西牟田さんの小誌今号寄稿作でも、主人公の名前は冬岩五郎。前号に掲載した「報い」と同一人物か...作中に冬岩が<今は物書きや>と語る場面があるので、私はそう認識して読みました。冬岩が高校受験のさいに体験した、忌まわしい記憶についての物語だと。問題にされているのは「地元集中」という教育運動。ウィキペディアを鵜呑みは致しませんが、西牟田さんはこのことについて、中学2〜3年生の頃の冬岩、そして友人・的田や教師・夜田といった人物を絡ませながら描いています。
私自身は西牟田さんの作品を読むまで「地元集中」という言葉を知らずに生きてきましたが、しかし自身の高校受験を振り返ると屋や似た体験をしていて、というのも私は中学3年の二学期半ば、親の転勤の都合で転校したのですが、当時の担任から不自然なほど都立新設校の受験を勧められまして(って言うか「あなたはここしか受けられないから」みたいな強制)...ええと、いまなら当時の自分の状況、わかりますよ。こんな時期に転校してきた子、いくとこないまま卒業させると学校もマズイ、そして新設校には一定数送り込まなきゃいけない。ふむ。
昨年の西牟田さん紹介はご著書「本で床は抜けるのか」がすでに四刷、という時点でしたが、しかしその後も快進撃は続き、いったいいくつのメディアにインタビュー記事が掲載されたのでしょうか? ほんと、気がつくと西牟田さんの笑顔を拝見している、ということが多かったです。
中学時代のできごとを描いた後、物語は終盤一気に時空を越えて<卒業して30年後の10月10日、冬岩はK市立第一中学校の同窓会に参加した>という展開に。タイトルにある「謝罪」とはいったい? ぜひ小誌を手にして、結末をお確かめください!
「なんで、あんな奴らのためにオレらが犠牲にならなあかんねん」
「ほんまやでまったく」
「今年中学入ったら入ったでガラス割れてるわ、上から水は落ちてくるわ、なんかムチャクチャやな」
「オレもグレたろかな」
「ホンマやな」
二人はK市立第一中学校の2年生。
冬岩は好きなことにだけは夢中で取り組む、むらっ気のある生徒であった。小学校の卒業文集では「総理になって領土問題やエネルギー問題を解決する」と書いたりするなど、政治や世界の地理に興味を持っていた。中学に入学する前は勉強する気満々だったが、入学してみると、屋上から水が降ってきたり、体育祭では「おしっこ」と連呼させられたり。しかも授業はいつまでも進まない。そうしたことから彼は、授業に興味を失い、成績は伸び悩み、中の上といったところ。口数も少なくなり、内向的な少年として、育ちつつあった。
一方、的田はというとクラスで1、2を争う成績優秀な生徒。柔道をやっていて、年齢の割にはずいぶん立派な体格をしている。文武両道を地で行く、模範的な少年であった。
ウィッチンケア第7号「30年後の謝罪」(P166〜P171)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/143628554368/witchenkare-vol7
西牟田靖さん小誌バックナンバー掲載作
<「報い」>(第6号)
http://amzn.to/1BeVT7Y
Vol.14 Coming! 20240401
- yoichijerry
- yoichijerryは当ブログ主宰者(個人)がなにかおもしろそうなことをやってみるときの屋号みたいなものです。 http://www.facebook.com/Witchenkare