2017/05/31

目眩く未来はほんと?(第8号編集後記)

5月いっぱいかけてウィッチンケア第8号32篇の掲載作品を紹介しました。今年は1月にタバブックスさんとの<ウィッチンケア文庫>創刊。2月は長谷川町蔵さん、久保憲司さんとのイベントなど。3月は今号の編集/印刷/配本作業。そして4月の正式発行。なんだか2010年春に創刊号を出してからずいぶん遠くまできちゃったような気もして思わず「あのころの未来に〜♪」とか口ずさみそうですが...「夜空ノムコウ」って広瀬すずさんが生まれるまえのヒット曲...そしてそのSMAPの騒動も、年改まるまえのことか。

紹介文一覧は、明日<まとめ>として当ブログにアップします。3/30日付けの<さわり(ノベライズ・ウィッチンケア第8号)>とともに、ぜひ読んでみてください。もちろん私の駄文ではなく、作品の引用部分を。そして興味を抱いた作品はぜひぜひ本篇にてお楽しみください。また小誌過去掲載作10篇は《note版ウィッチンケア文庫》でも無料公開中。こちらも、ぜひ×3。

あまりスタイルを変えずに<紙の誌をつくること&ブログを書くこと>を続けています。それは最大限自分贔屓目に言えば「ぶれてない」...でも突っ放して言えば「おまえ(発行人)それしかできんのか」なわけで。...どこまでいっても、試行錯誤。

《note版〜》へのアクセスは開始1年で総発行部数を越えました。某巨大ネット書店さまからは小誌にまで「ダイレクトな取引しませんか?」とDMがきます。その他にも「あのころ」には思ってもみなかった「未来」と直面して、表紙に載ってる「目眩く(めくるめく)」でもあるが「目眩」もしたり...それでも私は、けっこうdystopiaではなくutopia志向です。「全てが思うほど〜♪」ってこともあるけど、それも含めて「明日が待ってる〜♪」だと(グループは解散しても作品は現在進行形)。

今後ともウィッチンケアをどうぞよろしくお願い致します。最新の第8号には、↓の32名の寄稿作が掲載されています!


2017/05/30

vol.8寄稿者&作品紹介32 仲俣暁生さん

つい先日SNSの「友達」とポップ文学の話題になり、1990年代前半〜中頃、一部書店でその範疇に括られていたのが村上龍、村上春樹、高橋源一郎、山田詠美、吉本ばなな等だったことを思い出しました。いまの視点だと〝一部書店でその範疇に括られていた〟どころじゃなく、本屋さんの文芸書のど真ん中だ、と感じながら最近あまり聞かない<ポップ文学>という言葉、それに関連して、1990年代中頃以降に聞いた<J文学>という言葉について調べていたら...突き当たったのは仲俣暁生さんの「文学:ポスト・ムラカミの日本文学 カルチャー・スタディーズ」という本でした。さっそく入手しましたが、発行は奇しくもちょうど15年前(2002年5月31日)!! 私がぼんやり把握していた系譜や流れが、ほぼリアルタイムで丁寧に解析されており、目から鱗が束になって飛散...同時に、「極西文学論―West way to the world」(2004年)に続く仲俣さんの文芸評論を、ぜひ読んでみたくなりました。

仲俣さんの今号への寄稿作は、ご自身が少年時代に出会った本について、いまの視点で回想したエッセイ...というより「随筆」と表現したほうが似合いそうな風合い(美しい佇まい)の一篇です。図書館や学童保育で読んだ『義経記』、<みなもと太郎の『レ・ミゼラブル』>(潮出版社の「希望の友」に掲載)の思い出は、当時のときめきが伝わってくるよう。マンガ雑誌は<近所の子ども>や床屋を介して読んでいた、とのことで...私は、少年マガジンだけは親に買ってもらってたかな。「巨人の星」が読みたかったはずなんだけど、すぐに「あしたのジョー」が始まってそっちに夢中になったかも(後年、自分内の梶原一騎濃度の高さに愕然)。

作中に登場する<K子おば>さまを羨ましく感じました。小誌第5号への寄稿作「ダイアリーとライブラリーのあいだに」にも登場した、社会科の教諭をなさっていたかた。<K子おば>さまのように素敵な本を奨めてくれる存在、私にはいなくて、むしろ、親がある日、家にセールスにきた「子ども世界文学全集」(TBSブリタニカ?)みたいな何十冊かの本をど〜んと買っちゃって部屋に並べられて、それが負担(読みたくない)で、ぽつぽつと「自らが読む本」を独力で探していた記憶なんかも甦ってしまいました。

作品の後半は、40年ぶりに読み返した『とぶ船』について。<ヒルダ・ルイスが書いた数少ない子ども向け作品><彼女がすすめてくれた本で、とりわけ好きだった>(※彼女、とは<K子おば>さま)と紹介されています。すっかり内容を忘れてしまっていた仲俣さんが、再読して気がついたこととは? 物語の懐深い解釈とともに、同書には<K子おば>さまとの思い出が色濃く重なっている様子が伝わってきました。詳しくはぜひ小誌を手にとって、ご一読ください!



 両親とも教員だったせいで、マンガ雑誌を買うことは禁じられていた(そもそも近所に本屋がないのだから、買いたいとも思わなかった)。マガジンとサンデーは、近所の子どもに回覧してもらって読んだ。ジャンプは床屋で読んだ。あとは暗くなるまで外で遊び(野球、石蹴り、ザリガニ釣り)、家に戻ったらご飯を食べて寝る。そんな毎日だった。家で「読書」をした記憶はまったくない。いちばんの「愛読書」はH・A・レイの『星座を見つけよう』。これを片手に夜になると外に出かけ、たっぷりとあった空き地の草むらに寝転んで、夜空の星座をみるのが好きだった。物語は本の中ではなく、天上にあった。

ウィッチンケア第8号「忘れてしまっていたこと」(P196〜P199)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

仲俣暁生さん小誌バックナンバー掲載作品
父という謎」(第3号)/「国破れて」(第4号)/「ダイアリーとライブラリーのあいだに」(第5号)/「1985年のセンチメンタルジャーニー」(第6号)/<夏は「北しなの線」に乗って 〜旧牟礼村・初訪問記>(第7号)
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2017/05/29

vol.8寄稿者&作品紹介31 東間嶺さん

昨年の7月24日(日)、たまたまクルマで津久井湖〜城山湖あたりを通りがかって、ずいぶん開けた(郊外化した)したもんだな、なんて思っていたのです。在町田市の私にとっては遠いところではないが、でもそんなにいくところでもなく。でっ、翌々日に「津久井やまゆり園」の事件が報道され、ほんとうに重苦しい気持ちになりました。そういうとき、自分のなかに澱んだものをアウトプットしたくもなるんですけどね(でもしない/最近あまり聞かない言葉だけど、とにかくROMる)。

東間嶺さんは今号への寄稿作について、自身が参加している【エン-ソフ】に自著紹介文を寄せています。そこには<言葉をこねくりまわすことによってしか輪郭を明瞭にできないものはあり、ぼんやりとではあれ解像されてきたその主題を、わたしは、これからも繰り返し繰り返し、扱っていくつもりでいる>という一節があり、それを読んで私はちょっと救われた気分になったりもしています。<こねくりまわ>した後の言葉を作品というかたちでアウトプットする場所(←っていうより回路)として、小誌を利用してくださるのはありがたいことだ、と。

今作に登場する<@uehara_ryu>さん。ROMってる私は少なくもなく〝彼〟と遭遇しています。それはネット上にいるらしい見知らぬ<@uehara_ryu>さんであったり、えっ!? あなたが、という実在する(ことが偶/必然でわかっちゃった)<@uehara_ryu>さんであったり。後者の場合はかなりショックなんですが、でも、そもそもなにかあるとROMる私のようなやつは、その行動において〝内なる<@uehara_ryu>さん〟を抱えていたりしないか、とも考えたりもしています。

作品の大きなテーマは<ショブン>という言葉。<ある高名な社会学者>は、私は月に1〜2度(たぶん)、新聞の人生相談コーナーで回答を読んだりしているはず。...もちろん、しっかりした議論がされるべきだと考えますが、しかし個人的には、今作で東間さんが描いた<わたしとアマノさん>の関係性のほうが印象的でした。そもそもネット上の別人格なんてありえるのかな、それ、過渡期を経ていずれ統一されてくんじゃ、なんてことも、いろいろ考えてしまったのです。



 ウエハラ@uehara_ryuという、アイコンに東京オリンピックのエンブレム選定で盗作を疑われたデザイナーの、目線モザイク入りコラ画像を使うそのアカウントは、数分前からニュース記事への反応をつぎつぎにツイートしている。

 生産性ゼロの垂れ流しゾンビに俺らの税金延々使われるとか、普通に無理なんですけどクソが。

 ウエハラのプロフィール欄には、アラフォーの底辺デザイン土方です。最近は政治に関心がありますが、意識は低めです。@いっさい反応しません、と書かれている。
 連投をひととおり確認しながら、わたしは上目遣いにアマノさんへ視線をおくる。カップ麺を食べ終えたアマノさんは、ゼリー状の栄養補助剤をくわえながらモニタをみつめ、iPhoneをかなりの高速でタップ&フリックしている。アマノさんの両親はまだ生きてるんだろうか? わたしはふと、そう思う。

ウィッチンケア第8号「生きてるだけのあなたは無理」(P188〜P194)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

東間嶺さん小誌バックナンバー掲載作品
《辺境》の記憶」(第5号)/「ウィー・アー・ピーピング」(第6号)/「死んでいないわたしは(が)今日も他人」(第7号)
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2017/05/28

vol.8寄稿者&作品紹介30 吉田亮人さん

現在、東京・広尾のEMON PHOTO GALLERYにて個展「On Labor」を開催中(6/27まで)の吉田亮人さん。5/27のライター・石井ゆかりさん(星占いの!)とのトークショーは告知即満席で大盛況、そして、4/15~5/14に開催されたKYOTO GRAPHIE(京都国際写真祭) 2017で発表された「Falling Leaves」は、メディアでも大きな反響を呼びました(「祖母と生き、23歳で死を選んだ孫。二人を撮った写真家は思う」〜BuzzFeedNEWS)。同展で吉田さんと対談した作家・いしいしんじさんの日記には<吉田亮人さんの作品には、どんなものでも早めに触れておいたほうがよいです(4/22日付)>という一節があり...じつは《note版ウィッチンケア文庫》では3/18より小誌初登場となった「始まりの旅」を掲載させていただいておりますが、そのアクセス数も急増中でして、ビッグ・ウェーヴの予感がひしひしと伝わってきていました。

そんな吉田さんですが、3月に送ってくださった今号掲載作では、少しぼやいていました。写真集のための持ち込みで出版社をまわり、ある人から<今が80年代だったら吉田君、出版社からたくさん写真集を出せただろうし、取材の予算も組んでもらえただろうね>と言われ、<この時代に写真家になったことを呪え、と言わんばかりの編集者の言葉はショック>だったと...。私はその80年代末に出版業界に紛れ込んだ人間なので、吉田さんの気持ちもわかる、でも、編集者の言葉も...〝編集者個人の裁量ではいかんともしがたい状況〟であることはわかる。。。

あっ、もちろん今作での「ぼやき」は「前フリ」のようなもの。上記の逸話を受けて、吉田さんは「それなら自分でやる」と一念発起(1人出版者の私は甚く共感!)。友人で装丁家の矢萩多聞さんとともに、自費出版の写真集づくりに着手します。手縫い製本の初作品集「Brick Yard」のメイキング・ストーリー...本製作の過程でいろいろな人に出会い、アイデアが別のアイデアを生み、そのたいへんさと楽しさが、飾らない言葉で語られています。

「Brick Yard」で身につけたノウハウを発展させ、2人はさらに大胆な次の写真集づくりへと。バングラデシュの皮なめし工場の労働者を2年間に渡って撮影した「Tannery」の表紙(ブックケース)には、なんと現地の皮が使われているのです。撮影ではなく、皮の買い付けと加工依頼のためにバングラディッシュを再訪した吉田さん...この続きは、ぜひ小誌を手にとってお楽しみください(そして、2冊の写真集づくりを通じて実感した<いい写真集、とは一体なんだろう>という、吉田さんなりの問いかけにも...刮目!)。



 編集構成、表紙デザイン、タイトルフォント、紙選び、全てが僕にとって初めてのことだったが、多聞さんの豊富な知識と経験に助けられながら二人三脚で何とか仕上げ、印刷所に入稿することができた。ここまでに予算の大半を投入し、もうほとんど使えるお金など残っていないという時に問題が起きた。
「吉田さん、製本をどうしましょう。業者に頼んでやってもらうと、かなりの予算オーバーになっちゃうんだよねえ」
 多聞さんが申し訳なさそうに言いながらこう続けた。
「それで僕考えたんだけど、製本は自分達でやらない? 手縫いで」
 手縫い? 手縫いって言ったって、200部もあるそれを2人でやるなんて、あまりにも気の遠くなる作業だ。しかし予算のない僕に残された選択肢は、それ以外にはないも同然だった。
「2人でやるのは現実的じゃないから、製本やってくれる有志のボランティアを集めてやろうよ」
 僕の心を見抜いてか、多聞さんが言った。
「やりましょう」

ウィッチンケア第8号「写真集を作ること」(P182〜P187)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

吉田亮人さん小誌バックナンバー掲載作品
始まりの旅」(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「写真で食っていくということ」(第6号)/「写真家の存在」(第7号)
http://amzn.to/1BeVT7Y

2017/05/27

vol.8寄稿者&作品紹介29 中島水緒さん

雑誌「美術手帖」や【エン-ソフ】(言論と、様々なオピニオンのためのウェブ・スペース)などで執筆中の中島水緒さん。アートだけでなく書評や映画評も手がけていらっしゃいまして、約1年前に知り合いになった後、いくつかの記事を拝読しました。浅学な私は専門的な内容になるとただただ「なるほど...」になってしまうことが多いのですが、中島さんが【エン-ソフ】に投稿した<「恋愛映画」は誰のためにあるのか――「(500)日のサマー」における「真実」と「言葉」(alternative edition)>...これはテーマが身近ですし映画も気になっていたので、SNSで〝予告編がいきなりRegina Spektorの「Us」でびっくり! 映画観て再読します〜〟なんてコメントし、鑑賞後にそのとおりにしたのでした。

ぜひ日頃は書かないようなことを書いてみてください(発表を前提に)、と中島さんに寄稿依頼のさいにお願いしました。評論系での精緻な分析が、まっさら状態ではどんな方向性を目指すのかな、なんて興味も湧いてしまったので。もしかすると掌編恋愛小説とか...いいじゃないですか。もしかすると「(500)日のサマー」評における(1)のパートにあった一節<「運命」も「物語」も、いうなれば人生の不条理に主体が溺れてしまわないための辻褄合わせ>...それを検証する創作的展開、とか。いいじゃないですか!

いただいたお原稿を一読して思ったのは、ソリッドだなあ。ええ、いまあなたがお読みになってるこの文章のようなダラダラ感の対極にある、無駄な言葉を削りに削った一篇でした。主人公は<私>なんですが、でもこの<私>は、作中では必要最小限にしか<私>として登場しません。むしろ<自分>と表現され、宿泊先のヒュッテにある薪ストーブなどと同等であるかのように描かれています。

作品の後半、なにも持たないで(携帯/財布/デジカメetc.)朝の八島ヶ原湿原を散策する<私>。<自然は人間の眼差しに先んじて、ただそこに在る。見る者は、私は、不要なのかもしれなかった>という、作品全体に通底する状況を表したような箇所もぐっときました。...そして、あることが起きるのですが、それはここでは書けません! ぜひ中島さんの作品を読んで、美しい湿原の朝をご堪能ください。


 空が、薄氷の弱々しさで朝の光を注いでいた。ヒュッテの周辺には人影ひとつなく、春らしさとは無縁な、緑色と枯れ草色が入り混じる湿原がひたすらに広がっている。風が薙いだ植物がてんでばらばらの方向を差していた。緩やかな斜面が導く先に階段状の土壇があり、さらにその遠くの高台に林が見えた。離れたところからでも木立の枝ぶりは細かく鮮明に映えて、自分の視力が研ぎ澄まされてゆくのを感じた。目を凝らせば、空気中に散乱して振動を続ける光の粒子さえも見えそうだった。

ウィッチンケア第8号「山の光」(P178〜P181)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

2017/05/26

vol.8寄稿者&作品紹介28 我妻俊樹さん

昨年9月に「奇々耳草紙 死怨」そして先月には「奇々耳草紙 憑き人」 と、コンスタントに新刊を出し続けている我妻俊樹さん。竹書房からの著書は、たとえばアマゾンだと【 本 > 文学・評論 > SF・ホラー・ファンタジー】あるいは【本 > エンターテイメント > サブカルチャー > 霊界・恐怖体験】みたいなジャンル分けで掲載されていますが、小誌創刊号以来の作品群は、この分類には倣わないスタイル/内容である、と私は思っています。なんというか、無理矢理倣ってみると【本 > 文学・評論 > 我妻俊樹(トメ)】とか。

前号での我妻さんの寄稿作紹介で、私は〝ドアを開けて部屋に入ると〜〟みたいなことを書きました。今号への寄稿作「お尻の隠れる音楽」でも、読中〜読後の、なんか落ち着かない雰囲気(まさに<尻が何センチか椅子から浮き上がってる気がする>みたいな)は同じ。シャツのボタンをひとつずれで着てるみたいな...いや、シャツのボタンがずれているのはたしかなんだが表前立てはまっすぐでそれがなぜだかわからない...のほうがより違和感の居心地の悪さが伝わるでしょうか。もちろんそのシャツの縫製はしっかりしているし着心地もよいんですが。

あっ、でも今作は主人公である<ピエロ>のキャラクターがかなり立っている感じでして、奇妙な冒険物語ではあるものの〝入り口から出口へ〟と、しっかり紐付けて導かれた気分です。個人的には<そしてピエロは誰にも会わない道を南へ歩いていった。南へ向かっているかぎりピエロは少し機嫌がいい>という一節は妙に心に残りまして...<南>とはなにかの暗喩なのかな、みたいなことは考えずに、話の流れに身を任せました。

<ピエロ>が他の登場人物から<違う違う、ベッドですよ><そっちはトイレだよ>などと注意される箇所も、主人公の彷徨いっぷりをなにげに際立たせているように感じました。あっ、そして我妻さんが個別の作品内容について、小誌での発表後、具体的に語っているのを読んだことはありませんが(たぶんしてないと思う/語るべきことはすでに作品内に入れた?)、もしどなたかが評論/批評的なスタンスで我妻作品についてものしているものがあるならば、私はぜひ読んでみたいと思います!



「山の向こう側に住むってのはどう?」ピエロは提案した。
「だめだよ、家賃が高いから」
「じゃあ山のてっぺんとかさ」
「だめ。ケダモノがいる」
「ケダモノって?」
「猿だよ、猿。人間の振りして訪ねてきて玄関マットに糞していくんだよ。それから、いきなり結婚を申し込まれるって」
「猿に? 糞していく癖に?」
「そう。結婚が趣味らしいよ」
「いやだな、信じたくないな」
「だからあんたがもし誰かと結婚したら、その女は猿かもしれないよ」
「わかった。そしたら熱湯浴びせて殺してやるからさ」

ウィッチンケア第8号「お尻の隠れる音楽」(P170〜P176)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

我妻俊樹さん小誌バックナンバー掲載作品
雨傘は雨の生徒」(第1号)/「腐葉土の底」(第2号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「たたずんだり」(第3号)/「裸足の愛」(第4号)/「インテリ絶体絶命」(第5号)/「イルミネ」(第6号)/「宇宙人は存在する」(第7号)
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vol.8寄稿者&作品紹介27 ナカムラクニオさん

前号に続き、ナカムラクニオさんは今号にも断片小説を寄稿してくださいました。ナカムラさんは店主を務める荻窪のブックカフェ「6次元」をベースに、幅広い分野で活躍。昨年6月には「パラレルキャリア──新しい働き方を考えるヒント100」(晶文社刊)を上梓しましたが、その後もSNSを拝見していると、ご自身の現在進行形の興味を拡げて、そのまま仕事に繋げているよう...同書の<内容紹介>には「マキコミュニケーションを起こせ」「ツッコミビリティを大切に」「勝ち組ではなく価値組を目指す」「スローライフよりもフローライフを」といったフレーズが並んでいますが、これらだけでも感覚的に伝わるものがあるのでは(ピンときたら、ぜひ本を手にとってお確かめください!)。

ナカムラさんのツイッターを拝見すると、つい最近、ワークショップなどで長く魅力を伝えてきた金継ぎのCMが完成した、と(たしか、ミシンも購入して洋服づくりも、とつぶやいていた記憶...)。他にも「山形ビエンナーレ」での短編小説講座(のちに「ブックトープ松本」誕生のきっかけに)。「ことりっぷ」での「おさんぽ小説」連載。来月には6次元で『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』ナイト。私なんか年1冊の小誌でそうとうくたびれてますが...いや、きっと楽しんでいる人はくたびれないんです! (あっ、私も楽しんでます/くたびれながら楽しむ体質なんです←言い訳です〜)

今号に掲載した6篇も、ナカムラさんが選りすぐった言葉の結晶。<雨の匂い>にはペトリコール、ジオスミン、フェネチルアミンといった物質の名前を口にする女性が登場して<僕>を翻弄します。浅学な私はいち読者として、<僕>と同じようにそれら聞き慣れない名前に思いを馳せたりしていましたが...えっ、そんな結末に!? 400字に満たない物語での、鮮やかな場面展開が印象的です。

他にも「句読点」「冷蔵庫」「本」「コップ」が重要な〝断片〟として登場する作品が。<影愛>と題された作品はタイトルだけではちょっと想像しきれない内容? 逆に作品を読んだ後にタイトルの意味を探ってみると、描かれた世界がもう一度頭のなかでかたちづくられるような...。とにかく、私の野暮な紹介文より、ぜひぜひ、本篇を目にしていただきたいと思います!



「雨が降る前の匂いは【ペトリコール】という植物が、土の中で発する油の匂いなの。
ギリシア語で、石のエッセンスという意味なの」と彼女は言った。
雨が降る病院の喫茶店は、患者や見舞い客で溢れていた。
「はじめて知ったよ。詳しいんだね。そういうこと」と僕は答えた。
「『雨が降った後の匂い』は【ジオスミン】という土の中にある細菌が出す匂いなの」
「じゃあ、雨が降っている時の匂いは?」
「【フェネチルアミン】よ。恋愛状態の人間の脳で放出される神経伝達物質と同じなの」

ウィッチンケア第8号「断片小説」(P164〜P169)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

ナカムラクニオさん小誌バックナンバー掲載作品
断片小説 La littérature fragmentaire」(第7号/大六野礼子さんとの共作
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2017/05/25

vol.8寄稿者&作品紹介26 須川善行さん

『ことの次第』というご自身もアーティストとして関わったCDについての「ことの次第」について(←ややこしいのでことの次第について把握してから先に進んでくださいねw)ご寄稿くださった須川善行さん。さてその『ことの次第』(1986年にカセットテープでは発売)ですが、現時点でググってみると《とりふね ことの次第CDそろそろ》さんと須川さんの2週間ほどまえのやりとりがヒット...そこには<多分今年出るであろう 再発CD ことの次第>と記してありまして、じつは桜の咲くまえに送っていただいたお原稿には<本当は昨年のうちに「三〇周年エディション」として出したかったのだが、まあ、いろいろありまして……>という一節もあり、なんだかスティーリー・ダン的な最終段階での作業が続いているようであります。

いずれ<アーティスト名は「とりふね+須川善行」、タイトルは『ことの次第』>というアルバムを聞き、あらためて読んでいただければ、と願いますが、しかし、しかし本作は、同アルバムで<編曲・演奏・録音等><(一曲のみ作曲も)>を担当した須川さんの音楽観(→そして実践へ)が溢れ出ていて抜群におもしろい。小誌前々号では間章の「時代の未明から来たるべきものへ」についてのご寄稿だった須川さんの、とりふねさんを介してのポップス論にもなっているのです。

須川さんはとりふねさんの音楽(作詞/作曲/歌唱)を<メロディも耳になじみやすく、歌もうまい>と評しています。しかし本作内には「わかりにくさ」「聴いたことのなさ」といった言葉も頻出。ええと、ロック...とくにニューウェーヴやテクノポップなんかを好んで聞いた人なら、上手な歌手が耳になじむ曲を演ったらそれが即ポップス(※この場合はみんなに受けるポピュラー・ミュージック、みたいな意味)ではなく、逆になんだか訳わからんのだが妙にポップ(ツボにはまる、とかクセになる、に近い?)、みたいなことは体感的にわかると思うのですが(いま私の頭のなかにはサイケデリック・ファーズの「India」の3:40あたりのインディア〜ぁドドドドドドドドが鳴ってます)...あれ、なに説明しようと思ったんだっけ?

須川さんが<万人向けのポップス>と<ターゲットを絞り込んだ音楽>を対立するものとして例に出し、音楽では<その間にこそいろんな可能性が広がっている>と語っている箇所、さらに<こちらとしては全部ひっくるめてポップスのつもり>と表明しているのが、個人的にはぐっときてしまいました。詳しくは、ぜひ小誌を手にとってお確かめください!



 が、あるときふと思い出した。そういえば、この再製作を決心した一〇年前には、この作品が世間の無理解にさらされることはある程度予想していたのだった! 昔のことなのですっかり忘れていた。どうもこの作品には独特の「わかりにくさ」があるらしいのだ。それについて書くことが、逆に『ことの次第』という作品についての説明を果たすことになるかもしれない。
 まず、主に鳴っているのがアナログ・シンセサイザー(コルグのPOLY-800とデルタがメイン)と安っぽいリズムボックス(Dr. Rhythm Graphic)なので、作りはチープな感じに聞こえるだろう。これはそのとおりで、弁解の余地はない。デッキが4チャンネルのカセットではなく、オープンだったのがせめてものこだわりなくらいである。だが、こちらの狙いは、それでも面白い音楽が作れるのではないかということなので、それがイヤな方は、どうぞウェルメイドなJ-POPや洋楽をお聴きくださいとしかいいようがない。

ウィッチンケア第8号<『ことの次第』の次第>(P158〜P163)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

須川善行さん小誌バックナンバー掲載作品
死者と語らう悪徳について 間章『時代の未明から来たるべきものへ』「編集ノート」へのあとがき>(第6号)
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2017/05/24

vol.8寄稿者&作品紹介25 谷亜ヒロコさん

短くもなく生きたせいでもう身動きとれねぇ...谷亜ヒロコさんの今号寄稿作を読んで、長らく見て見ぬふりをしていた悩み、ひさびさに向かい合わされました(泣笑)。主人公は<片付けるのが得意ではな>くて、さらに<物を捨てるのも得意ではない>と語る、齢<人生50年プラス2年>の既婚女性...(設定がリアルタイムと仮定して)逆算/時代考証してみました。1987年に22歳。その2年後、大納会の日経平均株価は3万8915円。<結婚して20年>とあるので、いまでいうアラサーで6歳年上のパートナーと新生活を始めた...あっ、なんか細かく詮索してすいません、主人公の<私>さま。でも、この世代の人が捨てる〝もう着れなくなっちゃった服〟は、ファストファッションのそれとは違うだろうな〜、と...いや、そういうのもポイポイ捨ててたのが、所謂バブラー?

<捨てる物は、そっと包んでから捨てている。一番大事な捨てる洋服は、カレンダーの紙。二番目は、カタログの紙で包む。その他の物は、透明でないレジ袋に入れている>...このヒエラルキー、きっと<私>なりの理屈があるんだと想像しましたが、それは愛着度なのだろうか、それとも、値段? よくわかりませんが、でも捨てるモノを丁寧に弔ってあげている<私>のやさしさには、ちょっとぐっときました。

失敗だった高い服、とか、ホントに困りますよね。なにしろ失敗なので、着て出かけられない。なのでべつに痛んだりせず、ずっとクローゼットにあって場所をとる。月日が流れても、そこにある。流行が変わり加齢により体型も変わり...日々の暮らしでクローゼットを開けるたびに「失敗です」と思い知らされて、ついに「オマエなんか私の視界から消え去れ!」となる...うちのクローゼットにも21世紀になって2、3回しか着てないダッフルコートあるんだが、どうしてくれよう。。。

ごくふつうの日常の話かと思っていたら、後半になって...いや、それは、ちょっと待って! という展開。他人事ではないと身が縮みましたが、しかし<夫>さまは夢にも思っていなかった? なんだか仲睦まじいご夫婦のようすが、一転!! 衝撃の顛末は、ぜひ小誌を手にとってお確かめください。



 捨て方の離れ業もある。旅行の時になかなか捨てられない下着を身につけて出かけ、持ってきた新しい下着と着替えて捨てるのだ。この場合もホテルの人の目を気にしていることも手伝って、何かに包んでから捨てている。万が一、包むものがなかった時のために、使い古しのカレンダーを持って行ったことすらある。なぜか海外など遠くへ行って捨てられた時ほど、快感だ。
 捨てにくい電化製品などの大物は、一度押し入れの奥になんでもぶち込むという方法を取っている。すると、存在を忘れて行き、何年かしたら捨てやすくなる。

ウィッチンケア第8号「捨てられない女」(P154〜P157)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

谷亜ヒロコさん小誌バックナンバー掲載作品
今どきのオトコノコ」(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「よくテレビに出ていた私がAV女優になった理由」(第6号)/「夢は、OL〜カリスマドットコムに憧れて〜」(第7号)
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2017/05/23

vol.8寄稿者&作品紹介24 野村佑香さん

きっと人生のなかでも「特別な1年」の締めくくりとなった今年3月に、野村佑香さんは小誌今号への寄稿作を送ってくださいました。タイトルにもある、<32歳>の記録。なんといってもお嬢さまの誕生(おめでとうございます!)が一番大きなできごとだったでしょうが、本作からは<2016年1月に妊娠が分か>って、無事出産を体験し、また新しい日常を積み重ね始めていく...その期間の、野村さんの心の動きも克明に書き残されています。野村さんは3歳頃にはもう子役モデルで、「木曜の怪談」などのドラマに出ていたのが10歳を過ぎたあたり。いやぁ、お嬢さま、すぐにその年齢に追いついちゃいそうで、成長したら、どんな話をお母さんから聞かせてもらえるんだろう。

<女の32歳は特別>。女子高生の野村さんはそう思っていた...と作品冒頭に記しています。<バリバリに働いてマノロブラニクの9センチヒールを履きこなし、キラキラと自信に満ちてウィットに富んで聞き上手>というイメージを持っていたと。...私はハイヒールを履いたことがないのでネットで調べてみたら、すぐに「オシャレは我慢」「電車は危ない」「青竹踏みが疲れに効く」なんて言葉が出てくるし(マノロブラニクの価格にも、なるほど〜、と!)。そんな野村さんが実際の32歳になった、とある日の服装は、<アディダスのスニーカーを履き、4枚重ねの靴下にレッグウォーマーを重ね>...なによりお腹のお子さんを気遣っての姿です。

助産院での自然分娩を以前から望んでいた野村さん。ご自身の出産に対する考えかた、そして行動に移した後のさまざまな体験も、丁寧に描かれています。身体の変化や心の揺れを率直に言葉にしつつ、それでもどこか冷静な視線で語られるのは、やはり事前にしっかりと調べ、ご家族を始めとする関係者との意思疎通もできていたからなのかな、と。今後、同じような未来を、と考える人にとってよき先人のアドバイスになるんじゃないかな。

作品の最後。32歳の野村さんは、女子高生の頃の自分と心中で対話します。<大きな宝物を得た私は、少しは強くなれたんじゃないだろうか?>というポジティヴな一節が印象的でした。〝ヒールの高さ〟に象徴される価値観とは違うなにか、を手に入れた女性の飾らない言葉。野村さんの今作が多くのかたに読まれることを願っています!



 妊娠8ヶ月になり、何をどう着ても、どこから見ても「妊婦」になった頃に、ようやく心が追いついた。やっと家の中でなくても妊婦としてゆったり構えられるようになったのだった。優先席はありがたく優先的に座らせてもらうし、友達の「お大事に」という言葉や気遣いも、心の底から「ありがとう」と受け取れるようになった。この頃から顔も優しく変わってきたように思う。お腹の子供には外で生きていけるように十月十日が必要だけれど、私にも、お母さんになる心の準備をするために同じくらい時間が必要だったのだな、と思う。

ウィッチンケア第8号「32歳のラプソディ イン マタニティ」(P148〜P152)より引用
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野村佑香さん小誌バックナンバー掲載作品
今日もどこかの空の下」(第6号)/「物語のヒツヨウ」(第7号)
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2017/05/22

vol.8寄稿者&作品紹介23 久保憲司さん

旅も戦いも、まだ続いている...久保憲司さんの初小説集「スキゾマニア」(ウィッチンケア文庫 02/タバブックス刊)の主人公<僕>は、小誌今号への書き下ろし寄稿作でも健在です。タイトルになっている「いいね。」はフェイスブックでおなじみの、あのボタン。私はわりと気楽に押すタイプですが、ある知り合いは「オレの『いいね!』はコメントを残すよりも重い」と言ってたし...いいね! ってべつにいいからいいね! ってもんでもなくて考えようによっちゃ神経磨り減りますよね。読み逃しなのかスルーなのか判然とさせないままでの「『いいね!』」しない」って意思表示も当然あるだろうし。あとFacebookページ立ち上げ時の<〜の「いいね!」をリクエストしています>って案内は、日本語がこなれてない(いまはやりの「忖度」がたりない!?)と感じます!

<僕>は「いいね!」だけでなく、ツイッターやインスタグラムやユーチューブにも言いたいことをたくさん抱えている。ネット全般への八つ当たりを装い、ユーモアを交えて描かれていますが、本質は〝悲しみ〟なんじゃないかな。<ネットに残っているのはヘイトを撒き散らすレイシストどもと、毎日花と猫とラテアートを投稿する人畜無害なお花畑ちゃんだけだ>。そして、<ネットは社会の鏡だ。理想郷になるはずだったネットの世界は、結局現実そのままの姿を鏡に映し出している。社会の鏡は、現実の世界をより良く変えていくはずだったのに>...この一節は、作中でもひときわアツいです。古〜いたとえ話をすると、ジェファーソン・エアプレインがまわりまわって「シスコはロックシティ」でした(KBCバンドのオダやんでも可)、みたいな悲しみへの一撃。

物語はネットの話題から京都へ。土木作業と遺跡調査の逸話...私のような関東のヘタレにはひたすらつらい仕事に思えましたが、そういえば大西寿男さんも以前、考古学を題材にした作品を発表していて、関西は太田道灌以来の「東のほうの京」とは土の下の厚みが違う!?

作品の舞台は、さらに流れて沖縄へ。この地での<僕>には、ふだんあまり思い浮かばない言葉なんですが「落魄」...ある種のダンディズムを感じてしまいました。デレク・ジャーマンと太陽を並べた色彩感覚は、久保さんならではの鮮やかさ! ...あっ、そして久保さんの「スキゾマニア」収録作品「デモごっこ」は、いまnote版ウィッチンケア文庫で無料公開中。ぜひご一読(試し読み)ください。併せて、久保さんと長谷川町蔵さんの対談レポートも、同書や今号掲載作をより楽しむ一貫として、ぜひぜひ、ぜひ!!



 バンドをやっていた頃から、仕事にあぶれたら京都で遺跡掘りのバイトをやろうと思っていた。炎天下、汗をダラダラと流し、白いタオルで顔を拭きながら、労働っていいなとつぶやくのが夢だった……というのは嘘。遺跡掘りなら、細かい砂を落としたりする仕事なんか、きっとサボれるだろうと思ったからだ。そして、サボってボーッとしているうちに、きっと僕のなかの〈物語〉も転がり出すはずだと思っていた。
 当時のバンド仲間で、今は遺跡掘りの仕事を発注する側の人間になっているヨンに電話で聞いてみた。
「週二日くらいのバイトでも、やらせてくれるん?」
「うちは構わんよ、はじめっからそういう契約やったら、うちはいつでも人が欲しいから。当日、行かれへんわというのはあかんけど」
「ほんま、月、火とかでもいいの」
「いいよ」
「昔みたいにヒッピーのおっちゃんとかもバイトやったはんの、俺でもやれるかな」
「やれるよ。70のお爺ちゃんでもやってはる人がおるから」

ウィッチンケア第8号「いいね。」(P142〜P147)より引用
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久保憲司さん小誌バックナンバー掲載作品
僕と川崎さん」(第3号)/「川崎さんとカムジャタン」(第4号)/「デモごっこ」(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「スキゾマニア」(第6号)/「80 Eighties」(第7号)
※第3〜7号掲載作は「スキゾマニア」(タバブックス刊)として書籍化されました。
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2017/05/21

vol.8寄稿者&作品紹介22 美馬亜貴子さん

携帯電話の修理工房に勤め、故障したスマートフォンの内部データを救出したりするのが仕事の<俺>。その<俺>の一人語りで進む美馬亜貴子さんの今号寄稿作...客観的に考えると「なんてことしてるんですか!」なのですが、しかし物語は<俺>の理屈、<俺>の正義、で佳境へと向かう。「スマホでLINE」ってつまりこういうことなんだよな、と背筋がひんやりするような内容ですが、しかし<俺>がウォッチし、歪んだ肩入れをしてしまうベテラン俳優・仙波義宏は、とても魅力的な人物として描かれています。

私も性格的に独りよがり気味なので、<俺>の理屈の組み立てかたがわかる箇所、なくもなかったです。情報入手までのプロセスはともかく、義(公)憤を感じてのアクションだったんだろうな...いや、でもそれもモノローグとして記されていることなので真に受けていいのかわからないんだけれども...読んでいる最中にどんよりした重さを感じないのは、とにかく仙波さん(とマネージャー氏)が好人物なのと、よい意味で事実関係に謎が多い(読者はずっと<俺>視点でしか物事を知り得ない)からかもしれません。

作中に登場するLINEでのやりとりが人なつっこいのも印象的でした。昨今は電話どころかメールも「コミュニケーション手段として重い」と言われているとか。私はSNSのDMでもいまだに「こんにちは。お世話になっております。改行/用件/改行。どうぞよろしくお願い致します」みたいな風にしかデジコミュできないんですが、まあ、どんなツールを使っても人間性って出ちゃうもんですね。

作品終盤に客観的な目を持った人物が登場することで、物語は急展開します。衝撃の結末はぜひ、小誌を手にとってお確かめください! ...そして美馬さんには今年2月、長谷川町蔵さんと久保憲司さんのトークショーでの司会を務めていただいたこと、あらためて感謝致します!



 工房は青山にあるので、場所柄、芸能関係者の持ち込み依頼も多い。たいてい持って来るのは事務所の人なのだが、修理時に必要な委任状や写真フォルダに入った自撮りデータで持ち主がわかることがある。プライベートな情報を目にする業務なので、あのアイドルとあの俳優が付き合ってるとか、好感度タレントと言われているあの芸人が実はメンヘラ気味だとかいった秘密を知ってしまうこともしばしばだ。もちろん守秘義務があるため他言はしない。誰にだって表と裏の顔はあるし、ましてや先方はイメージを売る〝プロ〟だ。芸能人は、表では皆、唯一無二の個性を持った特別な人間のように振る舞うけれど、その実態は多くの人間が関わる〝チーム〟に近いものだということを、俺はこの仕事をするようになってから知った。

ウィッチンケア第8号「ダーティー・ハリー・シンドローム」(P138〜P143)より引用
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美馬亜貴子さん小誌バックナンバー掲載作品
ワカコさんの窓」(第5号)/「二十一世紀鋼鉄の女」(第6号)/「MとNの間」(第7号)
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2017/05/20

vol.8寄稿者&作品紹介21 長谷川町蔵さん

長谷川町蔵さんの今号掲載作「三月の水」は、町田が舞台の書き下ろし〜「あたしたちの未来はきっと」(ウィッチンケア文庫 01/タバブックス刊)を読んだかたなら、きっと「あっ、あの子じゃん!」と嬉しくなるような一篇です。タイトルはElis Regina & Tom Jobim - "Aguas de Março"に由来...作中には町田天満宮が登場しまして、ここは夏祭りなどにはちょいヤンキーな地元ッ子が車座で露天の食べものをむしゃむしゃしてたりするんですが、長谷川さんの手にかかると、なんとスタイリッシュな場所に生まれ変わってしまうことか! 「住みたい町ランキング」に好影響がありそうですw。

語り手の<ぼく>の、ちょっと異界に迷い込んでしまったようなモノローグで物語は進みます。じょじょに霧(謎?)が晴れていき、えっ!? という展開は「あたしたち〜」の読後感を彷彿とさせ...って、ネタバレなしで説明するのはとてもむずかしい作品。ぜひぜひ、本編でお楽しみください!

散りばめられた数々の固有名詞が、作品のトーンを節々で調律しているように感じました。そして東京という都市の構造を、登場人物の言葉に託して描いた箇所(<鉄道の要所の駅には、それぞれターミナル駅の縮小コピーみたいな郊外の盛り場がある>等)は、今年2月に開催された長谷川さんと山内マリコさんの対談に通じるものがあります。

長谷川さんは先日、「ミュージックブックカフェ」 に出演して「あたしたち〜」の話を(聴取可能)。また「文學界」2017年5月号には「故郷に帰って、ブルーになって」という、やはりご自身の初小説集にまつわるエッセイを寄稿されています。同書を編集担当させていただいた私としては、ますますこの作品が拡張して、いずれ映像作品になればいいのに、と願っています! あの9人の女子、誰が適役なんだろう、とか思い浮かべながら。



 外に出ると、まだ三月だというのにおそろしく寒い。Tシャツ1枚のぼくは震えあがってしまった。目の前にはトラックやバスがせわしなく行き交っている。さすが東京だ。しばらく大通りを進んでいくと、そこから斜め右に入った細い舗道の方がさらに賑わっている様子が伺えて、そこが公園通りの入り口だとわかった。
 日曜の夕方の公園通りは、人波に埋め尽くされていた。マニアックなブックストアやエスニック料理のファストフード、そして雑貨店のカラフルな看板が、身振り手振りで行き交う人々を誘っているみたいだった。雑踏をかき分け、しばらく歩くと、ぼくのガールフレンドが一番行きたがっていた「109」があった。そのすぐ横にはラグジュアリーなブランドを扱う東急百貨店もある。ここがあの渋谷の中心か。しばらくの間、ぼくは感動して立ち尽くしていた。

ウィッチンケア第8号「三月の水」(P128〜P135)より引用
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長谷川町蔵さん小誌バックナンバー掲載作品
ビッグマックの形をした、とびきり素敵なマクドナルド」(第4号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「プリンス・アンド・ノイズ」(第5号)/「サードウェイブ」(第6号)/「New You」(第7号)
※第5〜7号掲載作は「あたしたちの未来はきっと」(タバブックス刊)として書籍化!
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2017/05/19

vol.8寄稿者&作品紹介20 柳瀬博一さん

小誌第5号より国道16号線にまつわる作品をご寄稿くださっている柳瀬博一さん。今号では室町時代後期の武将・太田道灌を<国道16号線の中興の祖>として捉えた一篇です。太田道灌...私の教養レベルだと、高校の「日本史」教科書の欄外で<江戸城をつくった人>みたいに紹介されてたかなぁ、なんだけど、でも教科書でだったら坂本龍馬もたしか同程度の扱いだった記憶が。でっ、龍馬といえば福山雅治/玉木宏/江口洋介/内野聖陽(原田芳雄でも藤岡弘でも...金八先生でも)と誰がやっても「〜ぜよ!」みたいな〝国民的キャラ〟が思い浮かびますが、道灌は? 柳瀬さんも<いまひとつ知名度が低い。大河ドラマで主人公になってもよさそうだし、原哲夫さんが「花の慶次」的に漫画にしてくださってもよさそうである>と語っています。

...そうなんですよね。私が子どもの頃にはすでに司馬遼太郎の「竜馬がゆく」が大人気で(夢中で読んだ/「燃えよ剣」のほうがさらに熱かった)、いまに繋がるイメージがもう一人歩きし始めていましたが、しかし後年になって、じつはその〝国民的キャラ〟は若き司馬が歴史をオルタナティヴに解釈して挑戦的に創作したものらしい、と知ったり。再び寄稿作の一節を引用しますと、<誰か太田道灌を主人公とした漫画でも小説でも書いてくれ!>...ほんと、のちのち大河ドラマでスーパーヒーロー化したら、柳瀬さんこそが道灌ブームの仕掛け人!

作内には扇ガ谷上杉定正という、道灌よりさらに「...誰だっけ!?」な人名も登場しますが、NHK連続人形劇「新八犬伝」(の関東管領!!)や「シン・ゴジラ」と紐付けて解説されると、俄然、リアリティのある人物として浮かび上がってきました。扇ガ谷は庵野版ゴジラが上陸した鎌倉市の地名、道灌が暗殺されたのは伊勢原市...まさに国道16号線界隈の歴史。城作り/城攻めの名人・太田道灌のものであった<横浜市の小机城。東京都町田市の小山田城。埼玉県川越市の河越城。同じく埼玉県岩槻市の岩槻城>...いくつもの点が、16号という線で繋がっていく。

江戸=徳川ではなかったかもしれないアナザーストーリー。最近、「プリファブ・スプラウトの音楽」という、パディ・マクアルーンがプリンスやマイケルやマドンナと同じように語られた素敵な本が出ましたが、道灌&定正も龍馬&松陰/秀吉&信長/頼朝&清盛みたいに「名前だけでOK」の日が、くるのかもしれない!? ぜひぜひ小誌を手にり、楽しい想像力を膨らませてください!



 かくして、太田道灌は、海に面した鎌倉や横浜の六浦、小机、河越、岩槻と、国道16号線でぐるっと回ることができるポイントを押さえ、中枢の江戸城を設け、いまの「東京の都市のかたち」を目に見えるようにした。
 ちなみにこの道灌がつくった「東京の都市のかたち」をその後の関東制圧に利用しようと考えて行動したのが、北条早雲を筆頭とする後北条家であり、一度は捨てられて草ぼうぼうだった江戸城に目をつけて、リノベーションして江戸という街をつくり、同心円状に関東をつくりなおしたのが徳川家康である。

ウィッチンケア第8号「国道16号線をつくったのは、太田道灌である。」(P122〜P127)より引用
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柳瀬博一さん小誌バックナンバー掲載作品
16号線は日本人である。序論 」(第5号)/<ぼくの「がっこう」小網代の谷>(第6号)/「国道16号線は漫画である。『SEX』と『ヨコハマ買い出し紀行』と米軍と縄文と」(第7号)
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2017/05/18

vol.8寄稿者&作品紹介19 西牟田靖さん

今年2月に「わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち」を上梓した西牟田靖さん。<年間20万組超が離婚する現代――。ある日、子どもたちと会えなくなってしまった父親が急増している。彼らはなぜ子どもに会えなくなったのか? 男たちが歩むそれぞれの人生を、自身も当事者であるライターが描く。>と版元(PHPエディターズ・グループ)のHPでは紹介されています。3月には文禄堂高円寺店で西牟田さんと枡野浩一さんのトークイベントも開催(伺いたかったのですが、ちょうど小誌今号の編集作業が大詰めで、残念)。私は「本と雑談ラジオ」愛聴者で、同書が紹介された回(第29回/「読んで具合悪くなった」by 枡野さん)も聞いてたのにな...。

西牟田さんの今号寄稿作は「わが子に〜」から派生した作品(小説版)、と言える内容です。同書のためにさまざまな男性を取材した西牟田さん。そのすべてを本に掲載できたわけではなく、でも、いまだに心に引っ掛かっている逸話を発表するとしたら...本作が寓話のスタイルをとっていることの意味を、ぜひ感じ取ってくださればと思います。

主人公・北風男の台詞<男は仕事、女は家を守る。夫婦の役割分担はちゃんと出来てたし円満だったんだ>。そして、その妻が実父から言われる<家を守るんがおめえの仕事ったい>という台詞。最近は「男は〜」「女は〜」ってもの言いに、センシティヴな時代になったと思いますが、ここでの「役割」とか「仕事」とかいう規範(?)からこぼれ落ちているものが原因となって、物語は波風立ちます。夫を嫌いになったわけではないが、妻には妻の〝病む理由〟があった...。

作品後半に登場するアマゾネス村、そして桜山。深く踏み入っての描写はありませんが、なんとも不気味なコミュニティです。<聞こえさえすれば、北風妻にはそう聞こえるはずの声>が、なぜ届かないのかな? 私には<わが子>がいませんが、西牟田さんの問題提起の肝は、じつはこのへんにあるんじゃないかと思いました。本作を先に読んだかたは、「わが子に〜」、そして「サイゾーウーマン」掲載の西牟田さんインタビューも、併せてぜひ、ぜひ、ご一読ください!



 北風妻は娘を連れて、近くにある火の国山のそばに引っ越しをしました。二人を受け入れたのは、女ばかりが住んでいるアマゾネスという名の村でした。この村は、子どもを連れて逃げ出した母親と連れられてきた子どもたちを積極的に受け入れることで有名でした。この村は逃げようとする母親にしか見えない、秘密の場所にありました。実際に暴力を振るわれたり、振るわれたと主張する女性たちが逃げ込んだりする一方、単なる夫婦ゲンカで飛び出した女性に対して、村の女性たちは「あなたは暴力を振るわれたのよ。そうに違いないわ」と決めつけたり、「あなたの旦那さんは暴力夫よ」と毎日言って聞かせたりします。それは子どもたちにも同様で、「お父さんは悪い人ね」と毎日毎日言い聞かせました。

ウィッチンケア第8号「北風男」(P116〜P120)より引用
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西牟田靖さん小誌バックナンバー掲載作品
「報い」>(第6号)/「30年後の謝罪」(第7号)
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2017/05/17

vol.8寄稿者&作品紹介18 小川たまかさん

小川たまかさんの今号寄稿作のタイトルにある「強姦用クローン」とは...作内の最初のほうにある説明箇所を引用してみましょう。<身内を強姦された研究者が作り出したクローンで、性加害傾向を持つ人の前に現れる。加害者はそのクローンを見ると襲わずにはいられない>。それで、この一節を読んで、あなたはどんなビジュアルのクローンを思い浮かべましたか? えっ、私ですか? ...もし真っ新な状態でこの一文に出くわしたら、たとえばキューティハニーのような...ですかね。

Yahoo! で小川さんの記事に接する機会が増えました。現在(2017年5月中旬)70弱の記事が閲覧可能ですが、性犯罪に関するものが多くあります。ライターである自身の重要なテーマとして、小川さんはこの問題に取り組んでいる──そう私は認識しています。杓子定規に語れないテーマなので、ときにはコメント欄が荒れたり、議論があさっての方向に暴走したり。

昨年の冬、小川さんと原稿の打ち合わせ。Yahoo! の反響やSNSの話もして、「伝えようとして言葉を重ねてもなかなかむずかしい」みたいなこと...併せて、「記事(ノンフィクション/ジャーナリズム)のスタイルで伝わらないことが、たとえば物語(フィクション/小説)のスタイルだとわかってもらえる(伝える、とか理解される、とかと微妙に違う?)ことがあるかもしれない」みたいなことを話し合いました。じつは、すぐ近くの席で吉本ばななさんと松田青子さんが対談している(偶然)、というひじょうに気が散っちゃう状況だったのですが〜(泣笑)。

今回の寄稿作は、そのときの話を踏まえて小川さんが書き上げたもの──そう私は認識しています。最初のテキストを拝読した段階で、私なりの意見も申しました。そのときに痛感したのは、私におけるところの高度な〝既成概念浸食され度〟とか、あとは、なんだな、表現のスタイルは千差万別だよな、みたいなことも、あらためて(個人的には今作を通じていくつもの気づきがありました)。いまは発行人として、さまざまな立場の人に本作を読んでもらいたいと願っています。どうぞよろしくお願い致します!



 これまでクローンに性的加害行為を行った者は、相手がクローンだったとは気づいていない。その時点で、人間に対する加害行為を行ったと同じではないのか。確かに被害者はいない。しかし加害的精神だけではなく加害行為もそこに確かに存在したのだ。それが見過ごされていいのだろうか? 「強姦用」クローンを「強姦用」クローンと知らずに「強姦」した者は、人間にも性的加害行為をする可能性があることは言わずもがなであるばかりか、加害行為を行ったその個人において既遂と変わらないのではないか? だってクローンだと気づいていなかったのだから。

ウィッチンケア第8号「強姦用クローンの話」(P110〜P115)より引用
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小川たまかさん小誌バックナンバー掲載作品
シモキタウサギ」(第4号)/「三軒茶屋 10 years after」(第5号)/「南の島のカップル」(第6号)/「夜明けに見る星、その行方」(第7号)
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vol.8寄稿者&作品紹介17 大西寿男さん

小誌の校正と組版も手がけてくださっている大西寿男さん。昨年はあの石原さとみ選手主演のテレビドラマ「地味にスゴイ! 校閲ガール」が人気でしたが、大西さん、「けっこう楽しんで見ました(笑)」と、やさしい眼差し&懐が深い! あんなやついねーよ、と言っちゃったらおもしろくもなんともない/はい、私もコンプリートしました(「逃げ恥」とセットで慌ただしい秋の夜長だったなぁ)...でっ、「校閲ガール」を見て自分が2004年にノベライズを担当した「ウォーターボーイズ2」というドラマのヒロインが同選手だったことを唐突に思い出したりもして、えっ!? あの頃はまさか後にこんな怪/快優さんになるなんて、とびっくり!!

さて、寄稿者・大西さんの今作は、去年暮れに文芸誌『革』26号にて発表した「太一のマダン」の続編です。舞台は昭和40年代の神戸〜ちゃぶ台にどかっと座ったおとうさんが瓶ビールの栓を抜いて喉を潤すような時代の話。小学校二年生の太一は学級委員に選ばれましたが、教室では<ゆうべテレビで見た『タイガーマスク』がどれだけすごかったか、地上最強の悪役〝赤き死の仮面〟登場の衝撃を実演つきで騒いで>しまうような、昭和な言いかたをすると、腕白な男の子。

副委員長に選ばれた岩崎悦子がいいんです! 太一は淡い恋心を持っている...というか、小学生の頃はたいがい男子より女子のほうが大人びていてクール、っていうか、これも昭和チックに言うと、おしゃまさんとかおませさんとか、その感じがさり気なく、でも細やかに描かれています。男子は、社会人になってすぐの同窓会に出席する動機の半分くらいは、岩崎悦子みたいな女子の〝その後〟を目視確認したいから、ではないかな(※個人の感想であり同意を促すものではありません)。2人が湊先生に怒られて廊下に立たされるシーンは、まるでデートのようにドキドキさせられました。<悦子は涼しい顔で、真っ直ぐ前を向いて立っている>...いいなあ。

冒頭と最後に出てくる神社。太一にとっては大事な場所のようで、本篇だけを読むとちょっと謎も残ります。そこは、ぜひ大西さんに続編を書いてもらって...もしこの物語が青春大河として膨らんだら、きっと岩崎悦子は太一にとってのFemme fatale、なんだろうな。ぜひぜひ、平成の時代までの2人の成長を語ってください!



 そんなわけで、岩崎悦子は二年三組四十三人の中で、かなり浮いた存在だった。去年、小学校入学のさいに東京から引越してきたこと、家が庭つきの一戸建てで、お父さんが銀行勤めのサラリーマンであること、お母さんが自宅でピアノ教室を開いていることも相まって、アパートや長屋の子どもたちが通う真しん栄えい小学校にあって、くっきりと異彩を放っていた。
 悦子が女の子の仲よしグループの会話に入ろうとして、ろこつにイヤな顔をされたり、休み時間にぽつんと席で本を読んだりしている姿を見かけるたび、なぜか太一の胸はキュンと音を立てるのだった。

ウィッチンケア第8号「朝(あした)には紅顔ありて──太一のマダン」(P104〜P109)より引用
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大西寿男さん小誌バックナンバー掲載作品
<「冬の兵士」の肉声を読む>(第2号)/「棟梁のこころ──日本で木造住宅を建てる、ということ」(第3号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「わたしの考古学 season 1:イノセント・サークル」(第4号)/「before ──冷麺屋の夜」(第6号)/「長柄橋の奇跡」(第7号)
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2017/05/16

vol.8寄稿者&作品紹介16 多田洋一(発行人)

今回書いたもののなかでキー打ちつつホントに泣きそうになったのは<年改まって渋谷のHMVが閉店して>あたりでした。いや特別HMVに思い入れがあるわけではないんですがONE-OH-NINE地下の頃から定期的にチェック(←だけのはずがけっこう高いの掴まされるし/CD1枚4000円前後...)していたんでその後センター街に移ってさらにあちこちにHMV○○(店舗)ができたんだけどじつはどこも同じような品揃えで、でっ、渋谷の井の頭通り側からのエントランス付近はハマサキ某とかオオツカ某とか(←違うかも/よく知らない...)の宣材がどでかく飾られるようになって「あの、貴店はそういうのから目をそむけたい人向けの店では」と言ってやりたい気分になりじょじょに足が遠のいてそれでも渋谷を通ればなるべく覗いていたんだけど最後はがらんとしたフロア(私の好みの音楽は上の階に追いやられていた)でアイフォーンでアマゾンとの価格比較していたような(すいません)。それで、ほどなく閉店のニュース。

最近、本屋さんが閉店するニュースをよく聞くようになり心配です。書物とレコードじゃ歴史の厚み(や裾野)が違うので同じだとは思いませんが、しかし音楽好きが1990〜2010年頃に経験した状況となんだか似てる。ウィッチンケアは2010年創刊でありがたいことに第1号は直取引と「地方・小出版流通センター」を介してで都内の大型書店にも置いてもらえたのですが(10店舗ほど)、そのうちの6店舗がすでになく、来月には新たにもう1店舗が、また。

作内に<アップル&アマゾン。/世紀が改まった頃から、このふたつが僕の生活を最適化してくれている。>と語る人間を登場させました。不肖私、ネット歴20年。「いまはこれ」ってものがずいぶん移り変わったような気がします(「神戸連続児童殺傷事件」はまだ2ちゃんもなく「あやしいわーるど」でリアルタイムに読んでた)。いやまあもちろん全体的には進化底上げされているんだろうしそれでいくしかないんでしょうが。

そもそも〝最適化〟って言葉が怪しい。そして言葉そのものよりもまずそんな比較的最近一般的にも使われるようなってきた概念(?)に自身の生活をすっぽり納められちゃうそんなに若いとも思えない人間って...あっ、自分で「書き切った」ものに上書きでツッコむ虚しさ。どうぞみなさま、小誌を手にとって拙作を読み、忌憚ない感想をお聞かせください!



 店を出て女の背中を送り、一人で駅前の繁華街を歩いた。発光ダイオードが冷たく煌めいている。この季節になると、いまでもふと飯島愛のことを思い出したりする。
 NHKのニュースで唐突に顔写真が映って、驚きはした。でも、なぜとは全然思わなくて、伝えられている内容を存外すんなり受け止めていた記憶が残っている。賢いから先の世界がうんざりでフォールアウトしちゃったのかな……しばらくテレビを眺めていると指し棒を手にした半井小絵が天気予報を始めた。映像を消して近くに食事に出ると、セルリアンタワー周辺までごった返していた。

ウィッチンケア第8号「いくつかの嫌なこと」(P094〜P100)より引用
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多田洋一(発行人)小誌バックナンバー掲載作品
チャイムは誰が」(第1号)/「まぶちさん」(第2号)/「きれいごとで語るのは」(第3号)/「危険な水面」(第4号)/「萌とピリオド」(第5号)/「幻アルバム」(第6号)/「午後四時の過ごしかた」(第7号)
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2017/05/15

vol.8寄稿者&作品紹介15 松井祐輔さん

きっと、昨年11月に出た話題本「まだまだ知らない 夢の本屋ガイド」(朝日出版社)を読んだかたはスンナリと楽しめたかと思いますが、松井祐輔さんの寄稿作「出版流通史(編集中)」...このタイトルからは計り知れない物語でして、あっ、でもそれは作者の意図するところでして、本作をネタバレしないで紹介するのは、至難のワザかも。もう発表からしばらく経っているので、多少は踏み込んで大丈夫かな!? との判断でいってみます。

冒頭、とくに説明もなく「大洋舎」という本屋の店主・竹井明文さんへのインタビューが始まります。途中で「!?」な箇所がいくつも出てきますが、とにかく「読んでいけばわかるかな」と先に進むと待ち受けているのが、<2056年現在、出版産業の市場規模は3兆円と言われる。ただ、そこに含まれる「紙の本」の売り上げは500億円ほど>という一節。えっ? 竹井さんがいるのはいまから30年後!? じゃ、ここで語られている出版業界(とくに書店側からの本の流通)の話って...。

松井さんは出版取次会社に勤務後、2013年に独立して翌年インタビュー誌「HAB」を創刊。現在は出版活動だけでなく台東区蔵前で「H.A.Bookstore」を運営。また「シゴトヒト文庫」「これからの本屋」「草獅子」など、出版物の卸売(取次)も担っています。そんな松井さんだからこそ書ける〝出版流通史〟なのでありまして...松井さんと私は昨年昨年5月、港区赤坂にある選書専門店「双子のライオン堂」の店主・竹田信弥さんのご縁で知り合いました(感謝!)。寄稿依頼したのはもちろんご専門の話をもっと、との気持ちもですが、入手した「HAB(本と流通)」の奥付に添えられた一文に、ぐっときてしまったからでもありました。

本作は三章構成で、後段になるとさらに時代が進みます。じつは第二章、<どうやらこれが僕の新IDになるらしい>と語る、ちょっと愚痴っぽい<僕>が誰なのか、最初私は読み取れずに恥ずかしい思いをしました(頭固ぇな、オレ)。そして「H.A.Bookstore」では小誌をお取り扱いいただいておりますが、同店で入手すると、ちょっとした特典も、とのこと! みなさま、ぜひぜひよろしくお願い致します。



 ──出版流通の場合は、アマゾンが大手書店チェーンと取次を買収しました。それから書店ごとに在庫強化ジャンルを作ったんです。どこも同じラインナップだと、倉庫としてニッチな商品が調達できませんから。A店は法律書、B店は生物学というふうに。売れ筋のメイン商品はそのままだったので、むしろ「本屋の多様性が増した」なんて好意的な記事や意見も出ました。でも私からすると、あれはつまらなかったですね。たとえ同じジャンル、商品数でも「倉庫用の棚」と「販売用の棚」は明確に違いますから。ただ、それも古い考え方だったのかもしれません。結果的には、両立モデルを採用していた大型店舗や倉庫はほとんどが撤退するか、買収されてしまいました。

ウィッチンケア第8号「出版流通史(編集中)」(P088〜P093)より引用
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2017/05/14

vol.8寄稿者&作品紹介14 木村重樹さん

木村重樹さんは今号への寄稿作で、ご自身の専門分野(=<サブカルチャーが具体的な仕事対象>)の込み入った現状を、体験的視座で交通整理することに挑んだのではないか...私はそう思いました。なんだか、読む側の年齢や生活スタイルによって全然解釈が違ってきそうなので、ほんと、いろんな人の感想を聞いてみたいのですが、私としては「ですよね!」と肯くこと、何度もあり。とくにサブカルチャーがサブカルと呼ばれるようになってオタとか萌えとかモテとかと絡めて語られるようになったあたりからもうわけわかりません、って感じでしたから。

短くもない来し方を振り返ってみて、さて何時頃から身の回りに「サブカル」という呼称が出没し始めたんだろう? 90年代に入ってから、のような記憶...でっ、それはかっこいいものとしてそう名付けられていたのか、それともキモいものとして? それより前の時代、たとえば「カーペンターズよりT・レックス」「藤村美樹より竹田かほり」「サザンオールスターズよりP-MODEL」「リチャード・ギアよりジャン=ユーグ・アングラード」「久保田利伸より江戸アケミ」(←いずれも雑な比較)...このくらいまでの時代は、まあ「サブカルチャー」という言葉はあった気もするけど、でも括弧内の前より後の固有名詞に反応する人を「サブカル」呼ばわり、はしていなかったような(すいません、不勉強で)。

<かのインターネット百科事典に、いつのまにか自分の項目ができていた>との一節があり、はい、私も拝読致しました。ご本人が<大きな事実誤認はなさそう>と記しているので、それでの印象ですが、木村さんは本作内でいくと<モテそうな/オシャレなサブカル>の範疇なんだなぁ、と(それは自身の出発点として<「洋楽や洋画、海外文学などの舶来文化とその派生体の中で、マニアックでとんがった領域」、ひいてはそれらに関連するアートやファッション、思想>と書いていることでも)。...すいません、不勉強で。

いずれにしても木村さんのお考えになるサブカル(チャー)について、もっとお話を伺ってみたいです。できれば半袖の季節のうちに、どこかで茶話会みたいなイベントでもできれば、楽しそう。そして私は古いトートバッグに穴があいちゃつたんでイチジクの葉のNERVワッペン貼って使ってますが、それってサブカル?



 ただし(サブカルチャーが具体的な仕事対象だった自分としては)「サブカルでモテモテ」みたいな実感は微塵もなければ、かたやその一方で「オタクとサブカルの鍔つば迫ぜりあい」みたいな事態ともほとんど無関係だったこともたしか。例えばロマン優光は自著の中で、かつて(90年代初頭)〝サブカル〟なる言葉を最初に意識しだした頃、それは「ミーハー的に情報の表層だけをすくっているだけの底の浅いくせに変にスノッブな態度の人、それを使って一目置かれたいだけで実際は大して知識があるわけではないような対象に愛情がない不快な人物」のことを指し示す侮蔑的な言葉だった、と述懐している[*3]。つまり、そこでの〝サブカル〟には侮蔑的なニュアンスが多分に含まれ、どちらかというと『モテキ』や『ボサノヴァ女』に近いイメージだ。

ウィッチンケア第8号<瀕死のサブカルチャー、あるいは「モテとおじさんとサブカル」>(P082〜P087)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

木村重樹さん小誌バックナンバー掲載作品
私が通り過ぎていった〝お店〟たち」(第2号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「更新期の〝オルタナ〟」(第3号)/『マジカル・プリンテッド・マター 、あるいは、70年代から覗く 「未来のミュージアム」』(第4号)/『ピーター・ガブリエルの「雑誌みたいなアルバム」4枚:雑感』(第5号)/「40年後の〝家出娘たち〟」(第6号)/「映画の中の〝ここではないどこか〟[悪場所篇]」(第7号)

2017/05/13

vol.8寄稿者&作品紹介13 武田徹さん

武田徹さんの今号寄稿作は、今年1月に上梓された「日本語とジャーナリズム」の冒頭に登場する荒木亨先生(大学博士課程時代の指導教官)との、〝もうひとつの逸話〟ともいえるテーマを扱っています。私は今年1月に荻窪の書店「Title」でおこなわれた武田さんと柳瀬博一さんの対談に伺いましたが、その際にも荒木先生にまつわる話は少なくなく語られていました。今作には<筆者は先生から影響を強く受けたが、師弟関係は喧嘩別れという不幸な結果に終わった>という、読者が一瞬ひやりとさせられる一節もあるのですが、しかし読み進めるに従い、武田さんが師の教えを尊敬の念で受け継ぎ、時を経てご自身の課題として展開していることが伝わってきます。

荒木先生の仕事のひとつに日本語のリズム論があり、著書によると<日本語の音節は等時的拍音形式、つまりどの音節もほぼ同じ長さで使われる>...私は今回、武田さんの文章を読みながら声を出したり(歌ったり)、デスクを指先で叩いたり。目で文字を追っているだけではピンとこないことが、耳や皮膚も経由させると「なるほど!」と腑に落ちるのです。なんか、ストレッチのやりかたを書いた文を読んで実際に身体を動かしたら「おー、たしかにこれは効く」、みたいな体験をしました。

作品半ば以降は、荒木先生の日本語リズム論を踏まえたうえで、たとえば宇多田ヒカル「Automatic」などを事例として、「歌の日本語」が考察されています。武田さんは宇多田のデビュー時、<冒頭の「七回目のベルで」は〈休ナ・ナ・カイ・メノ/休べ・ル・デ……〉と分節されるように感じられ>て、<従来とは異なる日本語の使い方が登場した>とエッセーで指摘したこともあった、と。...部分的な引用ではうまく説明できませんのでぜひみなさま、小誌を手にとって、目以外も動かしながら本作を読んでみてください!

終盤では「歌の日本語」に対する、ジャーナリスティックな考察へと拡がっています。これまでの小誌掲載作でも「詩」の言葉(日本語)について、注意深く読み解いてくださっている、武田さんらしい視点、そして示唆に富む指摘。音楽好きな私も、ときどき<「歌」が作り上げる共同性>については「おや!?」と感じた記憶もあるので...うまく表現できませんが「それに持っていかれちゃわない」心構えもどこかに有して、「歌の日本語」に接したいと思いました。



 たとえば本誌前号で取り上げた「日本語のロック論争」の担い手の一人・松本隆は「愛餓を」という日本語をテーマにした戯歌の歌詞を書いているが、大滝詠一に歌われた時それは〈アイ・ウエ・オ休/カキ・クケ・ココ・ココ/サシ・スス・セソソ〉と二拍子の5・7調になって、荒木説に従っている。このように70年代の日本語のロックは荒木説で説明できる日本語のリズムの支配を受けていたが、90年代になるとメロディー優先で日本語のリズムを裏切る歌を許容するように変わったのだろうと筆者は考えた。
 だが、その仮説はあっけなく覆される。宇多田ヒカルのデビューと前後して刊行された佐藤良明『J-POP進化論』には〈休マ/ケエ・テ・クヤ・シイ〉で始まる「花一匁目」のように休符から始まる歌が日本には古くからあることが示されていた。

ウィッチンケア第8号「宇多田ヒカルと日本語リズム」(P076〜P081)より引用
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武田徹さん小誌バックナンバー掲載作品
終わりから始まりまで。」(第2号)/「お茶ノ水と前衛」(第3号)/「木蓮の花」(第4号)/「カメラ人類の誕生」(第5号)/<『末期の眼』から生まれる言葉>(第6号)/<「寄る辺なさ」の確認>(第7号)
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2017/05/12

vol.8寄稿者&作品紹介12 水谷慎吾さん

今号掲載作で、ご自身のことを<グラフィックデザインを稼業とする個人事業主>と語っている水谷慎吾さんは、2007年よりフリーランスでの活動を開始。現在はCDジャケット制作など音楽分野、またFC町田ゼルビア(Jリーグ)のグラフィックアドバイザーとしてシーズンスローガンロゴやグッズを手がけたり、最近はマンダム<GATSBY>シリーズ・ヘアカラー商品パッケージのデジタルイラスト、TBSラジオの新番組[興味R]のロゴデザインも制作。さらにDJチーム・HABANERO POSSEにグラフィック担当として参加...と、まさに八面六臂の活躍です。

そんな水谷さんとは、町田経済新聞編集長・宮本隆介さんとのご縁で知り合いました。小誌は創刊〜第4号まで世田谷区代沢で発行していましたが、第5号以降は私が町田市(実家)に戻りまして...その後いろいろな偶然も重なり、ご寄稿依頼することに。ちょっとおもしろかったのは、水谷さんの個人事務所が目黒区某所でして、そこは区名だとアレなんですが、私の代沢時代の住所起点だと「あ〜、淡島通り渡ってちょっと先の」くらいの、よく歩いていた場所...もしかすると、何度かすれ違っていたかも!?

作品内で<私にとって少し特別な存在>(=表題の「ミューズ」)と紹介されている、仮谷せいらさん。水谷さんの行動力には遠く及びませんが、私にとってもけっこう思い入れのある歌手なのです(いま自分のFacebookを遡ってみたら2013年4月29日に<tofubeatsの「 lost decade」がいい!>とはしゃいでまして、仮谷さんの「N.M.D. / おとなになるまえに 〜2012 live at club jungle OSAKA」にリンク貼ったりもしてる...)。同アルバムのM-2「SO WHAT!?」は、なんの予備知識もなく聞いてヴォーカルに心貫かれた、ほんとうに好きな曲。当時ちょっと体調も崩していたんで、なんか、21世紀の「守ってあげたい」(松任谷由実)的な聞きかたしてたかも。

仮谷さんと水谷さんの出会い、そしてその後の素敵な創作...ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思います。作内ではシャネルとイネス、アンディ・ウォーホルとイーディについて(遠慮がちに)触れられてますが、運命的なことって、誰にでも起こりますよね...そう思って生きてたほうが楽しいし、それに気づけるような人間でありたい〜!



(前略〜)とあるライブの動画で、ゲストで登場してきたのが仮谷せいらだった。
 歌声に驚いた。「音源よりもすごく強い声がこの人は出るんだなぁ」と思っていたところ、春から東京に拠点を移したようで、私の事務所の近所でのライブを告知し始めた。「これは一度見ておこう」とすぐさまチケットを取って、仕事を中抜けして見に行った。
 ライブから事務所に戻り、気づいたら自分の略歴と作品を添えて、「今どなたか担当がいらっしゃるのなら、なにか一緒に仕事ができないか」という旨の営業メールを送っていた。それから程なくマネージャー氏と会い、一緒に仕事をし始めることになる。
 普段自分から積極的に営業をするタイプではないし、それまでヒップホップのアーティストなど、ゴリッとした同年代の男性を担当することが多かったので、一回り以上年下の、当時二十一歳の女性にアプローチするとは、いまになっても随分思い切ったことをした、と赤面する〝事案〟である。

ウィッチンケア第8号「小さなミューズは突然に」(P072〜P075)より引用
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2017/05/11

vol.8寄稿者&作品紹介11 円堂都司昭さん

前号では『オペラ座の怪人』について寄稿してくださった円堂都司昭さん。今回は『ノートルダムの鐘』(個人的な劇団四季版のミュージカル観劇が起点)についての考察です。同劇団はこれまでに『オペラ座の怪人』『美女と野獣』も上演しており、円堂さんはこれら<異形の男と美女の恋を描いたミュージカル>の共通/相違点も丁寧に検証しながら、現代における『ノートルダムの鐘』という作品の意味を読み解いていきます。

私にとっては『Rockin'on』関連でのご執筆(←同誌でも辺境扱い? されていたプログレにもしっかり詳しい...)がとくに印象深いのですが、前々回寄稿作で語られてもいるように、自身のキャリアの始まりは業界誌記者、そしてゼロ年代以降は文芸や社会評論へと活躍の場を拡げていらっしゃいまして、そんな円堂さんの書くミュージカルレビューは、視野が広い! たとえば作品中盤、四季版『ノートルダムの鐘』の舞台セットでの壁について説明し、すぐに<アメリカのトランプ大統領は、選挙戦の最中から、メキシコからの移民をせき止めるため国境に壁を建設すると公言し>と展開していくのですが、ぜひ劇団四季ファンの皆様にも本作が届けば、と願います。

...個人的にも、ある人間や事象を内と外/上と下で線引くこと(壁を顕在化させること)はあまり好きではないので、円堂さんが『ノートルダムの鐘』に託して語っている、昨今の社会情勢への懸念もぐっとくるものでした。内外上下は、まずそれを明言する側の価値観が顕在化してるんだよな〜(もちろん通念、みたいなものはぼんやりとあるんだけど)。ちょっと前に「首相のランチのカツカレーが高い!」ってメディアが煽って...では真に受けてマジで怒った人は、ランチをいくらで線引きするのか(じつは報じる側の人もけっこう同じようなカツカレーを...)? あっ、話がずれていく。

そして前回も似たことを書きましたが、今回もまた円堂さんの舞台劇等に対する総合的(豊饒)な楽しみかたを羨ましく思いました。ピンク・フロイド(やイエス)をシンガー・ソング・ライターの延長線上(で複雑怪奇に変型)としか捉えられない自分には聞こえない(見えない)ものを、きっと円堂さんはツアーのステージで受け止めていたんだろうな、と。



 アメリカのトランプ大統領は、選挙戦の最中から、メキシコからの移民をせき止めるため国境に壁を建設すると公言し、就任後はテロ犯の侵入阻止を掲げイスラム圏からの入国を制限する大統領令を発して騒動になった。自分たちのいる場所から異分子を排除しようとする保守的な態度と、人間の多様性を受け入れようとする寛容な態度の相克は、古くて新しい問題だ。『ノートルダム・ド・パリ』が『ノートルダムの鐘』へと脚色され、今も物語が生き残っているのは、異分子を排除するか包容するかというテーマが、現代的であり続けているからでもあるだろう。舞台上の壁は人を隔てる一方、扉を開けて受け入れもするのであり、排除と包容の両面を象徴している。

ウィッチンケア第8号<『ノートルダムの鐘』の壁>(P066〜P070)より引用
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円堂都司昭さん小誌バックナンバー掲載作品
『漂流教室』の未来と過去>(第6号)/<『オペラ座の怪人』の仮面舞踏会>(第7号)
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2017/05/10

vol.8寄稿者&作品紹介10 かとうちあきさん

前作は帽子をかぶる話でしたが、今回はパンツを脱いだ話!! 「間男ですから」と題された小誌第8号掲載作は、かつて某元アイドルがバッシングされた状況のような、修羅場を描いた小説。主人公の「わたし」は<マンガみたいな出来事>と、泰然としていますが...。野宿界のポップアイコン・かとうちあきさんの作品は、号を重ねるごとに過激になってきていまして、いわば活火山状態!? このまま一気に突っ走って、ぜひかとうさんワールドの集大成的作品をと期待してしまうのでした。

一貫して「わたし」の視点で描かれているため、鉢合わせした2人の男の言動はいずれも、たしかにコミカルではあります。その最中に踏み込まれた田中さん、<「やっぱり、怪しいと思ってたんだ」>と、動かぬ証拠(動いていたと思いますが...)を目撃した中田さん。田中さんと中田さんはともだちで、その2人とそうゆう関係になっている「わたし」...当事者じゃん! なのになぜか「わたし」はとても冷静に2人を観察し、自分の気持ちを語り続ける、という〝そもそもなんか間違ってる〟お話でして、<三人ともわけがわからなくなっていて可笑しいのだけれど、とりあえずわたし、ここでにやにやしちゃだめってことだけはわかる>...(脱力)。

とはいえ、身勝手な「わたし」の語りには男女のドロ沼/ベタな恋愛劇的ウェットさは微塵もなく、むしろコミュニケーションにおける微妙な心理描写が印象に残りました。平時に鬱積していた人間関係上のズレが、有事になって爆発した、とでもいいますか。...繰り返しますが、主人公たる「わたし」は当事者なんです。なのにこの他人事感、あんまりでおもしろすぎる。

仲違いしてしまった田中さんと中田さんは、日を置いて一度お酒でも飲みにいったらいいのでは。そこでおたがいの「わたし」感について率直に語り合い...決して意気投合して「あの女、許さない」みたいなことにはならないと思うなぁ。っていうか「わたし」、パンツをはいて一晩熟睡したら、もう2人のことを忘れてどこかへいってしまいそうで、凄すぎ。



 しかしなぜだろう。数週間後、田中さんが思い詰めた顔をしてうちにやってきた時には、もういいや、ここはとことんやっちまえ、どんとこい。という気持ちになった。それで二度目の事に及んでいると、がたんと窓のほうから音がしたのだ。わたしの部屋はぼろアパートの一階にあり、カギをどこかに忘れた時なんかに便利だし開けるのにちょっとしたコツもいるので、立て付けの悪い窓にカギをかけていない。そのことを知っているのは中田さんしかいないはずで、そういえば「今夜ひま?」ってメールに返事もしていなかった。
 わたしは田中さんをはねのけ、胸までたくしあげていたワンピースを下し、急いで窓のほうへ向かう。状況のわからない田中さんは、憐れ、ズボンもパンツも脱いだ状態のまま、とっさにちゃぶ台に置いてあったアルミ製の丸いおぼんで股間を隠している。とても間抜けだ。まるでコントのワンシーンのよう。

ウィッチンケア第8号「間男ですから」(P060〜P065)より引用
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かとうちあきさん小誌バックナンバー掲載作品
台所まわりのこと」(第3号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「コンロ」(第4号)/「カエル爆弾」(第5号)/<のようなものの実践所「お店のようなもの」>(第6号)/「似合うとか似合わないとかじゃないんです、わたしが帽子をかぶるのは」(第7号)
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2017/05/09

vol.8寄稿者&作品紹介09 武田砂鉄さん

武田砂鉄さんの今号への寄稿作は、再びクリーク・ホールディングスの漆原良彦さんへのインタビュー。表題には「2」とか「続」とかいった言葉もなく、前号とまったく同じ「クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー」でして、個人的には大好きなピーター・ガブリエルが1st〜4thまで「peter gabriel」としか表記しないアルバムをリリースしたような〝スタイリッシュな不親切さ〟にぐっときました(どんな曲を演ってもオレはオレ、みたいな唯我独尊さがこの創業オーナーのキャラと似てるのかも!?)。

<真剣に読めば読むほど謎が深まる箇所、多々あり>...これは私の前号掲載作を紹介した文での一節ですが、さて今作、謎はますます増え、しかもあいかわらず全然解決の糸口すらつかめない、っていうか糸をぷちぷち切られていくような読後感。それでも漆原さんのもの言いは、より開かれてきている印象もあります。自身のビジネス哲学をもとに、トランプ政権へも言及したり。ついさきほどエマニュエル・マクロン大統領が誕生したようですが、ぜひ漆原さんに、EU情勢の今後についてもご意見伺ってみたいところです。

そもそも漆原さん率いるクリーク・ホールディングスは、いかなる事業を展開中なのか? <筆者>と名乗るインタビュアーはCEOとの付き合いの長さ、忘れがたいエピソードなどは語ってくれるのですが、肝心なビジネスの実態についてはちっとも絵解きしてくれず...あっ、でも今作での<筆者>は、それなりに果敢に切り込んで漆原さんの感情を揺さぶってもいます。<そういう緩慢な問いを投げかけられるとは思わなかった。極めて残念に思います>とまで言わせたりして。漆原さんが<筆者>のどんな言葉に反応したのか、ぜひ小誌を手にとってお確かめください!

困惑しつつ、それでもじょじょに漆原さんのペースに呑まれていく自分がちょっと怖い&心地好かったり。この人の言説がわからないこちら側が至らないのでは、と不安を抱かせるのは漆原さんのカリスマ性ゆえ!? そして、その漆原さんキャラを緻密に構築している筆者(=作者/武田砂鉄さん)のアメイジング・ライティング・クリエイティヴィティを、ぜひみなさまご堪能ください!



──そこにある真実がファクト、状況を見て作り上げるのがトゥルースということでしょうか。
漆「そう、さすが長い付き合いだけあるな(笑)。ファクトとトゥルースは広義では同じです。しかし、私たちがどこに立つべきなのか、を考えた時にその意味合いにわずかな差が生じる。断言して構わないと思うんだが、この差を眼前にした時に、ビジネスチャンスだと思えなければ、これからの市場で生き抜いていくことなんて不可能になる。私が最も影響を受けたアンディ・リチャードソンが『ソーシャル・アクチュアリティ』と共に訴えていたのが、『リレーションシップ・マインドフルネス』です。関係性によって心を保持することの重要性。あらゆるビジネスの原始にあるものだと。今、既存のメディアと対峙(たいじ/原文ではルビ)していると、この点が歪んでくるのです。誰しも断言されたものに従う方が楽ですからね。そこに刃向かって、別の答えを、自分の体感において提示することが求められているのです。

ウィッチンケア第8号「クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー」(P054〜P059)より引用
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武田砂鉄さん小誌バックナンバー掲載作品
キレなかったけど、キレたかもしれなかった」(第6号)/「クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー」(第7号)
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2017/05/08

vol.8寄稿者&作品紹介08 中野純さん

小誌今号の「参加者のプロフィール」欄(P200)に記されていますが、中野純さんは<ハテ句について初めてまとまった文章を書いた>、とのこと。中野さんは毎号、新しい題材や表現形式にチャレンジしてくださっていましてそれはとても嬉しいこと。ホント、小誌は創刊以来ずっと、寄稿者に「いままで(or 他では)やら(or やれ)ないことを試しに書いてみてください」と依頼して続けてきているので、嬉しい、より心強い、のほうが実感に近いかも。そして今回の寄稿作が小誌誌面だけに留まらず、すくすくと芽を伸ばして世界の果てまで拡がれば、と願っています。

はて、ハテ句とは?( ...すいません)。これはスマートなフォン、みたいな「サイハテを詠んだ句」の略称。本文から中野さんなりの定義を引用すると<とりあえず「サイハテ的情景を浮かび上がらせる自由律の句。しばしば諧謔的」>となります。ではここでカタカナ表記されている「サイハテ」とはなにかというと、<身近な町の傍らにあるのに遠い辺境のような景色や、夢と現の狭間にある景色>のこと...とここまで書いてふと気づきましたが、不肖私などよりそのへんをきっちり誰にでもわかりやすく説明してくださったのが、まさに今回の中野さんの寄稿作ですありますので、ぜひ小誌を読んでいただければ、と! そしてサイハテをより深く味わいたいかたは、中野さんと写真家・中里和人さんの共著「東京サイハテ観光」も要チェックです。

さて、今作ではハテ句の魅力だけでなく、写真/動画/文章(=散文!?)/フレーズ(ハテ句を含む)等の情報伝達における瞬時性についても、興味深い分析がなされています。<高浜虚子の「遠山に日の当たりたる枯野かな」のように、写生的な俳句はつまり写真的で、写真があたりまえでなかった時代はとくに、まさに写真表現として機能していたと思われる>という指摘など、なるほど! と霧が晴れたような気持ちになりました。

そして、中野さんはハテ句とスマホの類似性についてもおもしろい考察をしているのですが...ひじょうに感覚的なハテ句について、こうした瞬時性のない駄文を書き連ねている私ってなに? という気持ちにもなってきましたので、引用文の前に、作中で個人的に一番ささった句を、最後に...「皮膚科医院の外壁がぼろぼろ」。



 私は散文でサイハテを表現してきた。文章なら全体感を伝えられる。だが、大量の情報が流れ続ける今の社会において、瞬時に伝えられないというだけで文章には大きなハンデがある。どんなにいい文章を書いても、読んでもらえなければそれまでだ。瞬時性がない点では動画も散文に近い。だから、より瞬時的な六秒動画が流行ったりする。文章が瞬時性も獲得して、写真のようにだれでもかんたんにつくれて展示できて、一瞬のうちに鑑賞できるようにならないだろうか。

ウィッチンケア第8号「すぐそこにある遠い世界、ハテ句入門」(P048〜P053)より引用
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中野純さん小誌バックナンバー掲載作品
十五年前のつぶやき」(第2号)/「美しく暗い未来のために」(第3号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「天の蛇腹(部分)」(第4号)/「自宅ミュージアムのすゝめ」(第5号)/「つぶやかなかったこと」(第6号)/「金の骨とナイトスキップ」(第7号)
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2017/05/07

vol.8寄稿者&作品紹介07 矢野利裕さん

前号では学校の詩的な可能性についての一篇をご寄稿してくれた矢野利裕さん。今号でも教育の現場にいる立場から、ご自身の体感的な教育論(...いや、今作は先生論、と言ってもいいのかな?)を展開しています。教員像の事例として言及されているのは「ドラえもん」(のび太の担任)、金八先生、「GTO」となじみやすいものも多いのですが、論の前半〜なかばまででは、とくにRCサクセションの「ぼくの好きな先生」について、さまざまな角度から何度か検証されていて興味深いです。

私はリアルタイムでこの曲を聞いていた人間ですが、まさか後年、もっと若い世代から<「ぼくの好きな先生」における「先生」は、身体の動きとして見たとき、なにより喜劇人としての豪快さがないのだ。声が小さく、小粒でサブカル>という指摘があるとは! お原稿が届いて一読し、正直びっくり(←痛快さ含む)しました。...’70年代学園モノ体験者(具体的には村野武範の「飛び出せ!青春」と中村雅俊の「われら青春!」)にとって、当時小ヒットした、忌野清志郎が描いたこの「先生」は、のちに「文化系」「帰宅部」と呼ばれる人の拠り所、みたいなイメージがあったし...あ、はい、私は完全に帰宅部でした。しかし入稿までのメールやりとりで、矢野さんとこのへんの意見交換できたこと、楽しかったな〜。

「ぼくの好きな先生」...いまや懐メロ&スタンダードでして、歌ではピンとこないかたも多いかも。もし機会があれば2015年にNHKで放映された「忌野清志郎 トランジスタ・ラジオ」というドラマを探してみてください。先生役の 田辺誠一さんが好演していました。

寄稿作の後半では教員の身体性について、サッカー部の顧問である矢野さんのコミュニケーション実践例も紹介しながら語られています。教員と生徒についての<支配/被- 支配的な関係に見えながら、その実、非常に協力/協働的な関係性になっている場合もある>といった分析など、じつに細やかな視点だと感じましたし、なによりテン年代の先生って求められるスキルが高いんだな、と驚いたり...裏を返せば、先生が先生であることを生徒(や親や学校)側が「先生である(←身分として)」ことだけでは承認しない社会なのかな〜、とも。いやほんと、目から鱗が散乱するような作品なので、ぜひみなさま、小誌を手にとってご一読ください!



 一方、「ぼくの好きな先生」では、「たばこを吸いながら困ったような顔して/遅刻の多いぼくを口数も少なくしかるのさ」と歌われるが、いま聴くと、この教員の尻拭いを他の教員がしているんだろうな、とか、余計なことを考えてしまう。きっとボソボソ声なのだろう「ぼくの好きな先生」は、いまの自分の立場からすると、悪いポピュリズムを感じて、以前ほど魅力には思えないところがある。「ぼく」の「遅刻」を「口数も少なくしかる」というシーンも、現実的に想像してみると、頼りないか嫌味たらしいかのどちらか、という感じがしてしまう。個人的には、嫌味たらしく叱られるよりは、「ばっかもーん!」とハキハキと叱られたほうがさわやかで、あとくされがないと思う。

ウィッチンケア第8号「先生するからだ論」(P038〜P046)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

矢野利裕さん小誌バックナンバー掲載作品
詩的教育論(いとうせいこうに対する疑念から)」(第7号)
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2017/05/06

vol.8寄稿者&作品紹介06 古川美穂さん

前号に続き書き下ろし小説を寄稿してくれた古川美穂さん。通常はノンフィクションの書き手として活躍されていますが、寄稿作の主人公は女子中学生の七海。彼女の目を通して、父親の再婚相手・バルバラさんと家族との関係性や日常生活が不気味に変化していく様子を描いています。ミステリー的な要素があるので、謎に引っ張られながらストーリー展開を一気に楽しめたりもするのですが、しかし、古川さんは決してそれだけを目的に本作を書いたとも思えず...私には物語の底に横たわっている、ある種の〝薄気味悪さ〟を記したかったのではないかな、と感じました。

うまく言えないのですが、いつのまにか軸をずらされちゃって、気がつくとこちらがはみ出していた、みたいな世の中の雰囲気。七海はバルバラさんの言動に不信感を抱き、少しずつ正体に迫っていくのですが、しかし〝軸ずらし〟は以前から用意周到に進んでいて、お父さんも弟も、近所の人たちもすでに「えっ!?」みたいな...。

無理めのたとえ話をすると、もし私がある日「セブンイレブンとローソンとファミリーマートのコロッケではどれが一番好きですか?」と聞かれたとして、その答えは「コンビニのコロッケは食べないんでわかんないけど、やっぱり町のお肉屋さんで売ってる揚げたてのが好きかな」なんですが、しかし続けて「町のお肉屋さん!? そんなのどこにあるんですか」と聞かれてはじめて、あらま、いまやすでにこの町にお肉屋さんは1軒もなく、コロッケはコンビニでしか買えないものになっていた、みたいな。...まあ、コロッケなら話はかわいいんですが。

物語の終盤に登場する<幼馴染の妙>が気になる存在です。特殊な能力を持っていそうな彼女の目に、バルバラさんはどう映ったのか? そしてエンディングに出現する<飛行機のようなヘリコプターの大群>...このGW前から不穏な国際情勢の話題がメディアを飛び交っていますが、そのせいでしょうか? 私の家の上空を、厚木基地の米軍機がひっきりなしに低空飛行していて、もううるせえのなんのって!



 怖いのはそれだけじゃない。バルバラさんはしょっちゅう深夜に寝室から抜けだしては、納戸で携帯電話をかける。あたしの部屋は納戸のすぐ脇だから、声が漏れ聞こえてくるのだ。そしてバルバラさんが電話で喋る言葉は、あたしが今まで聞いたどんな言語からもまったくかけ離れていた。ろるーん、れるーん、らろーん、と長く舌を巻いた音の後に、ツハッとかトゥヘッとかやたらに促音が入ったり、キチチチチチチチとすごい速さの舌うちみたいなのが聞こえたり、なんだか地球上のものではないような言葉なのだ。
 バルバラさんは絶対ヘンだ。だけどお父さんも航も、何を言っても取り合ってくれない。それどころかバルバラさんの影響は日に日に濃くなっていった。
「身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり」

ウィッチンケア第8号「とつくにの母」(P032〜P037)より引用
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古川美穂さん小誌バックナンバー掲載作品
夢見る菊蔵の昼と夜」(第7号)
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2017/05/05

vol.8寄稿者&作品紹介05 木村綾子さん

もの書きとしての仕事だけでなく、多方面で活躍中の木村綾子さん。下北沢の本屋B&Bさんのスタッフでもあり、今年は2月に開催した長谷川町蔵さんと山内マリコさんの対談イベントではご担当者としてお世話になりました。同店での小誌取り扱いでは店長さんが窓口ですが、納品やチラシの案内で伺ったさいに木村さんがいらっしゃるといつも「新しいのできたんですね!」と笑顔で声を掛けてくださり...本をつくる作業ってのは編集〜校了まではほんとうに「引き籠もり状態」でして、その後一転して外回り/営業になるので、トンネルから出たばかりのようにクラクラしてるところで気遣いの一言などいただくと、じつに身に沁みてありがたいのでした。

木村さんの寄稿作にはiPhoneとFaceTimeが登場します。作品内の、〝私〟と祖母の<視線が合う>までの細やかな描写は、iPhoneユーザーでこの機能をつかったことのあるかたは、すごくリアルに感じるはず。「ばあば」はきっと、自身のてのひらに渡されたものがなんであるのか正確にはわかっていなさそう(小型テレビ? 携帯電話?)...でもそこにリアルタイムで愛しい孫がいることはごく自然に受け止めて日常会話が始まる。なんか、スティーヴ・ジョブズすげえ、って感じの21世紀物語なのですが...でももっとすごいのは、木村さんの手にかかるとそんなハイテク・コミュニケーション(←古い表現...)がいにしえの日本映画のように静謐な佇まいで描かれてしまうこと、なのかも。

作品の後半になると、祖母の短歌集にまつわる逸話が語られます。ここでの〝私〟の驚きと戸惑いも言外の感情まで伝わってきて印象的でした。私事ですが私の祖母も自費出版の歌集を残すような人でして、それを読んだときに「おばあちゃんが恋の歌を!」と息が詰まりました(まあ、大人だったので、映画「エル・スール」のエストレーリャほどには驚きませんでしたけれども)。

...それにしても、〝私〟は細やかで心優しい女性です。作中では短歌集のノートを渡されたのが<なぜ私だったのだろう>と自問していますが、読み手にはきっと、祖母の心中が伝わっているはず。自分に相通じる繊細さを孫娘に感じたからこそ、後世に繋げたいなにかを託したのだと思います。みなさまぜひ、小誌を手にとって木村さんの掌編「てのひらの中の彼女」をご堪能ください!



 あれは、まだ祖母がたくさんのことを覚えていた頃のことだった。
 きまぐれに帰省した私のもとに祖母が突然やってきて、ノートの束を見せて言った。
「あやちゃんが生まれるずっと前から書き溜めていたの。でももう書くことは無いと思うから、もしよかったらこれ、もらってくれない?」
 それは自作の短歌集だった。歌は21歳の春から始まり、冊数が増えていく中で彼女は嫁ぎ、母となり、夫を失い、老いていった。

ウィッチンケア第8号「てのひらの中の彼女」(P026〜P031)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

2017/05/04

vol.8寄稿者&作品紹介04 荻原魚雷さん

荻原魚雷さんとは昨年11月、高円寺でお会いしました。じつは小誌のデザイナー・吉永昌生さんいきつけの素敵なお店が高円寺にありまして、そこのカウンターでマスターを介して吉永さんと荻原さんが数年前に知り合いとなり、そのご縁が繋がって今号へのご寄稿、となったのでした。お店の名前は「ペリカン時代」、そして、マスターの増岡謙一郎さんはロックバンド<ペリカンオーバードライブ>のVocal&Guitar。...小誌は文芸創作誌と名乗っていますが、発行人の部屋には本よりCD等音楽モノのほうが圧倒的に多いタイプの人間でして...音楽が好きだと、いいことがあるな! 余談ではありますが、私はユーチューブで増岡さんの演奏を見てお店を訪ね、帰り際に「赤い335かっこいいですね!」と。増岡さんは笑顔で「ありがとうございます...エピフォンですけど」。私「スイマセン(...恥)」。。。

荻原さんの何気ない身辺雑記には、以前から強い意志が秘められているなと感じていました。世の中に動じずマイペースを貫くことへの強い意志=穏やかな過激さ、とでもいいますか。私も常々そうありたいと頭では思ってはいるのですが根が小心者のためいつも行き当たりばったりで自分を見失い(<恥の多い生涯を送って来ました。>/日々更新中)。...もとい、そんな荻原さんの強さの源泉でもありそうな一端を、今回の寄稿作から窺い知った次第です。なにしろ、冒頭に<高校時代にアナキストになった。高二の夏だ>と。〜に憧れた、とかではなく、きっぱり「なった」と。その理由も明記されていますので、ぜひ本篇をお読みください!

作品内にはある種の「真理」を端的に言い表したような一節が散りばめられています。<自由を追求すればするほど、周囲と摩擦が生じ、不自由になる><この三十年くらいのあいだにさまざまな紆余曲折があったが、ほぼ身から出た錆だと納得している。錆も含めて、自分をかたち作っている>etc.。荻原さんはなんとなく流れていくような言葉は、きっと全部推敲で削ってしまうんだろうな...削った後の、自身の体感で残した言葉だけで文章を組み立てているんだろうな、と感じました。その作法は、きっと荻原さんの生活にも相通じるものだろうな、と。

ご自身のブログでは、今作について<ここ何年かでいちばん苦心して書いた文章かもしれない>と記してくださって...あらためてご寄稿感謝致します。チェルノブイリ、天安門事件、ベルリンの壁...その頃の日本はとっても浮かれた空気だったのに<アナキストとして社会運動に参加>していたとは! 泡に弾けていた私とは地金が違う、と感服致しました。



 アナキストになったからといって、全身黒ずくめの服装をして、何かしらの過激な行動をしたわけではない。ただ、不服従の姿勢は貫くことにした。やりたくないことはしない。眠くなったら寝る。眠かったら起きない。帰りたくなったら帰る。
 傍目に見れば、単にわがままで怠惰な青年だったとおもう。集団行動が苦手でひとりでものを考えるのが好きな自分の気質に、たまたまアナキズムという思想がはまったともいえる。
 アナキズムは現実を受け入れたくない人間にとっては便利な思想である。この便利さには数々の欠点がある。一々、制度を疑い、常識を疑い、しきたりを疑い、それに従うか従わないかを考えないといけない。周囲からは面倒くさい奴とおもわれるし、本人だって面倒くさい。

ウィッチンケア第8号「わたしがアナキストだったころ」(P020〜P024)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

2017/05/03

vol.8寄稿者&作品紹介03 清和太一さん

今号に「穴を掘る人」を寄稿してくださった清和太一さんは、漫才コンビ・エルシャラカーニのツッコミ担当。芸能の仕事では<セイワ>さんと片仮名表記で活躍しており、「THE MANZAI」では 2011、12年に決勝進出。「笑点」「とんねるずのみなさんのおかげでした」等のテレビ番組にも出演しているので、ご存知の方も多いのでは、と。ちなみに寄稿作のタイトルは、コンビ名(清和さんのエジプト人の義兄の名に由来)の日本語訳です。

清和さんと初めてお会いしたさい、私は「芸人最強社会ニッポン」(著:太田省一)という本を持参しました。帯のコピーは刺激的ですが内容は丁寧な社会考察で、個人的にも「そうだなぁ」と思うところの多い本なので、お笑いコンビとして漫才のクオリティを大事にしている清和さんのような当事者が、どんな感想を抱くのか知りたいと思ったからです。...いや、べつに本の感想を、ということではなかったんですが。

作品内にはボケ担当・山本しろうさんの面白エピソードが満載...っていうか、山本さんはご本人が普通に振る舞っていても周囲からは破天荒に見られる...っていうか、つまりいわゆる天然ボケ系の漫才師。それは清和さんにとって強力な<笑いの武器>なのでしょうが、でも...。清和さんは山本さんについて<〝ベスト・パートナー〟なんてことは思わない。しかし他の人と組むというのも想像できない。不満を持ちながら、同時に頼ってもいるし>と記しています。ふと私の頭に浮かんだのはライヴで観たミック・ジャガーの、キース・リチャードとのツーショットでした。

私が持参した本のタイトルで使われている「芸人」という言葉。じつは清和さんは寄稿作内では、ほぼ「コンビ」「漫才師」という表現を使っていまして、ってことは、巷でよく使われているこの言葉、けっこう大雑把で曖昧な括りなのかも!? 清和さんにはぜひ「漫才」や「笑い」のこと、そしてご自身についても、もっと書いていただきたいと願います!



相方の名前は山本しろう。端的に言えば彼は「ダメ人間」で、可能な限り努力というものを回避し、人に怒られることからも逃げまくる小心者である。そのくせ頭が悪いのでミスは日常茶飯事。責任感にも乏しく、向上心もな……あ、いや、このへんにしておこう。とにかくそんな相方であるので、漫才のネタ作りは僕の仕事だ。ネタを練り上げる作業は二人で合わせながら行なうわけだが、そうしてさんざん練りに練ったにもかかわらず、彼は舞台上で必ずミスをする。もちろん僕はそうしたミスをフォローしながら漫才を進めていくわけだが、しろうは「ボケてからフリを言ってしまう」「〝何を言ってるかわからない〟体で言わなければならないボケのくだりを、間違え過ぎて逆に何を言ってるかわかってしまう」など、あまりにトリッキーなミスを繰り出すので油断ならないのだ。

ウィッチンケア第8号「穴を掘る人」(P014〜P018)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

2017/05/02

vol.8寄稿者&作品紹介02 朝井麻由美さん

前号に引き続き、他媒体では読めない作風の一篇を寄稿してくださった朝井麻由美さん。つい先日放送された「荻上チキ・Session-22」での、出演者同士での軽妙なトークを思い出しながら、あらためて「消えない儀式の向こう側」と題された作品を読み直してみました。

主人公は「かなちゃん」という女性で、ほとんど言葉を発しません。でも、描かれているかなちゃんの生活(とくに社会との関わり)を追っていると、決して自閉/引き籠もり系なわけではなく...作者は意識的に<かなちゃんの言葉>を消し、<かなちゃんへの言葉>で物語を動かしています。前号での掲載作「無駄。」を紹介したさい、私は<ハードボイルド風味>と書きましたが、今作にも似た印象を。ただ、そのハードボイルドさはより練り込まれているというか...一読してさらりと流れてしまいそうな文字の連なりの内側に、かなちゃんの〝痛み〟が深く記されているのです。「痛い!」と叫べないほどの痛みを抱えている状態を、淡々と描写している、というか。

たとえば、話の前半に「小林さん」という、ちょっと無神経なタイプの上司が登場してよく喋るのですが、この人の発する言葉に、かなちゃんがいかに深く傷つけられていたのか? けっきょくかなちゃんは会社と自分の関係性を変えることを選びますが、そこには<始めたことはいつも長く続けてきたかなちゃんにとって、初めて続かなかったことだった。>という、平易な言葉だけの一節が。作品全体で、個人的には一番戦慄が走った箇所です。責任感が強く他者への気遣いもできる人間が、自身の意志で始めたことを、自ら放棄せざるを得ない状況に追い込まれる...さらっと書いてあるが、これは、そうとうキツい。

作品内でのかなちゃんと母親との関係。そして因果は巡るものなのか、のちに母親となったかなちゃんと子どもとの関係。無口なかなちゃんの内面に渦巻いているものを、ぜひ多くのかたにも感じとっていただければ。私の<なるべくネタバレなし説明>だけだと、ちょっと暗い物語だと思われてしまいそうなのが心配ですが...そんなことはなく、むしろ朝井さんの優しさや凜々しさ、勇敢さなども伝わってくる作品です!



かなちゃんはじっと押し黙り、〝儀式〟を受けている。抵抗しようとしたこともあったが、なぜかうまく声が出なかった。声が出ず、手も動かず、固まってしまった全身を見つめながら、これも〝刷り込み〟のようなものなのだろうか、と頭の中は妙に冷静だった。動物は生まれたての頃に最初に目に入ったものを親だと認識し、頭に刷り込まれるという。

ウィッチンケア第8号「消えない儀式の向こう側」(P010〜P013)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

朝井麻由美さん小誌バックナンバー掲載作品
無駄。」(第7号)
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2017/05/01

vol.8寄稿者&作品紹介01 開沼博さん

今号で4回目となる開沼博さんの寄稿作は、「書くこと」についての、個人的な思いから始まっています。いまから10年ほど前、大学生だった開沼さんが<メディアの向こう側に接近したい>という焦燥感を抱え、さまざまな活動をしていたこと。その過程で、いわゆる「電通過労死事件」で一昨年亡くなった高橋まつりさんにも出会っていたことetc.。ご自身が体験した(=ゼロ年代に見てきた)ことを記録しておく、という抑制の効いた筆致ですが、私には開沼さんの感情の揺れも伝わってくる一篇でした。

開沼さんと初めて会ったのは2013年で、すぐに当時最新刊だった『漂泊される社会』を読みました。小誌での連作は、同書の流れの一端...社会学者・開沼博氏のフィールドワークの補助線的(辺境的!?)なポジションにあるように思えまして、備忘録のように書き留められてきたいくつかの事象が、いずれまとまったかたちで検証されることを願っています。...しっかし、ポストゼロ年代がもう7割がた過ぎ去っているなんて、あらためて振り返ってみて、びっくり。

今作で開沼さんは<いまからゼロ年代を振りかえれば、メディア環境が急速に変化した時期だったことを実感する>と書いていまして、いまだに紙媒体のみの発行人である私は、たとえば電車のなかで体感だと半分くらいの人がスマホとにらめっこしている状況(本や雑誌を読んでる人は数%? 新聞を上手に折りたたんで読んでる人なんてほとんど見かけない...)をどう捉えればいいのか、と悩むわけですが...しかし自分も当然スマホを使っているので、実感としては「飛び交っている話題って、じつはテレビや新聞や一部週刊誌経由のものが多いんじゃないの」という思いもあり...そこを自分なりに詰めていくと、作品内に記された<最近は「世間の社会問題」ばかりが目に入る。「社会問題になるべきなのに何でなっていないのか」というものが見えなくなってきているように感じる>という開沼さんの一文に通じる感覚のようにも思えました。

もうひとつ。今作では開沼さんが見てきた<経済構造と生活のあり方>の変化についても、いくつかのエピソードが紹介されています。とくに<シェアハウスの経営をはじめたばかりの知人>にまつわる、「居場所」についての話は印象的。ぜひ小誌を手にとって、読んでいただきたいと思います。



(前略〜)2016年に話題になった電通過労死事件の被害者である高橋まつりさんに会った時も「同類だな」と感じたのを覚えている。東大の新入生をインタビューするテレビ番組に偶然映った高橋さんは「『週刊朝日』が好き」という、ちょっと変わった趣味を持つ女子東大生として取り上げられていた。それを見た週刊朝日の編集者が「探してくれないか、飲み会しよう」と連絡をしてきた。高橋さんが〝起業サークルに入ろうと思っている〟と言っていたからだったと思う。「all-todai」での活動を続ける中、ミス・ミスター東大コンテストなどを主催する広告研究会や起業サークルとのつながりがあったので、開沼に連絡すればなんとかなるだろうと連絡してきたのだった。
 銀座周辺で、デスク・記者数名と、学生も高橋さんの他に何人かが来て行われた飲み会では、高橋さんが「エッセイの連載に他の雑誌にはない魅力があり、政治・事件の記事も切り口がいい」などと週刊朝日ファンであることを話していた。その年の7月には週刊朝日のアシスタントとして同雑誌のUstreamの番組に出たりして、活躍するようになった。
 事件の後、あの時の飲み会にいた当時のデスクが高橋さんのことを語っているのを見た。名前に聞き覚えがあって、携帯電話のアドレスリスト帳を見たらやはりあの高橋さんだった。

ウィッチンケア第8号「ゼロ年代に見てきた風景 パート4」(P004〜P009)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

開沼博さん小誌バックナンバー掲載作品
ゼロ年代に見てきた風景 パート1」(第5号)/「ゼロ年代に見てきた風景 パート2」(第6号)/「ゼロ年代に見てきた風景 パート3」(第7号)
http://amzn.to/1BeVT7Y

Vol.8 Coming! 20170401

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yoichijerryは当ブログ主宰者(個人)がなにかおもしろそうなことをやってみるときの屋号みたいなものです。 http://www.facebook.com/Witchenkare