2019/05/27

vol.10寄稿者&作品紹介28 久山めぐみさん

小誌第9号での掲載作では神代辰巳と小沼勝という二人の映画監督を介して、ロマンポルノの物語形式を読み解き、そこではなにが描かれているのかを論じた久山めぐみさん。今号への一篇でも、題材はポルノグラフィ。しかしながら、たとえば寄稿作前半で言及されている作品『わたしのSEX白書 絶頂度』について、主演女優・三井マリアがどんな人だったとか、あるいは音楽を担当したコスモスファクトリーがどんなバンドだったとか、そういうことには一切触れられていません。筆者はただひたすら映像に映り込んだ町の風景(とそこでの人間の気配)を観察し、“映画内で繰り広げられる物語”との整合性を探しています。じつは、『わたしの〜』のロケ地は東京都品川区東大井(作品内では「住居表示や駅名などを一切写さず、ある意味で匿名的な場所として映画世界を構築しようとしている」)。西東京在住の私からすると、ええと、オレは競馬もしないし、勤め人時代に運転免許更新で鮫洲の運転免許試験場にいったことあったかなぁ、という(敢えて言いますが)辺鄙なところ。しかししかし、久山さんはそこがかつての宿場町のはずれであり、人工的にできた埋め立て地であるからこそ、隠微で「荒涼とした性の世界」を描くのにふさわしい場所だったのではないか、と推論します。

寄稿作後半では『色情姉妹』『密猟妻』『団地妻を縛る』といった作品を題材に、千葉県浦安市が語られています。浦安といえばいまや、朝井麻由美さんの寄稿作に出てきたファンタジックな鼠のホームグラウンドとして有名ですが、ええと、ちょっとは言及されてますよ。「(第一期埋め立てには、1983年に東京ディズニーランドが開園される舞浜エリアも含まれる。)」と、この地もまた人工的な場所であることを説明するくだりで資料的に。でっ、久山さん的な主題にもどりますと、筆者は1972年制作の『色情姉妹』と、『密猟妻』『団地妻を縛る』(1980年と1981年)では、浦安の描かれ方が異なっていることに注目しています。前者での浦安は「質素な暮らしを営む人々の住む下町であり、リアリズム映画の展開する低地」、それが後者では...このあたりの綿密な考察は、ぜひ小誌を手にとってお確かめください。映画論としてだけでなく、都市論としても読み応えのある内容です!

編集者として忙しい生活を送っている久山さん。本稿執筆のため、休日返上で極寒の浦安取材を敢行してくださったと伺いました(大感謝!)。その成果は寄稿作終盤の、浦安住民が境川沿いを歩くことの意味合い、に触れた箇所あたりに反映されているようにも。また、本作では東西線への語り口が「彼女は東西線に乗り、自分に対して痴漢してきた男を探し回る(もちろん痴漢行為に欲情したため痴漢を次なるターゲットにしたのだ)。東西線は彼女の欲望を乗せて、川を越え、浦安と外部の世界とを往来する」と、印象的(熱い!)ですが、きっと久山さん、取材の往復には東西線を使ったのだろうな〜。



 ところで、立会川が勝島運河に流れ込む東大井二丁目は旧荏原郡大井村の区域にあり、品川宿の南はずれである。立会川が現在の勝島運河に流れ込んでいるすぐ北西には旧東海道がはしる。旧東海道が立会川にさしかかる橋は、かつて涙橋と呼ばれた。大井村は1932年、東京市に遅れて編入された。この一帯は江戸‒東京のちょうど外縁部であり、江戸時代には人・馬・物が行き交っていた場所だった。
 江戸‒東京の外縁部を流れる川を性、死が混淆する異界として表象しうる、という指摘がある。前田愛は鶴屋南北『東海道四谷怪談』で死骸が流れつく深川の隠亡堀に江戸空間の「昏い水のイメージ」を見、為永春水『春色梅児誉美』の隅田川のほとりに「放埒な性の風景」を見ている(「墨東の隠れ家」)。「ノーマルな都市空間」をはずれたところに、そこでしか展開しえない性的放縦がある。立会川の小さな流れと運河の揺蕩いの淫靡びさ。『わたしのSEX白書 絶頂度』は、江戸‒東京の川=異界をめぐる表象の系譜に連なるものではないか。

ウィッチンケア第10号〈川の町のポルノグラフィ〉(P168〜P174)より引用

久山めぐみさんさん小誌バックナンバー掲載作品
神代辰巳と小沼勝、日活ロマンポルノのふたつの物語形式〉(第9号)

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2019/05/25

vol.10寄稿者&作品紹介27 東間嶺さん

東間嶺さんの小誌今号への寄稿作は、どこか軽やかで風通しがいい...そんな好印象を私は一読目から持っています。いや、べつに心温まる人情秘話とかでは全然ないので、そうだなぁ、そういう感動を期待されると東間さんも当惑してしまいそうですが、しかしこの一篇の主人公・カナは、作者のなにがしかの肯定的な動機に基づいて創作され、世の中に解き放たれたような感じが伝わってくるのです(物語上のカナは酒飲んで、クソみたいな世の中にイミフな持論を撒き散らしてるだけなんだけれども)。たとえば東間さんの前号寄稿作〈セイギのセイギのセイギのあなたは。〉全体に漂っていた鬱々とした空気感や、あの作品に登場した、それこそ『TOKYO COMPRESSION』の被写体のような書き割り的なキャラの重たさは、今作でも描かれてはいるんだけれども、「それが問題」というふうではなく、むしろ「それはたいした問題ではない」というものになっている!? でっ、あの作品で唯一書き割り的ではない、人肌感のある存在だったサイトウマナミ...あの人が転生/アップデートしたのが今作のカナかな、なんてヒグラシの羽音みたいなこと書いたりして(駄洒落が通じなかったら、まさにイミフ...)。

東間さんは5月10日、ご自身が主宰する“言論と、様々なオピニオンのためのウェブ・スペース”【エン-ソフ】に、今作〈パーフェクト・パーフェクト・パーフェクト・エブリデイ〉についての自己解説、併せて小誌バックナンバーへの寄稿作についてもまとめていらっしゃいます。私は小誌第9号で東間さんを紹介したさいに「いつもリアルタイムな現実に沿った小説作品を寄稿」する人、みたいなことを書きましたが、エン-ソフのエントリーを読んで、あらためて「ホントにそういう人だなぁ」と思いました。初寄稿のエッセイ以外は、昔話なし。少年時代の懐かしい思い出を情感たっぷりに記す、みたいなことを、小説という表現には全然求めていないんだ、と(いや、いつかそれをやるかもしれないが)。最近なにか書くとほとんどが「昔はよかった」的なボヤキになりがちな私としては、東間さんのストイックな姿勢を見習いたいと思います。あっ、それから上記エントリーには「※ 『パーフェクト~』は対として構想されていて、〈乗客〉の側から画面のむこうの〈乞食〉に投げかけられる視線を扱った『ビューティフル・ビューティフル・ビューティフル・マンデイ』を近々書く予定です。」との記述がありまして、これ、とても楽しみ!

カナのような糊口の凌ぎかたを「乞食」と言うこと、今作を読むまで知りませんでした。この言葉は、いまは既存のマスメディアでは不穏当、とされていそうですが、でも作品に倣えば、カナの「乞食」っぷりは、なかなか刺激的。「コアラやパンダは、努力をしない、息をして、食っちゃ寝しているだけで、億円単位の価値を生む。わたしも、同じなのだ」って、啖呵の切れ味鋭いぞ! 人類は資本主義社会以降いちおう経済という「しばり」をルールにしてやってきたけれどもうそろそろそれでは立ち行かなくなって...みたいな、柄でもないでかい世界観にも、思いを馳せられたりして。みなさま、ぜひ小誌を手にとって、この生意気で刹那な主人公の魅力に触れてください。



 会社をばっくれたとき、わたしは、わたしの「かわいさ」を「使って」生きていこうと決めていた。仕事で色々な『乞食』たちと接していて、こんなやつらより、わたしの方を観たがる人は、もっと、ずっと多いだろうと、確信していた。
 結果として、それは正しかった。はじめてから半月も経たないうちに、わたしは生計というレベルを遥かにしのぐ金額を『支援』されるようになった。
 わたしは、そうした評価や立場を得るための努力を、特になにもしていない。わたしは、他の『乞食』たちが、動画の再生回数や支援を増やすために必死でしているさまざまな奇行や反社会的ふるまい、あるいは露骨な十八禁行為(脱ぎとか、パンツ見せとか、そういうアダルト枠のやつ)をしていない。毎日毎日、部屋で酒を飲みながら独り言をつぶやいたり、朝昼晩の食事をとるありさまや、ベッドで眠りこけているわたしを、延々とさらけ出しているだけだ。

ウィッチンケア第10号〈パーフェクト・パーフェクト・パーフェクト・エブリデイ〉(P162〜P166)より引用

東間嶺さん小誌バックナンバー掲載作品
《辺境》の記憶〉(第5号)/ウィー・アー・ピーピング〉(第6号
)/死んでいないわたしは(が)今日も他人〉(第7号&note版ウィッチンケア文庫生きてるだけのあなたは無理〉(第8号)/〈セイギのセイギのセイギのあなたは。〉(第9号)

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vol.10寄稿者&作品紹介26 吉田亮人さん

今年1月に写真集『The Absence of Two』を出した吉田亮人さん。同作については小誌第9号で吉田さんを紹介したさいにも触れましたが、個展、てづくり写真集、という変遷を経て、最終形態として出版社からの発売となりました。吉田さんの公式ブログを拝見すると、発売に合わせて全国の独立系書店を中心にブックサイニング&トークイベントツアーも組まれ、大盛況。すごいな〜。この時点で吉田さんが小誌に初めて寄稿くださった〈始まりの旅〉(←この作品はいますぐ《note版ウィッチンケア文庫》でも読めますよ!)を再読すると、ホント、写真家・吉田亮人さんは10年前の“インドの首都デリーからムンバイまでを自転車旅行”から始まって、そしてものすごくところまでやってきたんだなぁ(さらに遠いところへといっちゃいそう)と、感慨深いです。

そんな吉田さん。小誌ではずっと写真にまつわるエッセイを寄稿してくださっていますが、今号への一篇はハードウェア、つまりカメラという機械について考察したものです。...じつは私、つい最近ウィッチンケア名義でインスタグラムにエントリーしたのですが(しただけでまだ使い方がよくわかってない)、令和元年から振り返ると、平成最後の10年の写真の進化(というか私たちの日常生活への溶け込み具合の変化)は、すごいものでした。そうだ、私が最初にデジカメを買ったのは、1996年ごろだったかな。仕事のメモ代わりにも使えて便利、それが数年後には、カメラマン同行なしで撮影も任されるようにもなったり。そうなんです、それ以前はどんな小さな記事でもカメラマンと一緒。そして歴史的な石碑なんかは、ノートに文面を書き写してた...と私のことはさておき、吉田さんの寄稿作を読むと、ニコンのD90というデジカメでキャリアをスタートさせていて、「僕自身の気持ちとしては完全にデジタル世代だなと思う」との一文も! そうか、吉田さんは撮影前日までに出版社や新聞社にフィルムを申請して受け取るとか、撮影翌日にラボからあがったフィルムを切り出して、編集者やライターと一緒にああだこうだとダーマト(赤色鉛筆)でポジ袋にチェック入れたりする、みたいな体験、ないんだろうなぁ。なんだかオレも遠くまできてしまったなあ、と感慨深い...。

作品後半では、今年1月に装丁家・矢萩多聞さんとともにインドへ撮影にいったさいのエピソードが語られています。アラビア海にほど近い町・マンガロールでアクシデント発生! そのとき吉田さんは「どんな機材であろうと結局はそれを使って何をどう写し、対象をどう見つめたいのかという写真家自身の思考が最も大事なことであって、カメラはそのための道具でしかないのだ」と実感したと記しています。なにが起こって、吉田さんがその境地に思い至ったのか、ぜひ小誌を手にしてご一読ください。



 今ではD90はとっくに役目を終えて僕は新しいカメラを相棒にして写真を撮っているわけだが、この10年という歳月でD90が兼ね備えていたスペックはあっという間に刷新され、今やミラーレス機やスマホカメラなどの軽量小型簡易化されたカメラが市場を席巻し、一眼レフカメラの地位も危ういものになっている。
 たった10年で「素人カメラマンとプロカメラマン」の差はカメラ技術の猛烈な進歩によってグンと狭まったし、誰もがそれなりの写真を手軽に撮れる。多少のセンスがあればプロ顔負けの写真を撮れることなんて最早みんな知っている。そうやって撮影へのハードルがどんどん低くなっていったことで、カメラは完全に民主化され、そのおかげで恐らく人類史上最も写真が撮られる時代になったと言っていいだろう。
 街に出ればスマホ片手に写真を撮っている人間に出会わない方が難しいし、世界中どこに行ってもみんな本当によく写真を撮っている。僕自身も仕事で使うカメラ以外で最も多く使用しているのはスマホだ。

ウィッチンケア第10号〈カメラと眼〉(P158〜P161)より引用

吉田亮人さん小誌バックナンバー掲載作品始まりの旅(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/写真で食っていくということ(第6号)/写真家の存在(第7号)/写真集を作ること(第8号)/荒木さんのこと〉(第9号)

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vol.10寄稿者&作品紹介25 矢野利裕さん

つい先月、新刊『コミックソングがJ-POPを作った 軽薄の音楽史』を上梓した矢野利裕さん。版元の【著者略歴】には“批評家、ライター、DJ”と紹介されていまして、そうですそうです、昨年6月に小誌が主宰した〈ウィッチンケアのM&Lな夕べ 〜第9号発行記念イベント〜〉でも大トリDJとして圧倒的なパフォーマンスを披露してくださりました。矢野さんには昨年、トミヤマユキコさんとのご縁をつないでもらったり、とたいへんお世話になっておりまして...そうだ、明日(5/26)の夕方4時から紀伊國屋書店新宿本店で「文化系トークラジオLife トークイベント 武蔵野レアグルーヴ ~いま、〝武蔵野〟を再発見する~」というイベントがあり、民俗学者の赤坂憲雄さん、TBSラジオ番組プロデューサーの長谷川裕さん、小誌寄稿者でもあるライターの宮崎智之さんとともに矢野さんも登壇するので、参加して直接お礼を言ってこよう!

さて、多方面で活躍する矢野さんですが、じつは学校の先生(都内私立の中高一貫校に勤務)でもあります。小誌今号への寄稿作には「本稿は、勤務校紀要に書いた文章を一部改変したもの」との付記が添えられていて、発達障害の生徒に対する国語教育について、さらに新学習指導要領や大学入学共通テストについても、現場発の実感のこもった提言がなされています。読んでいて思うとこ多々あり。そうか、落ち着きがなくてダメな子、と言われ続けた昭和の小中学生だった私は、いまの物差しだと“「合理的配慮」がなされてもいい存在”だったのかも...みたいな自分に都合のいい発見もあれば、文部科学省の方針についての「多様性の擁護それ自体がグローバル資本主義の一要素になっているよう」という指摘にはっとして、この国の未来に思いを馳せたり。作品タイトルにも関連している「ASDの症状においては、デノテーション(外示)を読み取れてもコノテーション(共示)は読み取れない」という一文も、そうなのか! とetc.。とにかく多様な視点/論点を喚起する一篇で、教職関係の知人から「とても興味深く読んだ」とSNSでDMをもらったり...小誌は小さなメディアですが、矢野さんお勤めの学校(勤務校紀要)、という回路以外のかたにも、ヴァージョンアップした作品として届けられたこと、嬉しく思います!

...それで、個人的に今作を読んでいまも胸中に沸き上がっている素朴な(しょうもないっぽい)疑問を、最後に。新しい「論理国語」では公共文書や契約書の読解能力を高めることが求められているようですが、いやね、つい最近携帯キャリアの変更を家電店でしたけれど、社会的にスムーズに手続きを済ませるには、店員さんに求められるまま【同意します】の項にチェックを入れていく、が「正しい」んじゃないか、と。あの場面であのような契約書テキストをしっかり読み込んで長々と内容確認してたりしたら、そっちのほうが社会的に「コミ障」...っていうか、世の中にはこういうことが満ち溢れているような気がして。あの【同意します】の真意...「とりあえずあなたのこと信用しとくから...」と読解するべきなんじゃないかな、なんて。...失礼しました。みなさま私の戯言は放っておいて、ぜひ矢野さんの寄稿作をご一読ください!



 では、コミュニケーション偏重を拒否し、従来的な読解作業を硬派に突き詰めればいいのか。教室空間それ自体が抱える問題は見直しつつ、しかし、授業内容については、どんな条件の生徒であっても負担にならないように、堅実かつ広がりのある読解作業を進めればいいのか。個人的には、それもありうる選択のひとつだとは思う。しかし、だとしても、「合理的配慮」の問題は残る。
 というのも、教員免許更新の講習によれば、現代文における「作中人物の心情を読み取りなさい」式の問いは、自閉症スペクトラム症(ASD)の生徒に対する「合理的配慮」に欠ける可能性がある、というのだ! この発想はまったくなかったので、とても驚いた。自閉症の典型例として、言外の意味を読み取ることができない、行間を読むことができない、というものがある。言葉を言葉どおりに受け取るため、言葉を発した者の皮肉や照れ隠しなどに気づくことができない。そうして人間関係にトラブルが生じることが、ASDの人には多い。

ウィッチンケア第10号〈本当に分からなかったです。──発達障害と国語教育をめぐって〉(P148〜P156)より引用

矢野利裕さん小誌バックナンバー掲載作品詩的教育論(いとうせいこうに対する疑念から)(第7号)/先生するからだ論(第8号)/〈学校ポップスの誕生──アンジェラ・アキ以後を生きるわたしたち〉(第9号)

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2019/05/23

vol.10寄稿者&作品紹介24 かとうちあきさん

 昨年6月の〈ウィッチンケアのM&Lな夕べ 〜第9号発行記念イベント〜〉では座談会のゲストとしてご登壇くださったかとうちあきさん。昨年の冬に活動拠点だった「お店のようなもの」が閉店、と伺い、それは残念と最後のセールで掘り出し物チェック&打ち合わせをして、そのときはお宝LP(アンジェラ・ボフィルetc)をゲットできたのですが、それから4ヶ月。なんと、「お店のようなもの 2号店」を同じ横浜でオープンとは! 銭湯の向かい側の、元居酒屋さん。今度のお店はつまみも充実している、とのことで、これはまたぜひ伺わなければ。なお、同店へのかとうさんご自身の思いは、小誌第6号寄稿作〈のようなものの実践所「お店のようなもの」〉にてしたためています。

さて、小誌第2号からの寄稿者であるかとうさん。ここ数号ではかなり奔放な筆致で男女の綾を描いておられまして、今回のタイトル〈わたしのほうが好きだった〉からすると、なんか、男子の優柔不断さをびしばし叩いてきたしっぺ返しでも「わたし」がくらったのか、なんて、これまでの続編のようなことを想像して読み始めたのですが、これが、ちがった。重要な登場人物「中里さん」は、どうやら同性の友達のようです。ここで思い出されるのが谷亜ヒロコさんも友達にまつわるくだりのある寄稿作を書いていたことでして、ほんと、その方面には私には窺い知れない世界があるのだなぁ、と。あと、サベックスとプチトマトの取り合わせがなんとも色彩的にキュートだと思いました。

物語の最後に登場するクレジットカードのエピソードは、ものすごく他人事じゃなく共感しました。私も同じような経験があり、しかも善人(←気弱ともいうw)だった私は断り切れなかったせいで散々な目に遭い、しかもたぶん相手はそのことを覚えてなくて四半世紀後に某SNSで「友達」申請してきやがって...ここぞとばかりに“仕返し”しようかとも思ったんですが、けっきょく「友達」になって。って、なにをよくわからないことを、と感じたみなさま、ぜひ小誌を手にとってかとうさんの作品を読んでみてください!



「就活してないって、これからどうするつもりなの」
「ずっと遊んでいられるわけ、ないんだからね」
「まったく、あんたは」
 クラス単位の必修があるのは1年だけだったし、中里さんにもそのうちごはんを食べるともだちが数人できたから頻度は減ったのだけれど、それでも週一くらい、会えばいちおう一緒にごはんを食べていたとおもう。4年になってからは、文系のわたしたちはそこまで大学に行く必要もなかったし、わたしはここぞとバイトや旅行ばかりしていたから、中里さんと会うのは久しぶりだ。
 就活を機に雰囲気ががらりとかわるひとたちの多い中で、中里さんは最初に会ったときから、ほとんどそのまま。ショートボブの髪型も黒髪も、地味な服装も。いつリクルートスーツに着替えても違和感なさそうなんだけど、面接にはてこずっているようだった。

ウィッチンケア第10号〈わたしのほうが好きだった〉(P144〜P147)より引用

かとうちあきさん小誌バックナンバー掲載作品台所まわりのこと(第3号&《note版ウィッチンケア文庫》)/コンロ(第4号)/カエル爆弾」(第5号)/のようなものの実践所「お店のようなもの」(第6号)/似合うとか似合わないとかじゃないんです、わたしが帽子をかぶるのは(第7号)/間男ですから(第8号)/〈ばかなんじゃないか〉(第9号)

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Vol.10 Coming! 20190401

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yoichijerryは当ブログ主宰者(個人)がなにかおもしろそうなことをやってみるときの屋号みたいなものです。 http://www.facebook.com/Witchenkare