今回が初寄稿となる山本アマネさんのことを私(←発行人)が知ったのは、昨年10月初旬の、小雨まじりの木曜日。その日私は都内でいくつか用事があり、早い夕方、四谷で開催されていた「出張1003@ニューアーバン」──小誌をお取り扱いいただいている兵庫県神戸市の書店・1003booksのイベント──にも顔を出しました。店主の奥村千織さんにご挨拶をして、店内に並んだ本を眺めていたら、綺麗なイラストを配したピンク色の本が...なんか、“呼ばれた”ような気がして購入したのが、山本さんのつくった『chapbook ちっぽけな話』でした。帰宅して拝読。日記スタイルの身辺雑記、と言って良いかと思いますが、とにかく装丁と装画が美しく、静謐なテキストには映画と読書と音楽への思いが滲んでいて、それでもところどころ、仕事観や世情に関する私見なども織り込まれていまして...Instagramを拝見すると《illustration / collage / graphic design / writing》と自己紹介なさっており、全部一人でこなしてしまう方なのか、と納得。その後、寄稿依頼のメールをしたためまして、良いお返事をいただけたのでした。
寄稿作「いつも読書の途中」ではおもに昨年のできごとがふたつ、その間の山本さんの読書体験と重ねながら語られています。〈編集者のKさん〉のお別れ会にまつわる逸話では、Kさんのメモにあった詩人・エドモン・ジャベスの一文が引用され、言葉(や物語、芸術など)と向き合うことについてのスタンスが考察され、作品後半では帰省して母親と過ごした日々について...こちらの逸話の中にも、アン・モロウ・リンドバーグの『海からの贈物』が出てきます。
本作を読み終えると、あらためて作品冒頭に記された「現実の酷いニュースばかりを追っていたら、なにを読んでも頭に入ってこず、心も動かなくなり」という状態の、筆者にとっての辛さが伝わってきます。みなさま、ぜひ小誌を手に取って、山本さんの「昨年のできごと」を追体験してみてください。
私が小学生の頃、母は仕事で多忙を極めていたのに、寝る間を惜しんでアイザック・アシモフのファウンデーションシリーズを読破し、身体を壊したことがあった。正確に言うと、疲労で歯が抜けてしまった。いま欠けてしまったのは、そのとき抜けた歯の差し歯である。このエピソードを、母はいつも笑い話にしているけれど、私は胸がちくりと痛む。仕事に子育てに、それだけではない、母には大変な心労があっただろうと、大人になったいまならば想像できるからだ。休む時間を削ってでも、自室に篭って油絵を描いたり、読書をする時間を確保したかった気持ちも、痛いほどわかる。
~ウィッチンケア第15号掲載〈いつも読書の途中〉より引用~