作中に引用されている「大東亜戦争第二年の賦」という詩には、たとえば「われら微塵も平和を思ふな。戦ひはつづく。戦ひはつづけ。」といった、かなりきな臭い言葉が連なっています。武田さんは瀬尾育生の『戦争詩論1910–1945』、井筒俊彦の『神秘哲学』などを参照しつつ、「詩」という文芸ジャンルに特有な「言葉」の力について考察しています。たんに草野を糾弾、というよりも、創作者(=詩人)が無責任に陥るやもしれない「詩」の超越性/神秘性について...このあたりは、ぜひ小誌を手にしてご一読ください。作品終盤では、現在のネット空間に飛び交う言葉の危うさについても言及されています。〝ワンフレーズの賛美と断罪、バズるスローガンなど、短い言葉が周囲の余白の中で飛び道具のように使われる〟という筆者の一節から私(←発行人)が思い浮かべたのは、"Make America Great Again"とかいう、赤い野球帽...Anybody home?。…これまでの武田さんの寄稿作の中でも、今作にはかなり厳しい批評性を感じました。昨今の時代の風向きを鑑みれば、今後、令和の(戦時下の)草野心平が現れて、無責任に詩の言葉を拡散するかもしれない──そんな危機感ゆえ、なのかな。〝戦争協力した文学者は草野以外にもたくさんいた。しかし戦時中の活動をなかったもののようにして戦後に平和を謳う白々しさにおいて草野に勝る詩人は見当たらないのではと思う〟...厳しいです。