今回が初寄稿となる関野らんさんは一級建築士で、「墓地設計家」と名乗っています。関野さんの仕事内容についてはWebサイト《遅いインターネット》の〈横断者たち #6 お墓を都市の「心の拠り所」にしたい〉という記事が詳しいのですが...その関野さんと私(←発行人)は以前、「NHK WORLD – JAPAN|DESIGN TALKS Plus “Mourning”」という番組で若干のご縁があり、その流れで、昨年4月に永眠した実母を関野さんが関わった東京都町田市の「樹木葬墓地 桜の里」に樹木葬しまして、さらにその流れで、小誌今号へのご寄稿までお願いしてしまった、というわけでして...ほんとうに唐突な寄稿依頼でしたのに快諾してくださり、感謝致します。関野さんの事務所・SRAN DESIGNは実母が眠る「樹木葬墓地 桜の里」の他にも、たとえば東京都八王子市の「風の丘樹木葬墓地」で2019年度グッドデザインを受賞するなど、従来のいわゆる「お墓」の在り方をアップデートする活動を展開しています。...じつは私、今回初めて“お墓探し”ということを体験しまして、それは見つかるまではあくまでも「親のための行動」であったのですが、実際に落ち着き先が見つかったさいに事業者様から「それで、あなたはどうします?」と尋ねられて、そこで初めて「これはオレの行く末の場所探しでもあったのか!」と。なかなか感慨深い体験でした。
寄稿作「死者の尊厳」では、筆者の死生観が率直に語られています(揺らぎも含めて)。大学院を出てすぐアルバイトで働いた設計事務所で聞いた、小説朗読のラジオ番組...その物語に登場したAIに恐怖感を抱いたことを思い出して、果たしてそのAIは怖いものだったのかどうか、現時点の感覚で考え直してみたり。拝読して、関野さんの「自身の死後についての考え方」は自分にも近いなと感じたのですが、仕事柄、自分の死生観だけで遂行できる職業では、到底ないとも思われ。
作品の終盤には「現代の生と死に向き合うべく、研究会を立ち上げ定期的なイベントを」との一文があります。たしかに、存命のうちに考えておかないと、そのときが来てからでは、もう、ですものね。文末には関野さんのSNSアドレスも明記されていますので、興味を持った方はぜひアクセスしてみてください!
話すのが苦手で吃りも多い自分にとっては、自分のAIが死後も生き続けるなんて恥以外のなにものでもなくまっぴらごめんだ。けれどもし自分の死で悲しんでいる家族や友人の心の支えになるのであれば、それはもう自分のAIというよりも誰かにとっての便利ツールのような気もする。
人の死というのはその人が生きたという証拠でもある。AIという形ではなくても誰かが生きたという証拠をただ素通りさせてしまうのではなく、大きく考えると人類全ての人が生きた記憶を蓄積し、次の世代に繋いでいくことができたら後世の人たちのためになるのではないかと考えたりする。
~ウィッチンケア第15号掲載〈死者の尊厳〉より引用~
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