2022/05/18

VOL.12寄稿者&作品紹介42 小川たまかさん

今年2月に『告発と呼ばれるものの周辺で』を上梓した小川たまかさん。同書は性犯罪(...というか、性被害)にまつわる本で、2010年代半ば以降に小川さんが見聞きしたさまざまな立場の人の“声”を、過去の文献やご自身の体験も交え、現在の視線で考察した1冊です。タイトルには「告発」というゴツい言葉が選ばれていますが、私にはむしろ筆者が「周辺」のほうに重きを置いているように読めました。〈あとがき〉にある「本当はもっと近くで聞いてほしい声だった」というニュアンスを漏らさず伝えるために、粘り強く丁寧に執筆作業を続けたのだろうな、と。第4章の「構造への指摘はいつも意図的に無視される」(P151)という指摘、第1章最後の「こんなことがもうずっと繰り返されてきているのだと思った」には、小川さんが抱えているやるせなさが詰まっていると感じたなぁ。...それで、そんな小川さんが小誌今号に寄稿してくださった「女優じゃない人生を生きている」は、「女優」という言葉を軸に「自分をフェミニストだと思っている」という主人公・優里の、職場での日常のできごとを綴った一篇です。


『告発と〜』に通じる問題も扱われていますが、より多面体というかきめ細かいというか、優里と他者との関係性や心の揺れを描くだけに留めることで、「Yes or No」的な“結論”から自由になっていると感じました。たとえばあるインタビュー中に劇作家が使った「女優」という言葉。これを先輩のチコさんは原稿化するさいに「俳優」に修正する。そのことに優里は同意している。「緩衝材のプチプチを一個ずつ潰していくように、表現に染み付いた社会的性差を指摘していったらいいのだ」と。しかし他の場面では「女優って言葉には、「女医」とか「女流作家」とは違うリスペクトがある気がする。男優より俳優より、女優の方がメイン、みたいな」とも。でっ、なぜそう思うのかについては「うまく説明できないけど」で、止め。うまく説明することでこぼれちゃうものをすくっていると感じました。救っている/掬っている。

以前インタビューしたことのある19歳の俳優...彼女が平塚らいてうを演じた舞台を観て、優里は心をかき乱されます。この終盤でのたたみかけるような展開が圧巻でして、時空を越えた感情と理性の乱高下を、読者のみなさまはどう解釈するのでしょうか。とにもかくにも小誌今号のクローザーにふさわしい小川さんの書き下ろし小説を、ぜひぜひ、ご一読のほどよろしくお願い申し上げます。


「私、小さい頃、演技をする人になりたかったんですよね。変かもしれないんですけど、レッスンとかオーディションを受けるとか鍛えられることに憧れがあって」
 チコさんが聞いてくれているのを確認して、続ける。
「だから劇団に入りたいとか、オーディションを受けたいって思ってたんですけど、うちはそういう家じゃないって親に反対されて諦めちゃって」
 そう、だからこそ「女優」に憧れる。劇団に入れなくても、もっと外見が優れていればスカウトされて、その道を歩めるかもしれなかった。昔読んだ雑誌で、コラムニストが「美少女はどんなに嫌がってもとっ捕まって芸能界に入れられる、そういう運命なんだ」と書いていて、本当にその通りだと思った。「女優」への特急券を持っている同年代の美少女たちが羨ましかった。

〜ウィッチンケア第12号〈女優じゃない人生を生きている〉(P236〜P243)より引用〜

小川たまかさん小誌バックナンバー掲載作品:〈シモキタウサギ〉(第4号)/〈三軒茶屋 10 years after〉(第5号)/〈南の島のカップル〉(第6号)/〈夜明けに見る星、その行方〉(第7号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈強姦用クローンの話〉(第8号)/〈寡黙な二人〉(第9号)/〈心をふさぐ〉(第10号)/トナカイと森の話〉(第11号)

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Vol.12 Coming! 20220401

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