2019/10/15

ウィッチンケア書店について

「まとめ」以外では5月31日以来の更新。先週末〜3連休は巨大台風(19号)の来襲があり、本来ならもう少し早くと思っていましたが...少し日をおいての告知となりました(被害に遭われた方々の一日も早い復旧を祈念します)。

小誌は11月24日(日曜日)に開催される第二十九回文学フリマ東京に、「ウィッチンケア書店」として出店致します。

昨年は6月にLOFT9 Shibuyaにてイベントを開催、そのさいの共同主宰者・仲俣暁生さん、木村重樹さんと「今年もなにかやりたいね」と春に相談、では実店舗を! ということで文フリ(文学フリマ)に申し込んで、2ブース分のスペースを確保致しました。

「ウィッチンケア書店」では、最新の第10号と在庫のあるBNに加えて、当日限定販売(か配布)の小冊子「よくわかるウィッチンケア(仮称)」を制作中。さらに仲俣さん、木村さん、多田、そして詳細は追って発表しますが、小誌寄稿者のオリジナル作品を販売する予定。ご期待ください!

もうすぐ文フリ事務局よりブースNo.などの連絡があるので、今後は当ブログを始め、もう少しフットワークの軽いFacebookページTwitterなどでも順次情報をお伝えしていく所存です。

第⼆⼗九回⽂学フリマ東京「ウィッチンケア書店」について

出店名:ウィッチンケア書店(申込番号/005007498)
主宰者:多田洋一(文芸創作誌「Witchenkare」発行人)、仲俣暁生、木村重樹
⽇ 時:2019 年11 ⽉24 ⽇(⽇曜⽇)11:00〜17:00
会 場:東京流通センター 第⼀展⽰場
東京都⼤⽥区平和島6-1-1(東京モノレール「流通センター駅」徒歩1 分)



文フリについては下記URLをご参照ください。
https://bunfree.net/entry/

みなさまぜひぜひ、ご来場のほど、よろしくお願い申し上げます!

2019/06/01

ウィッチンケア第10号のまとめ

ウィッチンケア第10号(Witchenkare vol.10)
★2010年創刊。寄稿者35名の書き下ろし作品を掲載したインディーズ文芸創作誌



発行日:2019年4月1日
出版者(not社):yoichijerry(よいちじぇりー)
A5判:222ページ/定価 1,000円(+税)
ISBN: 978-4-86538-087-3 C0095 ¥1000E

CONTENTS
002……目次
212……参加者のプロフィール

編集/発行:多田洋一
アートディレクション:吉永昌生
写真:長田果純


【公式SNS】

【関連記事】
インディーズ文芸創作誌「ウィッチンケア」創刊10年 町田在住の編集者が発行(「相模原町田経済新聞」2019年3月29日/取材記事)
https://machida.keizai.biz/headline/2813/

私がインディーズ文芸創作誌を出し続ける理由(「マガジン航」2019年5月13日/寄稿文)
https://magazine-k.jp/2019/05/13/witchenkare-first-ten-years/

《編集後記》
《ノベライズ形式のダイジェスト》


※小誌は全国の主要書店でお取り扱い可能/お買い求めいただけます。見つからない場合は上記ISBNナンバー(978-4-86538-087-3)でお問い合わせください。

★【書店関係の皆様へ】ウィッチンケアは(株)JRCを介して全国の書店で取り扱い可能。最新号だけでなくBNも下記URLで注文できます。

※BNも含めamazonでも発売中!

2019/05/31

次はウィッチンケア書店!(第10号編集後記)

毎年恒例となった《5月はすべての寄稿者/作品紹介》、今年も無事コンプリートすることができました。第3号からほぼいまのスタイルで続けていまして、各エントリーのその時点での反響も(正直)気になるんですが、数号まえから「それぞれが毎号積み重なって当ブログがアーカイヴになること」の意味が大事かな、と気づいて続けています。

「毛布の上に仔猫がいるの?」...これ、小誌第10号表紙についての、私の知人からの言葉。えっ!? 猫いないでしょ、と思わず見直しましたが、そう言われてみれば、そう見えなくもない? 写っているのは毛布と、靴下かな。あと、スウェットなのかTシャツなのか。人肌の気配、というか、抑えたトーンながら不思議な生々しさも感じられて、それで小動物と錯覚されたのかも。撮影者・長田果純さんには尋ねてみたんですよ。いわゆる「蛻けの殻」状態になったベッドをプライベートな作品として写した、とのこと(撮影用にスタイリングしたとかではなく、日常の一コマの写真のようです)。

今号はここに辿り着くまで、なかなか「高い山」でした。寄稿者が決定して誌面づくりを始めてから、いくつか想定外のことが起こって。いや、それが今号の内容に悪く影響した、ってことはないのです。そこは、逆に意地になって「オレの魂」(←w!)に火が付いたから、ベストな第10号になった。

...でも、ひとつふたつ愚痴をこぼすと、昨年ぐらいから「もう後継機種にしても」と感じつつ、古いMacBook Proで編集作業を始めてしまった。レインボーカーソルと付き合いながらなんとか乗り越えられたので、ようやく引退させてあげられそうです。あと、昨年末に停車中のクルマをこすられちゃって、すぐに解決するかと思ったら「自分には100%非がない」ということを証明するのが意外とむずかしく、人生初の弁護士案件に。なんと半年かかって、先週末ようやく修理に出して、いまは慣れぬ代車を使っています。その他にもいろいろ(これらのほうが重要)あるけれど、立て付けからしっかり方策を練って、先に進もうと思います。

第10号発行のタイミングでふたつのエントリーがネット上にあがりました。第10号巻末の便覧と併せて、ぜひご一読くだされば嬉しく存じます。

インディーズ文芸創作誌「ウィッチンケア」創刊10年 町田在住の編集者が発行(「相模原町田経済新聞」2019年3月29日/取材記事)
https://machida.keizai.biz/headline/2813/

私がインディーズ文芸創作誌を出し続ける理由(「マガジン航」2019年5月13日/寄稿文)
https://magazine-k.jp/2019/05/13/witchenkare-first-ten-years/

そして、これは未来の話(前々号の「編集後記」でも書きましたが、私は未来に関してはdystopiaではなくutopia志向)。昨年〈ウィッチンケアのM&Lな夕べ 〜第9号発行記念イベント〜〉を共同主宰してくださった仲俣暁生さん、木村重樹さんとともに、2019年11月24日 に開催される「第二十九回文学フリマ東京」で、「ウィッチンケア書店」を出店しようと計画中です。ただ現行の本(BN含む)を売るのではなく、いろいろ楽しいアイデアを盛り込んだお店になれば、と。どうぞ御期待ください!

って、またテキストばかりになってしまったので、今年もいまの気分の1曲を。前作「Emily's D+Evolution」で気に入ったEsperanza Spaldingの 新譜から、ダンサブルなこれ。



それではみなさま、ウィッチンケア第10号をよろしくお願いいたします! 近くの書店で見つけられなかったかた、アマゾンでも好評発売中ですよ。

2019/05/30

vol.10寄稿者&作品紹介35 中野純さん

昨年12月、東京都あきる野市にある「少女まんが館」の共同主宰者・大井夏代さんとともに『少女まんがは吸血鬼でできている:古典バンパイア・コミックガイド』を上梓した中野純さん。同書が発行される少しまえには、私が運営協議委員を務めている「町田市民文学館ことばらんど」での「みつはしちかこ展」関連イベント「〈かわいい〉のその先に-70年代・80年代少女漫画序説」に大井さん、トミヤマユキコさんとともに登壇、そのプレイベントともいえる下北沢の本屋B&Bでの「サリーだって語りたい! …男⼦が見た少⼥まんがの歴史と変遷」 にも登壇(こちらは仲俣暁生さん、南陀楼綾繁さんとのトークショー)...と、すっかりお世話になってしまいましたが、忘れられないのは、トミヤマさん等とのイベント当日の打ち合わせで、中野さんがぽつりと呟いた「いま人生最大に忙しい」のひとこと。そんなときに「ぜひ次号にもお願いします」と寄稿依頼した私ってやつは...いや、ほんとうに申し訳ありませんでした。

じつは、上記のような状態なのに「では次号寄稿作の内容についての打ち合わせを」とあらためて日時設定するのも、「人生最大」値をさらにアップさせるようで申し訳ないなぁと逡巡、でっ、テーマ設定など曖昧なまま年改まり、お原稿の締め切りも近づいて(ちょっと過ぎて)、そして届いたのが掲載作〈夢で落ちましょう〉でありました。ご本人も「参加者のプロフィール」欄にて「今号では禁じ手を使ってしまった」と記していますが、受け取った私は、なんだかとてつもなく懐かしい気持ちにもなったのでした。これ、これ、自分も同じようなことやった記憶がある! たとえは小学校の夏休みの宿題で原稿用紙5枚の作文。8月末になって書き始めて「なんでもっと早く手をつけなかったんだろうと思いながら鉛筆を握っている今日は8月○日。もう朝晩には虫の声が聞こえる。この作文を書くためにいろいろなテーマを考えたのに決められないまま夏休みも終わりだ」みたいな書き出し。あるいは、大学での論文試験で山かけに失敗し出題テーマを見て窮地に。腹を決めて「設問は●●について、とあるが、しかし私はそのことについてよりもまず▲▲について述べたいと思う」で正面突破、などにも似ているというか。

野球のたとえ話、というのがどのくらい有効なのか測りかねる昨今ではありますが、中野さんの今作に「エースで20勝投手」「クリーンナップで3割打者」の風格、いや品格を感じました。そして今年創刊10年目を迎えた小誌の来し方行く末、ともシンクロするようで、ぜひ第10号の大トリはこの作品で、と。作中には「書くことがなくなるなんてことはない。でも、歳のせいなのか、歳のせいなのだろう、執筆に思い切りがなくなってしまった」などと、弱音めいた箇所もありますが、これはトラップ。全体からは「これからも書きたいテーマが山ほどがあるので、そこんとこよろしく!」という、もの書きとしての漲る決意が伝わってきます。あっ、それで作中に「大リーグボール三号」なんて言葉があったのでつい思い出してしまったんだけれども、あの「巨人の星」でたびたび登場した坂本龍馬のエピソード(たとえドブのなかでも前のめりに死にたい、ってやつ)。あれは梶原一騎の創作だったのでしょうか? ...とまれかくまれ、みなさま。最終行に「という夢を見た」という一節から遡る中野さんの夢物語の、そこまでの長い前段を、ぜひ小誌を手にとってお確かめください!



 芸能界では八重歯アイドルの時代でもあった。一九七八年に「狼なんか怖くない」でデビューした石野真子のチャームポイントは、両の八重歯だった。今、当時の映像を見ても、牙と呼ぶに価する実に立派な八重歯だ。狼の歌がよく似合っている。ほかにも小柳ルミ子、河合奈保子、国広富之等々、八重歯のタレントは少なくなかった。このころ、八重歯は魅力的だという風潮がたしかにあった。
 だが一方で、七〇年代吸血鬼少女まんがの最高傑作、萩尾望都『ポーの一族』のバンパネラたちには、牙が一切ない(『ポーの一族』に先立つ里中満智子『ピアの肖像』や、さらに先立つ石ノ森章太郎『きりと ばらと ほしと』にも、牙が描かれていない)。そこが一筋縄ではいかない日本牙史の奥深さだ。全体として、人ならぬ者から牙を抜き(あるいは牙を退化させ)、人間に牙を生やす傾向があり、そうやって、人ならぬ者と人との境界を曖昧にする目論見が無意識にあったと思う。そしてその流れは、今の少女まんがにしっかりと受け継がれている。でも、これについてももっとちゃんと考えてから書きたい。中途半端に書いてしまうのは嫌だ。だから今回は書かない。

ウィッチンケア第10号〈夢で落ちましょう〉(P206〜P211)より引用

中野純さん小誌バックナンバー掲載作品十五年前のつぶやき(第2号)/美しく暗い未来のために(第3号&《note版ウィッチンケア文庫》)/天の蛇腹(部分)(第4号)/自宅ミュージアムのすゝめ(第5号)/つぶやかなかったこと(第6号)/金の骨とナイトスキップ(第7号)/すぐそこにある遠い世界、ハテ句入門(第8号)/全力闇─闇スポーツの世界(第9号)

【最新の媒体概要が下記URLにて確認できます】
https://bit.ly/2GSiNtF
【BNも含めアマゾンにて発売中!】
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vol.10寄稿者&作品紹介34 仲俣暁生さん

今年の1月末、ニュースで橋本治さんの訃報を知ったとき、「ああ、仲俣さんはどんなに悲しいことか」と頭を過ぎりました。というのも、昨年12月に仲俣暁生さんが上梓した『失われた娯楽を求めて 極西マンガ論』では「夢見る頃を過ぎても 少し長いまえがき、あるいは私的マンガ遍歴」(以下「まえがき」)でも「あとがき」でも橋本治に触れられていて...少し引用すると「十代の終わりの頃、私はマンガ評論家になりたい少年だった。〈中略〉きっかけは、橋本治の『熱血シュークリーム』という本だと思う(名高い『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』ではなく)。」【「まえがき」より】、「本書は橋本治が未完のままにしている『熱血シュークリーム』という少年マンガ論への、彼から多大な影響を受けた後継世代からのオマージュでもある。」【「あとがき」より】と。そして、なによりも同書のタイトル。「あとがき」には収録されている安野モヨコ論の題名からとった(「橋本治の『花咲く乙女のキンピラゴボウ』所収の倉多江美論が「失われた水分を求めて」だったことにもあとから気がついた」とも)、と記されていますが、橋本治の文学論「失われた近代を求めて」シリーズとの関連も、自然に想像できてしまう...。

仲俣さんは「週刊読書人ウェブ」に《橋本治がいなかった「平成」》という一文を寄稿、またツイッターでは〝【橋本治さんに捧ぐ】2010年の「ユリイカ」の特集号のために書いた橋本治論を、追悼の意を込めて〟と告知し、《1983年の廃墟とワンダーランド――橋本治という未完の「小説家」について》をnoteで無償公開しました。...なにしろ、膨大な著書のある橋本治。私的には、うちの限りある本棚の一画はもう四半世紀以上分厚い『'89』に占められている/『窯変 源氏物語 』第一巻は海外旅行に携帯してむさぼるように読んだ/映画『桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール』で派手な柄のセーター着てた喫茶店のマスター役インパクト強すぎ、等々...最近の本は、SNSで仲俣さんが紹介してくれて、触発されて読んでいた。

小誌今号にご寄稿くださったのは、橋本治さんに対する、仲俣さんの個人的な思い出を綴った追悼文。このような一篇を掲載できる場所、として小誌があったこと、発行人として嬉しく思います。作中の、雑誌というものに対する橋本さんの考えかた、とくにインタビューに関する「決定的な一言」のくだりなんて、あまりの臨場感で涙腺がシビれてしまいましたよ! 橋本治を好きな人だけでなく、雑誌に関わる多くのかたに、ぜひ読んでもらいたいと強く願っています。そして、そして、仲俣さん。昨年6月の〈ウィッチンケアM&Lな夕べ 〜第9号発行記念イベント〜〉では共同主宰、また第10号刊行後には「マガジン航」への私の寄稿のさい、適切なアドバイスをいただきまして(小誌でとは真逆の関係/編集者・仲俣さんと接してその敏腕さに脱帽...)、あらためて感謝致します!



 橋本さんの言葉が刺激になったのだろう。私はその後、この雑誌で自分の責任で書く小さなコラムをはじめた。わずか数百字の小さなスペースを自分ひとりの解放区にした。さらに書評のコーナーを作り、他の編集部員と本を選んで自由に紹介した。
 それでも私は、自分がいつか「物書き」になるなどということは、少しも考えていなかった。ただ、雑誌をつくることの面白さが、自分でもそこに文章を書くことによってやっと実感できるようになった。自分のつくる雑誌の「声」になりたい。当時の私は、ひたすらそう思ったのだった。
 この雑誌をふりだしに、以後、いくつかの雑誌編集部を経験した。企画を立て、外部の書き手に依頼して原稿を集めるだけでなく、どの雑誌でもかならず自分で書くようにした。「書くこと」と「編集すること」は、自分のなかで次第に同じことになっていった。
 インタビュー記事の作成も、仕事として外から求められる場合を除き、あまりしないようになった。人に話を聞くのは、それを通じて書き手が「自分の言葉」をつくるためであって、他人の言葉をそのまま伝えるのは別の仕事だ。そのことがよくわかったからだ。

ウィッチンケア第10号〈最も孤独な長距離走者──橋本治さんへの私的追悼文〉(P202〜P205)より引用

仲俣暁生さん小誌バックナンバー掲載作品
父という謎(第3号)/国破れて(第4号)/ダイアリーとライブラリーのあいだに(第5号)/1985年のセンチメンタルジャーニー(第6号)/夏は「北しなの線」に乗って 〜旧牟礼村・初訪問記(第7号)/忘れてしまっていたこと(第8号)/大切な本はいつも、家の外にあった(第9号)

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Vol.10 Coming! 20190401

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yoichijerryは当ブログ主宰者(個人)がなにかおもしろそうなことをやってみるときの屋号みたいなものです。 http://www.facebook.com/Witchenkare