「思い出すのは、舐めたくなるほど滑らかな白い陶器にあなたが鮮血を迸らせた時のことだ。」
五所純子さんの文章を初めて読んだのは、一昨年の初夏だったと思います。「ツンベルギアの揮発する夜」と冠されたそのブログは、日めくりのレイアウトで<MEMO>欄には手書き文字、それも思いつきを急いで書き留めたような...つまりネット上にテキストデータではなく画像での文章をアップしていたのです。その後すぐに「ゼロ年代の音楽 ビッチフォーク編」を入手して水越真紀さん、田中宗一郎さん、野田努さんとの座談やエッセイを読み、さらに数日後には新宿の模索舎に電話して在庫取り置き、「スカトロジー・フルーツ」も無事ゲット。なんだか新しい音楽家と出会ったさい、それまで発表された音源を一気に聞いてみたくなるのと同じような衝動で、日頃のんびりしている私は五所さんの世界にドドド、ドッと惹き込まれたのでした。
「血便鏡」の原稿は、メールの添付書類で受け取りました。横書きレイアウトのテキストデータだったのですが、しかし、書類を開いて読み終えたときの第一印象が忘れられません。「まるでペンで刻んだ文字の塊のようです」と、拝受の御礼メールに私は率直な気持ちを記しました。...これは重たいとか堅いとか、ましてや「改行が少なくてぱっと見が黒い」とかいう意味では全然なくて、なんというか、白い紙(not 原稿用紙)にカブラペン(not 万年筆)で書いたような「いまここでしか記録できなかったもの」を作者からお預かりしてしまった、みたいな緊張感があったからだと思います。そして、そんな印象を私に残した作品の一部を当ブログに引用することはとてもしんどい。ほんと、みなさまぜひ、ひと塊で(つまり小誌を手にとって)お読みください...と、立ち去るわけにもいかず、それでは、個人的にとても好きな一節(どこかは秘密!)を含む箇所を。
あなたには毎日会えるわけではなかったけれど、あなたの到来にはいつも前兆があって、痒いような痛いような、弛みきるような張りつめるような、くすぐったいようなもどかしいような、ふっと湧いた不思議の種みたいな刺激を体の内側から感じた。その知らせを受け取ると、私は小さな部屋にそっと駆け込んであなたを待った。あなたの到来はいちいち劇的で、ビッグバンとか原子爆弾とかダムの決壊とかミミズの行進とかマジカルバナナとかいろいろ思い浮かぶけれども、どんな言葉がもっともあなたにふさわしいだろう。私はずっとあなたに名前をあたえることを忘れていた。あるいは、名前をあたえないことであなたに飽き足りるのを先延ばしにしてきたのかもしれない。幼い私は世界について少しずつ覚えていっていた。食物の噛み方、星の数え方、数の数え方、色の描き方、敵への吠え方、ひとつひとつ覚えていくたびに世界が陳腐なものになっていく気がしたのかもしれない。
ウィッチンケア第4号「血便鏡」(P030〜P033)より引用
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Vol.14 Coming! 20240401
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