2019/05/21

vol.10寄稿者&作品紹介21 荻原魚雷さん

今年3月に新刊「古書古書話」を上梓した荻原魚雷さん。この本は「小説すばる」での長期連載をベースに未収録エッセイ等もまとめた、464ページもある大著。ご自身のブログ(文壇高円寺 3/21日付)には“横井庄一、竹中労、辻潤、平野威馬雄、トキワ荘、野球、実用書……。そのときどきの雑誌の特集に合わせた回もあるので、けっこう幅広い内容の本になっているのではないかと……。/恋愛小説とミステリー特集に合わせた回が苦戦した記憶がある。”と記されています。ブログ(2/22日付)では小誌への寄稿、そして今号に掲載した〈上京三十年〉にも登場する下赤塚についても触れられていまして...少しまえに宮崎智之さんの今号掲載作〈CONTINUE〉紹介で“新御茶ノ水過ぎたら「お江戸」で、その先は●●(伏せ字/陳謝!)”なんて書いていた私からするとすご〜く遠い場所のような気もするのですが、でもエッセイの前半に出てくる「ピンクの共同電話」や居酒屋の「庄や」、そして肉屋の惣菜の話は目に浮かぶほどよくわかります。空間的には少し遠いけど、時間的には同じ軸を生きている人の逸話だ、と。最近は西東京(とも言えない辺境の町田)でも、町のお肉屋さんは絶滅危惧店。まず魚屋が消えて、次に豆腐屋、そして八百屋と肉屋のどちらがサバイヴするのか。コロッケや唐揚げはコンビニエンスストアかHotto Mottoかオリジンで買うもの...やな世の中だなぁ。

平成元年は荻原さんにとって「はじめて」づくしの年だったようです。荻原さんと「元号という区切り」についての話をしたことはありませんが、改元を境に生活も一新したことの感慨が、そこはかとなく漂っている筆致だと思いました。そうだったよな、昭和天皇崩御のころは世の中がイケイケで、だからあの“自粛”がことさら重苦しく感じられたのだった。それで、あの小渕官房長官のずっこけそうな新元号発表のせいかどうかわからないけれど、バブルがはじけて...(自分自身のことも顧みてしまいました。私は先の改元がほぼ独身/既婚の境)。

「このままではいかんとおもったのは二十世紀最後の年──三十歳のときだ」以降の暮らしぶりの語りは誠実で謙虚、でも、ある意味では強い意志に貫かれた、スタイリッシュな生きかたを感じさせるものでした。私も宮仕えせずに令和元年まで生きてきましたが、もうちょっと波が荒く(天狗になったりへこんだり)、ムラッ気を隠さない(無責任で他人のせいにする)やりかたできちゃったな。みなさま、ぜひ小誌を手にして、荻原さんにとっての平成という時代を追体験してみてください!



 お互い、プータローで貯金なし。ただし、いっしょに暮らしてわかったのは同居すると生活が楽になるということだ。
 家賃は半分。光熱費や食費はひとり暮らしのときとそんなに変わらない(水道代はちょっと高くなった)。
 人生の岐路──なんていうと大ゲサだけど、そのときどきは先のことが見えていない。わからないまま選び、後はなんとか帳尻を合わせるしかない。
 特別な才能はないが、食っていくしかない。だったら、どうすればいいのか。
 たぶんプロ野球の解説者がよくいう「わるいなりにまとめる」とか「最低限の仕事をする」とかそういう力が必要なのだとおもう。

ウィッチンケア第10号〈上京三十年〉(P132〜P135)より引用

荻原魚雷さん小誌バックナンバー掲載作品
わたしがアナキストだったころ(第8号)/〈
終の住処の話〉(第9号)

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Vol.14 Coming! 20240401

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