2019/05/30

vol.10寄稿者&作品紹介35 中野純さん

昨年12月、東京都あきる野市にある「少女まんが館」の共同主宰者・大井夏代さんとともに『少女まんがは吸血鬼でできている:古典バンパイア・コミックガイド』を上梓した中野純さん。同書が発行される少しまえには、私が運営協議委員を務めている「町田市民文学館ことばらんど」での「みつはしちかこ展」関連イベント「〈かわいい〉のその先に-70年代・80年代少女漫画序説」に大井さん、トミヤマユキコさんとともに登壇、そのプレイベントともいえる下北沢の本屋B&Bでの「サリーだって語りたい! …男⼦が見た少⼥まんがの歴史と変遷」 にも登壇(こちらは仲俣暁生さん、南陀楼綾繁さんとのトークショー)...と、すっかりお世話になってしまいましたが、忘れられないのは、トミヤマさん等とのイベント当日の打ち合わせで、中野さんがぽつりと呟いた「いま人生最大に忙しい」のひとこと。そんなときに「ぜひ次号にもお願いします」と寄稿依頼した私ってやつは...いや、ほんとうに申し訳ありませんでした。

じつは、上記のような状態なのに「では次号寄稿作の内容についての打ち合わせを」とあらためて日時設定するのも、「人生最大」値をさらにアップさせるようで申し訳ないなぁと逡巡、でっ、テーマ設定など曖昧なまま年改まり、お原稿の締め切りも近づいて(ちょっと過ぎて)、そして届いたのが掲載作〈夢で落ちましょう〉でありました。ご本人も「参加者のプロフィール」欄にて「今号では禁じ手を使ってしまった」と記していますが、受け取った私は、なんだかとてつもなく懐かしい気持ちにもなったのでした。これ、これ、自分も同じようなことやった記憶がある! たとえは小学校の夏休みの宿題で原稿用紙5枚の作文。8月末になって書き始めて「なんでもっと早く手をつけなかったんだろうと思いながら鉛筆を握っている今日は8月○日。もう朝晩には虫の声が聞こえる。この作文を書くためにいろいろなテーマを考えたのに決められないまま夏休みも終わりだ」みたいな書き出し。あるいは、大学での論文試験で山かけに失敗し出題テーマを見て窮地に。腹を決めて「設問は●●について、とあるが、しかし私はそのことについてよりもまず▲▲について述べたいと思う」で正面突破、などにも似ているというか。

野球のたとえ話、というのがどのくらい有効なのか測りかねる昨今ではありますが、中野さんの今作に「エースで20勝投手」「クリーンナップで3割打者」の風格、いや品格を感じました。そして今年創刊10年目を迎えた小誌の来し方行く末、ともシンクロするようで、ぜひ第10号の大トリはこの作品で、と。作中には「書くことがなくなるなんてことはない。でも、歳のせいなのか、歳のせいなのだろう、執筆に思い切りがなくなってしまった」などと、弱音めいた箇所もありますが、これはトラップ。全体からは「これからも書きたいテーマが山ほどがあるので、そこんとこよろしく!」という、もの書きとしての漲る決意が伝わってきます。あっ、それで作中に「大リーグボール三号」なんて言葉があったのでつい思い出してしまったんだけれども、あの「巨人の星」でたびたび登場した坂本龍馬のエピソード(たとえドブのなかでも前のめりに死にたい、ってやつ)。あれは梶原一騎の創作だったのでしょうか? ...とまれかくまれ、みなさま。最終行に「という夢を見た」という一節から遡る中野さんの夢物語の、そこまでの長い前段を、ぜひ小誌を手にとってお確かめください!



 芸能界では八重歯アイドルの時代でもあった。一九七八年に「狼なんか怖くない」でデビューした石野真子のチャームポイントは、両の八重歯だった。今、当時の映像を見ても、牙と呼ぶに価する実に立派な八重歯だ。狼の歌がよく似合っている。ほかにも小柳ルミ子、河合奈保子、国広富之等々、八重歯のタレントは少なくなかった。このころ、八重歯は魅力的だという風潮がたしかにあった。
 だが一方で、七〇年代吸血鬼少女まんがの最高傑作、萩尾望都『ポーの一族』のバンパネラたちには、牙が一切ない(『ポーの一族』に先立つ里中満智子『ピアの肖像』や、さらに先立つ石ノ森章太郎『きりと ばらと ほしと』にも、牙が描かれていない)。そこが一筋縄ではいかない日本牙史の奥深さだ。全体として、人ならぬ者から牙を抜き(あるいは牙を退化させ)、人間に牙を生やす傾向があり、そうやって、人ならぬ者と人との境界を曖昧にする目論見が無意識にあったと思う。そしてその流れは、今の少女まんがにしっかりと受け継がれている。でも、これについてももっとちゃんと考えてから書きたい。中途半端に書いてしまうのは嫌だ。だから今回は書かない。

ウィッチンケア第10号〈夢で落ちましょう〉(P206〜P211)より引用

中野純さん小誌バックナンバー掲載作品十五年前のつぶやき(第2号)/美しく暗い未来のために(第3号&《note版ウィッチンケア文庫》)/天の蛇腹(部分)(第4号)/自宅ミュージアムのすゝめ(第5号)/つぶやかなかったこと(第6号)/金の骨とナイトスキップ(第7号)/すぐそこにある遠い世界、ハテ句入門(第8号)/全力闇─闇スポーツの世界(第9号)

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Vol.14 Coming! 20240401

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