出門さんの今号寄稿作に登場する妙齢の貴婦人・望都子さん。今風に言うと「アラフィフ美魔女」なんでしょうけれども、なんか、いにしえの「有閑マダム」なんて言葉を想起させる雰囲気がムンムンします。もちろん描かれる生活は2016年仕様にアップデートされているのですが...ちょうど「東京β 更新され続ける都市の物語」(速水健朗 著)を読み終えたところなので、よけいにそんなことを思ったのかも。
物語の舞台は白金台。燐家の大河原さんはフランスのネットラジオを聞いていて、望都子さんは大河原夫人が夕刻になると室内に入れる観葉植物の、鉢の数まで把握しています。でっ、彼女がなにをしているかというと、夫・欣之介の浮気癖について思いを巡らせ<気がふさいでいた>。傍目には優雅なもんですな、ですが、しかし人の幸不幸は傍目で計るものではなく個人の物差しデフォルトですから...贈り物の薩摩揚げが捌けなかったのも自身のPTSDの一要因、と記者会見で訴えてた元祖カリスマ主婦を思い出しました。
「寂しさ」ってなんだろう、と考えさせられる作品でした。今年はディヴィッド・ボウイやプリンスが★になってしまって寂しい思いに浸りましたが、しかし何気に鏡に映った自身の生え際の白いものとかも、その日のコンディションによっては勝るとも劣らず寂しく...たしか「愛」が学問的に4〜6ぐらいに分類できたはずで、なら「寂しさ」も種類があるかなとヤフー知恵袋(w!)見てみたけどよくわかりませんでした。
そして出門さんの今作は、ホントはもう少しヴォリュームのあるものでしたが、小誌スペースの勝手な都合でややエディットしていただくことになってしまい...申し訳ありません。ぜひ本作の完全版、いやこの掌編が核となった望都子さんのもっと大きな物語が、いつの日か発表されること祈念します!
ベランダに目をやると、若かりしころの、とはいえ若く見えない樹木希林演じる老婆が、迷惑そうな疲れた顔で座っていた。窓に映った望都子自身だった。
はっとして、望都子は両手で顔を覆った。そっと開いた指のあいだから見えたのは、若いのに若くない樹木希林の老婆に変わりない。指先を切った手袋まで幻視しそうだった。最後にネイルを塗ったのがいつだったかも、憶えていない。
夫が浮気をやめるまで、望都子は本当に幸せとはいえなかったが、少なくともはつらつとしていた。こんなふうにソファに座りっぱなしで日が暮れてゆくことはなかった。出かけるときはおしゃれが楽しかったし、職場結婚して退職した法律事務所の元同僚や女子大のクラスメートとしばしばランチに出かけ、街の息吹にふれもした。
家事にも精を出した。キッチンは、シンクの水道のタップの先に顔が映るほど磨いたし、冷蔵庫は毎週、製氷室のトレイまで引き出して洗った。洗濯にも、欣之介のワイシャツやボクサーショーツが多くの情報を帯びているように思えて、身が入った。
ウィッチンケア第7号「白金台天神坂奇譚」(P138〜P143)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/143628554368/witchenkare-vol7
出門みずよさん小誌バックナンバー掲載作
「天の蛇腹(部分)」(第4号)/「よき日にせよとひとは言う」(第5号)/「苦界前」(第6号)
http://amzn.to/1BeVT7Y
Vol.14 Coming! 20240401
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