今年3月に竹書房から発売された『怪談四十九夜 病蛍』で「親子」などの作品を発表している我妻俊樹さん。小誌では創刊以来、私(←発行人)とともにコンプリート寄稿を続けていまして、これは以前にも書いたんだけれども新たな寄稿者や読者様も増えましたのでもう一度繰り返しますが、いまや書店(古書店含む)では幻のような存在になった「ウィッチンケア第1号」──今春某書店から「ほぼ新品」状態のものを数冊サルベージしたので月が改まったらWitchenkare Storeに出品しようかな──には我妻さんの第39回新潮新人賞最終候補作「雨傘は雨の生徒」が掲載されていまして...小誌創刊の動機には「この作品を紙で刷って世の中に出そう」も含まれていました。でっ、最近ひたひたと感じるんですが、我妻さんの作品が読みたくて小誌を買ってくださるかた、けっこういるなぁ、と。私(←多田洋一)の書いたものを読みたくて小誌を買う、という人にはいまだかつて一度たりとも遭遇したことありませんが(泣)、つい最近ではロマン優光さんがTwitterで“我妻さん読むのに読んだことある”とつぶやいてくださっていたし、昨年秋の営業旅のさいにも東京都某市の書店で「あっ、我妻さんが書いてる本ですね!」と。
さて、我妻さんの小誌今号への寄稿作は「雲の動物園」。なんか、可愛らしい響きのタイトルだし、冒頭書き出しも「わかりやすくいうと、雲の動物園にはわたししか行ったことがない。そこにいる動物をわたししか見た人がいない、という意味ではないよ。」とわかりやすく滑り出していて、これはとっつきやすい。ちなみに、前号寄稿作「猿に見込まれて」の冒頭書き出しは「まさかと思って部屋の窓を覗くと、ソファに座っている父親の肩の上に猿が座っている。ああ、そういうことかと一瞬でわかったような気になり、この場合父親がソファに腰かけていると同時に、父親が猿のソファなんだな、と声に出して云ってみると、自分の声が家の外壁に書いてある文字のように耳に聞こえてきた。」です。……どう?
一度うまく入り込めたなら、あとは安心して読み進めましょう。おそらくほどなく「あれっ?」という箇所に引っ掛かるとは思いますが、そういうときはおのれの「あれっ?」を上手になだめて、とにかく落ち着いて先へ、先へ。「わたし」とともに四つん這いになって「トンネルのむこう」を目指しましょう。そこには動物たちが待っています。「黒くて左右不揃いな耳を持ち、背中が麦畑のように渦巻いている」やつとか、あと、アラカルナ・ヴトロンジーナ! こやつが何者なのかを知らずして「ウィッチンケア第12号を読みました」と言うなかれ、かな。
困ったな、という顔で立ち尽くしていたら、すごくあわてた感じの走り方で女の人が視界に飛び込んできた。作業着姿のその人は、ぺこぺこしながらわたしの肩からプロっぽい手つきで生き物の手をはずし、新しいお客さんなんて初めてのことで! と云った。初めてのことでびっくりしちゃって、助けに来るの遅れちゃいました! おねえさんの前髪が息でぱたぱたして、それが気になってわたしは「はあ」みたいな返事しかできなくて、おねえさんはわたしが怒っていると思ったようだ。もちろんわたしはおねえさんに感謝してたし、訊きたいことはいろいろあるし、トイレにも行きたかった。
〜ウィッチンケア第12号〈雲の動物園〉(P202〜P207)より引用〜
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