古川さんは昨年「東北ショック・ドクトリン」(岩波書店刊)を上梓。同書は東日本大震災後、急激に進められた新自由主義的改革(=ショック・ドクトリン)について、現地を訪ね歩いて実態を報告したルポルタージュです。水産業特区、空港民営化、遺伝子検査、大型小売業の進出などについて、地元に寄り添う視点で丁寧に生の声を拾った、後年貴重な資料となるに違いない1冊。指摘は鋭くても、その語り口には著者の優しい人柄が感じられました。古川さんには他に「ギャンブル大国ニッポン」 (岩波ブックレット)という著書もあり、こちらも丹念な取材に基づいたものです。
その古川さんの小誌今号寄稿作は、初めて発表した書き下ろし掌編小説。主人公の菊蔵さんはキンツバが好きなおじいさんでして、読み始めは、なんとなく日向ぼっこしてるようなというか、古典落語のような情景が頭に浮かびそうな雰囲気かな...あれれ? だが、しだいにこれはたいへんな世界(グレーゴル・ザムザか!?)に迷い込んでしまったと抜け出せなくなる話でありました。きっとレビー小体型認知症について、ご著書と同じように背景調査をなさったうえで、小説世界を構築したのかと。
古川さんとは町田駅前(丸井の上)のSolid&liquidというカフェで打ち合わせをしました。お住まいが小田急沿線で、ついつい話は脱線して「町田も変わりましたよね」みたいな(この町もショック・ドクトリン的発展!?)...。かつては週刊誌の記事も手がけていた、とのこと。雑誌がいまより元気だった時代の話もできたりして、貴重なお時間をありがとうございました!
プロフィール欄では3月に出た「禅の教室 坐禅でつかむ仏教の真髄」 (伊藤比呂美 藤田一照著/中公新書)の構成も手がけられた、と。書籍にまつわるオールラウンド凄腕の古川さんが、小誌寄稿をきっかけに創作文芸の分野でもご活躍なさることを、願ってやみません!
居間の入り口に血塗れで倒れている兵隊を苦労してまたぎ越し、テレビの前のソファに腰掛けた。杖でテレビのスイッチを突いて電源を入れる。ちょうど相撲だ。だが今場所はひいきの日馬富士の調子がいまひとつで面白くない。テーブルの菓子入れから黒糖まんじゅうを取って齧る。よかった。今日のまんじゅうにはフナムシが入っていないようだ。まったくこの家は、フナムシだらけでやりきれない。
「甘味に相撲観戦とは、よい御身分だね。菊蔵」
テレビと床のわずかな隙間から、ぬーっと男が出てきて言った。男というよりまだ少年の面影を残す、ほっそりとした美青年だ。だがどんなむごたらしい姿の幽霊よりも、しばしば現れるこの女のような顔立ちをした優男のほうが、わたしはずっと苦手だった。
ウィッチンケア第7号「夢見る菊蔵の昼と夜」(P104〜P108)より引用
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Vol.14 Coming! 20240401
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