2016/05/27

vol.7寄稿者&作品紹介34 円堂都司昭さん

円堂さんが昨年8月に上梓した<戦後サブカル年代記 -日本人が愛した「終末」と「再生」>はとても内容充実の1冊。前回の東京オリンピックから2020年までという長い時間を独自のトピックで繋ぎながら論じた、厚さ2.5センチが納得できる労作です。そして、第一章(二)には<『はだしのゲン』と『漂流教室』 子どもが「治者」になる>という考察も。円堂さんの小誌第6号掲載作が、同稿の叩き台として少しでも機能したとしたら、発行人として本望でございます。

今号への寄稿作。冒頭で<とにかく、私は『オペラ座の怪人』の物語が好きなのだった>と飾りなく宣言されているとおり、みんながよく知っている「ロイド゠ウェバー版」(2004年の映画もこれが原作)の魅力について多角的に語られています。とくに、<すでに危機に見舞われているオペラ座で仮面舞踏会が催される>という設定がなぜすんなり受け入れられるのか(作内で/結果、観客も)について。そしてそれを踏まえて、「ロイド゠ウェバー版」での舞踏会の表現がいかに巧みなのかについても。全世界のファンのみなさま、知りたくて疼くでしょ!?

今作を拝読して、円堂さんは総合芸術として『オペラ座の怪人』を楽しんでいるんだな、ということがひしひしと伝わりました。自分を顧みれば、私にとっての『オペラ座の怪人』は、20世紀(それも後半)のポピュラー音楽の流れの延長線上、もう少し具体的にはロックを追いかけてたらフーやクイーン、プログレがあって、その先にブライアン・デ・パルマの映画『ファントム・オブ・パラダイス』があって...みたいな辿り着きかた。円堂さんは(もしかすると根は同じかもしれないけれど)、でも「ロックの延長で」という括りではない、もっと分厚い文化的教養で同作を楽しんでいるように思えました。

名曲「マスカレード」の魅力についても、誌面の多くが割かれています。階段で歌い興じられ、猿のオルゴールを相手にも歌われた同曲...またオルゴールのオークションでの出品番号の意味とは、等々。ぜひ小誌を手にとって、円堂さんの論考をご一読ください!



 そして、『オペラ座の怪人』の数多くのヴァージョンのなかで、私にとってもロイド゠ウェバー版が最良と思えるのは、仮面舞踏会の扱いかたが理由なのではないかと最近になって気づいた。
 二部からなるロイド゠ウェバー版の舞台は、仮面の扱いかたによって、怪人のキャラクターを印象づける構成になっている。舞台の第一部はまず、事件終結から何年も経った後に開かれたオークションの場面がプロローグとなる。六六三番から番号順に、オペラ座に関連した品物が競りで落札されていく。六六六番には怪人が客席に落としたシャンデリアが登場する。それが光り、天井へと吊り上げられていくとあのよく知られた「オーヴァチュア」が鳴り響く、そこから過去に戻って、物語本編が始まる。

ウィッチンケア第7号<『オペラ座の怪人』の仮面舞踏会>(P188〜P192)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/143628554368/witchenkare-vol7
円堂都司昭さん小誌バックナンバー掲載作
『漂流教室』の未来と過去>(第6号)
http://amzn.to/1BeVT7Y

Vol.9 Coming! 20180401

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