2012/05/24

vol.3寄稿者紹介16(稲葉なおとさん)

何度も繰り返して申し訳ないのですが(と書きながらまた繰り返すのですが)、ウィッチンケアは寄稿者にとって「いつもとはちがう場所」でありたいと思うのです。試作/実験の場、それも、ここで撒いてみた種がいずれどこかで花を咲かせるような...小誌が何号まで続くのかわかりませんし、この先どんなことが起こるのかも予測不能ですが、私の目が黒いうちは(髪の毛には白いものが混じってきましたが)、この路線だけは堅持したい、と。

まだ見ぬホテルへ」「0マイル」などの著者・稲葉なおとさん。現在は「週刊現代」に世界の名建築ホテルを訪ね、写真と掌編小説を載せる「あの日、あのホテルで — In That Day, at That Hotel」を連載中です。そんな稲葉さんが小誌に寄稿してくれたのは、名建築もホテルも出てこない、とってもインドア系の物語。原稿を受け取った後、校正段階での稲葉さんとのやりとりを思い出します。このような作品はいったい○○小説と呼べばいいのだろうか、とか。私のほうからはインテリアホラーノヴェル、とか、その場の思いつきでずいぶん勝手なことを申しましてどうもスイマセンでした! でも、その後のFacebookでの読者のかたとのやりとりなどを拝見していると、いまはゾゾゾ小説...って、なんか、ゲゲゲの鬼太郎みたいで重ねて陳謝!

稲葉さんの新境地が楽しめる「段ボール」は、あっと驚く...とくに夜中にひとりの部屋で読むのがオススメ! 作者の既刊が好きで予備知識なしに読むと、びっくり箱のようかも知れませぬ。まさか稲葉さんがこの路線に目覚めて今後ひた走る、とは思いませんが、俳優がさまざまな役をこなして芸風を広げていくように、いつの日か今作が新たな物語に大きく還元されることを祈念します、稲葉なおとさん!


 自分の父親が、世間一般の常識からすると、かなり異質だと自覚したのは、中学二年のときだ。その頃、ひそかに好意を寄せていたテニス部の先輩が、うちに遊びに来てくれたところへ、父親が帰ってきた。玄関にきちんと揃えた先輩の大きなスニーカーを見たのだろう。お客さんか、という声とともに、部屋にずかずか入ってきた父親は、先輩の眼も気にせず、いつもするように、こっちの上半身をぎゅっと抱きしめながら、ただいま、といった。子どもからの、お帰り、という返事を聞くと、父親は満面に笑みを浮かべながらようやく両腕の力を抜いてくれて、先輩に向かって、いつもマサミがお世話になっています、ごゆっくり、といって部屋から出ていった。視線を先輩にもどすと、その口の端が、溶け始めたソフトクリームみたいにみるみる垂れ下がっていった。
「いつも、あぁなのか、おまえの親父さん」先輩はようやく口にした。
「そう、ですけど……」
 先輩の表情に圧されて、父親からは、いつもはハグだけではなくキスも求められるんです、とはさすがにいえなかった。こっちが出かけるときも、帰ってきたときも、父親が出かけるときも、帰ってきたときも、そして、寝るとき……。

 翌日も、まるで定期巡回中の警備員みたいに、父親は夜九時にやって来た。解凍した枝豆を肴に、ビールを呑み、仕事の愚痴をいう。そろそろ帰ってほしいと思い、空のグラスと缶を片づけたところで、白く光るタイルの上を動く物が眼に入った。焦げ茶色──。


Witchenkare vol.3「段ボール」(P120〜P127)より引用/写真:徳吉久
http://yoichijerry.tumblr.com/post/22651920579/witchenkare-vol-3-20120508

Vol.8 Coming! 20170401

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