小誌前号への寄稿作〈連続放火犯はいた〉はシリアスな社会背景を感じさせる内容でしたが、西牟田靖さんの第10号への一篇はプライベートな題材。これは、恋愛小説──いやいや、のっけから「孤独死したアル中男の部屋を掃除するという便利屋潜入記」「老け専ホテトル体験記」といった前作に通じる語句も登場しますが──なのです。「風呂もないボロアパートで孤独感に打ちひしがれながらなんとか生きてきた」ライターとバイト掛け持ちのオレ(タダスケさん)が、突然舞い込んだ女性ファンからのメールで心ときめいてしまう、という。それも、「仲間由紀恵をお姉さんにしたような感じ」だけどそれよりもべっぴんさんだという...『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』といった著作のある現実の西牟田さんとタダスケさん、読んでいるとキャラ設定的にけっこうかぶるような気もしますが、真偽のほどは不明。創作上の夢物語として楽しんだほうがいいのかな!?
タダスケさんはなかなか情熱的(いや、直情的)なお人柄でして、しかしながら女性との駆け引きは苦手気味。作中のヒロイン・こんぶちゃん...この女性のことはタダスケさんのモノローグから想像するしかないのですが、読者として一歩引いて言動をチェックすると、なんか、一枚上手というか、下心を見抜いている? 自らアプローチしたのに、一度会ってからはタダスケさんをのらりくらりと躱しているようで、これ“本を読んで興味持ったけどリアルではいまいち”とダメ出し済み!? あるいは“寂しかったからちょっとからかってみただけ”とか。
個人的にはけっこう刺激的な作品でして、というのも、メールのやりとりでだんだん「お互い心を開いていっ」て、さあ会うぞ、ということになったタダスケさんが「気が合って当日、意気投合してエッチできたらいいなあ」と考えているくだり。相手への期待にもう「エッチ」が組み込まれているのは、なんかすごい! これは、たんに性欲が昂ぶっているだけではないのか? いや、相手は誰でもいい、ってわけではなくて、自分の本を好きだといってくれたこんぶちゃんと特定されているのだから、やっぱりこれは恋愛感情なのだろう...でも、いきなりそれと直結してるのか。なんだか今世紀の初めごろ、所用で渋谷に出かけたら109のシリンダーに半裸の古谷仁美さんが立っていて昼間からよこしまな気分になったことがあったけれど(渡辺善太郎が音づくりをしてたころ...と記憶)、ああいう感情に近いのだろうか、と。そして物語の後半、情熱的なタダスケさんはこんぶちゃんを追いかけてドイツまで行くのですが、果たしてこの恋の行方は? ぜひ小誌を手にとってお楽しみください。
年が変わってからオレはこんぶちゃんの住むドイツまでのこのこ会いに行った。彼女への思いが最高潮だった。会わずにはおられなかったのだ。会ってもすぐに帰国日が来るのはわかっていた。だがこうしてまで会うことで心の絆をより強いものにしておきたかった。
彼女は毎日夕方まで工房で過ごす。なのでそれまでの間、オレはひとり街をあてどもなくだらだらと歩いた。お城を見たり、カテドラルに入ってみたり。マイセン焼の皿が売られている店に入り、良さを全然わからないのにも関わらず手にとってみて、さも訳知りの客のように振る舞ったりした。そうして彼女が仕事が終わるのを待ちわびた。
ウィッチンケア第10号〈こんぶちゃん、フラッシュバック〉(P140〜P143)より引用
西牟田靖さん小誌バックナンバー掲載作品〈「報い」〉(第6号)/〈30年後の謝罪〉(第7号)/〈北風男〉(第8号)/〈連続放火犯はいた〉(第9号)
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Vol.14 Coming! 20240401
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