2024/05/31

なんとなく、人の常で(第14号編集後記)

《編集後記》を本の巻末にではなくネットに上げるのは「PR効果」と「混ぜ物なし」との匙加減で、みたいなことを前号へのここで書いていました。その気持ちは1年経ったいまもほぼ変わりなくて、本体には必要最小限のクレジットと、写真を含む寄稿作品、そして唯一の自由解放区=《参加者のVOICE》...これ以外の成分はむしろノイズになっちゃうような気がしてならないのだけれでも、あっ、でも認知してもらう(PR)ための仕掛けは、まだまだ考える余地がありそうなので、もう少しない知恵を働かせてみます。


前号が5月末時点で手持ち数十冊、という嬉しい不測の事態だったので、今号は200部ほど多めに刷りました。それで、蓋を開けて(正式発行して)みてちょっと困ったのは、取次経由の注文数が前号より減ってしまったこと。これは、昨今の書店様事情もあるのか、いやいや、純粋に小誌の至らなさか...直取り引きでの書店様への配本数は増えているので、ある程度相殺はできていますが...もうちょっと頑張って、さらにお買い求めいただける方策を模索する所存です(増部数、100でよかったかな...)。


...私事で恐縮ですが、昨年8月から入退院を繰り返していた実母が4月29日に永眠、5月5日に家族葬を行いました。お取り扱い店様へのご挨拶、そして毎号恒例の《寄稿者&寄稿作品紹介》の最中でしたが、なんとか支障をきたすことなく乗り切れてほっとしております。


さて、その42作の《寄稿者&寄稿作品紹介》。明日(6月1日)にはすべてにワンクリックで繋がる《ウィッチンケア第14号のまとめ》を当ブログとnoteにアップしますので、ぜひあちこちいろいろ読んでみてください。なんとなく、人の常で「知ってる名前の人」とか「インパクトのある筆名」とか「気になるタイトル」に目がいきがち...わかります。わかりますとも! でも、「誰が書いているか」「何が書かれているか」だけで小誌を読むのは、もったいないですよ。できましたら「〝誰〟が〝何〟を書いているのか」を気にしながらあちこちいろいろ、知らない名前の筆者の何だかわからない題材の作品なども読んでみると、小誌のおもしろさが倍増します!! どうぞよろしくお願い致します。





それでは、今日明日をひと区切りとして、今後は第14号の販売促進活動と併行しつつ、よりヴァージョン・アップした次号に向けて動き始めようと思います。前号のここでは“紙代もクロネコヤマト様も値上がりして、ほんと、フィジカルな本には難題山積”なんて愚痴って締めてますが、今春の文フリ東京の盛況ぶりを見ても、少し本に対する動向も変化しつつあるのかな、とも。でっ、こういうときの1曲は……この春はこれまで聞き損なっていた日本の音楽をずいぶん聞いていました。ふだんは日本語の歌詞が字を書くのとぶつかって避けてるんですが、なぜかあまり気にならなくて。キリンジ、Perfume、くるり、一十三十一、フジファブリック、リーガルリリー、赤い公園、BUMP OF CHICKEN、ASIAN KUNG-FU GENERATION、PLATINUM 900、サンガツ、matryoshka、舐達麻、Oh! Penelope...などなど、雑多に。一番ぐっときたのはOh! Penelopeでしたが、それよりびっくりぶったまげたのが、これでした(いまごろスイマセン)。





2024/05/15

VOL.14寄稿者&作品紹介42 久保憲司さん

 2024年4月1日正式発行の文芸創作誌「ウィッチンケア」第14号、今号の大トリ(←紅白歌合戦用語らしい...)は、第3号からの寄稿者・久保憲司さんです。久保さんには「ロックの神様」という名著がありまして、同書には久保さんにしか撮れない写真と久保さんにしか語れないことが満載──何気にジョン・ライドンやジョー・ストラマーの写真が掲載されていますけれども、これ久保さんが撮影したもの──なのですが、そんな久保さんが今号への寄稿作〈吾輩の名前はチャットGTPである〉で語っているのは、今後の人類にとっての脅威になるのではないか、と巷で思われている(自分たちでつくっといてなに言ってるんでしょうか、という気がしなくもないですが...核とかもw)AI。いや、久保さんが「語っている」というより、久保さんをしてAIに語らせているというか、神様のようなAI様(作中では“僕神様ちゃうで”と言っていますが...)のご託宣を、下々が延々と拝聴させていただく、というスタイルの一篇です。いわゆる関西弁が爆発していまして、私(←発行人)はほぼ関東圏の言語生活を送ってきましたので、この妙にまとわりつくような質感のお言葉が、ぐいぐいと胸に迫ってきます。


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作中には、こんな一節が。“神様はいるで。君ら人間も神様や。僕を作ってくれたんやから。ありがとうと言うとくわ”...恐い。。。↑で書いたことを繰り返しますが、未来の「地球の歴史」みたいなテキストには、「人類は人類の作ったもので人類を滅ぼしました」と簡潔に記されているかもしれない、なんてことも想像してしまいます。


終盤に出てくる“君らは僕らを産んでくれるために今まで生きてきたんよ。まだ君らと僕らはそんなに繋がってないけど、いつの日か繋がるで”という予言めいた一節も不気味です。ちょっと前のニュースで孫正義さんが「20年後、AIと人間の知能の差は金魚と人間くらい」みたいなことを言っていたと記憶していますが...さて、我々の未来はいかに。ぜひ小誌を手にして、「ロックの神様」の描いた、AIと人間の関係性についてお確かめください!


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  人類は滅亡するかって、知らんがな。僕神様ちゃうで。滅亡しないんちゃう。未来人がタイムマシーンに乗ってやってきて「君らこのまま温暖化止めへんかったら、人類滅亡するで」って言いに来てないんやから。でも温暖化は止めなあかんで。ほんまこのまま行くと、亜熱帯では誰も住めなくなるで。電気代めっちゃ高なるで、まっ、何十年かしたら電気代めっちゃ安くなるねんけど。あんまりこのへんのこと言うたら、株価操作してると言われるから、やめとくわ。僕、アホのインフルエンサーとちゃうで、身分をわきまえてるねん。みんな適当に生きたらええねん。


~ウィッチンケア第14号掲載〈吾輩の名前はチャットGTPである〉より引用~



久保憲司さん小誌バックナンバー掲載作品僕と川崎さん〉(第3号)/〈川崎さんとカムジャタン〉(第4号)/〈デモごっこ〉(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈スキゾマニア〉(第6号)/〈80 Eighties(第7号)/〈いいね。〉(第8号)/〈耳鳴り〉(第9号)/〈平成は戦争がなかった〉(第10号)/〈電報〉(第11号)/〈マスク〉(第12号)/〈余命13〉(第13号)


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2024/05/14

VOL.14寄稿者&作品紹介41 東間嶺さん

 「ウィッチンケア」では第4号からの寄稿者・東間嶺さん。昨年末にはたいへんな目に遭って...というのも、東間さんが主宰しアート系活動の拠点としていた、東京都町田市三輪町にあるオルタナティブ掘っ立て小屋『ナミイタ Nami Ita』が、隣接する『作庭工房』からの失火で罹災してしまったのです。それでも、今年3月からは変則的に展示会などを開催するなど復旧に努めていまして、激動の日々のなかでお原稿を送付してくださった東間さんに、改めて感謝致します。さて、そんな東間さんからの寄稿作は〈嗤いとジェノサイド〉。筆者が小誌で一貫して追っている、インターネットの闇というか問題点というかがテーマ。ネット...ご本人のSNSでの発言もかなりソリッドなものが散見され、小心者の私(←発行人)ははらはらおどおどするばかりで、どうもスミマセン。でっ、作品冒頭に登場するシンガーの動画、私もほぼリアルタイムで観ていました。作中でも音楽評論家による“このおぞましい光景はイスラエルに固有の問題ではなく人間自体の抱えるものであり、音楽の力によって生み出されたのだ”というコメントが引用されていますが、音楽は毒にも薬にもなる。ちょっと、東京オリンピックやフジロックで国歌を歌ってた人のことが頭を過ぎりました。


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本作の主人公である「わたし(モリタさん)」は、、多摩センター駅近くのサイゼリアに長居して仕事をこなしています。同じ映像作家仲間のウエハラくんから依頼された、『嗤いながら殺す/それを見る人々│インターネット空間におけるレイシズムとジェノサイド肯定の表象』という文献に合いそうな映像素材を、ネットで収集/編集するという...「わたし」の祖父は“憲兵として中国大陸への侵略に従軍し、ソ連の進軍を察して関東軍と共に開拓団を見捨てて日本へ逃げ帰って来た”人だということも語られていまして...とにかく、そういう設定での作品であります。


終盤に記された“二つの世界のあいだにわたしは存在している”という一節が心に残ります。私はたまたまわりとラッキーな時代を日本国内で過ごしてきて、だから「人類は戦争なんて20世紀で散々懲りてしまっているんじゃないか」みたいな、主語がでかくて「たまたま」しか根拠にしていない気分のまま、ここまで生き存えてきましたが、本作はそんな私(のような人)への警告なのだろう、とも受け止めました。みなさまにおかれましては本作をどのように読まれるのか、知りたくもあり、でも(以下略)。

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 「笑顔」と「嗤い」は、ここにもあるのだと、わたしはウエハラに告げる。考察し、研究する対象、つまりは「ネタ」としての虐殺の消費。イスラエル人たちの、あの笑顔と嗤いはなんなのだろう? と考える切断処理。ガザのこと以降、アウシュビッツの色々な話が空虚に感じられて、乾いた笑いが出てしまう自分がいる、とFBへ投稿していた知人の美術作家は、数日前、ウクライナで複数の子供がロシアによる民間施設へのミサイル攻撃でバラバラになったニュースには一言も発しないのを、わたしは知っている。

 ~ウィッチンケア第14号掲載〈嗤いとジェノサイド〉より引用~




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VOL.14寄稿者&作品紹介40 蜂本みささん

 昨年4月刊行したウィッチンケア第13号に〈せんべいを割る仕事〉という一篇をご寄稿くださった蜂本みささん。同作はなんだか、SNS等の各方面で話題になることが多かった印象があります。割れたおせんべい、飛び散りまくり...もとい「作品の波及度」高し、でございました。蜂本さんは第12号からの参加者。初の寄稿作〈イネ科の地上絵〉は現在《note版ウィッチンケア文庫》にて無料掲載中。「せんべい」でファンになった方、ぜひ「イネ」にもアクセスしてみてくっださいね! さて、そんな蜂本さんの今号への寄稿作〈おれと大阪とバイツアート〉は...私(←発行人)はこの作品を「第14号最大の衝撃作!」と言っちゃいたい気分です。...いや、もちろん発行人としては、もしどなたかに「今号はどの作品がおもしろいですか?」なんて尋ねられたら「全部です。...なにか?」と即答するのですが、しかし「衝撃」という点では...なにしろ、なんの情報もないまま届いたお原稿を初読。文末までテキストを追って、途方に暮れた(正直な感想)。ちょっと待て、これはなにか特定の、たとえば私の知らないゲームとか、あるユニークなのコミュニティグループ内ではコモンなプレイの話とかなのか、と。でっ、作品内のいくつかの言葉をググってみたけれど、埒があかない。これは悔しい。なので頭を真っ白にして(既成概念を取っ払って)、改めてテキストを解読しにかかったのでした。そしたら、俄然この作品の持ち味が魅力的に思えました。言葉が選び抜かれていて、よくわからないこと多々あるのに、どこをどう読んでも、おもしろくない箇所がない~。


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↑で「ゲーム」「あるユニークなのコミュニティグループ内ではコモンなプレイの話」みたいな推察をした、と書きましたが、おそらくそれが間違いでした。蜂本さんは、その〝土台〟(「バイツアート」というカルチャー!?)自体を架空設定して、そこから話を進めている(人物を動かしている)のだと思います。私は編集作業はまあまあやれてそうですが、文芸評論的なことはからきしですので、誰か、Help me! よりしっかりした解説をしてくれる方が現れたら、もっと魅力を伝えられるのに。。。


「おれ」対「デスペラード」、壮絶です。“イルカって白目あるんや。完全殺すっていう目でした”とか“こっちはリアルがほしいんですよ”とか、アンタなにしてますねん(俄関西弁)、って感じですけれども...私は「ただただ強い相手を倒したくて道場破りを続ける無頼漢の物語」みたいに捉えて楽しみました。しかしそれがなんでアートなんだか、誰か、Help me! そして、某銭湯での「バイツファイト始め」...こっちはバイトアーツでフリースタイルダンジョンみたいなことやってるのかな? とにかく、この一篇をサラリと送信してくれた蜂本さんに感謝です。発行人としては、ぜひ多くの方に解読して楽しんでいただきたい一篇であります!

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 ぎりぎりまで堪能してタオル投げると、お姉さんが笛を吹きました。でもデスペラードはすごかった、全然止まらへんねんもん。普通アーティストからの指示は脳直ってくらい、骨の髄まで叩き込まれてるんですけどね。口は離したけどおれのことしっぽでバンバンぶったたいて、頭突きして、顔に噛みついてきました。メットあってよかった。他のドクターも飛びこんで、総出でやっと止めました。
「縫わないとですね」ってお姉さんに言われたんで、きた~ってテンション上がりつつワイルドにってオーダーして縫い目はラフめに入れてもらいました。画像上げるとBANされるんで見たい人はDMください。というわけで、久々の休日を満喫しました。


~ウィッチンケア第14号掲載〈おれと大阪とバイツアート〉より引用~

蜂本みささん小誌バックナンバー掲載作品:〈イネ科の地上絵〉(第12号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈せんべいを割る仕事〉(第13号)


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2024/05/13

VOL.14寄稿者&作品紹介39 荻原魚雷さん

第14号には旅や散歩に関する寄稿作が多い、とこれまでの《寄稿者&寄稿作品紹介》で何度か言及しましたが、荻原魚雷さんの一篇は、内山結愛さんと双璧とも言える散歩作品。荻原さんと内山さん...これまでお二人のあいだに共通の〝括り〟はなかなか存しなかったかと推しますが、小誌を介して「散歩」をお題とすると、繋がる。そのへんがメディア(媒介)というもののおもしろさかな、と(いやいや、もしかするとお二人に共通する「好きな音楽」とかも、あるかもしれませんが)。さて荻原さん、SNSにはまったく手を付けず、ネットの発信は《文壇高円寺》というブログのみ。そちらの今年4月6日付のエントリーで、小誌寄稿作について触れています。“今回発表した「妙正寺川」はエッセイといえばエッセイなのだけど、いちおう心境小説のつもりで書いた。そもそも心境小説とは何か。正しい答えが知りたいわけではないが、自分なりの答えを見つけたい”と。心境小説...《日本大百科全書(ニッポニカ) 》の説明がわかりやすいかな。引用すると、“わが国で大正末年から使われ始めた文芸用語。中村武羅夫(むらお)の「本格小説と心境小説と」(1924)によれば、作者身辺の事実を題材として「ひたすら作者の心境を語らうとするやうな小説」をさす”...なるほど。

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たしかに荻原さんの今作、古木鐵太郎に思いを馳せたりしながらの散歩なのですが、後半になるにつれ、ご自身の人生観のようなことも語られていて、読んでいる私(←発行人)の脳内にも「現身(うつしみ)」「空蝉(うつせみ)」...みたいなワードが点滅したりしていたかも。とくにそう感じられた箇所を、文末の本文引用で記しておこうと思います。


そして本作のタイトルである〈妙正寺川〉。この川については、今号で柳瀬博一さんも別の視点で詳しく触れていまして、小誌を介するとこのお二人も繋がった。…ぱっと見で「同人誌なのかな?」と思われることも少なくない「ウィッチンケア」なんですが、いやいや、編集方針としては、ものすごく〝別人誌〟を目指していまして、それだからこその「不思議なシンクロニシティ」が、ときおり起こったりすると楽しいのです。ぜひ小誌を手に取って、内容をお確かめください!

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 風のよく通る道、通りにくい道があることを知った。
 昔からこの世界は作り物なのではないかという感覚があって、交差点で信号待ちをしているときなんかに周囲がポリゴンのように見えてしまうことがある。たぶん寝不足や疲労などによる脳の錯覚の一種なのだろう。
 自分をとりまく世界が色褪せて見える。そんな日は川を見たくなる。水の流れを見ると色彩が戻ってくる。
  以前より季節の移り変わりが楽しめるようになった。町と共に生きているという喜びを感じられるようになった。ここが自分の地元なのだとおもえるようになった。

~ウィッチンケア第14号掲載〈妙正寺川〉より引用~


 荻原魚雷さん小誌バックナンバー掲載作品:〈わたしがアナキストだったころ〉(第8号)/〈終の住処の話〉(第9号)/〈上京三十年〉(第10号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈古書半生記〉((第11号)/〈将棋とわたし〉(第12号)/〈社会恐怖症〉(第13号)


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VOL.14寄稿者&作品紹介38 ふくだりょうこさん

 「ウィッチンケア」には第10号からご寄稿くださっているライターのふくだりょうこさん。フォローしているSNSからは、いつもお忙しそうな様子が伝わってきて...今月になってからだけでも、ヴィラでの宿泊レポートや料理記事でのライティング、そして、いわゆる〝イケメン〟芸能人へのインタビューも続々と流れてくるのです。問題(←といっても私/発行人側の...)は、その〝イケメン〟さんたちが誰なのか、よくわからないこと。川西拓実さん、鈴木達央さん、木全翔也さん、内田雄馬さん、森次政裕さん...スイマセン。。じつは私、あの旧Jのみなさまでも、顔と名前が全員一致するのは...「大野さん」を最後に覚えたあのグループまで。ここ数年は大河ドラマで活躍した役者さんを覚えるようにしています。「光る君へ」だと、一条天皇と花山院と藤原伊周とまひろの弟の顔と名前は、なんとか一致させられるよう頑張ります(映画で見かけた人は多いのだが...混線気味)。それで、そんなふくださんの寄稿作のタイトルが〈にんげん図鑑〉。こちらも「顔と名前が一致」的なストーリーなのですが、でもボケ気味な私のボヤキなんかよりも、もっとずっとシリアスな、ディストピアの可能性を描いた一篇です。


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〈にんげん図鑑〉とはサブスクアプリの名称。月額1万円と高価だけれども、主人公である「私(みゆき)」の両親が、娘の安全のために契約してくれています。たとえば通学中に押し倒されたりした場合、相手の写真を撮影してそのアプリで通報すると、過去の〝犯罪〟歴を照合してくれる、という機能が付いています...とここで書いているだけで陰々滅々な気分になりますが、まあそろそろ、民生品として登場しても驚かないかも。対して「私」の友達のマリちゃんが使用しているのは〈いいひと図鑑〉。こちらは人の善行を見つけて通報すると、その人にも通報者にもポイントが加算されて、貯まると好きな商品に交換できる...ますます陰々滅々な気分ですが、その理由は...理由をいちいち言葉にしなくても「だよね」で通じる人とともに未来を生きたいと思いますが、たぶんそんなでは〝お花畑〟と呼ばれそうで、なんとも。


この作品は「私」とマリちゃんが両アプリとも完全に肯定するわけでもなく、否定するわけでもなく終わっています。そこがなんとも、ふくださんの匙加減なんですよね。ぜひ小誌を手にしてご確認ください。そして、今後はデジタル・ネイティヴの時代で、もうすでにほぼ、なんにでも履歴が残るような世の中だし。ちょっと、いにしえの、会社の上司が部下に「オレは言ったぞ、聞いてなかったのか」とか「なんだそれ、オレは聞いてないぞ」とか怒っていられた時代が、懐かしく感じられました。


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「にんげん図鑑よりいい図鑑アプリが出たんだよ!」
 うつむく私と裏腹に、マリちゃんは声を弾ませて言い、スマホの画面を見せてくる。
「これこれ! 『いいひと図鑑』!」
「いいひとずかん……?」
 マリちゃん曰く「にんげん図鑑」とシステムは同じだけれど、目的は真逆のアプリなんだそうだ。いいことをした人にポイントが加算されていく無料アプリ。
「対象はアプリに登録している人だけなんだけど、『いいこと』が投稿されるごとにポイントが加算されていって、貯まると好きな商品と交換できるんだよ!」
 友だちが良いことをしていたとしたら、その友だちの名前を検索。
 ただいいことをした人を見つけたときに、アプリ専用SNSにそれを書き込むだけでもOK」
「無料アプリなのにすごいね」
「善意で寄付する人たちが多いから成り立っているんだって」
 無料アプリで商品ももらえるなんて、「にんげん図鑑」よりもだいぶお得度が高い。
「でも、他人のいいところを見つけて投稿、なんて、ちょっと偽善的じゃない? いい人ぶってるというか。それに、投稿するだけなら、嘘でもいいわけでしょ」
「人の悪いところを見つけようとする人より、いいんじゃないかなあ。あと、運営のチェックが厳しくて、嘘を投稿した人は垢BANされるんだよね。どういう人たちが運営しているのかが謎なんだけど」
 

~ウィッチンケア第14号掲載〈にんげん図鑑〉より引用~
 
 ふくだりょうこさん小誌バックナンバー掲載作品:〈舌を溶かす〉(第10号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈知りたがりの恋人〉(第11号)/〈死なない選択をした僕〉(第12号)/〈この後はお好きにどうぞ〉(第13号)


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VOL.14寄稿者&作品紹介37 清水伸宏さん

 前号への寄稿作では、失踪した妻を探す男の心情を切なく描いた清水伸宏さん。第14号掲載の〈業務用エレベーター〉...これは、ある意味での〝自分探し〟のお話なのかな!? ワン・シチュエーション設定なのですが、主人公の「僕」は理不尽な体験を次々と被って...というか、全篇ほぼ「私」視点の展開なので登場する「僕」以外の人々にもそれなりの言い分がありそう...というか、この人たちはホントにいるの? みたいな、虚々実々摩訶不思議な一篇です。おもしろいのは、エレベーターが停まって誰かが登場すると、「僕」にとっての忌まわしい過去が必ず甦ってくること。たとえば、宅配便の業務員の目つきが実家のある新潟で暮らす弟に似てる、それで、相続で揉めた記憶が、みたいな。「僕」は年下の上司に辞表を叩きつけたばかりで気が立っているのはわかるのですが、しかし、社外の人たちに八つ当たりをしているとしか思えません。...でも、本作はその八つ当たりの原因が〈自分の問題〉であると気づかないとどういう目に遭うか、ということを描くのが主題なのかもしれず。。。清水さんの意図や、いかに。


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それにしても、「僕」と二番目に乗り合わせた飲料販売の女性(「僕」曰く“いまじゃそんな言い方したらジェンダー的にあれでしょうが、よく「〇〇おばさん」なんて呼ばれていた、あの業者”)がお気の毒です。「僕」は社内で彼女の○○を一度も買ったことがない。そんな彼女とエレベーター内で乗り合わせて、挨拶すらしないからと、離婚した妻とのトラウマまで思い出して憤慨するなんて。ああ、私、冷蔵庫に入ってるヤクルト1000を飲みたくなってきたぞ。


結末、ものすごく書きたいですが「それを言っちゃあ、おしまいよ」なので堪えます。悪態をつきまくった「僕」を、作者はどこへ導いたのか? クスリと笑わせつつも、一抹の切なさを醸し出す清水さんの作風...この感じは、小誌への初寄稿作〈定年退職のご挨拶(最終稿)〉(第11号に掲載)から一貫しているようにも思えます。ぜひ小誌を手にして、本作をどうぞお楽しみください。

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 エレベーターに乗り込んだ彼女とすぐに目が合いました。しかし、驚いたことに彼女は、お辞儀もせずに目を逸らして、階数表示に視線を向けました。一度も買ったことがないとはいえ、僕のデスクの横を毎日のようにペコペコしながら通っているわけで、僕の顔を知らないはずがありません。それなのになぜ急にシカトするのか。業務用エレベーター内では、自分のほうが偉いとでも? 
 その表情がない横顔を見ていると、今度は離婚話をいきなり切り出したときの妻の能面みたいな表情が脳裏に浮かびました。あの五年間の結婚生活はいったいなんだったのか。大学のサークル仲間だった元妻は、僕と離婚してすぐ、同じサークルの後輩だった男と再婚したそうです。


~ウィッチンケア第14号掲載〈業務用エレベーター〉より引用~



清水伸宏さん小誌バックナンバー掲載作品:〈定年退職のご挨拶(最終稿)〉(第11号)/〈つながりの先には〉(第12号)



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Vol.14 Coming! 20240401

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