昨年の10月22日、武田砂鉄さんの「テレビ磁石」(光文社/2024年)刊行記念の対談イベントが青山ブックセンター本店にてありまして、私(←発行人)はこれまでの御礼と新たな寄稿依頼も兼ねて参加しました。「テレビが映した芸能界」と題された対談で、武田さんのお相手は水道橋博士さん。ほんと、ここだけの、みたいな話題もいくつかありまして...なかには2025年になって広く知られるようになったできごとを先取りするようなことも博士の口から、で震撼しながら帰宅したのをいまでも覚えています。それで、「テレビ磁石」は武田さんが雑誌「女性自身」に2018年6月〜2024年9月にかけて掲載したテレビに関するコラムをまとめた1冊。トピックの人名も時代を感じさせますが、なにより印象深いのは〈あとがき〉に記された“この本で議論されているテレビ番組や芸能人、政治家や文化人に共通点があるとすれば、「テレビが偉そうでいられた時代から、そうではいられなくなった時代に移行していくなかで、それでもまだテレビがそれなりに影響力を持ち、心酔できなくなったとはいえ、無視もできない状況でテレビの中に映し出されていた存在」であるということ”という一節。これが2024年8月での筆者の認識...そこからもうすぐ1年ですが、年初からいろいろあったこともあり、ますますテレビまわりの状況は厳しくなっているような気が。
さて、武田さんの小誌今号への寄稿作。タイトルと形式は不動ながら、語られているのは「AI時代のビジネスのあり方」など、時代に即した内容でもありまして、もう、安定した不安定さ...漆原の真意を汲み取ろうとすればするほど混乱してくるという展開。しかもコロナ禍のころはやや弱気だったようにも思えた漆原さん、今回は元気で自信に満ちているし。
「概念」と「言語化」の違いに関する禅問答のようなやりとりもスリリングでわけわかりませんが、個人的に気になったのは、漆原さんの“動乱を作り出した権力者は「色々言ってるけど、実際はこうなんだろ」と吐き捨てることで喝采を浴びている”という認識は、いまの世界情勢に照らしても頷ける。でも困っちゃうのは、氏がそれを肯定しているのか否定しているのかすら判然としないことでして。読者のみなさま、ぜひそのあたりを小誌を手にして解明してみてください。
──「ガイネン・ミーティング」への違和感は、その概念を提出したところで合議制になるのではないのか、つまり、そこでジャッジされるのは「伝わったかどうか」になるのではないのか、ということなんです。
漆 それはずいぶんとまた、ありきたりな違和感ですね。そんなことは想定済みです。「そのまま」という概念があります。でも、それが「そのままだということにしておく」になっているのではないか。それは「そのまま」ではない。私は「そのまま」を欲しているのです。「そのまま」とは「概念」です。
~ウィッチンケア第15号掲載〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉より引用~
武田砂鉄さん小誌バックナンバー掲載作品:〈キレなかったけど、キレたかもしれなかった〉(第6号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第7号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第8号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第9号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第10号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第11号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第12号)/〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第13号)〈クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー〉(第14号)
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