊るしてあってびっくりでしたが──同バンドが伝説となった初回フジロックに対する「僕」と「老人」の見解の違いも、まさにディテールをご存知な筆者らしい落としどころに描かれています。
ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日 出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号) A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税)
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E
レッチリのようにメンバーを変えながら何十年も続いているバンドやアーティストは結構いる。たとえばKISSやスリップノット、コールド・プレイ、ピンク・フロイド、ラモーンズ、レディ・ガガ、カニエ・ウエストなど。いずれも縁のある人物が存続させる権利を買い取って継承している。ちなみにビートルズとマイケル・ジャクソンだけは「止め名」になっていて誰も継ぐことは出来ないが、その代わり彼らの楽曲はパブリック・ドメインなので誰もが自由に演奏することが出来る。 長く続いているバンドの良いところは、曲が共通認識されているので世代が違っても話しやすいこと。その一方で、同じバンドのファンでも好きになった時期が違うとメンバーも違うし、ライヴでよくやる曲も違うので、まったく話が合わないこともある。90年代〜2020年代のラインナップのファンが圧倒的に多いレッチリでは後者のようなことがよく起こる。 僕に話しかけてきた件の老人も今のレッチリにはまったく興味がないそうで、「今のはキレイすぎる。いいところだけ継いだってダメなんだ」とわけのわからないことを言っていた。悪いところをわざわざ継ぐことはないだろう、と僕は思う。良くないところを改善していくからバンドは進化するし、長続きもするのだから。
~ウィッチンケア第16号掲載〈2047年のフジロック〉より引用~
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