小誌第6号に掲載された「ウィー・アー・ピーピング」以降、いつもリアルタイムな現実に沿った小説作品を寄稿してくださる東間嶺さん。小誌今号での作品には<よろず評論家>のシバタアキヒロという、ヒール役の人物が登場するのですが...なんか、メディアで見かけたことのある、実在する人の顔が浮かんできてしまって困りました。若い奥さんに噛みついたとかなんとかの人とか、2〜3年前に朝のワイドショーでコメンテーターしてた人とか。...いや、<若手>って書いてあるから、それらよりはもう少し年下? <三十代が終わらないうちに退官の道を選んでメディアの世界へと転身>とも記されているので、40代前半くらいかな?
私は東間さんの一篇を、柴那典さんの「不機嫌なアリと横たわるシカ」、西田亮介さんの「エリートと生活者の利益相反」と関連づけて読みました。作品に流れる鬱々とした空気感は、前者に出てくる<不機嫌の国に住んでい>る<サラリーマン風の男>に通じるし、シバタというキャラは後者で読み解かれた<エリートと生活者(ノンエリート)の利害関係の変容>でのある断面を、グロテスクにカリカチュアライズして生み出されたようだな、と。
アマノ(=ウエハラ)は、前号掲載作「生きてるだけのあなたは無理」にも登場した人物と推定できます。昼食のカップ麺をすすっていた男。今回はストロングゼロを煽っているようで...とりあえずスマートフォンを切って、野菜多めの食事にでもいってきたほうがよいのではないか、と。...そして彼にとってのツイッターは、発信するものなんだろうか? もしかしたら受信しすぎて溜まった澱みたいなものが自動放出されてるだけなのかも、とも。
ある種の類型みたいな登場人物が数多く設定されているように読めましたが、サイトウマナミだけは、ちょっと生身の人間っぽく感じました。<実際、誰かがあいつを金属バットで殴ったら、わたしはすっきりするんだろうな>という気分、ことの善悪はともかく、この感情の動きはけっこう自然に思えたりして。<一昨年に転職したイベント運営会社>で働いているとのですが、できるなら彼女には再転職をすすめたく...その理由は、ぜひ小誌を手にとってご確認ください!
シバタの思考や主張自体に独自性は薄く、これまでも新興企業の経営者や元官僚のタレント評論家が繰り返してきた粗雑なネオリべ論法の変奏でしかなかった。際立っていたのは、その攻撃性だった。シバタが主に敵と見なしている経済的/身体的弱者への再分配要求論、そして政治的公正さを求めるさまざまな運動へと投げつけるエキセントリックな罵倒の加虐性を、主に管理職に近い中高年のサラリーマン層や、東大を始めとした高偏差値大学の学生たちが強く支持していた。
「四十過ぎても非正規の負け犬バカに権利とかないから。寂しく一人で死んどけ」、「要介護のジジババは、もうね、どんどん処分すべき。共倒れは御免だから」、「糞フェミもウヨ豚も、どっちもモテない埋め合わせで暴れてるみっともないくず。爆笑」
さまざまなネットスラングや放送禁止用語を、地上波放送に出演するときでさえおかまいなしに使うシバタの態度は当然のごとくネットでの炎上や舌禍事件を頻繁に引き起こした。
ウィッチンケア第9号「セイギのセイギのセイギのあなたは。」(P192〜P198)より引用
goo.gl/QfxPxf
東間嶺さん小誌バックナンバー掲載作品
「《辺境》の記憶」(第5号)/「ウィー・アー・ピーピング」(第6号)/「死んでいないわたしは(が)今日も他人」(第7号)/「生きてるだけのあなたは無理」(第8号)
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Vol.14 Coming! 20240401
- yoichijerry
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