ウィッチンケア第4号からの寄稿者・小川たまかさんは、これまでも寄稿作の内容により、フィクション/ノンフィクションと巧みにスタイルを使い分けていまして、振り返ってみますと第13号〜第15号ではノンフィクション作法での、世の中の動向に鋭く反応した作品を。たしかにコロナ禍以降のここ数年って、世情を一旦シャットアウトしてフィクションの世界観を構築、みたいなことをしたりするには、喧し過ぎる時代だったかも。ということ(かな、と推察...)で、小川さんの第16号への寄稿作は、第12号に掲載した〈女優じゃない人生を生きている〉以来の創作系の一篇です。あっ、小川さんの創作系(掌編小説)について、私(←発行人)はもうひとこと言っときたい。前述の〈女優じゃない人生を生きている〉、そして第10号に掲載した〈心をふさぐ〉は、“世情を一旦シャットアウトしてフィクションの世界観を構築”した作品であるがゆえの魅力があり、ぜひいま読み返してほしい/新たに読んでみてほしい、と思えるのであります。両作品とも、ある種の普遍性を内包した、読み応えのある物語です。


ウィッチンケア第16号(Witchenkare VOL.16) 発行日:2026年4月1日
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税)
出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりーは発行人の屋号)
A5 判:272ページ/定価(本体2,000円+税)
ISBN:978-4-8-6538-180-1 C0095 ¥2000E
いや、こんなことだけではないだろう。ハヤシは結局、私の中の欺瞞に気づいていたのだと思う。公務員を親に持ち、裕福ではないけれど家庭内での教育水準が良いという都合の良い中間ポジションにいる庶民。いっぱしの倫理観をチラ見せしてくるくせに、いざというときは困っている子がいても平気で知らんぷりをする偽善者。本当は自分と同じくらい陰湿なのに、そこそこ上手く隠すことに成功してる雑魚。
ハヤシの細い目が上目遣いで私を睨んでいたのを思い出す。
高校受験の頃、学区域の関係で私とは別の公立中学へ行ったハヤシが、行きたい高校へあと一歩学力が足らず深刻に悩んでいるという話を噂で聞いた。ハヤシは裕福な家庭の子ではなかった。今ならハヤシが何に鬱憤を抱えていたのかわかる。当時は「ざまあ」と思った。
~ウィッチンケア第16号掲載〈性格が悪い〉より引用~
小川たまかさん小誌バックナンバー掲載作品:〈シモキタウサギ〉(第4号)/〈三軒茶屋 10 years after〉(第5号)/〈南の島のカップル〉(第6号)/〈夜明けに見る星、その行方〉(第7号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈強姦用クローンの話〉(第8号)/〈寡黙な二人〉(第9号)/〈心をふさぐ〉(第10号)/〈トナカイと森の話〉(第11号)/〈女優じゃない人生を生きている〉(第12号)/〈別の理由〉(第13号)/〈桐島聡のPERFECT DAYS〉(第14号)〈記録と記憶と証言〉(第15号)
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