2026/05/02

vol.16寄稿者&作品紹介12 モノ・ホーミーさん

イラストレーター/図案家のモノ・ホーミーさんのことを、私(←発行人)は以前からお名前(と作風)だけ存じ上げておりました。仙台の曲線さん、東京のAmleteronさん、名古屋のTOUTEN BOOKSTOREさん、神戸の1003さんなど、個性的な女性店主の独立系書店(いずれもウィッチンケアお取り扱い書店)と関わりの深いアーティスト...ただ、お目にかかったことはなく。それでっ、昨年の秋。私は町田市でのとあるイベントに出店しまして、そのとき小誌第15号をご購入くださった素敵な方がいまして、話を聞くとその方も同じイベントに出店している、と。たしか、名刺交換したのだと思います。それで「あっ、あなたさまが!」ということになり、私もモノ・ホーミーさんの詩画集「頭蓋骨を散歩する」を入手。...というようなご縁で今回、初めてご寄稿いただけることになったのです。


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ウィッチンケア第16号への寄稿作は〈ペトラルカと二人の弟〉。ダンテ、ボッカッチョと並ぶイタリア・ルネサンス期の三大詩人のひとり、フランチェスコ・ペトラルカについて、モノ・ホーミーさんはタロットカードの歴史を調べた際に関心を持った、とのこと。本作はペトラルカの著作や伝記、資料を読むうちに思い浮かんだある疑問について筆者が独自に推論を重ねていく、ミステリー・エッセイとでも名付けたい一篇です。ペトラルカにはゲラルドという弟がひとりいたが、作品タイトルには「二人の弟」と。何故? ...ここでのネタバレはもったいないので、ぜひ小誌を手にして“コトの真相”をお確かめください!
モノ・ホーミーさんは今年3月、西荻窪のFALLにてペトラルカの作品世界を鉛筆画で表現した個展「心臓たちへ」を開催。また同展覧会に合わせて、ペトラルカの詩集『凱旋』の読書記録/内容紹介、そしてなぜこの作品を題材に選んだのかについて書いたZINE『巡る太陽と「凱旋」』も制作しています。小誌に掲載した〈ペトラルカと二人の弟〉も、筆者の作品群の一端として記されたものであること、発行人として嬉しい限りです。
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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E

 古代ローマというモチーフが世間でもてはやされた理由は、なんとなくわかるような気がする。ラテン語やローマの神々の名が現在に至るまで知的な権威を保っているのは、ローマ帝国がかつて地中海全域からメソポタミアにかけて君臨した時代があったからにほかならない。だからこそ、十四世紀イタリアに乱立していた都市国家はそれぞれの正当性を担保するために、その威信を利用しようと考えた。文芸なり美術なりの作家たちはその輝かしい栄華にあずかって技を競い、自らの名声を後の世まで轟かせようとした。いずれも不思議な点はないように思える。しかし本気で、本物の古代ローマの文化を現実に復興しようというのは、正直言って狂気じみているという感じがしないでもない。なぜペトラルカはこんなにも思い詰めた思想にとらわれてしまったのだろうか。

~ウィッチンケア第16号掲載〈ペトラルカと二人の弟〉より引用~


 ※ウィッチンケア第16号は下記のリアル&ネット書店でお求めください!

 

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2026/05/01

vol.16寄稿者&作品紹介11 九龍ジョーさん

 前回はウィッチンケア第14号に〈ウルフ・オブ・丸の内ストリート〉という、ハードボイルド小説のような切れ味のエッセイをご寄稿くださった九龍ジョーさん。同作はのちに九龍さんのZINE「マネーチェンジエブリシング」に収録され、神保町のシェア型書店PASSAGE by ALL REVIEWS「九龍ジョーの本棚」などで販売中です。そんな九龍さんの小誌第16号への寄稿作は、〈ホットケーキ〉と題された掌編小説。タイトルだけだとふんわりしたお話のようにも感じられますが、そんな甘口ではありません。むしろ、修羅場。


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主人公の奈緒は三人姉妹の長女。彼女の住む西大島のアパートにある日、週末になると宇都宮から上京して、アイドルの真似事のようなことをしている次女のゆかりが訪ねてきます。この二人と、奈緒の恋人・ソウ、奈緒とソウの共通の友人・片山で物語は展開するのですが...これが、けっこう目まぐるしくて。世間知らずの妹に対して本音では〝なによりゆかりの活動がうまくいけばいいと心から願って〟いる姉の複雑な心情が、ドライな筆致で描かれています。
それにしても、ゆかりはこの先どうするつもりなのでしょう。奈緒とソウの今後も、ややこしいことになりそうだし。そして筆者はなぜこの一篇に「ホットケーキ」という一語を冠したのか? じつは、作中ではゆかりの口から出た言葉なんですが...ぜひ小誌を手にとってお確かめください。

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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E


 朝、コーヒーを入れてやると、「喫茶店で働いてるのに、インスタントしかないんだ」と小言をいう。高二の分際で仕事に対するプロ意識みたいなものをちらつかせてくるのはうざったいが、同時にかわいらしくも感じた。
 ある夜、バイトから帰ると、リビングにソウがいた。ゆかりと並んでソファに座り、テレビを見ている。そう思ったが、実際にはゆかりの膝の上にソウのスマホが載っていて、画面を二人で覗き込んでいた。奈緒が入ってきたとき、ソウは素早くスマホをポケットに戻した。
「なに見てたの」
「ゆかりちゃんの出てる動画」ソウが言った。
 ゆかりは黙って冷蔵庫に向かい、お茶を出してきた。奈緒はソウの顔を見たが、ソウはテレビに目を戻していた。

 数日後、バイトから帰って夜、奈緒がテレビを見ていると、片山から電話があった。
 ソウが警察に捕まったという。

~ウィッチンケア第16号掲載〈ホットケーキ〉より引用~

九龍ジョーさん小誌バックナンバー掲載作品:ウルフ・オブ・丸の内ストリート〉(第14号)

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2026/04/30

vol.16寄稿者&作品紹介10 蜂本みささん

 ウィッチンケア第12号からの寄稿者・蜂本みささんの生み出す小説は毎回、なんとも「座りが悪い」というか「居心地が微妙」というか...あっ、これ、褒め言葉として表現していますが、とにかく独特の世界観をもとに描かれた作品が届くので、私(←発行人)はつねに面食らいつつも、楽しく拝読しています。なんと言いますか、決して「魔界が物語の舞台」とか「主人公が特異な能力の持ち主」とか、そもそもの設定が特殊なのではなく、むしろどの作品にも普通の日常を生きる「おれ」や「私」が出てくるんですけれども、でも、読み進めるうちに、主人公の生活している空間が異世界のように感じられる不思議。今号への寄稿作〈パッチワークの傭兵〉も、わかりやすく言えば「『私』のスキマバイト体験記」なのですが、なんでこんなことになるの、だ、か!?


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ネット上で好条件のアルバイトを見つけた「私」は、まず郊外にある◯◯社にて警備の仕事に就きます。警備員の制服を着たおじさんから棒を渡され、〝勤務中は支給のヘルメット着用のこと〟なのだそう。初日の四時間は何事もなく過ぎ、仕事のペアになった中里さんからは◯◯社と道向こうにある●●社との関係などについて聞いたが、「私」には〝が複雑すぎてよくわからなかった〟と...ええと、私なりに説明しますと、この◯◯社と●●社の関係は、本家と元祖で後継の正当性を争っている老舗の和菓子店、みたいな関係のようです。
タイトルにある「傭兵」の意味は作品中盤、物語が動き出すとわかってきます。でも本作が一筋縄でいかないのは「私」の立ち位置が...ほんと、筆者の生み出す小説の主人公は、つねに「独自の倫理観」で一貫した行動をとるので、それをここで書いちゃうともったいなくもあり、どうかみなさま、小誌を手にしてお確かめのうえ、作品をお楽しみください。

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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E


 中里さんはウィキペディアを参照したとおぼしき経営者一族の家族関係や経営会議で起きた流血事件を解説してくれたが複雑すぎてよくわからなかった。海外ドラマファンに最新シーズンのあらすじをまくしたてられているような感じで、もしかしたら中里さんもよくわかっていないのかもしれない。とにかく別企業になって関係が落ち着いたかと思いきや、かえって緊張感が高まっているらしい。
「だから、ほら」
 中里さんが向かいの敷地を指さした。その時まで道向こうの門は無人だと思っていたが、よく見ると両脇の塀から一つずつ、ヘルメットをかぶった頭が突き出ているのが見えた。プールの監視員が座るような高い見張り椅子に腰掛けて警備しているようだった。
「それを聞くと、この棒も物騒に思えてきますね」と私は言った。

~ウィッチンケア第16号掲載〈パッチワークの傭兵〉より引用~

蜂本みささん小誌バックナンバー掲載作品:〈イネ科の地上絵〉(第12号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈せんべいを割る仕事〉(第13号)/〈おれと大阪とバイツアート〉(第14号)〈編み物前線〉(第15号)

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2026/04/29

vol.16寄稿者&作品紹介09 宮崎智之さん

 ウィッチンケア第9号に掲載された〈極私的「35歳問題」〉以来、連続してご寄稿くださっている文芸評論家/エッセイストの宮崎智之さん。近年は〈随筆復興〉を掲げ、令和の〈エッセイ・ブーム〉を牽引する活躍が注目を浴びています。精選日本随筆選集「孤独」「歓喜」という随筆アンソロジー(いずれもちくま文庫)の編者を務めたり、文芸誌「随風」の中心メンバーとしてメディアやSNSでも積極的に情報発信。そんな宮崎さんの小誌今号への寄稿作は、おそらく最近のアクティヴさの核となっているご自身の思いを、かなり直球で綴った一篇です。


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タイトルは〈文学は社会の役に立つのか〉。...そもそも「社会の役に立つ」とはどういうことなのか、いや、そもそもそもそも、ここで言う「社会」とはなにを指しているのか? みたいな堂々巡りに陥りそうなテーマ設定でもありますが、さすが宮崎さん。小誌での数千字という枠内で、端的にひとつの論点を示しています。キーワードは「感受」(感受の幅、とも)。文学によってこれを身につけられる、という一点においてだけでも〝筆者はこの議論に対しては明確に、文学部で学んだこと(つまり文学)は役に立つと考えている〟と、きっぱり。ちなみにClaudeにも尋ねてみると、こちらは“これは古くて深い問いですね。結論から言えば、役に立つと思いますが、その「役立ち方」は功利的な意味とは少し異なります(以下略)”と。mmm、でもこの回答、多少なりとも私(←発行人)の属性を知ったうえでの、AI的な慮りも感じられるなぁ。
〝感受とは、多くは実体験によって得られる能力だが、残念ながら実体験は先取りすることはできない。そして、いくら知識や情報があっても、感受がその有用性に反応しない、感受の幅がそこに至らない場合には、社会にも人生にも役に立てることができない〟という宮崎さんの一文を読んで、私が思い出したのは夏目漱石の、あの有名な「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ。」でした。さて、「精神的に向上する」と「感受の幅を広げる」に類似性を感じた私の読みは合ってるのか、否か。ぜひ小誌を手にとって、宮崎さんの論考を読み込んでみてください。

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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E
感受の幅を広げなければ、人は過ちをおかし続ける可能性があるのだ。その負のループから抜け出すために有効なのが文学である。まず言語芸術たる文学は、その芸術性に親しむことによって、感受の幅を広げる作用がある。もちろん語彙の獲得も、感受の幅を広げる作用がある。語彙や言葉の運用能力は、人間の思考に直結するから。大切なことなので強調しておくと、言葉は情報伝達のためだけに使われるわけではない。情報だけ伝達したいならば、回覧板だけで十分なはずである。情報伝達とは言葉の持っているごく一部の作用に過ぎず、言葉はもっと多様な側面を有している。単体の語彙を獲得することも大切であるものの、文学は言葉でつくられた世界である限り、作品でひとつの秩序を形成するる。音楽の場合、一音でもズレたらその作品の完璧性が損なわれるということもあるが、文学の場合も同様のことが起きる。

~ウィッチンケア第16号掲載〈文学は社会の役に立つのか〉より引用~

宮崎智之さん小誌バックナンバー掲載作品:極私的「35歳問題」〉(第9号 & 《note版ウィッチンケア文庫》)/〈CONTINUE〉(第10号)/〈五月の二週目の日曜日の午後〉(第11号)/〈オーバー・ビューティフル〉(第12号)/〈書くことについての断章〉(第13号)/〈人生の「寂しさ」について〉(第14号)〈補欠論〉(第15号)

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2026/04/28

vol.16寄稿者&作品紹介08 美馬亜貴子さん

 美馬亜貴子さんの今号への寄稿作は、ご自身のキャリア(元シンコー・ミュージックで雑誌「クロスビート」の編集部所属)を活かした、21年後の未来を舞台にした小説です。主人公の「僕」はどうやら大学生で、ロックが好き。しかも〝特に好きなのは1990年代から2000年代初頭のロック〟ということなので、50年前の...今(2026年)から50年前だと考えると、グラム〜パンクあたりが好きな大学生男子、という感じでしょうか。いなくはなさそうだけれども、でも、昨今ですらすでに「ロックを聴いてるのは年寄り」みたいな風潮はあるわけで、2047年の世の中でも、果たしてロックは鳴っているのか?


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本作での設定では、〝渋谷にある、日本で唯一のコンサート再生専用シアター『リプロ』〟に行けば、〝名画座のような感じで毎日「歴史上の名演」を体験することが出来る〟とのこと。「僕」はここで1985年の『ライヴエイド』のクイーン、1996年のオアシスのネブワース公演、ザ・バンドの『ラスト・ワルツ』、1966年の日本武道館でのビートルズ来日公演、そして1997年7月26日の初回フジロックなどを体験するのですが、それらの感想がなかなか的外れ的に的を射ていて...というか、まさに美馬さんの専門分野であるがゆえに、ディテールを知ったうえでの「2047年の若者が言いそうなこと」になっていておもしろいのです。とにかく、全編に渡って粋な悪戯が散りばめられていて、音楽に詳しい人ほど気付きが多いはず。


タイトルの〈2047年のフジロック〉、私(←発行人)はダブルミーニングだと思いました。「2047年に僕(と隣席の老人)が『リプロ』で体験した初回フジロック」と「2047年に開催される、僕がこれから体験してみようと思うフジロック」の。そして作中ではレッチリ(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)が重要な役割を果たしていまして──そういえば先日原宿を通りかかったら古着屋に28万円のレッチリのTシャツが吊るしてあってびっくりでしたが──同バンドが伝説となった初回フジロックに対する「僕」と「老人」の見解の違いも、まさにディテールをご存知な筆者らしい落としどころに描かれています。

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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E
 レッチリのようにメンバーを変えながら何十年も続いているバンドやアーティストは結構いる。たとえばKISSやスリップノット、コールド・プレイ、ピンク・フロイド、ラモーンズ、レディ・ガガ、カニエ・ウエストなど。いずれも縁のある人物が存続させる権利を買い取って継承している。ちなみにビートルズとマイケル・ジャクソンだけは「止め名」になっていて誰も継ぐことは出来ないが、その代わり彼らの楽曲はパブリック・ドメインなので誰もが自由に演奏することが出来る。
 長く続いているバンドの良いところは、曲が共通認識されているので世代が違っても話しやすいこと。その一方で、同じバンドのファンでも好きになった時期が違うとメンバーも違うし、ライヴでよくやる曲も違うので、まったく話が合わないこともある。90年代〜2020年代のラインナップのファンが圧倒的に多いレッチリでは後者のようなことがよく起こる。
 僕に話しかけてきた件の老人も今のレッチリにはまったく興味がないそうで、「今のはキレイすぎる。いいところだけ継いだってダメなんだ」とわけのわからないことを言っていた。悪いところをわざわざ継ぐことはないだろう、と僕は思う。良くないところを改善していくからバンドは進化するし、長続きもするのだから。

~ウィッチンケア第16号掲載〈2047年のフジロック〉より引用~

美馬亜貴子さん小誌バックナンバー掲載作品:〈ワカコさんの窓〉(第5号)/〈二十一世紀鋼鉄の女〉(第6号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈MとNの間〉(第7号)/〈ダーティー・ハリー・シンドローム〉(第8号)/〈パッション・マニアックス〉(第9号)/〈表顕のプリズナー〉(第10号)/〈コレクティヴ・メランコリー〉((第11号)/〈きょうのおしごと〉(第12号)/〈スウィート・ビター・キャンディ〉(第13号)/〈拈華微笑 ~Nengemisho~〉(第14号)〈生存学未来論〉(第15号)

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Vol.16 Coming! 20260401

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