小誌第6号に続き、書き下ろし小説を寄稿してくれた姫乃たまさん。思い返せば前作の原稿を受け取った頃、姫乃さんはまだ大学生だったのでした。無事卒業後、地下アイドルとして昨年8月にCD「僕とジョルジュ」発表、9月には著書「潜行~地下アイドルの人に言えない生活」を上梓。どちらもすごい作品でして書きたいことはいっぱいありますが...前者は「姫乃たま」名義ではなく「僕とジョルジュ」として制作した意図がはっきり伝わってくるコンセプトアルバム。後者もまた装丁からして素晴らしく、私はP179の震災に関する慎ましい記述に才能の煌めきを感じました。
寄稿作「そば屋の平吉」は、前作「21才」のような艶っぽい舞台設定ではありませんが、それでも主人公の「俺」の心象は、どこかフリーランスのアダルトライターだった前作の「私」と通じるものがあるように感じられ...なんだろう、つねに対峙する相手とのスタンスを慎重に測って行動している、その測り加減が物語を形成しているように、私には感じられたのかも(といっても、平吉も「私」も決して臆病ではなく、むしろ測ったうえで気ままに振る舞うのですが)。
平吉が働いている町について、具体的に書かれてはいませんが、きっと園児、猫、工事現場の作業員が気軽に入れるような「引き戸のそば屋」が普通に共存している、そんな風景が浮かんできます。以前住んでいた下北沢近辺だと、下の谷通りの「ほていや」、代沢十字路近くの「富田屋」なんかを思い出したりして。
先月はフジテレビの「バイキング」で姫乃さんを見ました。ラジオなどで声を聞く機会も増え、活動の範囲がどんどん拡がっている様子。小誌掲載作品も、ぜひ多くのファンの方に読んでもらいたいと願います〜。
ここは孤児の多い町だ。父親の顔も、母親の顔も知らない奴が多い。親のいない奴らは、つるんで夜の町に繰り出しては、誰が誰のたまり場を荒らしたとか、そんなことで喧嘩ばかりしていた。何もない町だけど、みんな生傷だけは絶えなかった。俺もそういう生活をしていた。俺達は町のつまはじき者だったし、町内会では俺達と関わらないようにとか、家に近づけないようにするための対策とかが話し合われていた。でも、おじさんだけは俺達にも優しくて、あの細い目を眉ごと下げた顔で、話し掛けてくれた。
夜な夜な外をほっつき歩いていた俺達は、閉店後のそば屋で、つまみの刺身や、そばに乗せる海老なんかを食べさせてもらうこともあった。日が暮れた何もない町。静まりかえった公園。出汁の匂いのするそば屋と、おじさんと、俺達の秘密の時間。
なぜか俺はみんなと違って、刺身とか海老とか派手な食い物より、麺のほうが好きだった。麺だけをつるつる食べる俺を見て、おじさんは楽しそうに笑い、「平吉、平吉」と、ますます俺を可愛がるようになった。そうして俺は、そばを作るようになったんだ。
仲間の中には、行方がわからなくなった奴もいる。何年か前におじさんもいなくなってしまったけど、俺にはおじさんが残してくれたそば屋がある。
ウィッチンケア第7号「そば屋の平吉」(P036〜P040)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/143628554368/witchenkare-vol7
姫乃たまさん小誌バックナンバー掲載作
「21才」(第6号)
http://amzn.to/1BeVT7Y
Vol.14 Coming! 20240401
- yoichijerry
- yoichijerryは当ブログ主宰者(個人)がなにかおもしろそうなことをやってみるときの屋号みたいなものです。 http://www.facebook.com/Witchenkare