2025/05/18

VOL.15寄稿者&作品紹介32 すずめ園さん

 ウィッチンケア第12号からの寄稿者・すずめ園さん。前号(第14号)には〈まぼろし吟行〉と題する、旅行記+俳句で構成された一篇を掲載しましたが、今号への作品は恋愛小説、と紹介しても差し支えないのではないか、と。ただし、主人公である「ミナモ」の、極めてクールな視点で話は展開していきますので、「恋愛を描いた小説」というよりは「恋愛を試してみた真面目人間の小説」とでも言ったほうが、内容的には正確なのかも。筆者はご自身のSNSで、本作について「高校生の頃から思い描いていたリアルな自分の未来予想図がかわいそうだったから物語の中で幸せにしてみました」と語っていまして、これもなかなか意味深というか...とにかく、ここではストーリーに沿って、私(←発行人)が気になった箇所をいくつかお伝えしますね。なんというか、すずめさん独自のリリカルな筆致を活かしつつ、新生面に挑んだというか、不思議な魅力を持った書き下ろし作品なのです。




「ミナモ」は新卒で入社した会社で、2年先輩である指導係の「佐武さん」と知り合います。佐武さんの腕にはまったく体毛がなく、「ミナモ」はそのことを「ミナモにとって好ましいことのような気がしてきた。つるつるした木みたいで、冷房でキンキンに冷やされた窓の並ぶ無機質なこの場所よりも、熱い緑のなかに立っているほうがずっと自然だろうと想像した」りするのですが、これって、恋愛感情!? ...なんだか違うような気もしますが、それでも9月になるとこの2人の関係は「付き合っている」になるのです。「いまミナモを好きって言ってくれている佐武さんと付き合うことは、自分にとっても良いことだと思うことにした」という理由で。それから数年間の恋愛模様は、かなり細やかに、時にはきわどくも描かれていまして、でも二人の関係性にはとくに深刻なトラブルや擦れ違いや隠し事などもないようでして、まあ、世間一般の恋愛話であれば、この先に待ち構えている男女のセレモニーといえば、あれかな...なんですが。


私が今号ですずめさん、そして、すずめさんとほぼ同年代であろう絶対に終電を逃さない女さんの作品を読んで、共通して気になったこと。なんか、2作品とも、いわゆる「彼氏」が、(この表現で良いのかどうか...)お気の毒様なのです。本作で言えば佐武さんって、優しい善人なんですけれども、でもミナモのことを「分かれていない」んだろうな、「手に負えていない」んだろうな、としか。このあたりの繊細な心理戦(!?)、ぜひ小誌を手にしてじっくり読んでみてほしいと思います。


ウィッチンケア第15号(Witchenkare VOL.15)
発行日:2025年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:276ページ/定価(本体2,000円+税)
ISBN:978-4-86538-173-3  C0095 ¥2000E


 佐武さんが一人で暮らすアパートにはじめて遊びに行ったのは九月の終わり頃だった。その日は酷く暑くて、最寄り駅から徒歩十三分の場所にある佐武さんの部屋に向かうまでにも、身体のいろいろなところから汗が流れ、一歩踏み出すごとにワンピースの裏地が脚に絡みついて歩きにくかった。古いコインランドリーがある角を曲がったところで、「あの二階の角が俺の部屋」と佐武さんが指差した。カーテンの開けられた窓際に、Tシャツが何枚か掛かっているのが見えた。ミナモが家族と住む一軒家にはベランダがあり、大きなハンガーラックを三つも使って家族四人分の洗濯物が干されているが、佐武さんの部屋にはベランダがなかった。地肌からも噴き出してくる汗を感じながら、佐武さんのアパートを見上げた。なけなしの化粧は汗でほとんど流れ落ちていた。たった一人の他人が暮らすあの中に入ったら、もう引き返すことができない気がした。


~ウィッチンケア第15号掲載〈幸せにしてあげる〉より引用~


すずめ園さん小誌バックナンバー掲載作品:人間生活準備中〉(第12号)/〈惑星野屋敷〉(第13号)/〈まぼろし吟行〉(第14号)


※ウィッチンケア第15号は下記のリアル&ネット書店でお求めください!



【最新の媒体概要が下記で確認できます】

https://yoichijerry.tumblr.com/post/781043894583492608/



Vol.15 Coming! 20250401

自分の写真
yoichijerryは当ブログ主宰者(個人)がなにかおもしろそうなことをやってみるときの屋号みたいなものです。 http://www.facebook.com/Witchenkare