2018/05/25

vol.9寄稿者&作品紹介28 開沼博さん

小誌第5号から前号まで「ゼロ年代に見てきた風景」というタイトルで、社会の変遷を考察してきた開沼博さん。今号での寄稿作は、ご自身の慣れ親しんだ「まち」にフォーカスした内容です(タイトルと通し番号は、連続性を保ちつつ微リニューアル)。今回取り上げられているのは東京都文京区・地下鉄丸ノ内線(と大江戸線)の「本郷三丁目」あたり。私は大学時代の友人があのあたりに住んでいてむかしからときたま遊びにいきましたが(「あのあたり」と書いたように、新宿や渋谷に慣れ親しんでいた人間にはちょっと「風景や空気が違うなぁ」感あり)...あっ、そうだ、今号寄稿者の久山めぐみさんとの打ち合わせは本郷三丁目そばの「FARO COFFEE & CATERING」だったので、ひさしぶりに周囲を散歩して「変わったなあ」と思っていたので、開沼さんの書かれていることが、かなりリアルに目に浮かびました。

まず「後楽園ゆうえんち」周辺について語られています。<この一帯は、格闘技の聖地・後楽園ホールのオープンや後楽園球場の東京ドームへのリニューアルはじめ時代の要所で様々な進化を遂げ、2003年にはショッピングセンターと入浴施設を併設した「ラクーア」が開業。全体を「東京ドームシティ」というブランドで運営している>...開沼さんは東京ドームが「BIG EGG」と呼ばれていたことを知らない、いや、知っているけれど通称ではない、と。BIG Entertainment & Golden Games。なんだか現在の巨人軍の監督のことを日テレだけが「ウルフ」と呼んでいた時代がありました(某巨大掲示板では「パンダ」と呼ばれてた)。

本郷三丁目交差点からは東京スカイツリーも見えます。古い東京の面影を残す浅草地域に<グローバルな都市として競争力をつけようとする東京のランドマーク、いわば「近代の先端」>ができるという<文脈の変化>、と開沼さん。東京はオリンピックを控えてあちこち工事中、というテン年代ですが...変化の予兆はゼロ年代から始まった、と捉えるべきかもしれません。

本作の後半では「まちの風景」の裏側ともいえる、社会構造の変化についても考察されています。<80年代と90年代の風景の差は大き>くて、それが90年代以降は小さく(見えにくく)なっている、というのが開沼さんの<直感的な>見立て。しかし、変化に気づきにくくなっていても、そこには<確実にどこかの方向からいくらかの力で風景を動かそうとする何らかの力学があるはず>と推察しています。未来を考えるとき、私たちはどんな視点で「まちの風景」に接すればいいのか、ぜひ小誌を手にとって、開沼さんの一篇を参考にしてみてください!



 例えば、何か食べるにしても、中華料理、韓国料理、インドカレー屋など、非和食系の店が、それぞれ複数存在する。最近は、スペインバルもできたが、そういった非和食系の店がゼロ年代からいまに至るまで少しずつ増えてきているのは確かだ。一方、その裏で、𠮷野家はじめ様々なチェーン系の店ができては潰れ、を繰り返してきたのも事実だった。東大関係者だけでも数万人規模が潜在顧客となるこの地の飲食店マーケットがいかなる特性を持っているのかはわからないが、激しい競争の中で結果として多国籍化しているのは事実だ。それが、他の駅ではありえない水準で外国人留学生が歩く姿が、より日常化していることとあいまって、ゼロ年代以降のグローバル化を体現しているようにも見える。最近はその勢いが強すぎるのか、学生に親しまれた飲食店「カフェテラス本郷」や老舗の「近江屋洋菓子店」など、このまちに出入りする一定の人が、ここの風景に欠かせないものと思ってきた店が相次いで潰れてもいる。老舗の旅館や下宿宿が相次いで潰れていったのもゼロ年代だった。一方、この地で疲れている人を癒やす、日本人系、外国人系双方のマッサージ・整体の店は明らかに他の地域に比べても多く、市場競争を繰り広げている。

ウィッチンケア第9号「ゼロ年代からのまちの風景(パート1)」(P178〜P181)より引用
goo.gl/QfxPxf

開沼博さん小誌バックナンバー掲載作品
ゼロ年代に見てきた風景 パート1」(第5号&《ウィッチンケア文庫》)/「ゼロ年代に見てきた風景 パート2」(第6号)/「ゼロ年代に見てきた風景 パート3」(第7号)/「ゼロ年代に見てきた風景 パート4」(第8号)

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Vol.14 Coming! 20240401

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