2019/03/31

くぎり(ノベライス・ウィッチンケア第10号)

きましたよ、平成も終わるっていうこの時期に。

やっぱり期待を裏切らないヤツだな。昨年と同じ、月末にして年度末に、彼女はちゃんと新しい号を持ってきた。...しかし、明日のお昼頃には新元号の発表とか。ほんとうに「安」っていう字が入ったりするんだろうか?

「記念すべき第10号ですよ!」
「おめでとう。2010年4月1日創刊だから、もう10年も続けているんだ」
「まあね。今号もすでに、取次さんを介して書店さんに配本済み。いくつかの本屋さんでは、直取引で先行販売も始まってるから」
「元気いいなあ...オレはショーケンが死んで、なんか、ちょっと落ち込んでるけど」
「ショーケンって、誰!? とにかく、またもや大充実の本になったから、隅々まで読まないと殺す! じゃぁ、ね」

いつものように僕を脅迫して彼女は去った。ま、とにかく、いずれにしても平成最後の号か、と思いながら、僕はウィッチンケア第10号をじっくり読み始める。


表紙は...なんだか雰囲気変わったな。扉のクレジットにはOSADA KASUMIとある。あ、第9号に「八春秋」という一篇を寄稿していた女性だ。これは...ベッド? なんだか、想像力をかきたてられる写真だな。そして、ロゴも変わった(銀色!)。デザイナーの吉永昌生がリニューアルしたようだ。

キャッチコピーは、ない。vol.10という文字が、なにかを語っている、という意味だろうか。

ページをめくるとwords@worksとの文字。作品の言葉、との意味か。その下には脈絡のない文章の断片...そして対向面のには女性の後ろ姿。表紙もこの扉写真も、なんかほのかに艶っぽいんですけれど。

<目次>には、35の人名が同じ大きさで並び、各名前の下に掲載作品のタイトル。作品名より人の名前が上なのは、創刊以来変わっていない。

今号のトップは朝井麻由美。自身のテレビ出演経験を踏まえての、鋭い観察眼にはっとする。次は第7号以来の再登場、インベカヲリ★。何気ない日常での、脳内での飛躍...トラって、そんな! 小川たまかの作品は、筆者がライターとして追い続けているテーマを「小説」というスタイルで提示したかのよう。武田砂鉄はまたもや同じタイトルでの架空インタビューなのだけれど、今回はちょっとポップな風味も。柴那典の一篇は、「渋谷系」についての知識があると胸に突き刺さりそうな味わい。初登場のトミヤマユキコは、学者としての自分のバックグラウンドを考察している。美馬亜貴子の小説は、数々のミュージシャンと接してきた経験を活かしたシニカルさが余韻として残る。我妻俊樹は「小説の可能性」をかなり振り幅大きく実験してみせたのか? 初登場の宇野津暢子は、自身が暮らす町・玉川学園についての自伝テイストなエッセイを。柳瀬博一のミヤマクワガタに関する作品は、関東の地形の歴史と紐付けられている。長谷川町蔵は小説「あたしたちの未来はきっと」のスピンオフ作品。町田を舞台に、あの子とあの店が登場する。野村佑香のエッセイは、第二子出産直前に書かれた、愛に満ちた一篇。武田徹は辺見庸の新作『月』を題材に、詩的ジャーナリズムを考察。西田亮介は選択と集中モデルから脱却する一案として「育てられる人」を提唱。ナカムラクニオの断片小説は、これまでより長尺で近未来を予言している。初登場のふくだりょうこは、男女の心の綾を描いた小説を。多田洋一(発行人)は新橋を舞台とした、過去と未来の交錯する小説。今号のすべての写真を撮影した長田果純のエッセイは、遺影についてのはっとする視点を与えてくれる。宮崎智之はアパレルをテーマにした、初めての創作作品にチャレンジ。谷亜ヒロコの今作の「私」は、ちょっとときめいていて愛らしい。荻原魚雷のエッセイはふんわりとした筆致ながらリアルな現実が顔を覗かせる。若杉実は専門分野の音楽ではなく、両親や家族のことを。西牟田靖はちょっとほろ苦い、嘘か誠かわからない恋愛小説を。かとうちあきは女同士の微妙にすれ違う人間関係を小説にした。矢野利裕は教育現場の声として、新学習指導要領について検証。吉田亮人はカメラという「表現の道具」についてのエッセイを。東間嶺はネット上での人のありかたについて、クールな視点で切り取った。久山めぐみはポルノグラフィの舞台、としての町についての論考を。木村重樹のエッセイは、若かりし日の青春群像が輝いている。松井祐輔は書店の未来について、書店主の立場から考察。開沼博は新宿というまちについての考現学的な一篇を。久保憲司の自伝的な小説にも、ありし日の新宿が登場する。藤森陽子は出張先の台湾から、豆花についてのエッセイを寄稿してくれた。仲俣暁生は橋本治についての、極私的な追悼文を。中野純は落ちそうで落ちない、自身の最近の関心事を網羅したエッセイを。

35篇の書き下ろし後に、今号に関わった関係者のプロフィールを掲載。そして今号には10、の区切りとしての便覧が掲載されている。これを読むとウィッチンケアの歴史...というか七転八倒の道のりがよくわかる。〈and more than these... 〉とは、なにを意味しているのか? 次に奥付があって、さらに、またwords@works。その下には脈絡のない文章の断片(←これらはすべて作品内の一節/もし帯が付いていればそこに掲載されていたかもしれない)。

裏表紙も、いままでとはちょっと違う雰囲気の写真……こんなに読み応えのある本が1,000円なのには驚いたし、ISBNで取次会社や注文方法も判明した。

それで、今回も繰り返すしかないのだが「ウィッチンケア」とは、なんともややこしい名前の本だ。とくに「ィ」と「ッ」が小文字なのは、書き間違いやすく検索などでも一苦労だろう。<ウッチンケア><ウイッチンケア><ウッチン・ケア>...まあ、漫才のサンドウィッチマンも<サンドイッチマン>ってよく書かれていそうだし、そもそも発刊時に「いままでなかった言葉の誌名にしよう」と思い立った発行人のせいなのだから...初志貫徹しかないだろう。「名前変えたら?」というアドバイスは、ありがたく「聞くだけ」にしておけばよい。

そしてそもそも「ウィッチンケア」とは「Kitchenware」の「k」と「W」を入れ替えたものなのだが、そのキッチンウェアはプリファブ・スプラウトが初めてアルバムを出した「Kitchenware Record」に由来する、と。やはりこのことは重ねて述べておきたい、とだんだん話が袋小路に陥ってきた(というか、いつも同じ)なので、このへんにて。




そして、今年は諸般の事情で第3号から毎年恒例の、寄稿作内に散りばめられた言葉をちょっと恣意的にピックアップしてリンクを貼っていくのも、同エントリーにて。以下が「ウィッチンケア第10号と88の言葉」です。

北里大学病院団地妻グランドキャニオンGパン「ワイアード」木澤佐登志マイケル・ウルフユウニ塩湖働き方改革関連法川越街道ルーマニア・モンテビデオヴェルレーヌPayPay新宿東宝ビルあおり止め『わたしのSEX白書 絶頂度』バタコさん東武特急りょうもうブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブサトウのごはん優生主義強制性交等罪「シティロード」姫野桂スヴェン・ヴァス『国語教育の危機』TENSAW山崎団地スパチャ就職氷河期いかりや長介リスーウルム間氷期時代にがり隠亡堀アフォーダンス選択と集中アルタ前座敷童blow job『熱血シュークリーム』ADHAエドワード・サッチー自己責任論サベックス庚申塔養生テープ豆花銀座線餃子ボーイズ・ボーイズ黒田一郎西永福ノイズ華氏451度中村明日美子瀧本美織ペヨトル工房美空ひばりマンガロールQR決済ミッキーマウス加門七海NIKON D90地獄絵図ミラーレス機寧夏夜市ゴジラロード臨月自動起床装置レバカツ国広富之けものフレンズワイルド・ホーシズ上海小吃木原敏江助産院ミヤマクワガタ茶飲み友達国道127号線終活ポートメイリオン美人局シリカゲル花の子ルンルン松岡修造ヤコブソン柿生駅民泊

【ウィッチンケア第10号寄稿者】
我妻俊樹/朝井麻由美/インベカヲリ★/宇野津暢子/小川たまか/荻原魚雷/長田果純/開沼博/かとうちあき/木村重樹/久保憲司/久山めぐみ/柴那典/武田砂鉄/武田徹/多田洋一/東間嶺/トミヤマユキコ/中野純/仲俣暁生/ナカムラクニオ/西田亮介/西牟田靖/野村佑香/長谷川町蔵/ふくだりょうこ/藤森陽子/松井祐輔/美馬亜貴子/宮崎智之/谷亜ヒロコ/柳瀬博一/矢野利裕/吉田亮人/若杉実(35名/五十音順)

Vol.14 Coming! 20240401

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