昨年の寄稿者&作品紹介で、私(←発行人)は蜂本みささんの寄稿作〈おれと大阪とバイツアート〉を「第14号最大の衝撃作!」と紹介しましたが...さて、今回はどんなどえらいものが届くのかと心待ちにしていたところ、やはり、摩訶不思議な一篇が届きました。タイトルは〈編み物前線〉でして、主人公の「おれ」の語り口は前作の「おれ」ほど弾けてはいなくて、むしろ淡々とできごとを説明してくれるのですが、なんというか、そもそもの物語の舞台設定が、なんとも変。冬も終わりに近づいたある日、ジムに通う疎水沿いの道で「おれ」は一本の車止めがマフラーを巻いて立っているのを見て、ある事案に巻き込まれ、徐々に覚醒していく、と。作中に出てくる「ヤーンボミング」、前作で語られていた「バイツアート」が作者の創作だったのでまたもや、と思いつつperplexityに訊ねてみたら、今度は実在していました。「ヤーンボミング(Yarn bombing、またはyarnbombing)とは、カラフルな編み物やかぎ針編みを使って公共の場所や街中のオブジェクトを装飾するストリートアートの一種です」「ヤーンボミングの特徴は、落書き(グラフィティ)と同様に公共空間を装飾しますが、塗料を使わず、簡単に取り外すことができる点です。違法とされる場合もありますが、訴追されることは少ないとされています」。...それにしても筆者の目の付けどころは、いつも独特だなぁ。
ヤーンボム(作品)が気になり出した「おれ」は、園芸用の剪定バサミで駆除している町のおじいさんや、写真を撮っている男女二人組と会話をしたりしながら、自分が編み物の魅力に惹かれていることに気付きます。このプロセスが丁寧に描かれていて、たしかに、人が新たなものと出会って関心が深まると、それまで「みんな同じ」だと思っていたもののディテールがわかるようになるよなぁ、と。
“疎水に沿って続く二キロほどの道のりは、名もない誰かが編み物を出現させ、名もない誰かがそれを取り除く一種の前線だった”...ヤーンボマー(アーティスト)と住民が攻防を繰り広げる様を戦場に喩えたこの一文で、思わず吹き出してしまいました。そして「おれ」はこの戦いの中で、どんな立ち位置を取ろうとしているのか? みなさま、ぜひ小誌を手に取ってお確かめください!
家のペン立てに差したカッターをジムバッグに入れて出かけた日もあったが、均一な張り具合の編み目、有機的にうねる模様を前にするとおれにはとてもできないと思った。だって、糸を、棒で、手で、反復する動作で? そこに注ぎ込まれた時間を思うと途方に暮れた。長い長い時間のはずだった。隣を走る殺風景な疎水を水源までさかのぼり、また海まで流れていくほどの。わかりたかった。おじいさんを手伝うにしても、暗号のようなこれらの言葉をわかりたかったし、ヤーンボミングがなされることで初めて存在に気づく街の付属物や、疎水が今日このような姿を取るに至ったわけを知りたかった。カッターはいつの間にかバッグの底に沈んだ。
~ウィッチンケア第15号掲載〈編み物前線〉より引用~
蜂本みささん小誌バックナンバー掲載作品:〈イネ科の地上絵〉(第12号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈せんべいを割る仕事〉(第13号)/〈おれと大阪とバイツアート〉(第14号)
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