2013/05/25

vol.4寄稿者&作品紹介21 大西寿男さん

「トレンチの中は、何もない均一の地面が絵の具を流したように、ただ広がっていた。」

小誌の校正者としてすべての掲載作品に目を通し、的確なアドバスをくださる大西寿男さん。なんと! マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」をゲラで読了したこともあるという(詳しくは「メールマガジン高円寺電子書林」に掲載された夏葉社・島田潤一郎さんとの対談をぜひご一読ください)...。大西さんとタッグを組んで編集/入稿作業をすることで、私は通常業務での「ライターとして書籍制作に関わる」のとは違った認識を、校正という仕事に対して持つようになりました。編集者として書き手と校正者の媒介をする場合は、なんと言うか、ある種の「擦り合わせスキル」が大事、ということをあらためて実感したというか...。ウィッチンケア第4号には30名の書き手が参加しましたが、みなさん筆一本(もはや見事な比喩)で世の中と渡り合っておりまして、そのスタンスは個々、独自なもの。ですので、いわゆる「校正からの疑問出し」でも、マニュアル的なメソッドはありません。

少し話をずらして自身の体験を語れば、通常業務では過去少なくなく「校正さんがこんな赤を入れてきましたが...」といった「鸚鵡返し赤字」を戻されたことがありまして、それで「正しい」文章となって世に送り出されたものも多いわけですが...話をやや戻しますと、編集者としての私が小誌で心がけているのは文章の「正しさ」ではなく、書き手と校正者双方のスタンスに敬意を払い、最後は自分で判断することだと思っています(...これが、けっこう難しいんだ)。でっ、小誌では書き手であり校正者でもある大西さんは、第2号に「『冬の兵士』の肉声を読む」第3号に「棟梁のこころ──日本で木造住宅を建てる、ということ」と毎回チャレンジングな書き下ろしを寄稿してくれていますが、今回はなんと!! ミステリー小説でして、長年構想を温めていた物語を、満を持しての執筆。もちろん誌面掲載したのはまだほんの触りでして、今後どんな展開をしていくのか、またどんな形態で発表されるのか...みなさまどうぞお楽しみに!!!

 チャペルの二階は、小部屋に分かれた書庫になっている。古い文献や写真、図面類に調査日誌などが雑然と棚に収められてある。空調が効いて温度と湿度をコントロールされた書庫は、夏でも肌寒かった。
 保志はほの暗い廊下を小走りに、「203」とプレートの貼られた書庫の扉を開き、照明を点けた。
「あった……」
 記憶のとおりの棚とファイル。ただ問題は、それが保志しか知らない置き場所だったことだ。教授の指示でファイルの整理をしたことを保志はだれにも伝えていなかった。伝える必要があるとはまるで思い至らなかった。
 ファイルを胸に抱いて書庫を出、灯りを落とそうとしたとき、保志はふとだれかが自分を見ているような気がして手を止めた。その頰に引かれた一筋の黒髪ほどの線が静かに赤く色変わりし、いまうっすらと血を滲ませていく――。

             *

 深い闇のなかに開き続けている目があった。
 目は意志だった。夜空に生まれた最初の恒星のように目はそこがもはや無限の闇ではないことを、しるしが与えられた有限の空間であることを、告げていた。
 しかし目はまだだれのものでもなかった。また、だれのものでもあった。意志はどこにでも存在することができた。それはどこにも存在していないことと同じだった。
 意志は待たねばならなかった。


ウィッチンケア第4号「わたしの考古学 season 1:イノセント・サークル」(P122〜P131)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/46806261294/4-witchenkare-vol-4-4

Vol.8 Coming! 20170401

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