武藤充さんのウィッチンケア第16号への寄稿作〈スペースSachiのその後と「ハラヨンの再開発」〉は、前号(第15号)に掲載した〈チャネラー・足立幸子さんとの出会い〉の続編と言いますか、あの時点では、おそらく敢えて書か(け)なかった事実を振り返って語った一篇です。じつは、前回の寄稿者&寄稿作品紹介でも、前作の結末は伏せていまして、でも、今作を紹介するにあたり、引き続き伏せたままではいかんともしがたく...ですので、1年の時を経て、まずはこれまでの流れを。不思議な能力を備えたアーティスト・足立幸子さんと出会った筆者は、彼女のアート作品を扱うギャラリー(スペースSachi)を、町田の商店街の一角にオープンさせることになりましたが、そのお偽のオープン前日の夜──以下は、前作の結末に関わる箇所からの引用文──〝彼女は突然体調を崩し亡くなってしまいます〟。


ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税)
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税)
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E
一方、その頃ギャラリーの裏で進められていた約0・8ヘクタールの再開発事業計画は、混迷の渦中にあった。平成3年1月には組合が正式に設立され、保留床を代々木ゼミナールが買い取るというスキームで進んでいたものの、計画は途中で頓挫し、おまけに理事長が辞任すると言い出して、組合の運営自体も儘ならない状態にあった。すでに東急不動産が参加組合員に加わり資金も人も出していたので、急遽計画を練り直すこととなり、平成5年4月にようやく事業変更認可を受けることができた。ギャラリーオープンの準備中である。母は行政や事務局、そして東急側や他の地権者との間に入り、丁寧に調整を行っていた。そんな渦中での「足立幸子さんの死」は母にとっても大きな出来事となったと思う。
さて、足立幸子さんが亡くって、ギャラリーをどうするかという問題が目の前に現れてきた。そのとき、母は「せっかく準備したギャラリーを、一度も開けず閉めてしまうのは忍びない」と言ってくれた。うれしい言葉であった。
さて、足立幸子さんが亡くって、ギャラリーをどうするかという問題が目の前に現れてきた。そのとき、母は「せっかく準備したギャラリーを、一度も開けず閉めてしまうのは忍びない」と言ってくれた。うれしい言葉であった。
~ウィッチンケア第16号掲載〈スペースSachiのその後と「ハラヨンの再開発」〉より引用~
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