今号の原稿締め切りは2月上旬でして、もうどうしようもなく森喜朗さんの2月3日の日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会での発言、寄稿作のいくつかに反映されています。森さんと同年齢の御父様と同居している古川美穂さんもかなり思うところがあったようで、とくに厳しく指摘されているのは、12日の理事会と評議員会の合同懇談会での辞任表明。これ、私も見ましたけれど、最初の発言、4日の釈明会見よりもっとひどかった。けっきょく「なんで俺が辞めなきゃいけないだ?」と思ってるのがはっきり見えて。でっ、この一連の騒動で私が一番印象に残っているのは、4日の時点でやまもといちろう氏がYoutubeにアップした動画の、冒頭のひとこと...(目をキラキラ輝かせて嬉しそうに)「俺たちの森喜朗がまたやらかしてくれた!」。スイマセン、思わず笑っちゃった。私はやまもと氏に対しては「胡散臭い人」というイメージが強いんですが、でもさすが〝切り込み隊長〟なんて渾名で呼ばれているだけのことはある、言葉づかいのセンスだなと。まさに「また」「やらかした」。「俺たちの」は...たぶんネット民のメンタリティを意識した、絶妙な枕詞。
古川さんの寄稿作〈おいの言霊〉では、双極性障害(躁鬱病)を発症していた父親との、ここ数年の生活の様子が語られています。たいへんだなぁ、と感じる描写も少なくはありませんが、しかし作品から伝わってくるのは、古川さんの言葉に対する敏感さ。冒頭の「83歳の父親をときどき無意識のうちに男言葉で叱りつけていることに、最近気が付いた。いや、本当は前からうすうす気づいていたが、あえて気づかないふりをしていたのだ」という一節への答え探しが、この一篇の主題だと思いました。とくにタイトルにも使われている、「おい」という呼びかけの言葉。同じような「ねえ」という呼びかけ言葉と比較してみて、「おい」がどれだけ効力(!?)の強い言葉かを、生活に即して考察しています。
「おい」という言葉を、古川さんは〝「これから上の者が命令を下すぞ。聞け」という合図〟だと書いています。自身を振り返って、オレ、「おい」って言葉をどんなときに使ってるだろう。ほとんど使ってないかもしれない。いろいろ考えてみて、レジで横入りされたりしたら言うかも? あっ、でもそんなときでも女の人は「ねえ」とか「ちょっと」とかを使いそうだから、「おい」ってそうとうな男言葉だったんだな、と今回再認識した次第。
50歳を過ぎた娘から、「おい」呼ばわりで命令される父親の気持ちも複雑なものがあるだろう。発病前の父なら「なんだ。女がそんな言葉を使って」と激怒していたに違いない。だが今や立場は逆転している。
もちろん、深刻な病状は脱したとはいえ、老いて弱ったうえ精神疾患を持つ親に命令することには良心の呵責を覚えないわけではない。やられて理不尽だと思ったことを人にするのは間違っている。それでもなお使いたくなるほど、おい+命令形は効果的で、一度知ると捨てがたい快感があるのだ。性別に関係なく、この言霊にからめとられたら逃れるのは難しい。
〜ウィッチンケア第11号〈おいの言霊〉(P088〜P092)より引用〜
【最新の媒体概要が下記URLにて確認できます】
【BNも含めアマゾンにて発売中!】