2014/05/21

vol.5寄稿者&作品紹介23 藤森陽子さん

「Hanako」や「BRUTUS」のライターとして活躍中の藤森陽子さんは今回、兄の人生を通して「ロックとはなにか?」について考察した作品を寄稿してくれました。そうだ、辻本力さんも同傾向の作品でして、双方を読み比べてみるのも、今号の楽しみかたのひとつかも、と(「旅」についての桜井鈴茂さんと吉田亮人さんの作品、「田母神氏」が登場する我妻俊樹さんと久保憲司さんの作品なども...)。

<あきらめの悪さもロックなんじゃないか、兄を見ているとそう思う。>という藤森さんの実感から書かれた一節には、重い響きがあります。若いころ<ずっと僕が必要で優しくしてくれるかな/64になっても>って歌ってた人、全然老後っぽくないし(でもいまは体調が心配/5/18の国立競技場のチケット持ってた)、ミック・ジャガーも大昔のインタビューで「自分が40過ぎてもストーンズやってるとは思わなかった」みたいな発言していた記憶があるし。...この「裏切られた感を丸呑みする」がロックの正体だったのかw。

藤森さんの今号掲載作「欲望という名のあれやこれや」について、「小林多喜二と埴谷雄高」の著者・荒木優太氏が「藤森陽子とは現代の葉山嘉樹」と書いています。私はこのユーモアのある評論が楽しかったのですが、しかし同じ作品内で<100万のシャネルスーツはムリ/でも35万なら...>(大意)というようなことも書いていながらプロレタリアっぽい気配を荒木氏に嗅ぎ取らせた藤森さんの筆技に...いやあ、これはびっくり。

茶道楽の日々」「接客芸が見たいんです。」「4つあったら。」「観察者は何を思う」と、毎回なにか新しい一面を覗かせる藤森さんの文章を、そろそろまとまったかたちで読みたくなってきています。そしてなによりも、御兄様のますますのご活躍を祈念致します! そういえばジミー・ペイジも、若いころは悪魔に魂を売り渡そうとしていたのに、どこかで身を翻したんじゃなかったっけ?

 親が芸能人やミュージシャンという家庭もさほど珍しくはないだろう都会と違い、「地方の小さな町の」「先生んちの息子」がバンドをやっているのは、それだけでなかなかな問題なのだった。ミュージシャンで食って行くという人生など、我が父の選択肢には無い。
 高校から大学、そして社会人になってもいっこうにバンド活動を辞めようとしない息子に対し、不毛ともいえる父の説教は続く。それが私の思春期以降の、我が家の風景だ。
 そもそも彼に圧倒的な個性や観客を魅了する華があったら、オリジナルでデビューしていたかもしれないし、そんなことは本人が一番分っていることだろう。それでも辞めずに30歳にしてトリビュートバンドという道を選んだ。演奏スタイルを研究し細密に再現するのは、学究肌の兄には案外向いていたのかもしれない。
 妹からすれば、そんなに好きならスタジオミュージシャンでも何でもいいからさっさとプロになればいいのにと思ったものだが、「先生んちの子」らしく変なところで生真面目な彼は親不孝者になりきれず、かといって反省して足を洗う訳でもなく、「働きながらバンドもやる」という最も往生際の悪い方法を選んだのだった。
 それは才能があるとかないとか、もはやそんな甘っちょろい話ではないんだな。どうしようもなく好き好きで仕方がない、もっと泥臭い、どうやっても消し去ることのできない熱情とでも言おうか。なんと愚直で不器用で、青くさい生き方だろう。
 かなわないな、と思う。
 
 不肖の兄はいつの間にか、平日はサラリーマンとして働き、週末は全国のライブハウスを行脚する家族イチの働き者になっている。父もさすがに認めたようで、最近では父からの電話でバンドの活動ぶりを(ちょっと自慢げに)聞くことも多くなった。
 ああ、こんな日が訪れるとは。これもすべて、ただただ続けてきたからに他ならない。
 
 兄にとってのロックな生き様は、27歳でオーバードーズで早死にすることでも、30歳で芽が出なければ〝けじめ〟をつけて辞めることでも、もちろん40歳で偏執狂的なファンに撃たれ、非業の死を遂げることでもない。
 長生きして続けることなのだ。
 あきらめの悪さもロックなんじゃないか、兄を見ているとそう思う。


ウィッチンケア第5号「欲望という名のあれやこれや」(P0162〜P166)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/80146586204/witchenkare-5-2014-4-1

Vol.8 Coming! 20170401

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