2026/05/07

vol.16寄稿者&作品紹介17 矢野利裕さん

 ウィッチンケアには第13号以来の登場となった矢野利裕さん。矢野さんは、小誌では第7号から教育/学校に関するご寄稿を続けてくださり、それらの寄稿作は矢野さんが2022年に上梓した『学校するからだ』(晶文社)の一部として収録されまして、ちょっと一段落という感じではあったのですが...昨年の秋、私(←発行人)は矢野さんの最新刊『「国語」と出会いなおす』(フィルムアート社)や文学フリマ東京で入手した「矢野利裕のLOST TAPES」(1&2)を読んでいまして、ああ、やはり小誌には矢野さんの寄稿作が掲載されているべき(「べき」って、何様!?...「掲載できたら嬉しいなあ」に訂正。スイマセン)と強く思いまして、それであらためて寄稿依頼をしまして、今回のご寄稿に繋がったのでした。


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寄稿作〈ブルーな音楽の地平──ダニエル・シーザー、カサンドラ・ウィルソン、ジョニ・ミッチェル、ときどきネオソウル〉は筆者が好んで聞いてきた音楽の共通点を「ブルー」という感覚(成分!?)で括り直したエッセイ、とでも説明すれば良いのかな? ここで矢野さんが「ブルー」だと感じている音楽とは、もう少し具体的には〝ソウルシンガーによるアコースティックな音楽〟とも言い換えられていますが、でも、それでも、ご自身基点でその地平を眺めてみると食み出すものや零れるものがあるわけで...結局、〝だから極端に言えば、国や人種にかぎらず誰かがパーソナルな心情を歌のかたちにするにあたってフォークソングという形式が選ばれている、という気がする〟という一文が、筆者に「ブルー」を感じさせる音楽の勘所なのではないか、と。
ちなみに矢野さんが名付けたところの「ブルーな音楽」ですが、私もかなり好きな分野でありまして、本作に名前の挙がらなかった、たとえばフィービー・スノウやシェリー・ブラウン、もう少し的を広げると、たとえばプリンスの「Sometimes It Snows In April」なんかもだいぶ青いのではないか、なんて思いながら拝読しましたが...既存の音楽ジャンルに囚われずに自分の好きな音楽の共通項を探してみるのは、とっても楽しい。みなさま、ぜひ小誌を手に取って、矢野さんが「ブルー」だと感じるミュージシャンとの、素敵な出会いを!

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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E

 1990年代後半、モータウンのキダー・マッセンバーグによって仕掛けられたネオソウルというムーヴメントは〝ヒップホップ世代によるソウルミュージック〞と喧伝されていたが、それとはまた別に、同時期、R&Bをフォーク風に表現する潮流があった。それらの音楽は、ルーツであるブルースに敬意を払いながらも、デルタ・ブルースの粘っこさからは距離を取り、むしろ白人的とも言われそうなフォークソングのフィーリングを大事にしていた。さらに言うと、同時期、そのような感覚からテリー・キャリアーやリンダ・ルイス、あるいは、ブッカー・T「Jamaica Song」など70年代の音楽が再評価されていた。
 1990年代後半に音楽に興味をもち始めた自分の音楽の好みは、少なからずこの潮流によって形成されているような気がする。僕の見ていた1990年代後半の風景は、インディア・アリー、デズリー、エンダンビなどのアコースティックで爽やかなR&Bアーティストがいて、そのわきにエリカ・バドゥやローリン・ヒルがいて、さらにそのわきにディアンジェロやミシェル・ンデゲオチェロがいた、という感じである。


~ウィッチンケア第16号掲載〈ブルーな音楽の地平──ダニエル・シーザー、カサンドラ・ウィルソン、ジョニ・ミッチェル、ときどきネオソウル〉より引用~


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2026/05/06

vol.16寄稿者&作品紹介16 早乙女ぐりこさん

 前号には〈蜘蛛と鬼ババ〉という掌編小説をご寄稿くださった早乙女ぐりこさん。ウィッチンケア第16号への寄稿作は、今年2月に上梓した小説「珍獣に合鍵」(KADOKAWA)に関連した、スピンオフ・エッセイとでも呼べそうな一篇です。今は亡き父方の祖父とご自身の関係を正直に語っておられるのですが、でもそれは同時に「作家・早乙女ぐりこ誕生秘話」でもあるような。...なんと言いますか、血は争えない、とか、メンタルな隔世遺伝、とか、蛙の孫は蛙(!?)、とか、いろいろな言い回しが頭に浮かんでくるような逸話が披露されています。もちろん早乙女さんも、その因果めいた関係性を認識しているので、文体は苦くすぐったいテイストを帯びていて、でも私(←発行人)が思うに、本作はあるできごとをきっかけに〝完全に心を閉ざした〟ままお別れになってしまった祖父に対する、少し遅れてしまった餞なのではないか、と。


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子どもの頃の筆者は国語が得意で、祖父になついていたようです。なぜなら〝堅実で、文学に縁遠い、自己表現の切実さなんてまったく理解し得ないうちの家族〟の中で、筆者と祖父だけが「もの書き」の素養を身に付けていたから。作中では、祖父の自伝にまつわる家族/親族間でのあれやこれや、また自伝の内容についての筆者の思いなどが語られていまして、これらのこと、第三者的に拝読すると微笑ましいと言いますか、クスリとしながら楽しんじゃうのですが...でも、当事者はけっこうたいへんだったかもしれない。とくに早乙女さんの自伝に対する評は、的を射ているだけに辛口でありまして、そこがまたおもしろい。
作品後半、筆者が「祖父よ」と率直に語りかけるくだりが3連続で登場します。〝祖父よ。私はあなたの助言を聞かずに〜〟〝祖父よ。あのときあなたの助言を聞いていたら〜〟〝祖父よ。あなたが「○○なんか」と侮った〜〟…。なかなかのパンチラインですが、もし祖父がご存命だったりしたら、果たして早乙女さんは同じことを? などとも考えてしまうのでした。みなさま、ぜひ小誌を手にとって、早乙女さんの祖父に対する、愛憎相半ばする心情をお確かめください。

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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E

 このZINEの裏表紙には、祖父直筆の文字が踊っている。

 成せば成る成さねば成らぬ何事も成さぬは人の成さぬなりけり

 成せば成る、と言われてもなあ。同意反復しているだけで、そりゃそうだとしか言いようがない。正しくは「為せば成る」だ。そしてこれは勝手な推測だが、「為せば成る」と「面白きこともなき世を面白く」は、世の老人たちの自伝に頻出する言葉ランキングの上位に入るのではないだろうか。
 完成した祖父のZINEを、私は母から受け取って読んだ。読んでいて一番興味深かったのは、祖父が興した会社の経営が立ちゆかなくなった後のくだりだ。祖父に会社の倒産を告げられた祖母と父は、夜逃げ同然に家を出ることになる。祖父はひとり死を考えながら愛車のクラウンで当てもなく旅をする。このあたりのエピソードだけで丸一冊書けそうなのに、祖父はさらっと二ページくらいで書き流している。なんでだよもったいない。そこを掘り下げなくてどうするんだ。しかし、祖父にとっては向き合いたくない苦い思い出だったのだろう。
 代わりにこのZINEに詳しく書かれていたのは、会社がうまくいっていた頃のバブリーな自慢話や、旅行や同窓会の思い出、そして自分の親族や友人たちの生い立ちや人柄などだ。ありとあらゆる人物が実名で登場する上、かなりセンシティブな内容も書き込まれており、プライバシーもへったくれもない。母によれば、祖父の記憶違いによる、事実と異なる記述などもあれこれあったのだという。

~ウィッチンケア第16号掲載〈祖父の陣〉より引用~


早乙女ぐりこさん小誌バックナンバー掲載作品:蜘蛛と鬼ババ〉(第15号)

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2026/05/05

vol.16寄稿者&作品紹介15 鶴見済さん

 ウィッチンケア第14号からの寄稿者・鶴見済さんは、今年1月に「死ぬまで落ち着かない 六十年生きてみてわかった人生のこと」(太田出版)を上梓。好評で増刷もかかるなか、同書に関連した「死ぬまで落ち着かなくてもいい生き方(文筆家・鶴見済)【雨宮処凛のせんべろ酒場】」、「しぬのは怖い?『完全自○マニュアル』から30年、しを恐れる漫画家と語る人生後半の生き方【鶴見済×しりあがり寿】」といった対談動画がYouTubeにアップされています。そんな鶴見さんが小誌第16号にご寄稿くださったのは〈アメリカのフィメールラップにはまる〉。ラップ・ミュージックを題材としているが、いわゆる音楽エッセイではなく、ミュージシャンの生き様、というか“アティテュード”に筆者が共鳴して綴られた一篇なのです。


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作中で取り上げているのは一時期アメリカで隆盛だった「バッドビッチ系フィメールラップ」。おもしろい(...と言ったら失礼でしょうか、スイマセン)のは、話のマクラ的に〝好きなのに好きだとはなかなか言えない音楽〟としてニューミュージック、とくに、という日本のデュオを具体例として出して言及していること...じつは私(←発行人)も「風が好きだった」とは〝なかなか言えない〟...「海岸通り」をコピーして歌ってたくせに。ともあれ、カーディ・B、ミーガン・ザ・スタリオンと風を同じ距離で括って話を進めていく鶴見さんの音楽観に、シャープな独自性を感じたのです。
本作内では筆者の近著「死ぬまで落ち着かない〜」とフィメールラップの関係についても語られています。また鶴見さんのnoteでは、なぜ今回の小誌第16号への寄稿作を書いたのか、その真意も語られていて...双方の文面から私が感じ取ったのは、筆者のフィメールラップに対するセンシティヴでデリケートな対峙の作法でした。たしかに、このジャンルを興味本位とか面白半分とかだと思われないように語ることって、昨今の世の中では難しいかも。それでもなぜ、鶴見さんは敢えて書いたのか? ぜひ小誌を手に取って、お確かめいただければ嬉しく存じます。


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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E


 このジャンルの代表曲とも言える『WAP』という曲がある。歌っているのは、カーディ・Bとミーガン・ザ・スタリオンという、このジャンルの最大級の人気ラッパーだ。WAPとはウェット・アス・プッシーの略。どういう意味のスラングかは調べてほしい。
 歌詞は女性性器、男性性器、男女の性交を直接的間接的に示す言葉のオンパレードで、性行為の主導権は私にあると強調されている。この曲は2020年に初登場で全米1位の大ヒット曲になった。とてつもなくメジャーであることも、このジャンルに注目する大きな要因だ。
 この曲を男の自分がいいと言うのは、ますます危ういだろう。もちろん性欲からの興味で見ていることも決してないと言っておきたい。ムーブメントとして、疑いようもなく注目に値するだろうと思うのだ。

~ウィッチンケア第16号掲載〈アメリカのフィメールラップにはまる〉より引用~


鶴見済さん小誌バックナンバー掲載作品:植物実験をしていた頃〉(第14号)〈推す気持ちがわかっていない〉(第15号)


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2026/05/04

vol.16寄稿者&作品紹介14 うのつのぶこさん

 ウィッチンケア第10号からの寄稿者・うのつのぶこさんは、今年2月15日におこなわれた町田市議会議員選挙に立候補。無所属の新人としてはトップの投票数を集め、めでたく当選しました。小誌は創刊以来さまざまな分野の人に寄稿依頼してきましたが、政治家の方は、第5号にご寄稿いただいた枝野幸男さんに続いて2人目。私(←発行人)はそれこそ“歩く無党派層”みたいな人間ですが、誌面に多彩な寄稿作が掲載されている本をつくることがなによりも楽しく...今号にうのつさんの選挙体験レポートを無事収めることができたこと、編集者として本望です(選挙日程との関係で、締切の辻褄合わせにちょっと冷や汗でしたがw)。


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ライターとしてキャリアを重ねてきたうのつさんが、なぜ政治家をめざしたのか。かなり率直に語られています。ちょっと、私がウィッチンケアを発行しようと決心した経緯に共通するものがあるので、わかるなぁ。また〝台本の読み合わせみたいな市の職員と議員のやりとりを聞いて「なにこれ?」と思うことが増えた。私自身、納得がいかない案件に関しては請願陳述といういわゆる異議申し立てを4回もした〟という記述...具体的にはどんな事柄に対して「納得がいかない案件」と感じていたのかは、本作中では敢えて伏せてありますが、これはこの先、市政の中で筆者が実現させていくことなのでしょう。なにしろリアル政治家なのですから、動けば変えられるはず。

立候補してみなければわからない候補者の大変さが、克明に書き残されています。告示から開票までの一週間というのが、どれほどの激務なのか。また、その間の人間関係というか人間模様というか...とくに無所属という立場で手作り選挙を成立させるのに必要な労力。〝選挙戦の苦労とは、チーム内の感受性の違いを受け止め、ときに板挟みになりつつもみんなが揉めず、和気藹々と最後までやっていけるように配慮すること〟という一文に、御輿を担いでもらった側ならではの矜持が凝縮されているように感じられました。みなさま、ぜひ小誌を手にとって、うのつさんの選挙戦を追体験してみてください。


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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E



再びスマホを見るとまたしてもクレームっぽい。今度は「あなたの選挙カー、うるさいです。今オンライン会議中です。うちのエリアには入ってこないでください」というもの。おっしゃることわかります。私も「選挙カーうるさい」と思った経験がある。選挙カーの候補者名を見て「絶対この人には投票しない」と思ったこともある。「自分が嫌なことは人にもしないように」と親から言われて育ったのに、私は今、自分がされて嫌なことを人にしている。選挙カーはうるさくて迷惑だから借りないという選択もあったが、相談した10人中10人が「絶対選挙カーは必要」というので借りた。借りて正解だったのかどうかはわからない。クレーム以降、そのエリアには行かないことにしたが、ライバルの陣営が「うるさいからうちのエリアには来ないで」と連絡してくることもあると聞いて、なるほどと思った。クレームにもいろんな意味合いがあるのだ。

~ウィッチンケア第16号掲載〈見てる人は見てる〉より引用~

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2026/05/03

vol.16寄稿者&作品紹介13 武田砂鉄さん

 昨年9月からは文化放送で「武田砂鉄 ラジオマガジン」のパーソナリティも務めている武田砂鉄さん。月〜木の午前中が同番組で、金曜日の夜は引き続きTBSラジオで「武田砂鉄のプレ金ナイト」...このスケジュールを踏まえてライターとしての仕事もこなし、さらにロック系のコンサートにも足繁く通われているようで、ほんと、時間と体力のペース配分が抜群にうまくなければ成せない日々なのではないかと...くれぐれも、ご自愛ください。そんな武田さんとは先月、新刊「そんな気がする」関連のイベントでお目にかかりました。以前、ラジオで「Tシャツの日本史」の著者・高畑鍬名さんとの対談を拝聴していたので、この日の武田さんのTシャツの裾がタックインなのかアウトなのか気になり、アウトだったので「タックインはないですか?」と尋ねてみたら、「まだですね〜」と。正直、内心ホッとしました。もし武田さんがインだったら、自分も今後インにしてみようかなどと思っていたので...って、なんの話だ!?


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そんな武田さんのウィッチンケア第16号への寄稿作は〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉。あれ、前号でも? いやいや、今号で10回連続の〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉です。今回は冒頭からインタビュアーの武田さんに、主体性についての議論をふっかけていて、漆原氏、相変わらずお元気。〝主体性って「有無」で論じられがちですが、実は「濃淡」なんです〟という氏の持論を読み解こうとする武田さんは〝先日、大きな選挙がありましたけど〟と、おそらく自民党が316議席を獲得した第51回衆議院議員総選挙に絡めて話を進めようとするのですが、〝いや、そういうことではないんです。うまいことまとめようとしたのかもしれないけれど、そんなに単純な話ではない〟とバッサリ。
インタビュー後半になると、漆原氏の物言いはさらに苛烈になります。インタビュアーの武田さん、今回はきっちり言い返すことを敢えて避け、ドローに持ち込む作戦だったのかも。いつもはうまくまとめる対談後の地の文に、〝彼の中での思索が揺れ動いているのだろう〟という、判断保留ともとれる観察譚の一節もあり...。みなさま、ぜひ小誌を手にとって、漆原氏の語りたかった「主体」と「客体」についての真意を、慮ってみてください!


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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E

──私も漆原さんの意見に賛同しますが、しかし、読者はそう思うとは限りません。自分の意見を押し付ける人が嫌われ、自分の意見を持ちつつもバランスをとりながら物事を前に進めていく姿勢が好まれる時代です。

 そこです。押し付ける、これ、よく聞く表現ですよね。でも、意見というのは、そもそも押し付けるものです。相手がそれを跳ね除けたり、受け止めたりするなかで議論が発生する。意見は届けるから意見です。郵便と同じです。ポストに入れて届けるからこそ郵便物なのであって、家にそのまま置いておいたら、それはいつまでも届かないでしょう。押し付けるな、ってなんですか。当たり前ですが、届けなければ届かないわけですね。この、届ける行為を諦めさせる手口が、主体にとっても客体にとっても、もっとも悪しきものなんです。


~ウィッチンケア第16号掲載〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉より引用~



武田砂鉄さん小誌バックナンバー掲載作品:キレなかったけど、キレたかもしれなかった〉(第6号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第7号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第8号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第9号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第10号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第11号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第12号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第13号)〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第14号)〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第15号)

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Vol.16 Coming! 20260401

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