2012/05/30

vol.3寄稿者紹介22(多田遠志さん)

黒電話の時代...私は玄関脇の電話台(居間ではなかった)にそれが鎮座していた時代を経て現在の通信環境(も刻々変化)に暮らしているわけですが、いやぁ、あいつは融通が利かなかったけれどおもしろかった。少しまえに通常業務で映画「ALWAYS三丁目の夕日’64」の書籍制作に関わりまして、そのさい堀井憲一郎さんにインタビューをしたのですが、ほぼ同世代ということもあって黒電話にまつわる逸話には事欠かず(ほぼ恋愛絡み)、原稿量が3倍あれば盛り込めたのにといまでも残念。あっ、でも電話(や手紙やメールやSNS)による言葉のやりとりのもどかしさは、じつはあんまり変わっていなかったりするのかも、という気持ちもあり。ややっこしいから恋愛なんだよね、ビジネスでも交渉ごとでも戒律でもないんだから。

ロフトプラスワン」のスタッフで「映画秘宝」などのライターとしても活躍している多田遠志さん。ストーリーテラーとしての引き出しの多さ、「恐怖を喚起させること」についての造詣の深さは、ウィッチンケア vol.3掲載作品を読んでいただければわかるはず。ちなみに私と苗字が同じなのは単なる偶然で、個人的には生まれて初めて自分も多田なのに相手を「多田さん」としてお話しすることになり、全国の佐藤さんや鈴木さんの気持ちが少しわかりました...って、佐藤さんや鈴木さんはもう慣れっこか。

「電話のお姉さん」に登場する黒電話は、やさぐれているがみょうに理性的、しかも記憶を人間みたいに都合よく消去/捏造できないところが、宿業というか...いやぁ、この物語を読むとやっぱり「言葉のやりとり」の本質は変わらないような気がしてきて(手段だけが変化し続ける)、昨今ビッグデータなんて専門用語で呼ばれていることの実体がやがて顕在化する世の中がきたら、つまりデジタルストックされた通信やネット上の過去(非構造化/Lostなはず...)データが、いつか“最新の手段”にいたこして語り始めたりしたら...それこそが今作の続編かもしれませんね、多田遠志さん!


 その日も深夜、私はもう今日のコールの峠は越したかな……と気を抜きかけていた。
 その時電話が鳴った。いや、それはこの事務所では当たり前の、日常過ぎる事なのだが、音が違う。通常なら一斉にプッシュホンの音が鳴り響くのだが、そんな軽快な電子音ではない。重々しい、金属を打ち震わせて奏でる、そのコール自体が凶報であるかのような。……間違いない、あれは旧式の黒電話の音だ。
 この事務所では黒電話など見た事も、まして音も聞いた事がない。あまりに唐突な音に私は飛び上がる。所長の机の裏、よく一般家庭の廊下に置かれていたような籐製のヤニった電話置き。その中から音は聞こえてくる。下部の引き出しをあけると、そこには本当に鳴り続ける黒電話があった。
 何故こんな所に黒電話があるのか、何故今まで気付かなかったのか。そもそも回線は繋がっているのか等々、冷静に考えればおかしな事だらけだった。いらだつようにベルは鳴り響き続けている。半ば反射的に受話器を上げた。「もしもし? ……」何の音も声もしない。おそらく回線の接続ミスか、この黒電話自体の故障か、そんな所だったのだろう。半ばほっとして、半ばは少し「なぁんだ」という失望を感じつつ受話器を置こうとした。
「あーあ、待てよ、切るなよ」
 ……程々にしないと、そう頭の中では告げられているのだが。
「まぁいいさ。俺も長い事ニンゲンと会話してなかったからな、話し相手になりそうな奴がいたからまずはご挨拶、ってトコだ。……また連絡するわ」

 ……通話は切れた。何だったのだろう。外からの困った人々からの電話は慣れている。しかしこの通話はそのどれよりも異質だった。もちろんこの電話が話しているとは限らない。外部からの音声変換機を使った、ここの内部事情に詳しい者からの手の込んだイタズラの可能性だってある。それとも私の精神がどうにかなってしまっているのか? ……判らなかった。どうせイタズラだろう、その辺りでタカを括っておく事にした。


Witchenkare vol.3「電話のお姉さん」(P164〜P185)より引用/写真:徳吉久
http://yoichijerry.tumblr.com/post/22651920579/witchenkare-vol-3-20120508

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