「マグカップはすでに10年以上は使っているもので、黒地に真っ赤なベロのマークが描かれている。」
小誌第2号に「ふたがあくまで」、第3号には「小さな亡骸」という小説を寄稿してくれたやまきひろみさん。通常業務ではライターとして幅広い分野でのご活躍、私がご一緒させていただいた書籍も、もう二桁に届くくらいはありましたっけ? 今号ではニューヨークが舞台の、かつてブログに発表していた自身の体験をモチーフにした作品を書き下ろしています。作品内の〝ブツ〟というのは...ミステリーではないのでネタバレしても大丈夫だと思いますが、ローリングストーンズのコンサートチケットのことでありまして、でっ、今号掲載分は「朝の部」...つまり前半だけでして、後半の「夜の部」はウェブ上で読めますので、みなさまぜひぜひ、お楽しみください。
ストーンズ、私も好きです。ミック・ジャガーの初来日、バンドとしての来日ライブも2度いったし。...しかしストーンズには強烈に強力なファンが数多くいらっしゃいますので私なんぞつねに及び腰でして昨年もロンドンまでライヴを観にいったバンド仲間の先輩からキーホルダーをもらいありがたくギターケースにぶら下げているという...。ちなみに私のリアルタイムストーンズ初体験は「山羊の頭のスープ」(いや、ラジオで聞いた「Happy」かも...)で、最初に買ったレコードは「悲しみのアンジー」のシングル。それで、ここ数年ストーンズ関連で好きなアルバムというと、ミック・テイラーの「MIck Taylor」とハーヴェイ・マンデルの「The Snake」だったりして(...って、べつにブルースブレイカーズファンじゃないんですけれども)、「Giddy-Up」や「The Divining Rod」みたいなクロスオーヴァー気味のギター・インスト聞くと、胸が熱いんですわ。
結局、いつもそうだ。自分では誰よりも早く並ぶつもりで家を出るのに、結局いままで一度も一番乗りになったことはない。
やや意気消沈しながら、ロバートは8番目として列に加わる。
寒い。自宅を出てからすぐにタクシーに乗り込んだためあまり感じていなかったが、ここ最近で一番の冷え込みかもしれない。今日は10月29日。2006年のニューヨークの冬はもう始まっている。冷たい風がロバートの頬を鋭く刺す。シアターの開く10時まで立って待ち続けることができるだろうか。前の7人はどうなのだろう。一体何時からここにいるのか。
するとロバートの前に並ぶ7番目の男が、「ちょっと近くのスターバックスでコーヒーを買ってきたいので、この場所、取っておいてくれませんか」とロバートに声をかけてきた。それを耳にした3番目と4番目のカップルおよび6番目の男が、7番目の男に「自分の分も買ってきてくれ」と口ぐちに頼み始めた。
「わかった、買ってきますよ。あなたは?」
「いや、私は結構だ」。ロバートはチェーンのコーヒーショップのコーヒーは決して飲まない。何かあたたかいもので暖をとりたい気はするが、まだ先は長い。今はまだ我慢しよう。
「じゃあ、すぐ戻りますんでよろしく」
7番目の男は通りを駆けて行った。
果たして〝ブツ〟は手に入るのだろうかとロバートはまた考える。ここで〝ブツ〟が売られたとしても、8人分も〝ブツ〟があるとは思えない。というか、もし7人分はあって、8人目の自分でなくなったらどうする。そんな酷な現実に自分は耐えられるのか?
ウィッチンケア第4号「8番目の男 朝の部」(P144〜P149)より引用
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Vol.14 Coming! 20240401
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