2023/05/03

VOL.13寄稿者&作品紹介12 武田徹さん

ウィッチンケア第2号からの寄稿者・武田徹さん。各回のテーマはバラエティに富んでいるものの、小誌では一貫して言葉、とくに詩に関わった作品を届けてくださっています。今号(第13号)に掲載した「鶴見俊輔の詩 〜リカルシトランスに抗うもの〜」の冒頭では、終戦後、哲学者/評論家の鶴見俊輔が仲間とともに同人誌『思想の科学』を創刊したころ、GHQの検閲で「大東亜戦争」という言葉を「太平洋戦争」に書き換えさせられ、そのことに鶴見が「言葉を消したって、その思想が消せるわけではない」と抗議した逸話を紹介。ああ、これは検閲行為や言葉狩りに抵抗した鶴見の、反骨精神にまつわる話かな と思いながらもう少し読み進めると、いや、どうもちょっと違うらしい...というのも、続いて紹介されているのは、《『思想の科学』創刊号掲載の論文では「大東亜戦争」の言葉はすべて機械的に「太平洋戦争」に書き換えられているが、後に著作集に収められた版でも書き換えはそのまま維持されている》という事実。なんだか、某知事がいなくなっても「首都大学東京」が以前の名称に戻らない、みたいなこと? と見当違いの事例を思い浮かべてしまったのは私(発行人)の悪いクセですが、武田さんは鶴見の真意を探るために、《詩に向き合う時の鶴見の態度を補助線として考えてみ》ようと試みます。


タイトルに使用された「リカルシトランス(recalcitrance)」という言葉。本作によれば、鶴見俊輔が参照したGertrude Jaegerによる概念で、「不可操性=どうしようもなさ」といった意味合いとのこと、と。もちろん私の知らなかった言葉。じつはGoogleさんもあまりわかってないようで、検索すると鶴見俊輔関連の記事がいくつか見つかる他は、なんとウィッチンケア第13号(「もくじ」の武田徹さんの作品名でヒット)が出てきちゃったり。それはともかく、武田さんは、John Deweyのプラグマティズムへの批判として、鶴見は「リカルシトランス」という概念にも注目したのではないかと仮定し...そのうえで、詩人でもあった鶴見は《言葉は、なかでも詩は、そうしたリカルシトランスを乗り越えるもの》と捉えていたからこそ、言葉を消すような検閲に強く抗議したのではないか、と考察しています(でっ、合ってるかな? 甚だ不安...)。

作中にはコンスタンチン・トロチェフの詩集『ぼくのロシア』からの一篇、そして鶴見俊輔の「忍術はめずらしくなくなった」という詩も引用されています。個人的には、《それは詩の中にしかない》という武田さんの地の文に、強く共感してしまいました。私は詩よりは詞のほうがやや身近でして、少年コンスタンチンが描いた《詩の中にしかない》「ぼくのロシア」のようなものを、身の回りで探してみました。ちょっと、 オザケンの歌を脳内に浮かべてしまって、あの人の初期の作品に登場する「いっつも切りすぎの前髪」な「君」とか「甲高い声で笑いはじめる彼女」とかって、実在のモデルがいたかどうかなんてどうでもよくて、詞の中にしかいない/リカルシトランスを乗り越えるものなんじゃないかな〜、と思ったのでした。


 そこに鶴見がしばしば使う「リカルシトランス」という概念を連想する。「言葉のお守り的使用法について」と同じく『思想の科学』の創刊号にはガートルード・ジェイガーの論文「生まれた儘の人の哲学」が掲載されている。短い論文は日本語に翻訳され(訳者名の記載なし)、紹介文が添えられている。ジェイガーは人間や社会を一つの目的をもって操作しようとすると常にこれに反発するもの、またはその障害となるものが存在すると考えている。それはデューイに始まるプラグマティズムへの批判だった。デューイの影響を受けた者たちは人が生まれた儘の無垢な赤子同然にあらゆる可能性に恵まれていると考える。間違いを訂正しつつ理想に向けて漸進できると信じるプラグマティズムのオプティミズムはそうした人間観に起因する。しかし現実の人間は、ある家族の一員として具体的な社会と歴史の中に生まれる。そこには自分の力ではどうしようもなさ(リカルシトランスrecalcitrance=不可操性)があるとジェイガーは考えたのだ。

〜ウィッチンケア第13号掲載「鶴見俊輔の詩 〜リカルシトランスに抗うもの〜」より引用〜

武田徹さん小誌バックナンバー掲載作品:〈終わりから始まりまで。〉(第2号)/〈お茶ノ水と前衛〉(第3号)/〈木蓮の花〉(第4号)/〈カメラ人類の誕生〉(第5号)/〈『末期の眼』から生まれる言葉〉(第6号&《note版ウィッチンケア文庫》〉/〈「寄る辺なさ」の確認〉(第7号)/〈宇多田ヒカルと日本語リズム〉(第8号)/〈『共同幻想論』がdisったもの〉(第9号)〈詩の言葉──「在ること」〉(第10号)/日本語の曖昧さと「無私」の言葉〉(第11号)/〈レベッカに魅せられて〉(第12号)


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