小誌第4号からの寄稿者・長谷川町蔵さん。これまでご自身も所縁ある東京都町田市を舞台にした作品を数多く寄稿してくださり、それらは加筆修正を経て2017年、小説「あたしたちの未来はきっと 」にまとまりました。そんな長谷川さんの今号への寄稿作には、町田が出てこない...いや、深読みすれば、新宿から成田エクスプレスに乗った主人公の「わたし」が新宿までは小田急ロマンスカーを利用した町田在住者である可能性はなくもない...いやいや、物語の舞台設定が21世紀半ばくらいに読めるから、そのころの町田在住者はリニアモーターカーの橋本(仮称)駅から5〜8分で品川駅に...いやいや、いや、そんな些末なことはともかく、とにかく長谷川さんの新作「Bon Voyage」は町田ドメスティックな内容ではなく、もっとユニバーサルな一篇となっています。私は読み終えた直後、ちょっと泣きそうになったんですが、お原稿到着後に戦争まで始まっちゃった昨今、海外旅行を近未来からの視点でこんなにも魅力的に描いた作品を2022年春の第12号に掲載できたこと、発行人として嬉しく思っています。
20●●年、現在「メタバース」と呼ばれているものは「そこで収入を得る人間の方が多くなると、こちらこそが現実という声が多数派にな」ったことで「ユニバース」と呼称されているんだそう。ちなみに現在で言うところの「現実世界」は「オフグリッド」なんだそうで...しかも作中で重要な役割を果たしている「わたし」の「おばあちゃん」というのが、指を折って数えてみると、ほぼ、私と同世代という設定。もう1人の重要な登場人物「フルゴメ・レン」の言動が、私には「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」的に感じられまして、心が痛かったです。いやね、メタバースの話なんかは、聞いていて「まあ、そうなるかもな〜」ってこともあるんですけれども、でもビットコインやNFTあたりの話になると「もうこれからの人たちでうまくやってください」と、降りちゃいたい気持ちも強く...って愚痴ってどうする。
作中の「フルゴメ・レン」の発言で一番印象に残ったのは、これから旅に出ようとする「わたし」に「なぜオフグリットで行かなきゃいけないんですか? ユニバースで十分ですよね」と尋ねたところでした。これ、作品の設定に即して近未来のコモンセンスによる「わたし」への問いと捉えることもできるんですが、でも、この種のやりとりって、もしかするとずっと昔から続いているんじゃないだろうかという気も。みなさま、ぜひ小誌を手に取って、この挑発的なに質問に対する自分なりの答えを考えてみてください。私は...「それが人間ってもんだろ!」という雑な反論は、とりあえず保留中。
才能の流入がユニバースの進化を加速させると、ほぼすべての体験がユニバースで行えるようになった。観光地の景色や現地料理の味も例外ではない。今では五感パッドさえ装着すれば、ウユニ湖の絶景を満喫した直後にエル・ブリでフルコースを楽しむことだって出来る。だけど海外旅行は勝ち負けではない。でもそうした考えを言葉にできなくて、つい愛想笑いをしてしまった。
するとフルゴメ・レンは調子に乗ったのか、一番聞かれたくない質問をしてきた。
「オフグリットでフランスに行くなんて、さぞフランス語が上手いんでしょうね?」
ユニバースでは母国語が異なる者同士がオンラインで繋がると、自動的に翻訳ソフトが作動するため、一般人が外国語を喋る機会はほぼなくなった。いまの二十歳以下の子は義務教育で英語を習ったことがない世代だ。