前号にはスウィートな恋愛小説を寄稿してくださった久保憲司さん。今号掲載作「スキゾマニア」は一転、花登筺もたじたじな関西を舞台にした家族の群像劇...といっても銭や商人の話(←それも出てくるんですが)ではなく、世界が変わってしまったことに対して、どこか突き放した視点ながらも寄り添い、受け入れていく物語。ヘヴィな事柄を軽やかに語っていく文体は、ちょっと久保さんにしか書けない感じ。フォトグラファーとして、ロックの「とんでもない人」を「美しい一瞬(=写真)」に変換してしまう、そのマジックに共通するような。
主人公の「俺」は精神を病んでしまった父親の看病のため、東京生活に区切りをつけ実家のある京都で暮らし始めます。私は関西に土地勘がないのでよくわかりませんが、きっと大阪に近い京都の、どこかの町なのだと。実家のあるのが川崎市のどこか、<街のど真ん中>にあると描かれている父親が入院中の施設は御茶ノ水とか池袋あたりとか、そんな距離感なのかな、と。この地域は「俺」ファミリーの生活の拠点で、親戚なども暮らし続けていて、ひさしぶりに実家に戻った「俺」とその人たちとの交流も復活するのですが、そのあたりの描写が、これまでの久保さんの寄稿作(在東京の主人公)とはずいぶん違って血縁に縛られているっぽい。あっ、でもドロドロした感じのエピソードも血液サラサラ風に流れていくので、不思議なんですが!
ひときわ印象的な登場人物が「悪い親戚」と表現されている男です。<僕のいなくなった母親のお父さんの従兄弟>だそうで血は繋がっていないとのこと。なんか私もむかしは親戚の集まりなどあると「この人と繋がりがあると言われてもファミリーツリー意外の接点をどう見つければいいのか?」みたいな人と同席になり固まっていたりしましたがそんな時でも先方は「親戚だから」という理由でけっこう距離詰めてきたりして...ってなに思い出してるんだ!? とにかく「俺」はこの「悪い親戚」が<LSDを飲ませ、預金通帳を全部持ち出し、お金を引き出したのだろうか? いや、たぶん、父親はあの親戚の甘い口車に乗って、投資でもさせられ、全額巻き上げられ、そのショックで気が狂ったのかも>と想像し、<……親父、お金のことで気が狂うなんて悲しすぎるぜ>との思いに駆られるのです。
作品内の「俺」は父親や親戚との関係だけでなく、ほんとうに<世界>...つまりこの世の中が変わった、という思いも持っています。新幹線ができて、さらに新幹線の速度が増したから世界は変わってしまったのかもしれない...飛行機についても<本当に人間は800キロのスピードに耐えることが出来るのだろうか>と。「俺」は20年前に日本とイギリスを往復しすぎ、その時すでに<「もう一つの世界」へと移動していたのかもしれない>と。父親の発病は世界が変わったことに気づく「きっかけ」なのかも、と。虚実綯い交ぜの物語はどこに辿り着くのか、ぜひ本編を手にしてお楽しみください!
会わずに帰ることにした。半日以上も気の狂った父親に付き添ってくれたおばちゃんに「すいません、すいません」と何度も謝り、ついでに「どうだったんですか」と経緯を聞いてみた。助けて、と叫びながら父親は交番に駆け込んだそうで、ますますLSDでも飲まされたのかなと思えてきた。
父親の家に行ってみた。部屋がゴミ屋敷のようになっていた。気のふれた人が書くような、わけの分からない、読むだけでこちらも病気になりそうな文章のチラシが、いたるところに散らばっていた。
父親の日記もあって、狂っていくまでの様子が記録されていた。どうも一週間前くらいからおかしくなっていったようだ。なぜか岡本太郎について克明に描かれていたり、難しい漢字を異常にたくさん書いていたり……それは喪失していく自分を一生懸命取り戻そうとしているかのようだった。筒井康隆の小説に「残像に口紅を」というだんだんと文字がなくなっていく話があって、最後に「あ」と書いて主人公が消え去るのだが、まさにそんな感じだった。父は岡本太郎と書いて、この地上から消えていったような気がした。なぜ岡本太郎だったのだろう。
僕は「気が狂う」というのは一瞬にして起こることなのかなと思っていたが、そうではなく「だんだんと狂っていく」ものなんだと分かった。父親の気が狂った部屋で僕は寝た。
ウィッチンケア第6号「スキゾマニア」(P098〜P105)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/115274087373/6-2015-4-1
cf.
「僕と川崎さん」/「川崎さんとカムジャタン」/「デモごっこ」
Vol.14 Coming! 20240401
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