2014年の秋に刊行された「渋谷系」以降も、「東京レコ屋ヒストリー」「裏ブルーノート」と気になる著者を重ねている若杉実さん。私は昨年10月のピーター・バラカンさんとの対談イベントにも伺いましたが、若杉さんの、音楽の《定説》に頼らない独自の話(とDJ)はとてもおもしろかったです。ボビー・ハッチャーソンはこう聞け、みたいな例で、それまで私的にはスルーだった「Prints Tie」をかけたりして。
そんな若杉さんの小誌今号への寄稿作では、前作「マイ・ブラザー・アンド・シンガー」の語り部・シゲルが戻ってきました。<中坊から永ちゃん一筋のオレが渋谷系だなんて笑わせてくれるじゃねえかとおもっていたが、背に腹はかえられない。業界内には「渋谷系ならシゲ」というのができあがっていて>...という、ミシンに夢中だったあの男。あいかわらず服飾関係には鋭い目を持っていて、物語は<コタツでミカンをほおばりながらカミさんと紅白を観>ているところから始まります。ジャニーズのタレントが登場すると、ボタンが気になって...。
シゲルにとって、いまは洋服の《お直し》ではミシンよりも<手縫い+ボタンというセット>が基本、とのこと。でっ、ボタンですが、凝り始めて揃えると<ものによっては高級シャツ一枚買えるくらい>の値段なんだそうで、〝部品どり〟のために古着屋をまわってストックしたりしている、と。<〝あくまでも脇役〟──シゲルなりのボタン哲学だ>という一節にぐっときました。
そんなシゲルは年が明け、テレビでたまたま〝黒電話〟を見かけます。その意味、私は若杉さんの一篇を読むまで知りませんでしたが、金正恩さんの髪型を揶揄した隠語だったのですね...しかし金さんにしてもトランプさんにしてもなんで世界のトップにヘンな髪型の人が君臨してるんだか、って、まあ、日本もかつての橋本龍太郎さんとか小泉純一郎さんとか他国のこと言えないんですけど(小渕恵三さんも、「平成」の色紙掲げたときはヘンな髪型だと感じたっけ)...って、髪型の話は置いといて、シゲルが気になるのは、やはりボタンだったよう...。金さんが身につけていたのは背広。<襟元までボタンがびっしりの人民服とはちがい、背広をこのまま着つづけられたらいちどに目にできる数が減ってしまうではないか>と、なかなか他の人が思いつかないことにシゲルは思いを馳せ、いつしか想像力が制御不能になって...その後の展開はぜひ、小誌を手にしてお確かめください!
ジャニーズの衣裳が学芸会並みにチープであることはよく知られている。そしてその安っぽさが、女性ファンの心理、母性をくすぐる計算されたものであることも。
「あんな手づくり感満載なのがアイドルの衣裳だなんて、疑いたくなるようなセンスだけど、あそこまで盛られるとなぁ……」
いつごろからだろうか。ボタンというボタンを目にすると、心臓のあたりで大きな波しぶきが立つように興奮をおさえきれなくなってしまっていた。
いまでも〝お直し〟は継続している。〝どうぞご自由に〟との張り紙といっしょに民家の前に置いてあったミシンを拾ったのをきっかけに、シゲルの趣味に〝縫製〟の二文字が加わった。さらに高じて新調までしたものの、いまではミシンの音が部屋からいっさいしなくなった。どういうことか。
ウィッチンケア第9号「机のうえのボタン」(P168〜P172)より引用
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若杉実さん小誌バックナンバー掲載作品
「マイ・ブラザー・アンド・シンガー」(第6号&《note版ウィッチンケア文庫》)
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Vol.14 Coming! 20240401
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