2014/05/07

vol.5寄稿者&作品紹介07 美馬亜貴子さん

昨年休刊した「クロスビート」の創刊号(1988年)を、私は新宿の紀伊國屋書店で買いました。エスカレーターを上がってすぐ右側(そのむかし「侍」というジャズ喫茶があった場所)に、デヴィッド・バーンが表紙の雑誌が平積みされていて、おお、かっこいい! と。その後ブリットポップあたりから少し遠ざかってしまったのですが...それまでは発売日に買っていたので、私にとってはリリー・フランキーさんも佐々木敦さんも小田島隆さんも「クロスビートの人」、そして美馬亜貴子さんといえば、私にとっては「クロスビート編集部のトッド・ラングレン理解者」でした(偏向しています/陳謝!)。

いまでこそトッドはそれなりに“偉い人”ですが、1980年代中頃、少なくとも私の周囲には話題にする人など誰もいなくて「ヒーリング」「黄金狂〜」「ア・カペラ」「Oblivion」「POV」あたりを輸入盤屋で見つけては1人聞き(寂)。風向きが変わったのは過去のアルバムCD化/ワンマン来日...あっ、トッド話はまたの機会に。とにかく私は美馬さんの書いたトッドの記事を熱心に読んでいました(最近もご自身のブログにエントリーが)。そんな美馬さんの掌編小説を小誌に掲載できて、嬉しい限り!!

現在はフリー編集者/ライターとして活躍する美馬さんの寄稿作は、還暦を迎えた独身女性の心象をSNSとからめて描いたもの。私は作者の主人公への目線が一筋縄ではなくておもしろかったです。「自分の名前を看板にしている人」の内面に寄り添いつつ少し距離を置いて眺める、みたいな。この観察スタンスって、曲者ミュージシャンなどへのインタビューで体得したものかな。「看板にしている人」をただおもしろがる(消費する)だけ、とはちょっと違う、リスペクトのニュアンスが伝わってきたのです。作中に登場する「二○代の女性編集者」というのがスパイスのように効いていて、「さすがワカコさん」なんてためいき付いちゃうような態度じゃ、「看板にしている人」の心は開きませんよ、みたいな。

小誌寄稿とほぼ同時進行で責任編集を務めた『テクノポップ・ディスクガイド』が大好評、そして2002年からのフジロック・フェスティバル・オフィシャル・パンフ編集長としての仕事など、多忙を極める美馬さん。ぜひ今後も創作文芸での作品を発表してほしいと願います。そしてトッドpro.のこのスピナーズの曲、すごくトッド色が濃くて(まだその話か...失礼しました)。

 ワカコの朝食は、留学時代のフランスでおぼえたクロックムッシュ。ハムとチーズを挟んだトーストに、瓶詰めのベシャメルソースをかけて食べる。「七○年代から朝食はずーっとこれ」と言うと、二○代の女性編集者がためいきのような声を漏らして感心した。
「さすがワカコさん、昔から食べるものもオシャレだったんですねぇ。優雅です」。ワカコは思わず吹き出した。「これはね、時間がないときに慌てて食べるものなのよ。日本の牛丼みたいな感じですね」
 謙遜でもなんでもなく適切な説明をしたつもりだったのだが、その女性編集者は「これをそんな風に言えるっていうのがオシャレ過ぎます!」と、ますますテンションを上げてしまった。
 
 ワカコがすること、身につけるもの、そして言うことさえも、すべてが「オシャレ」で「カワイイ」らしい。もちろん人様にそう思われることが仕事なのだが、こんなことまで褒めちぎられると困惑してしまう。ワカコが欲しいのは社交辞令やピントの外れた賛辞ではなく、客観的な「真実」だから。〝先生〟と呼ばれるようになって久しい今は、ことさら真実と向き合うことを恐れないようにしている。
 その点、近頃のワカコが頼りにしているのがFacebook だ。〝友達〟は二二三四人。先日はサボテンのとげの部分にスワロフスキーのビーズを通して、クリスマス・ツリーに見立てた写真をアップしたところ、一三○○件以上の「いいね!」がついた。ところがその翌日に上げたラテアートの写真では三七八件にとどまった。直接の知り合いではない人が多いだけに、凡庸なものには容赦がない。そのドライな感じが気に入っている。自分のセンスにはもちろん自信を持っているけれど、ここでの「いいね!」の数が、ちょっとしたバロメーターになっているのも事実なのだ。
       ◆
 里中が押さえた会場は、成城にある一軒家を改装したレストランだった。会費の一万円を払えば誰でも参加できる形式にしたため、事前にだいたいのゲストの数を予測しておく必要があったのだが、里中の読みは一○○人程度、というものだった。一○○人!?
 ワカコは自分のこれまでのキャリアとFacebook の未知の友達の数も鑑みて、一五○人を下回ることはないと予想していただけに、里中の甘い見積もりに侮辱されたような気分になった。事によっては二○○人近く来てくれるかもしれない──それが日々感じていた「いいね!」の〝手応え〟だったからだ。

ウィッチンケア第5号「ワカコさんの窓」(P050〜P058)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/80146586204/witchenkare-5-2014-4-1

Vol.14 Coming! 20240401

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