女優業と子育てを両立させつつ、最近ではテレビ東京夕方の生活情報番組『よじごじDays』でも、工場直売ハンター(リポーター)としてのご活躍をお見かけする野村佑香さん。ウィッチンケア第16号には〈からだは覚えている〉と題された、ちょっと不思議なテイストの一篇をご寄稿くださいました。登場するのは「わかめ」と「たらこ」と、グレゴール・ザムザとシヴァ神!? なんだか『マルドロールの歌』(「解剖台の上でのミシンと雨傘の偶然の出会いのように美しい」by ロートレアモン伯爵)みたいな展開なのかも、と思える...いやいや、本作は筆者の暮らしの中でのできごとを描いた、きわめて日常的な身辺雑記でございますが、でも、その読み心地は、やはりいささかシュールレアリスティック。

小誌の巻末にある《参加者のVOICE》で、野村さんは〝この話を書こうと思ったのは、インフルBに罹り、身体が動かなくなった日々が4日ほど続いたからでした〟と記しています。ネタバレになっちゃいますが、本作中の「わかめ」とはインフルBのせいで高熱にうなされている野村さんご本人のこと。とても苦しかったであろうと想像するのですが、その時の自分のことを、味噌汁の椀の内側に貼り付いて〝ただ、ここでこれから乾いていくのを待つだけの存在〟だと。そして筆者はさらに、そのご自身の置かれた状態からフランツ・カフカの小説の主人公に思いを馳せて...。
では、それでは、「たらこ」とは? こちらはぜひ、小誌を手にしてお確かめください。比喩の面白さは「わかめ」に負けず劣らずですが、「たらこ」にまつわる野村さんとお嬢様との関係性、と言いますか、母親が成長過程の子供に向ける眼差しが、細やかな描写から、じんわりと伝わってくるのです。〝創造と破壊はいつもセットだ。シヴァ神と毎日踊り続ける〟...ほんと、毎日身近に接しているからこそ生まれてきた一節だと感じました。

ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税)
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E
熱に浮かされたまま、自分の輪郭が溶け、言葉が通じなくなり、意思とは関係なく別のものになってしまうあの感じ。もしそれが、成長期のある一時期に、ふいに訪れるものだとしたら、彼が虫になったのも、私がわかめになったのも、そう遠くない関係にある出来事なのかもしれない。
成長といえば、毎日ミシミシと音を立てて成長をし続ける身体が我が家には2つある。娘たちをみていると、身体は、成長の途中で、勝手に何かを生み、また勝手に手放していくものなのだ、ということをまざまざと感じる。そして、私が忘れ去っていた身体の不思議を、ぎょっとする形で思い出させてくれる。蛹から蝶が生まれる前に血のような液体を出すことや、植物が花開く瞬間が、美しくもありグロテスクでもあるように。長女に奥歯が生えてくる前のことだ。
~ウィッチンケア第16号掲載〈からだは覚えている〉より引用~
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