昨年9月に「奇々耳草紙 死怨」そして先月には「奇々耳草紙 憑き人」 と、コンスタントに新刊を出し続けている我妻俊樹さん。竹書房からの著書は、たとえばアマゾンだと【 本 > 文学・評論 > SF・ホラー・ファンタジー】あるいは【本 > エンターテイメント > サブカルチャー > 霊界・恐怖体験】みたいなジャンル分けで掲載されていますが、小誌創刊号以来の作品群は、この分類には倣わないスタイル/内容である、と私は思っています。なんというか、無理矢理倣ってみると【本 > 文学・評論 > 我妻俊樹(トメ)】とか。
前号での我妻さんの寄稿作紹介で、私は〝ドアを開けて部屋に入ると〜〟みたいなことを書きました。今号への寄稿作「お尻の隠れる音楽」でも、読中〜読後の、なんか落ち着かない雰囲気(まさに<尻が何センチか椅子から浮き上がってる気がする>みたいな)は同じ。シャツのボタンをひとつずれで着てるみたいな...いや、シャツのボタンがずれているのはたしかなんだが表前立てはまっすぐでそれがなぜだかわからない...のほうがより違和感の居心地の悪さが伝わるでしょうか。もちろんそのシャツの縫製はしっかりしているし着心地もよいんですが。
あっ、でも今作は主人公である<ピエロ>のキャラクターがかなり立っている感じでして、奇妙な冒険物語ではあるものの〝入り口から出口へ〟と、しっかり紐付けて導かれた気分です。個人的には<そしてピエロは誰にも会わない道を南へ歩いていった。南へ向かっているかぎりピエロは少し機嫌がいい>という一節は妙に心に残りまして...<南>とはなにかの暗喩なのかな、みたいなことは考えずに、話の流れに身を任せました。
<ピエロ>が他の登場人物から<違う違う、ベッドですよ><そっちはトイレだよ>などと注意される箇所も、主人公の彷徨いっぷりをなにげに際立たせているように感じました。あっ、そして我妻さんが個別の作品内容について、小誌での発表後、具体的に語っているのを読んだことはありませんが(たぶんしてないと思う/語るべきことはすでに作品内に入れた?)、もしどなたかが評論/批評的なスタンスで我妻作品についてものしているものがあるならば、私はぜひ読んでみたいと思います!
「山の向こう側に住むってのはどう?」ピエロは提案した。
「だめだよ、家賃が高いから」
「じゃあ山のてっぺんとかさ」
「だめ。ケダモノがいる」
「ケダモノって?」
「猿だよ、猿。人間の振りして訪ねてきて玄関マットに糞していくんだよ。それから、いきなり結婚を申し込まれるって」
「猿に? 糞していく癖に?」
「そう。結婚が趣味らしいよ」
「いやだな、信じたくないな」
「だからあんたがもし誰かと結婚したら、その女は猿かもしれないよ」
「わかった。そしたら熱湯浴びせて殺してやるからさ」
ウィッチンケア第8号「お尻の隠れる音楽」(P170〜P176)より引用
https://goo.gl/kzPJpT
我妻俊樹さん小誌バックナンバー掲載作品
「雨傘は雨の生徒」(第1号)/「腐葉土の底」(第2号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「たたずんだり」(第3号)/「裸足の愛」(第4号)/「インテリ絶体絶命」(第5号)/「イルミネ」(第6号)/「宇宙人は存在する」(第7号)
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Vol.14 Coming! 20240401
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