2014/05/19

vol.5寄稿者&作品紹介19 北條一浩さん

ライター/編集者として「西荻窪の古本屋さん 音羽館の日々と仕事」「冬の本」などの書籍を手がけてきた北條一浩さん。私は北條さんの文章に接すると、いつも「言葉の力強い人」という印象を持ってきました。これ、説明が難しいんですけれど、「主張や意見が強い」とは違いまして、文章(文字の連なり)のなかで選んだ言葉が「立っている」というか...「Reelin' In The Years」のエリオット・ランドールみたいな。

そんな北條さんは、しかしお会いすると穏やかで物腰も柔らかで、やっぱりギターソロ弾きまくりではなく、きちっとフレージングを決めつつ曲全体の構成を考えるタイプなのかな、と。それで、「本をもって街へ出よう」で4月にお会いしたさいには、ジーンズのお尻のシルエットがかっこいいな、と思ってしまいました(どこ見てるんだ/陳謝!)。

北條さんの寄稿作「地上から5cm浮いていたあの時代のこと」は、田中康夫の「なんとなく、クリスタル」を題材に、個人的体験を踏まえて1980年代前半の「時代の空気」を検証しています。<70年代の暗さと闇が喉元まで詰まっていながら──そうであるからこそ──『なんとなく、クリスタル』はそれらを拒絶する明るさをまとっていなければならなかった>という一節(フレーズ)を読んで私が思い出したのは、荒井由実のいくつかの歌。「『いちご白書』をもう一度」の<僕>や「卒業写真」の<あなた>(←たぶん学生運動のボス)を拒絶して、ユーミンは明るくモンスター化していきました。そして<僕><あなた>世代の尻尾のほうに属していた坂本龍一や平沢進は、挫折ではなく戦略で髪を切った...。

私自身も「明日の見えない受験生」から「ミッション系私大生」に環境が変化しまして、回し読みしている本が「二十歳の原点」や「男組」から、それこそ「なんクリ」に変わった時代でありました。そして田中康夫...室町砂場赤坂店に初めていったのは、この人の影響だったなぁ(そういうとこでデートしろ、とどっかの雑誌に書いていたw)。

『なんとなく、クリスタル』は、奇跡的なタイミングで、偶然のように現れた幸福な小説である。『33年後の……』のほうに、明らかに苦心がある、と思う。なにしろこれは著者が17年ぶり(!)に世に問う小説なのだ。この小説では、「水平」方向の推進力が、どこか足りない。それがどうしてなのかを言うことは難しい。例えば「今は不景気だから」というアホみたいな答えを用意することは可能だが、そんな理由でいいとも思えず……。

『なんとなく、クリスタル』のカバーイラストに戻る。ここに描かれた光は、明らかに朝日ではなく、午後から夕暮れのそれである。それは日本経済の落日を先取りしたものであり、超高齢社会が確実にやってくることの見通しでもあると思う。つまり、「終わり」がもう始まっていることの予感の中にある。と同時に、1980年はバブル前夜の時代でもあり、ここにはあのギトギトのバブル時代(それは85年のプラザ合意あたりから始まる)に至る直前の、不思議な清明感=クリスタルが漂っている。思うに、80年代初頭の数年間(私見では80〜83年までの4年間)は、始まってしまったものとまだ来ないもののあいだで宙ぶらりんになった、誰もが地上から5㎝くらい、微妙に浮いて歩いているような、おそらく「日本」が今まで経験したことがなく、しかもその後の時代に消えてしまったなにものかが、奇跡的に存在していた時期である。たとえ錯覚であったとしても、過去のルサンチマンから解き放たれ、衣食足りて、さてそれでは人はその後をどう生きるのかという、おそらく日本社会が主題として前景化したことがほとんどない(いや、それはもしかしたら江戸時代に実現されていたものをわざわざ放棄したのかもしれないが)事柄がそこかしこに見え始め、それだけで小説を書いてしまったら誰も見たことがないもの(=『なんとなく、クリスタル』)ができあがってしまったという、そういう時期だったと思う。それは、なにか可能性のカタマリ、のような感触のものなのだけれど、何に対しての、何に向かっての可能性なのかを言い当てることは、これはどうにもひどく難しい。


ウィッチンケア第5号「地上から5cm浮いていたあの時代のこと」(P0136〜P142)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/80146586204/witchenkare-5-2014-4-1

Vol.9 Coming! 20180401

自分の写真
yoichijerryは当ブログ主宰者(個人)がなにかおもしろそうなことをやってみるときの屋号みたいなものです。 http://www.facebook.com/Witchenkare