2016/05/31

アルバムって覚えてる?(第7号編集後記)

まる1ヶ月かけて「カモメの7号」37篇の掲載作品を紹介し終えました。第6号のときは<おまけ>のノベライズを書きましたが、今号では<つかみ>で先手打っちゃったし...まあ、ふつうに。

今晩は港区赤坂にある双子のライオン堂さんにてイベントがあります。店主の竹田信弥さんは小誌に理解を示してくださり、ありがたい限り。対談するのは人と本屋のインタビュー誌『HAB』編集人/H.A.Bookstoreの松井祐輔さんで、最新号を読んでいたら、小誌2〜3号の頃一緒に書店まわりをしてくださったツバメ出版流通・川人さんが登場してびっくり! 世の中は広いようだがどこかでどこかがどこかと繋がってできている。そして私は久禮亮太さんの寄稿作紹介でも書いたように長らく「ダム近辺」に棲息していたので、お話が伺えることとっても楽しみです!

5/31(火)19:30〜『Witchenkare』×『HAB』<リアル編集後記2>
http://liondo.jp/?p=857

多くの新しい書店さんとの取り扱いが始まったり、これまでお取り扱いいただいてきたお店の方ともあらためていろいろなお話ができた、第7号であります(現在進行形!)。おかげさまで拙宅の在庫も残り少なく...いまのペースでより多くの方の手に届くこと、発行人として強く願います。

年初にデヴィッド・ボウイが★になり、そろそろ今年も寄稿作紹介を、という頃に今度はプリンスが。悲しいですが、しかしオレんちの壁面の少なくないスペースを占めている作品はstill matterです。

昨年のグラミー賞「最優秀アルバム賞」でプレゼンターだったプリンスは、壇上で「Albums, Remember Those? Albums still matter. Like books and black lives, albums still matter/アルバムって皆覚えてるかい? アルバムはまだ大事だ。本とか黒人の命と同じようにアルバムって重要なんだよ」とスピーチしたとか(http://goo.gl/ADwWicより)。

発行人は小誌をプリンスが言っているような意味での<アルバム>だと思っています。2016年の春に、寄稿者38名と写真家の徳吉久さん、デザイナーの吉永昌生さん、校正/組版の大西寿男さんと一緒に、紙のメディアとしてつくったアルバム(誌)。掲載作ひとつひとつは独立性/拡張性が高いのでコンピレーション・アルバムに近いですが、それでもたんなる「寄せ集め」ではなく、各々が新たな方向性を探ってみるような、チャレンジングな一篇を書き下ろし、それらを編集してこのかたちにまとめたもの。

明日、<第7号のまとめ>をアップ予定です。紹介文内の私の戯言はともかく、ぜひ各寄稿作の引用部分を、多くの方に読んでいただきたいです。そして「カモメの7号」をぜひ書店で手にとって...買って読んでくださいね!


2016/05/30

vol.7寄稿者&作品紹介37 開沼博さん

小誌今号のしんがりは開沼博さんに勤めていただきました。寄稿作は「ゼロ年代に〜」のパート3。初めて寄稿していただいたさいはまだ「アラテン(around 2010)」でちょっと前の話のような気がしていましたが、次回東京オリンピックが射程に入った感もある今年からすると、遠くはないが近いとも言えない。タマちゃん、ベッカム様、ちょいモテオヤジ、鈍感力...<失われた20年>なんて言い方からもずいぶんはみ出してきちゃったし。

今作には、ある意味でゼロ年代をもっとも象徴するような企業の逸話も登場します。<失われ>ているはずなのに<いざなみ景気>と名付けられた、小渕総理が急死してから自民党が野党に転落するあたりまでの時代。開沼さんはパート1(第5号)で予言的なことを書いていまして、ちょっと長いけど引用しますと...<いわゆる論壇の中で「ゼロ年代」と言えば、少なからぬ人が東浩紀さんや宇野常寛さん、濱野智史さんらが中心となって作品を生み出してきた情報社会論・コンテンツ論系の議論を思い浮かべるだろう。あるいは、歴史認識論争の末期や9・11からイラク戦争に向かう流れ、小泉政治や北朝鮮問題といった断続的に起こってきた個別の議論を上げる人もいるかもしれない>。そして、それを受けて<しかし、おそらく、そうではない「ゼロ年代」があるのではないかと私は思っている>と。

今作にも開沼さんが実際に見てきた、この時代の煌めいた(しかし歪んでいる!?)風景が描写されていますが、それだけではなく、パート1で漠然と感じていた<そうではない「ゼロ年代」>の気配が、具体的な言葉で考察され始めています。これも1からの引用ですが、<その後に既にやってきている現代を詳細に読み解く鍵が眠っているのではないかと感じている>と直感で捉えていたものの正体を、露わにし始めているような。

じつは今作での、最初の原稿やりとりで、私の能力では開沼さんの意図を読み切れない箇所がありました。P212の下段の<理念やイメージを表面的に語る既得権益者の欺瞞を告発し、リアリズムと対峙する中に、社会の閉塞感の解消が模索される>。もう少し詳しく、とお願いしてその前段に<「反戦」でも「弱者を守れ」でもいい。>との一文を追加していただけたので、読み解く鍵はさらに1行前の<「現代らしさ」が淡々と進んでいった>だと判断して理解した(したはず?)のですが...<淡々と進んでいった>ものごとに自身を最適化した人々が、いまの社会で働き盛りの世代にいるんだな。開沼さんのこの考察を、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと願っています!



(前略〜)合理性と成果主義、個人の利害の最大化を皆が目指すことの何が悪いのか。それこそが社会の進展にもつながる。そんな上気した感覚があった。それは、リーマン・ショック以降も通奏低音のように続き様々な形で社会を規定していった。いまにも続く何かなのかもしれない。
 小泉純一郎が大衆的な支持を保ちながら5年5か月の総理大臣を務め上げたのが2006年。赤木智弘さんが2007年1月の月刊「論座」に寄稿した〝「丸山眞男」をひっぱたきたい──31歳、フリーター。希望は、戦争。〟が話題になり、ロスジェネ論壇と呼ばれるムーブメントが起こる一方、2008年には橋下徹が38歳で大阪府知事になり活動をはじめる。それら、あるいはその影にあった様々な新しい社会現象を「ネオリベ」「ポピュリズム」というありものの言葉で語ることは、確かに正しいのだが、その先に待っていた「現代らしさ」が淡々と進んでいったのも確かだった。「反戦」でも「弱者を守れ」でもいい。理念やイメージを表面的に語る既得権益者の欺瞞を告発し、リアリズムと対峙する中に、社会の閉塞感の解消が模索される。

ウィッチンケア第7号「ゼロ年代に見てきた風景 パート3」(P208〜P212)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/143628554368/witchenkare-vol7
開沼博さん小誌バックナンバー掲載作
ゼロ年代に見てきた風景 パート1」(第5号)/「ゼロ年代に見てきた風景 パート2」(第6号)
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2016/05/29

vol.7寄稿者&作品紹介36 仲俣暁生さん

仲俣さんの寄稿作は、ぜひ前号掲載作「1985年のセンチメンタルジャーニー」とセットで読んでほしいのですが、今号で初めて小誌を手にした(知った)という方のためにも、少しおさらい。前号では仲俣さんが30年前に訪れた金沢の思い出とともに、<去年(2015年)の3月に東京〜金沢間が開通した北陸新幹線に対する複雑な思い>、さらに、祖父の出身地・長野県の旧牟礼村(現在は上水内郡飯綱町)にまつわる事柄が語られていました。

今作では仲俣さんが牟礼に足を踏み入れます。じつは30年前の金沢旅行のさい、信越本線のエル特急「白山」で通過したことはあったが、下車するのは初めて。かつての信越本線は北陸新幹線の開通に伴い<妙高高原から北が「えちごトキめき鉄道・妙高はねうまライン」、南が「しなの鉄道・北しなの線」という第三セクターに格下げされ>ていまして...作内の仲俣さんもこのネーミングには引っ掛かっていますが、しかしなんで「トキめき」なんて言葉? はいネットで調べました。「トキ」はときめきと36年ぶりに自然界でひなが誕生したトキをかけてあるんですね。発足時、社長は「全国発信力があり、ロマン、明るさ、元気をアピールする地域の個性や思いを感じさせる名称」(上越タイムス/2012年6月22日)とコメント...目眩がしてきた。

長野駅で北しなの線に乗り換えようとしたが妙高高原駅行きの列車は倒木の影響で遅延、それでもなんとか牟礼駅に到着して、ええもう、せっかく信州なんだから蕎麦でも食べて、コーヒーの一杯でも飲みながら地図を拡げて(タブレットやスマホでもいいけど)、という気持ちになりますよね。しかし仲俣さんの故郷は手強かった! このあたりから「いいづな歴史ふれあい館」に到着するまでのくだりは、ぜひ本篇でお確かめください〜。

旅で見たもの、感じたことを、仲俣さんは新たに入手した資料、以前から所蔵していた文献などと照らし合わせ、まるでミステリーの謎を解くように頭の中で整理していきます。親戚筋にあたる(と推察する)仲俣理亮という人物が土地の発展に尽力し、1888年に牟礼駅は設置された。鉄道という交通手段の歴史と絡めて故郷の現在を考察する終盤は、個人の体験が普遍性へと繋がるようで...もしかするとこのような経緯が「トキめき鉄道」なんてキラキラネームが発想される遠因なのかも、とも私は思ってしまいました!



 それでもこの黒川という集落一帯が、どうやら我が郷里らしいことはわかった。祖父はこの村で生まれ、鳥居川のせせらぎで遊び、飯縄山や戸隠山を毎日見上げながら育ったのか。「来るのが遅くなりました」と、心のなかで詫びる。まったくの思いつきではあったが、思い切って来てみてよかった。
 そうこうするうちに目的地の「いいづな歴史ふれあい館」に到着。ここでも客は私一人、貸し切り状態である。30分後にまた来てくれとタクシーの運転手に頼み、中に入る。
 郷土資料の展示は予想していたより面白く、なかでも江戸時代の北国街道・牟礼宿の一日の様子を人形劇風にした「ジオラマシアター」が楽しい。加賀百万石のお膝元・金沢と江戸の中間地点、どちらからも60里の距離にある牟礼村が栄えていた、旧きよき時代の情景を、ユーモラスな劇仕立てで教えてくれる。ここならいつか子どもを、いや孫を連れて来てもいい。
 じつは一つだけ、牟礼への来訪には目的があった。旧牟礼村の「村史」を手にとって見たかったのだ。父親が若い頃、中学教師として赴任していた伊豆七島・御蔵島の「村史」をあるとき古本屋で手に入れた。教員時代の父親の名を「村史」のなかに見つけて以来、次は牟礼の村史を手に入れたいと願っていた。しかしネットで調べると値段が8000円もする(なんと上下巻なのだ!)。不見転で買うのはさすがにためらわれた。

ウィッチンケア第7号<夏は「北しなの線」に乗って 〜旧牟礼村・初訪問記>(P200〜P205)より引用(※原文のルビは略しました!)
http://yoichijerry.tumblr.com/post/143628554368/witchenkare-vol7
仲俣暁生さん小誌バックナンバー掲載作
父という謎」(第3号)/「国破れて」(第4号)/「ダイアリーとライブラリーのあいだに」(第5号)/「1985年のセンチメンタルジャーニー」(第6号)
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2016/05/28

vol.7寄稿者&作品紹介35 久保憲司さん

久保さんの今号寄稿作タイトル「80」は、1980年のこと。この年の1月にポール・マッカートニーが来日して逮捕され、12月にはジョン・レノンが射殺されました。<オタクはまだ「お宅」とも呼ばれず、その頃一番もてていたのはサーファーだった>と久保さんは書いていますが、たしかに、いわゆる「80年代的」なものごとが始まりはじめてはいたけれど、世の中の表側はまだまだ70年代の延長線上...Y.M.O.の『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』が年間LP順位1位(オリコンチャート)なんだけど、レコード大賞は八代亜紀の「雨の慕情」。

今作の前半は、おそらく自伝的な内容なのだろうと思います。私は久保さんの「ロックの神様」という本が大好きなのですが、同書の<はじめに>を小説版で展開したようなストーリーで。京都・クラブ・モダーンのEP-4のデビュー・ライブに高校生バンドで出演って、まさにリビングレジェンド!! その後、久保さんはリザードやゼルダの前座もやって、関学の野外ライブで町田町蔵を見て感化されて、81年には単身渡英。その頃の私は...79年にはクリスタルなキャンパスでサーファーな先輩のバックで「オリビアを聴きながら」弾いてたけど、P-MODELやピーター・ガブリエルの「Ⅲ」を聞いて、さすがに志向が変わっていったかなぁ...80年。

作中にはデヴィッド・ボウイがたびたび登場します。<さっきEP‒4の佐藤薫さんとバンさんに会ってな、ボウイな俺のDJで朝まで踊っていったぞ>...なんて一節、鳥肌モノ。当時のボウイは京都に滞在して焼酎のCMに出たり...平沢進さんの追悼コメントで「どうも」と楽屋に現れた逸話など知った後だったので、久保さんの作品がとってもリアルに感じられました。そして作品の後半では、80年と現在を比較した、2016年の世の中についての鋭い意見も...<デフレはお前らをぬるま湯でゆっくりと殺して行くぞ〜〜〜>。

最近は「久保憲司のロック・エンサイクロペディア」が頻繁に更新されていて、久保さんもボウイへの追悼コラムを書いています。この連載、いずれ1冊の本になるのでしょうが、久保さんが小誌第3号以降発表続けてきた小説も、そろそろまとめて読みたい文量になってきました!



「なんか、東寺に住んでいるらしいやん」とキーボードの吉崎ことヨッちゃんが付け足す。「ちゃう、ちゃう、嵐山のほうに、ボウイが出たコマーシャルの社長が別荘持っていて、そこにボウイ住んでいるらしいで、表札に木戸って書いてあったから間違いないと、万歳倶楽部のバンさんが言ったはったわ」
 京都のやつらはいつのまにかすごい情報を仕入れていて、このままでは僕のバンドでの立場が悪くなると思ったので、「アホ、ボウイは少年やからキッド、木戸やって、そんなことあるかい、ボウイのボウイはボウイ・ナイフから来てるんやで。ミック・ジャガーのジャガーが古い英語ではナイフという意味で、それに対抗して、ボウイという名前に変えたんや、刃牙さんやないとおかしいですよね」と医大生の藤村さんに助けを求めようとした。ウンチクをさえぎるようにおっとりしたベースのヤマジが「ボウイを見つけて、プロデュース頼んだら、いいんちゃう」と言った。僕らの目は点になった。でも、全員が笑っている。僕はこんなお子ちゃまバンド、ボウイがプロデュースしてくれるわけないと思ったが、でもつい最近出た『スケアリー・モンスターズ』の一曲目「イッツ・ノー・ゲーム(パート1)」みたいに日本語の朗読で僕を使ってくれるかも知れないぞと思った。「よっしゃ、今度の東寺の朝市の時、ボウイ探しに行こう、外人が来る京都のイベント言うたら東寺の朝市やろ、東寺に朝六時集合な」

ウィッチンケア第7号「80 Eighties」(P194〜P199)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/143628554368/witchenkare-vol7
久保憲司さん小誌バックナンバー掲載作
僕と川崎さん」(第3号)/「川崎さんとカムジャタン」(第4号)/「デモごっこ」(第5号)/「スキゾマニア」(第6号)
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2016/05/27

vol.7寄稿者&作品紹介34 円堂都司昭さん

円堂さんが昨年8月に上梓した<戦後サブカル年代記 -日本人が愛した「終末」と「再生」>はとても内容充実の1冊。前回の東京オリンピックから2020年までという長い時間を独自のトピックで繋ぎながら論じた、厚さ2.5センチが納得できる労作です。そして、第一章(二)には<『はだしのゲン』と『漂流教室』 子どもが「治者」になる>という考察も。円堂さんの小誌第6号掲載作が、同稿の叩き台として少しでも機能したとしたら、発行人として本望でございます。

今号への寄稿作。冒頭で<とにかく、私は『オペラ座の怪人』の物語が好きなのだった>と飾りなく宣言されているとおり、みんながよく知っている「ロイド゠ウェバー版」(2004年の映画もこれが原作)の魅力について多角的に語られています。とくに、<すでに危機に見舞われているオペラ座で仮面舞踏会が催される>という設定がなぜすんなり受け入れられるのか(作内で/結果、観客も)について。そしてそれを踏まえて、「ロイド゠ウェバー版」での舞踏会の表現がいかに巧みなのかについても。全世界のファンのみなさま、知りたくて疼くでしょ!?

今作を拝読して、円堂さんは総合芸術として『オペラ座の怪人』を楽しんでいるんだな、ということがひしひしと伝わりました。自分を顧みれば、私にとっての『オペラ座の怪人』は、20世紀(それも後半)のポピュラー音楽の流れの延長線上、もう少し具体的にはロックを追いかけてたらフーやクイーン、プログレがあって、その先にブライアン・デ・パルマの映画『ファントム・オブ・パラダイス』があって...みたいな辿り着きかた。円堂さんは(もしかすると根は同じかもしれないけれど)、でも「ロックの延長で」という括りではない、もっと分厚い文化的教養で同作を楽しんでいるように思えました。

名曲「マスカレード」の魅力についても、誌面の多くが割かれています。階段で歌い興じられ、猿のオルゴールを相手にも歌われた同曲...またオルゴールのオークションでの出品番号の意味とは、等々。ぜひ小誌を手にとって、円堂さんの論考をご一読ください!



 そして、『オペラ座の怪人』の数多くのヴァージョンのなかで、私にとってもロイド゠ウェバー版が最良と思えるのは、仮面舞踏会の扱いかたが理由なのではないかと最近になって気づいた。
 二部からなるロイド゠ウェバー版の舞台は、仮面の扱いかたによって、怪人のキャラクターを印象づける構成になっている。舞台の第一部はまず、事件終結から何年も経った後に開かれたオークションの場面がプロローグとなる。六六三番から番号順に、オペラ座に関連した品物が競りで落札されていく。六六六番には怪人が客席に落としたシャンデリアが登場する。それが光り、天井へと吊り上げられていくとあのよく知られた「オーヴァチュア」が鳴り響く、そこから過去に戻って、物語本編が始まる。

ウィッチンケア第7号<『オペラ座の怪人』の仮面舞踏会>(P188〜P192)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/143628554368/witchenkare-vol7
円堂都司昭さん小誌バックナンバー掲載作
『漂流教室』の未来と過去>(第6号)
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Vol.16 Coming! 20260401

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