2026/05/21

vol.16寄稿者&作品紹介32 荻原魚雷さん

 ウィッチンケア第8号からの寄稿者・荻原魚雷さんはSNSを一切やっていません。ネット上での唯一の拠点はもう20年も続いている「文壇高円寺」とい名称のブログ。今号(第16号)への寄稿作〈ブログの話〉では、その「文壇高円寺」という名前の由来や、なぜブログだけを続けているのかについての雑感などが語られています。私(←発行人)は1999年12月にhtmlで個人ホームページを開設したんですが、運営元の「teacup.」がサ終になり、2022年に消滅してしまいました(テキストデータだけはある場所に保存済み)。萩原さんのブログは天下のGoogleが運営しているBloggerなのでそんな悲劇には見舞われにくいのでしょうが、でも作中には〝そう遠くない将来、消えてしまいそうな予感がある。デジタルの世界も諸行無常あり〟なんて一文もあって...デジタルの諸行無常、言いえて妙だなぁ。


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荻原さん自身も〝ブログは衰退した。もはや「オワコン」とすらいわれなくなった〟という認識のようなのですが、それでも筆者にとっては生活の一部になっている様子が伝わってきます。備忘録としての役割が大きそうですが、それだけではない、もの書きとしてのモチベーションに関わっているような。〝四、五年前に友人のすすめでツイッター(その後、X)のアカウントを作った。すぐやめてしまった〟との記述もあって...私ももしウィッチンケアを発行していなかったら、Xはときどき覗いてみるだけのものでよかったかもしれない(いや、一切見ないほうが精神衛生上よろしいかもしれない)。
作中には、筆者初の単行本「古本暮らし」(晶文社)の誕生にまつわる話なども語られています。編集者・中川六平さん(故人)との酒場でのやりとり、思わず笑ってしまいますよ。また、ブログを介したかつての交友関係についても触れられていまして、近年はネットの昔話をすると「インターネット老人会」とかって揶揄されちゃいますが、確かにブログ全盛期くらいまでは、ネットの世界って、もうちょっとほのぼのとしていたかも。月日は流れましたが、巷のノイズなど我関せず荻原さんの今作の冒頭は、〝年をとると過去が長くなり、未来が短くなる。昔をふりかえってばかりいる。時代についていけない。そのことすらどうでもよくなっている〟と、ある意味では清々しい。みなさま、ぜひ小誌を手にとって、荻原さんとブログとの関係をご一読ください。


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ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税) 
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E


 最初の単行本『古本暮らし』(晶文社)が刊行されたのは二〇〇七年五月。ライター生活十八年、一冊目の本である。三十七歳。本は出すことはできた。雑誌の連載の声がかかった。でも収入は増えなかった。ライターの仕事は無署名で数をこなしたほうが儲かるのである。
 ブログの話に戻そう。
「文壇高円寺」というタイトルは二十代後半、友人が開設したホームページに間借りする形で書いていたエッセイの題名からとった。身辺雑記+評論という形式の文章を書くきっかけになった。
 そのあと一箱古本市をはじめ、古本関係のイベントに参加するときは「文壇高円寺古書部」という店名で古本を売った。
 ブログのタイトルに「文壇高円寺」とつけたとき、意地でもこの町に住み続けようとおもった。そんなふうに自分の人生を縛った。同じ町に住み続ける人生、いろいろな町に住む人生──両方は選べない。


~ウィッチンケア第16号掲載〈ブログの話〉より引用~


荻原魚雷さん小誌バックナンバー掲載作品:〈わたしがアナキストだったころ〉(第8号)/〈終の住処の話〉(第9号)/〈上京三十年〉(第10号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈古書半生記〉((第11号)/〈将棋とわたし〉(第12号)/〈社会恐怖症〉(第13号)/〈妙正寺川〉(第14号)/〈先行不透明〉(第15号)

 
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https://yoichijerry.tumblr.com/post/810515107182460928/



 

Vol.16 Coming! 20260401

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