新刊案内で書店めぐりをしていると、ときどき書店員さんから「今号はどんな作品がおすすめですか?」みたいなことを聞かれます。発行人としては基本、営業スマイルで「すべておすすめです!」と答えますが、ここではちょっと、営業じゃなく編集者マインドの話。今号への寄稿作を受け取って一番驚いたのは、間違いなくはましゃかさんの「穴喰い男」でした。もちろん、初コラボなので多少の意外性は想定内でしたが、「えーっ!? こんなすごいのを書いてきちゃう人だったんですか」と、その才気に動揺してしまったよ、オレは。そもそもなんで私(←発行人)がはましゃかさんに寄稿依頼しようと思ったのか? これを書き出すと紹介文が全部埋まっちゃいそうなので、それはまたいずれ、できればオフラインとかで。...それはともかく、諸々の後、はましゃかさんがnoteにアップした「年上の女の人と暮らしていた話(フィクション)」を読んだことが決定打となって、ぜひ第12号に参加してくださいとお願いしたのです。良いお返事をもらえて年が改まり、きっと「年上の〜」の延長線上の、筆者と同年代の女性が登場する作品なんかが届くのかなと思っていたら、まず《書いてみたいことのプロット》的なものを送付してくださいまして、これ!? これをどう仕上げるつもりなんだろうと思いつつも、なにしろ小誌は「試しの場」なので、はましゃかさんの自由にお任せして完成作を待っていたのでした。
区民ジムで知り合いになった2人の(おそらく中年)男性の、ちょっと不思議な日常、とでも説明すればいいのかな。でもこれでは全然説明になっていなくて、そもそもはましゃかさんがなんでこんな話を書こうと思い立ったのか、そこからして不思議。でっ、2人の会話の妙が、本作のえも言われぬ世界観を醸し出しているんですが、でも地の文での人物/場面描写も、すごくシャープで立体的(ひとりの男の名字の付け方まで、考え抜かれている)。2人が出会うおしるこの自販機の挿話だけでも、脳内に舞台小屋が現れそうな。芝居がかっているというか、絵画的というか、美大っぽいというか、とにかくはましゃかさんの精緻な観察眼をベースに、語られるべき事柄が的確な言葉運び(改行や仮名/漢字のチョイスも含めて)で展開していきます。
初めて紙媒体に発表した作品がこれなんですから、はましゃかさんのこの先がとっても楽しみ。小誌に次号があれば、もちろんまたぜひご寄稿願いたいです。でも、たとえば、私よりもっと筆者と歳の近い女性編集者などとタッグを組んでさらなる創作に励んだら、どんな化学反応が起こるんだろうと、そんなことも楽しみに思えます。発行人として、まずは本作ができるだけ多様なかたの目に留まること、心から願っています!
途中、その男は諦めたように立ち尽くした。腕を組み、買ったばかりのおしるこをじっと見ていた。睨んでいた、という表現の方が適切かもしれない。
「飲まないのか?」好奇心に負けて木谷は訊いた。汗を流したあとにおしるこを求める人間の気持ちが知りたかった。
「ずっとこっちを押してるんだ」男は間髪入れず答え、おしるこの隣に並ぶブラックコーヒーを力強く指差した。木谷は汗を流したあとに温かいブラックコーヒーを求める人間の気持ちも知りたくなった。
「なのにこっちが出てくる」男は自分の横にある長机に積み上がったおしるこを指差したが、目線は自販機のコーヒーから逸らさなかった。
「致命的だな」木谷は言葉を選んだ。
「逆かと思っておしるこを押しても、おしるこが出てくるんだ」
憤慨している人間から発される無防備な響きは味気ない休憩所をほんの少しだけ和ませたが、当の本人は気がついていないようだった。
〜ウィッチンケア第12号〈穴喰い男〉(P132〜P139)より引用〜
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