2016/05/06

vol.7寄稿者&作品紹介06 姫乃たまさん

小誌第6号に続き、書き下ろし小説を寄稿してくれた姫乃たまさん。思い返せば前作の原稿を受け取った頃、姫乃さんはまだ大学生だったのでした。無事卒業後、地下アイドルとして昨年8月にCD「僕とジョルジュ」発表、9月には著書「潜行~地下アイドルの人に言えない生活」を上梓。どちらもすごい作品でして書きたいことはいっぱいありますが...前者は「姫乃たま」名義ではなく「僕とジョルジュ」として制作した意図がはっきり伝わってくるコンセプトアルバム。後者もまた装丁からして素晴らしく、私はP179の震災に関する慎ましい記述に才能の煌めきを感じました。

寄稿作「そば屋の平吉」は、前作「21才」のような艶っぽい舞台設定ではありませんが、それでも主人公の「俺」の心象は、どこかフリーランスのアダルトライターだった前作の「私」と通じるものがあるように感じられ...なんだろう、つねに対峙する相手とのスタンスを慎重に測って行動している、その測り加減が物語を形成しているように、私には感じられたのかも(といっても、平吉も「私」も決して臆病ではなく、むしろ測ったうえで気ままに振る舞うのですが)。

平吉が働いている町について、具体的に書かれてはいませんが、きっと園児、猫、工事現場の作業員が気軽に入れるような「引き戸のそば屋」が普通に共存している、そんな風景が浮かんできます。以前住んでいた下北沢近辺だと、下の谷通りの「ほていや」、代沢十字路近くの「富田屋」なんかを思い出したりして。

先月はフジテレビの「バイキング」で姫乃さんを見ました。ラジオなどで声を聞く機会も増え、活動の範囲がどんどん拡がっている様子。小誌掲載作品も、ぜひ多くのファンの方に読んでもらいたいと願います〜。



 ここは孤児の多い町だ。父親の顔も、母親の顔も知らない奴が多い。親のいない奴らは、つるんで夜の町に繰り出しては、誰が誰のたまり場を荒らしたとか、そんなことで喧嘩ばかりしていた。何もない町だけど、みんな生傷だけは絶えなかった。俺もそういう生活をしていた。俺達は町のつまはじき者だったし、町内会では俺達と関わらないようにとか、家に近づけないようにするための対策とかが話し合われていた。でも、おじさんだけは俺達にも優しくて、あの細い目を眉ごと下げた顔で、話し掛けてくれた。
 夜な夜な外をほっつき歩いていた俺達は、閉店後のそば屋で、つまみの刺身や、そばに乗せる海老なんかを食べさせてもらうこともあった。日が暮れた何もない町。静まりかえった公園。出汁の匂いのするそば屋と、おじさんと、俺達の秘密の時間。
 なぜか俺はみんなと違って、刺身とか海老とか派手な食い物より、麺のほうが好きだった。麺だけをつるつる食べる俺を見て、おじさんは楽しそうに笑い、「平吉、平吉」と、ますます俺を可愛がるようになった。そうして俺は、そばを作るようになったんだ。
 仲間の中には、行方がわからなくなった奴もいる。何年か前におじさんもいなくなってしまったけど、俺にはおじさんが残してくれたそば屋がある。

ウィッチンケア第7号「そば屋の平吉」(P036〜P040)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/143628554368/witchenkare-vol7

姫乃たまさん小誌バックナンバー掲載作
21才」(第6号)
http://amzn.to/1BeVT7Y

Vol.9 Coming! 20180401

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